第179話 люблю
侍機士を倒した俺と灯里は、雪が降り積もる山道を登りメムメムたちのもとへ急いで向かった。
しかし、俺たちが到着した頃にはホワイトウルフキングとの決着が既に着いていた。金色のオーラを纏うアレクセイの傍らには、首を真っ二つに切断された白狼王の顔と胴体が横たわっている。
「三人で勝ったのか……。やっぱり凄いな、アレクセイって」
ホワイトウルフキングを倒した英雄の実力に脱帽してしまう。勿論メムメムやナーシャの尽力があってこそだろうけどね。
一ファンとして、その勇士を間近で見られなかったのが少しだけ悔やまれる。どうせなら俺も彼と最後まで一緒に戦っていたかったな。くそぉ、侍機士が邪魔さえしなければ。
ただ、これで万事解決だ。後はメムメムの推測通り、レオ君の魂が肉体に戻るかどうか。成り行きを見守ろうと、三人のもとに駆け寄ろうとしたその時だった。
「――っ!?」
ぞっと背筋に悪寒が走る。強烈な意志というか、執念のような重い感情がどこからか伝わってきた。
なんだこれ……と不気味に思って周囲を警戒すると、目が合ってしまった。首だけとなったホワイトウルフキングの、怨嗟に燃える眼光と。
それはまだ、奴がまだ完全に諦めていない証拠。嫌な予感がした俺は、咄嗟にナーシャのもとまで駆け出した。
「――ガルッ!!」
「しまった!?」
「ちっ、グラビティ!」
突如、ホワイトウルフキングの首がナーシャ目掛けて這いずり回る。それに気付いたメムメムが一早く重力魔術で食い止めようとするが、紙一重で避けられてしまった。白狼王の首はメムメムを素通りし、ナーシャの喉元へ飛び付こうとした。
「はぁああああああ!!」
その前に、横から振るった俺の剣がホワイトウルフキングの頭を一刀両断する。
「シ、シロー……」
「あ、危なかった」
はぁ、はぁと肩で息をする俺を、ナーシャが呆然とした様子で見ている。
よかったぁと、俺は安堵の息を吐いた。あの時駆け出さなかったら、多分間に合わなかっただろう。とにかくナーシャが無事で良かった。
「士郎さん!」
「「シロー!」」
皆が俺に駆け寄ってくる。アレクセイに至っては、バシバシと背中を強く叩いてきた。
「はっはっは! でかしたぞシロー、ユーが居なかったらナーシャが殺られていたかもしれなかった」
「スパシーバ、シロー」
「いや~ちょっと嫌な予感がしたからさ。ギリギリ間に合ってよかったよ」
「それにしてもよく崖から落ちて助かったね。あのヘンテコな奴は巻いてきたのかい? それとも倒しちゃったのかい?」
「なんとか倒せたよ。まぁ灯里が助けに来てくれなかったら俺は殺されていたけどね」
側にいる灯里を見ながらメムメムの問いに答えると、灯里は「えへへ」と嬉しそうに笑った。
灯里が居なかったら俺は侍機士によって殺されていた。倒せたのも彼女のお蔭だし、崖から落ちて生きているかどうかも分からない俺を助けにきてくれて本当に感謝している。
「そういえば、レオ君の様子は?」
俺がナーシャに尋ねた時だった。ホワイトウルフキングの首と胴体が完全にポリゴンとなる。
しかし、ポリゴンはいつものように消滅せず、キラキラと舞いながらナーシャの背中で眠っているレオ君の身体に吸収された。淡い光に包まれるレオ君を、ナーシャは背中から下ろして声をかけた。
「レオ!? レオ!!」
「ん……んん……」
ナーシャが必死に声をかけ続けると、レオ君の口からか細い声が漏れ、ゆっくりと瞼が開かれた。
「レオ!?」
「старшая ……
「レオ! 良かった……本当に良かった! ぅぅうう」
「お姉ちゃん、何で泣いているの?(ロシア語)」
長い眠りから目を覚ましたレオ君を、ナーシャは嬉し涙を流しながらぎゅっと抱きしめる。
