第177話 士郎VS侍機士

 


「うわぁぁああ!?」


 侍機士から放たれた鉄鎖に左腕を取られ、巻き添えにされた俺は崖から落下してしまった。

 このままじゃ落下ダメージによって即死してしまう。早急に何か手を打たなければならなかった。


「このっ!」


 右手に握る剣を崖肌に突き刺し、落下を防ごうとする。しかし剣は深く突き刺さらず、ガガガッ! とほんの僅かに勢いを殺すだけ。


「がはっ!!」


 地面に叩きつけられた俺は、全身に激痛が走り悶絶する。

 痛ってぇ……全身の骨が折れたんじゃないかというぐらい痛いぞ。でも痛みを感じるってことは、俺はまだ生きているのか?

 くそ、意識が遠くなってきた……早く回復しないと。


 感覚がほぼ無い右手を気合で動かし、収納空間から一個しか持っていないハイポーションを取り出して口に含む。痛みは嘘のように消えてあっという間に回復し、絶命の危機は脱した。

 流石は馬鹿高いハイポーション。性能はバッチリだな。


「はぁ……はぁ……助かった。けど、何で助かったんだろ?」


 ゆっくりと上半身を起こす。キョロキョロと視線を彷徨わせて、周囲の状況を確認した。


「雪……そうか、これがクッションになってくれたのか」


 膝より下ぐらいまでの厚みだが、地面には雪が降り積もっていた。多分だけど、積雪によって落下の衝撃を抑えられたんだろう。

 それと剣を崖肌に刺して多少なりとも落下速度を落としたことや、防具の性能にも助けられた部分はあると思う。


 もう一個挙げるとしたら、落下から着地までの高さが絶望的な距離ではなかった。落ちるまでに意外と早かった気がする。

 なんにせよ、助かったのは運が良かったな。


「はっ!? 侍機士はどうなった!?」


 俺と同じように落ちた侍機士を探すが、どこにも見当たらない

 左腕に巻き付けられていた鉄鎖は既に解かれている。あいつだって落ちたんだ、無傷とはいかないだろう。

 もしかして落下ダメージによって消滅したのか?


 ――ジャリッ。


「――っ!?」


 背後から微かな音が聞こえたので振り返ると、侍機士が刀を振り上げていた。この野郎、やっぱりまだ生きていたのか!


 振り下ろされる刀を寸でのところでバックラーで防御する。間髪入れずに二刀目の斬撃が放たれるが、それは剣で防御した。


「おおっ!」


「ッ!?」


「ギガフレイム!」


 鍔迫り合いの中、侍機士に胴蹴りを放ち、次いで豪炎を喰らわした。

 どうだ、少しは効いただろ。


「なっ……無傷かよ!?」


 爆煙が晴れ侍機士の姿が露になるが、豪炎によるダメージは皆無のようだった。表面に焼け焦げすらついていない。


 嘘だろおい……直撃したのに無傷なのかよ。

 火系魔術に耐性があるのか……それとも魔術自体が効かないのか?

 魔術が効かないとなると、斬撃や打撃のような物理攻撃で戦うしかない。なんて厄介な奴なんだ。透明化もできるし、色々と卑怯じゃないかよ。


「また消えた……!」


 降りゆく雪に紛れ、侍機士の姿が再び消失する。

 落ち着け……あいつは姿を消せるけど、完全に有利という訳じゃない。思い返せば、侍機士が攻撃する時は必ず姿を現していた。消えたまま攻撃した方が断然有利な筈なのに。


 つまり、奴はずっと姿を消していることはできないんだ。

 弱点はもう一つある。それは気配を完全に消すことはできないことだ。確かに【危機察知】スキルは反応しない。が、雪を踏む足音だったり足跡だったりと移動の痕跡は消せないんだ。


(なら、それを逆手に取ってやる)


 目を凝らして見れば、積雪のお蔭で奴がどう動いているのかが分かる。侍機士は今、ぐるっと迂回して俺の背後に周ろうしていた。

 また後ろから不意打ちを仕掛けようとしているのだろう。そうはさせない。


 俺は集中力を高め、足音に神経を尖らせる。タイミングを計り、ここぞという瞬間に背後へとアーツを繰り出した。


「パワースラッシュ!」


「――ッ!?」


 回転しながらの豪斬は、不意打ちを仕掛けようとした侍機士の胸を斬り裂いた。斬撃を受けて仰け反る侍機士。体勢を崩している間に、間髪入れずに畳み掛ける。


「パワースラッシュ!」


「ッッ!?」


 アーツの連撃に、侍機士は防戦一方。

 油断せずにこのまま押し切ろうとした刹那、悪寒が背筋を駆け巡る。避けろと警鐘を鳴らしてくる本能に従い、俺は攻撃を中止して後退した。


 しかし――、


「くっ!?」


 躱し切れず、頬を薄皮一枚斬られてしまった。様子を窺うが、侍機士はその場から動かない。


 なんだったんだ今のは?