どうやらレオ君の魂は無事に肉体に戻ったようだ。もうこれで大丈夫だろう。
良かったなぁと心の中で喜んでいると、アレクセイが俺たちに向かって親指を立ててくる。それに気付いた俺とメムメムと灯里も、笑顔を浮かべて同じように親指を立てた。
「レオ! レオォオオ!!」
「お姉ちゃん、苦しいよ……」
俺たちは暫くの間、久々に再会した姉弟の時間を静かに見守っていたのだった。
◇◆◇
「シロー、アカリ、メムメム、アレクセイ、今日は本当にありがとう。皆のお蔭で、レオを助けられることができた」
「レオ君が助かって本当に良かったよ」
「早く元気になるといいね」
「そんなにかしこまるなよ。マブダチを助けるのは当たり前だろ?」
「はっはっは! 英雄に不可能はないのさ!」
真摯に感謝の気持ちを伝えてくるナーシャに、俺たちはそれぞれ声をかける。するとナーシャは、瞼に雫を溜めて嬉しそうに微笑んだ。
レオ君が目覚めた後、俺たちは帰還用の扉を探して現実世界に帰ってきていた。
今はギルドのエントランスで、皆で話をしていた。因みにレオ君はギルドの病室で眠っている。念の為にメムメムが診断したところ、衰弱している以外はなんともないらしい。メムメム曰く、しっかりご飯を食べて寝ればいずれ回復するだろうとのこと。この後、ナーシャはレオ君を連れて入院していた病院に向かうそうだ。
「ユーたちはこの後どうするんだい? 暫く
「あ~それなんですけど……」
ほんわかムードが漂う中、アレクセイが俺たちを誘ってくる。ロシアの英雄に観光案内してもらえることなんて凄く嬉しいし光栄なことなんだけど、俺は頭をぽりぽり掻きながら申し訳なさそうに断る。
「俺は仕事があるから、明日の朝にでも帰らなくちゃいけないんだ」
「えっ!? もう帰ってしまうのかい!? そうか~それは残念だね」
「折角誘ってくれたのに悪いね」
元々ロシアには観光目的ではなく、ナーシャの頼みを聞くだけだったからな。こればっかりは仕方ない。帰らなくちゃいけないのは俺だけだから灯里とメムメムは残ってもいいんだけど、流石に見知らぬ土地に二人を残して帰れない。
メムメムに関しては外交的な問題もあるし、とっとと日本に帰った方がいいだろう。その方が合馬大臣も気苦労しないだろうし。
「なら今日は私の家に来たまえ。ここからすぐそこだし、我が国のご馳走を振る舞うよ」
「えっいいの!?」
「勿論さ。遠路はるばる来てくれたのに、持て成しもしないで帰らせるのは英雄の沽券に関わるからね」
ナーシャの家に泊めてもらうかホテルを取ろうと思っていたけど、アレクセイがそう言ってくれるなら厄介になろうかな。正直言うとダンジョンでの激しい戦闘で心身共にクタクタだったんだよ。
「流石は英雄、気が利くじゃないか。ボクも今日は歩きたくないし、お言葉に甘えておこうぜ」
「よろしくお願いします、アレクセイさん」
「オーケーオーケー。ナーシャも来たまえよ」
「うん。レオを病院に連れて行った後に行くよ」
「よし! では早速行こうか!」
レオ君に付き添うナーシャと一度解散し、俺たちはアレクセイの家に共に向かうことになった。ギルドの駐車場に置いてあるアレクセイの高級車に乗り、彼の運転で家まで走る。といっても、本人が言っていた通りに家はギルドから近く、五分ほどで到着してしまった。
「「でっか……」」
アレクセイの家を眺めて呆然とする俺たち。彼の家はとにかく大きかった。後で聞いた話なんだけど、本邸は別にあってこの家は数ある別荘の内の一つらしい。オスタンキノ・タワーに行くのが面倒だから、わざわざここに建てたんだとか。
どんだけ金持ちなんだよって唖然としてしまったが、彼の家は大富豪らしい。嘘だろ、全然知らなかった……。
「ほら、そんなところでぼーっとしてないで入りたまえ」
アレクセイに催促され、俺たちは家の中に入る。家の中は広く綺麗で、レトロチックな内装だった。大きな暖炉もあって落ち着いた雰囲気がある。
「「ワン!」」
「あっ、ワンちゃんだ!」
「ぐぇ、ボクにのしかかるんじゃない。あっこら、舐めるな~」
アレクセイは大型犬三匹に小型犬が二匹、合わせて犬を五匹飼っていた。こんなに広い家で一人きりだと寂しいんじゃないかと思っていたけど、沢山の愛犬がいるなら寂しくはないか。
可愛らしく擦り寄りってくる二匹の小型犬と戯れる灯里。メムメムは三匹の大型犬に揉みくちゃにされていた。頑張れメムメム。
「アレクセイは犬が好きなんだな」
「まぁね。犬は賢くて可愛いし、裏切らないから好きなんだ」
「あ~……うん」
なんか重い話になりそうだったので、それ以上深くは聞かないことにした。
「今から軽く作るから、ユーたちはその子たちと遊んでやってくれないか」
「えっ、料理もできるの?」
「そりゃそうさ。この家には私しか居ないからね」
「へ、へぇ……」
ロシア最強の冒険者で、家が大富豪で、超絶イケメンで、その上料理もできる。ちょっと盛り過ぎじゃないか? 男として何一つ勝っているものがないんだけど。凹むわぁ。
「あっ、それなら私も手伝いますよ」
「いいんだ。そんなに凝ったものは作らないし、お客に作らせる訳にもいかないからね。その子たちと遊んでくれると助かるよ」
灯里が気を遣って申し出るが、アレクセイに遠慮されてしまう。
彼がそう言うなら、お言葉に甘えて犬たちと遊んでいよう。うん、やっぱり動物はいいな、癒されるよ。今住んでいる家は結構大きいし、一匹ぐらい飼ってもいいかもな。灯里も喜ぶだろうし。
そんな感じで五匹の犬たちと戯れていると、準備ができたのかアレクセイに呼ばれる。大きなテーブルには、こんがり焼けた肉に大盛の野菜と豪快な料理が用意されていた。
「「おお~」」
「さぁ、祝杯を挙げようじゃないか。無事に弟君を救えたことと、私たちが出会えた縁にね」
ワイングラスを掲げ、お茶目にウインクしながら告げるアレクセイ。
かっこいいなぁ……日本人が言ったら気障っぽいけど、彼が言うと凄い様になっている。俺だったら絶対に言えないよなぁ。自分で想像するだけで気持ち悪い。
皆で乾杯し、アレクセイが作った料理を堪能する。
「うまっ!」
「やっぱり味付けの仕方が日本と違うんだ。凄く美味しいです」
「肉が良いよね、肉が!」
「はっはっは! 喜んでもらえて何よりだよ」
アレクセイが作ってくれた料理はめちゃくちゃ美味しかった。灯里の言う通り普段では食べ慣れない味だけど、これはこれで新鮮で美味しい。メムメムなんか口一杯に肉を頬張ってるしな。
それになんといっても――、
「「ボルシチ!」」
ビーツやたまねぎ、ニンジンやキャベツや肉を煮込んだ真っ赤なスープ。ロシア料理と言ったらやっぱりボルシチだろう。酸味があって、なんかこう身体の内側から暖かくなる。初めて食べたけど結構いけるな。
ボルシチだけではなく、揚げパンのピロシキやビーフストロガノフなど、ロシアの郷土料理が盛り沢山だ。その全てが美味しくて、手が止まらなくなってしまう。っていうかこれ、本当にアレクセイが一人で作ったの? 凄くない?
「まだ沢山あるからそんなに慌てなくてもいいさ。それよりシロー、これを飲んでみたまえ」
そう言われて、アレクセイにショットグラスを渡される。「これは?」と聞くと、彼は小さく微笑んで、
「ウォッカさ」
「ウォッカか……」
そういえばロシアって言ったらウォッカもあったなぁ。アルコール度数四十パーセント以上の、最早それ酒じゃなくてアルコールそのものだろって突っ込みたくなる酒。実は飲んだこと無いんだよね、俺。
(いけるか……?)