 急に斬撃の疾さが増して困惑していると、棒立ちだった侍機士の一つ目が、強く怪しく輝いた。ダッ! と雪を蹴り飛ばしながら、勢い良く接近してくる。


「くっそ!」


 侍機士と剣で激しく打ち合うも、さっきまでとは打って変わって俺が押される側に回ってしまう。


 何がどうなっているんだ? 今までの侍機士は俺よりも剣士としての技量が低かった筈だ。

 なのに今は、斬撃の速度が急激に上がり、攻撃の組み立ても格段に上手くなっている。明らかに太刀筋が変わっており、まるで素人から達人を相手にしている感覚だった。


「ぐぁっ!」


 俺の身体が、徐々に斬り傷が増えていく。

 キツいな……せめて魔術が効くのならもっと違う戦い方をできたのに。魔術を封じられると純粋な剣技の勝負となってしまう。


 だが、侍機士の剣技は俺を上回ってしまった。それにより完全に後手に回ってしまう。


(それにしてもなんだろう、さっきからデジャヴが……)


 謎にパワーアップした侍機士と剣戟を繰り返している内に、俺は奇妙な感覚に陥る。

 フラッシュバックというか、デジャヴというか、侍機士の動きが記憶の中の何かと重なるんだ。


 でもおかしい、俺は二刀流の剣士と戦ったことなんて一度も――、


(ある……あるじゃないか……)


 ふと記憶が甦る。

 俺は一度だけ、少しの時間だけ二刀流の剣士と戦ったことがあった。その相手とは――、


「――刹那か」


 そうだった。俺は一度、日本最強の冒険者である神木刹那と剣を交えたことがある。

 理由も分からずいきなり勝負を申し込まれ、力の差を見せつけられ負けてしまった。

 侍機士の太刀筋は、あの時の刹那とそっくりそのままなんだ。


「刹那のコピーだって? ……ふざけるなよ」


 湧き上がる怒りが口から零れる。

 あれは刹那が自らの努力と研鑽によって磨き上げたものなんだ。お前なんかが軽々しく真似していいものじゃないんだよ。


 負けられない。刹那の紛い物なんかに負けてたまるか!

 頭の中のスイッチが切り替わる。集中力が極限まで高められ、視界がクリアになった。


「おお!!」


「ッ!?」


 雄叫びを上げ、侍機士に斬りかかる。

 少しの挙動も見逃さず、次に繰り出される一手を予測した。


「いくら刹那の真似をしたところで、お前は刹那じゃない!」


 確かに攻撃の速度も、思考も、太刀筋もあの時に戦った刹那と似てはいる。

 だがそれだけだ。いくら真似をしたところで本物の刹那には全く及ばない。直接戦ったから分かる。刹那はもっと凄かった。


「はぁああ!」


 それに、俺だってあの時のままじゃない。

 多くの強敵と戦い、日々成長しているんだ。劣化コピーなんかには絶対に負けない。


 右上からの袈裟切りをバックラーで受け止める。斬撃を繰り出すと、左手の刀に受け止められた。

 侍機士の口が開き、中から鉄鎖が飛び出してくる。至近距離から顔面に放たれた鉄鎖を、首を傾けて紙一重で躱した。バックステップで距離を取りながら、伸びきった鉄鎖を左手で握り締め、


「はぁあああああああああ!!」


 侍機士をおもいっきり投げ飛ばした。


「スラッシュウエーブ!」


 地面に叩きつけられ這いつくばっている侍機士に、飛ぶ斬撃の連打を浴びせる。

 甲冑が壊れ、両手に握っていた刀が吹っ飛んだ。鉄鎖は出したまま、武器を失った奴に打つ手はない。


 この絶好の機会を逃す訳にはいかない。地面を蹴り上げ、まっすぐに侍機士へ猛進する。


 その時だった。倒れている侍機士の頭がギギギッと俺の方に向き、口腔が光輝く。

 危険を感じた時にはもう遅かった。光輝く口腔から、一筋の閃光が迸った。


「がはっ!?」


 回避不可能な速度の閃光が、俺の横っ腹に突き刺さる。撃たれた腹が熱く、真っ赤に焼け焦げていた。


「ビ、ビームだって……そんなの有りかよ……ごほっ」


 口から吐血し、積雪が真っ赤に染まる。決して油断していた訳ではない。

 だが、まさか突然口からビームを放つなんて予想外にも程がある。それは流石に卑怯だろ。


「はぁ……はぁ……」


「……」


 静かに立ち上がった侍機士が、その場から俺にトドメを刺そうと口腔に光が集まる。


 このままでは殺されてしまうが、俺は跪いたまま動けない。

 身体に力が入らない上に、痛みがキツくて立てそうになかった。くそったれ、あと一歩のところだったのに……これで終わりかよ!


 悔しさが込み上げている中、侍機士が俺にビームを放とうとする。


 ――その刹那だった。


「シューティングソニック!!」


「――ッ!?」


 遠くの崖の上から、空気を圧縮したような一筋の暴風が飛来してくる。

 凄まじい勢いで雪を吹っ飛ばし、轟音を上げながら迸る暴風を感知した侍機士は、狙いを俺から迫り来る暴風に変えて閃光を放った。


 ゴオオオオオオオッ!!


 と、暴風と閃光が衝突し、鼓膜を劈くような轟音が鳴り響いた。

 拮抗しているかと思われたが、暴風は閃光を呑み込んで突き進む。


「ッ!?」


 侍機士は咄嗟に腕を交差して防御したが、暴風に抗えず両腕が根本から吹っ飛んだ。


「な、何がどうなったんだ?」


 転々と変化する展開に訳が分からず混乱する俺は、暴風の道筋を辿り、目を細めながら見やる。


「あ……灯里!?」


 崖の上には、こちらに弓を構えた灯里が立っていた。それも、身体が桃色の光に包まれている。

 まさか灯里が助けに来てくれたってのか? はは……無茶するなぁまったく。けど、彼女が助けに来てくれたことが心の底から嬉しい。


「ギギ……ガッ」


「あいつ……!」


 両腕を失って尚、侍機士は生きていた。それどころか、顔を灯里の方に向けて再び閃光を放つ為にエネルギーを充填している。


「させるか!」


 灯里を見たからだろうか。消えかけていた心のが燃え上がり、身体に活力が甦ってくる。

 激痛に抗いながら剣を拾い、雪の大地を駆け抜けた。


「はぁあああああ!!」


 俺の想いに呼応するかのように、黒剣が赤く輝く。


心刃無想斬しんとむそうざん!!」


「――ッ!?」


 紅蓮の斬撃が、侍機士の首を刎ね飛ばした。

 数秒後、侍機士の身体がジジッ……と機械音を鳴らし、ボンッと爆発する。


『レベルが上がりました』


 久々に聞く勝利のファンファーレが頭の中に鳴り響く。

 ってことは、今度こそ完全に倒したってことだよな。


「はぁ……はぁ……ぐっ」


 安心したからか、緊張の糸が切れるとビームを受けた横っ腹に激痛が走る。バタリと倒れ、意識が遠くなっていく。


 ヤバい……このままじゃ本当に死ぬ。早くポーションを飲んで回復しなきゃならないけど、今ではもう指一本動かせそうにない。


「士郎さん!」


「あ……かり……」


 声が聞こえたと思ったら、灯里の顔が目の前にあった。必死そうな顔を浮かべる彼女に身体を抱き起こされる。


「灯里……来てく……」


「いいからこれ飲んで!」


「んぐ!?」


 問答無用に口にポーションを突っ込まれた俺は、ゴクゴクと飲み干していく。横っ腹の傷が癒え、痛みも治まった。


「た、助かったぁ……」


「良かった~、もう心配したんだからね! でも生きててくれて良かった」


「灯里……」


 俺の頭を優しく撫でながら、瞼に雫を溜める灯里。彼女の真剣な想いが伝ってきて、嬉しい気持ちが溢れてくる。


「ありがとな、灯里。助けに来てくれて嬉しいよ。でも良かったのか? あっちもまだ戦っているんだろ?」


 ちょっと気になったので問いかける。

 灯里が来てくれた時間から考えると、ホワイトウルフキングを倒してからって訳ではないだろう。という事は、灯里は戦闘の真っ最中に一人抜けて俺の方に来たってことだ。残りの三人で大丈夫だろうかと心配していると、彼女はこう答える。


「うん、メムメムが行ってきていいって言ってくれたの。だから大急ぎで山を下りて士郎さんを探して、近くでピカって光ったからもしかしてと思って行ってみたら、倒れている士郎さんがあの侍っぽいのにやられそうになってて……それからはよく覚えてなくて、気付いたら矢を放ってたんだ」


 矢継ぎ早に説明する灯里。

 そっか、侍機士が放ったビームの光で俺を見つけてくれたんだな。それで、無我夢中になって俺を助けてくれたと。

 本当に灯里は凄いなぁ。


「そういう事だったのか……」


「来ない方がよかった……?」


 しょんぼりと不安気な顔を浮かべてしまう灯里に、俺は慌てて、


「そんなことないさ! 来てくれて本当に嬉しいよ。灯里が助けてくれなかったら、俺はあいつに殺られていたしな」


「えへへ、なら良かった」


 はにかむ灯里。

 可愛すぎるだろ、抱きしめたくなっちゃうぞ。彼女の背中に回しかけた手を止める。

 いかんいかん、今はそんなことをしている場合じゃない。俺は立ち上がって、


「メムメムたちのところに戻ろう。まだ戦っているかもしれない」


「わかった。だけど身体のほうは平気なの?」


「回復したから大丈夫さ」


 さぁ、早くホワイトウルフキングを倒して終わらそう。

 俺は灯里と共に、メムメムのところに戻ろうと急いで山を駆け上がったのだった。

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