ウォッカはチビチビ飲むものじゃなくて、一気に煽るのがマナーだってどこかで聞いたことがあるな。ただでさえ酒が弱いのに、ウォッカを一気飲みして大丈夫だろうか……。
(ええい、ままよ!)
覚悟を決めて、俺はショットグラスをぐいっと煽った。
「――っ!? ごほっ、ごほっ!」
ぐぁ~!? なんだこれ、喉が焼けそうだ!
「士郎さん、大丈夫!?」
「はっはっは! 良い飲みっぷりだよシロー、これでユーと私は真の友だ! では私もいただこう!」
「ヤバい……目が回る」
喉が焼けるように痛いのと、目に映る景色がぐるぐるしてる。
マジでヤバい、絶対に人が飲むものじゃないって。なんとか倒れずに済んだけど、それからはあまり記憶がない。
途中でナーシャが来て、平気な顔でウォッカを何杯も飲んでいた。
「ウォッカも飲めないなんてお子ちゃまだね」とナーシャに煽られたメムメムも挑戦したけど、意外といけたみたいだ。灯里は年齢に加えて俺の介抱をする為に飲んではいない。
「「ははははは!」」
記憶は朧気だけど、この時間がただただ楽しかったのは分かった。
皆で笑って、美味しいものを沢山食べて、俺たちは最高のひと時を過ごしたのだった。
◇◆◇
「ぅう……まだ頭が痛い」
「もう、だから止めておけばって言ったのに」
「おいシロー、飛行機の中で吐かないでくれよ」
アレクセイの豪邸で飲んで食べて騒いだ次の日の朝、俺たちは日本に帰るためにシェレメーチエボ空港を訪れていた。ナーシャとアレクセイも見送りに来てくれている。
「三人共、本当にありがとう。アナタたちのお蔭でレオを助けることができた。今度、ちゃんとお礼をさせて」
「ユーたちとの冒険はスリリングで楽しかったよ。また一緒に冒険しようじゃないか」
「俺のほうこそお願いするよ」
「二人が日本に来ることがあったら、今度は私たちが美味しいご飯を食べさせてあげるね」
「弟君を大切にな」
二人と挨拶を交わしていると、ナーシャがメムメムにハグをした。
「スパシーバ、メムメム。この恩は忘れないから」
「よせやい。ボクたちの仲じゃないか」
そして次は、灯里にハグをして、
「アカリ、来てくれてありがとう。ワタシに何かできることがあったら、何でも言ってね」
「うん、その時はお願いするよ」
そして最後に、ナーシャは俺にハグをしてくる。
歌姫兼アイドルにハグしてもらっていいんだろうかと思うけど、ただのスキンシップだからあまり気にしない方がいいだろう。
「シロー、危ないところを二度も助けてくれてありがとう。嬉しかったよ」
「俺は当たり前のことをしただけだよ」
「ふふ、シローって普段は優しいのに、時々大胆に勇ましいところがあるよね。そういうところ、結構люблюだよ」
「えっ、今なんて――」
最後の部分がロシア語でよく分からなかったので聞き返そうとしたら、チュッといきなり頬にキスを落とされる。
「あ~~~!?」
「ふっ、これは一本取られたね~アカリ」
えっ? 今のなに? もしかしてキスされたのか?
いやでも、ただのスキンシップだよな? 気にしないほうがいいよな?
目を見開いて驚いていると、ナーシャは俺からそっと離れてにこりと微笑んだ。その笑みはいったいどういう意味なんですか、ナーシャさん……。
搭乗時間になったので、俺たちは最後に二人と挨拶を交わしてチェックインし、飛行機に乗り込む。
「今度は楓さんや島田さんと一緒に来たいな」
キスの件でちょっとむくれていた灯里にそう言うと、彼女は優しい笑み浮かべて、
「そうだね!」
「ボクは当分いいかな」
こうして、ロシアでの短い冒険は幕を閉じたのだった。
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