第176話 メムメム無双
やぁみんな、ボクはメムメム。
凶悪な魔王(今はいけ好かない人間)を滅ぼした勇者マルクスの仲間であり、大魔導師アルバスの一番弟子であり、ただのエルフだ。
ボクは元々地球とは異なる世界に居たんだけど、なんの因果か知らないがダンジョンの宝物から出てきてしまった。
そこでシローやアカリ、カエデやシマダと出会い、なんやかんやで行動を共にする事になったのさ。
シローとアカリの家に居候してから早数か月。ボクは地球での生活を満喫していた。
ボクが居た世界とは違い、地球には
オタク文化というのだろうか。アニメ、漫画、ゲームといった二次元の娯楽にドハマりしてしまった。最近ではもっぱら、ソシャゲという携帯ゲームにハマっているよ。
ただ、ソシャゲは課金しないと中々強くなれない。
強いキャラやアイテムを手に入れるにはガチャを回さないといけないんだけど、それには課金が必要になってくる。
無課金でもそれなりに楽しめるんだけど、重課金者共をぶちのめすにはガチャを回すしかないんだ。だけど如何せん、課金してガチャを回したとて良いものが出るとは限らない。
人間の欲求を利用した、上手くて厭らしいシステムだと思うよ。
ボクもムキになって課金していたけど、アカリに見つかって怒られてからは自重している。危うくガチャ中毒になるところだったぜ。
おっと、くだらない話を長々としてしまったね。
傍から見たら自堕落ニートみたいと呆れられるかもしれないけど、これでもちゃんと働いているんだぜ。シローたちと同じように、冒険者になって東京タワーのダンジョンに入ってお金をゲットしているんだ。
シローとアカリはお金目当てではなく、ダンジョンに囚われた家族を助ける為なんだけど、ボクはそれに協力している感じかな。暇潰しにもなるし、シローたちと冒険するのはマルクスたちと旅をしていた頃を思い出して楽しい。
やはり人生にはそれなりのスリルがないとね。
家に引きこもってばかりじゃダメだということだよ。
えっ? ダンジョンに行く休日以外の日は家に引きこもってるじゃんって?
おいおい、それを言っちゃあお終いだよ。
とまぁそんな感じで楽しく過ごしていると、マブダチのナーシャから頼み事をされる。それはダンジョンから解放された弟君を、目覚めさせられないかという内容だった。
どうやら弟君は一年経っても未だに目を覚まさないらしい。もしかしたらアカリの母親と同じように、身体に流れる魔力に異常をきたしているのかもしれない。
ボクならなんとかなるかもしれないと伝えると、どうか治して欲しいと懇願される。マブダチの頼みを無碍にはできず、ボクはシローに頼んで彼女の故郷に行くことになったのさ。
飛行機とやらに乗って長々と空の上を飛び、ナーシャの故郷に辿り着く。
弟君が入院している病院に向かい、身体が衰弱している弟君を診察した。
するとどうだろう。弟君の身体自体はなんの異常もなかったが、もっとヤバい状態に陥っていた。彼の器には魂が宿っていなく、このままでは一生目を覚まさない。それどころか、今に死んでもおかしくない状態だったんだ。
ありのままを話すと、ナーシャは泣きじゃくってしまう。
どうにかならないかと聞いてくるシローに、ボクは仮説を伝えた。
弟君の魂はまだダンジョンの中に囚われているかもしれないってね。
ナーシャから弟君を助けた状況を詳しく聞き出し、助けられる方法も浮かんだ。その方法とは、器の弟君を連れてダンジョンの中に連れていき、倒せなかったもう一体の異常種を倒すこと。
ボクの案を聞いた皆は、一縷の望みをかけてオスタンキノ・タワーに向かった。
ナーシャがギルドマスターに話を通してくる間に、他の冒険者に絡まれてしまう。そこを助けてくれたのが、アレクセイというガチムチな男だった。
彼は大層にも英雄と呼ばれているらしく、凄腕の冒険者だそうだ。シローも彼を知っていて、今までにないくらい興奮するほど気に入っている。
こんなガチムチのどこがいいのだろうか。ボクは自信過剰なガチムチは苦手なんだよね。声もやたら大きくて煩わしいし。
だが、ギルドマスターに話をつけてきたナーシャによると、彼女が友人であるアレクセイに協力して欲しいと呼び寄せたそうなんだ。驚いたが、数が多いに越したことはないから問題はないだろう。
その後ボクらはダンジョンに入り、異常種が出現した場所までノンストップで駆けて行く。その間のモンスターとの戦闘は、全てアレクセイが相手をした。第一ステージの階層主も彼が一撃で倒してしまう。
英雄と呼ばれるだけの実力はあるってことだね。
新しいステージに転移し、山の中を登っていく。
突然雪が降り始めたと思ったら、お目当ての異常種が現れた。
やはりボクの推測は正しかったようだね。器である弟君に引き寄せられたのか、異常種と何度も遭遇しているシローに反応したのかは分からないけど、上手いこと事が運んで良かったよ。
後はあのおっきな白いワンコロを倒せば万事解決という訳さ。
戦闘開始後、序盤はこちらが有利に進めていた。ワンコロは図体の割りに動きが疾いが、何故か執拗にアレクセイを狙っている。もし疾さを生かして攪乱しつつ後衛を狙われていたら、もう少し厄介だっただろうね。
アレクセイがワンコロの相手をしている内に、シローとボクとアカリがコツコツとダメージを与えていく。ナーシャは歌によるバフを全体にかけつつ、弟君を守っていた。
このままいけば何事もなく倒せるだろう。
そう思っていた時だった。突然ワンコロが咆哮を上げると、仲間か手下か分からないけど、小さなワンコロの群れが新たに現れてしまう。仲間を呼ぶなんてセコい真似をするじゃないか。
面倒臭くなったなぁとため息を吐いていると、不意にシローが何者かによって背中を斬られてしまった。
(なんだあいつ……)
シローを斬ったのは、見慣れない鎧を纏った人型の何かだった。漫画で見たことがあるけど、侍という格好に似ている。
侍が倒れ伏すシローに剣を振り下ろそうとした瞬間、アカリが矢を放って阻止した。アカリが駆けつけると同時に、シローの身体が光を放ち回復する。
シローを回復したのは恐らくナーシャだろう。歌のメロディーが変わったからね。
おっと、シローばかりに気を取られている訳にはいかない。どさくさに紛れ、ワンコロ共が群れを成して一斉に襲い掛かってきたからだ。
「ギガウインド」
正面から襲い掛かってくるワンコロを豪風で吹っ飛ばす。ナーシャも魔術で応戦してくれた。
小さなワンコロをボクらに
なによりあの侍だ。あれは一体なんなんだ?
なんでいきなり現れたのか理解できない。それも気配を感じさせず突然現れたぞ。あれも異常種というやつだろうか。
全く……シローは本当に厄介なモンスターを呼び寄せるね。困ったもんだよ本当に。
シローに言われたのか、アカリがボクらの方に加勢してくれる。どうやらシローが侍の相手を引き受けるそうだ。
まぁ、それが一番妥当だろうね。奴の相手は誰かがしなくてはならないし、今のところ適任なのはシローだろう。
手下のワンコロを素早く片付けて、二手に分かれて大きいワンコロと侍を倒すのが最善だ。
が、そのプランも侍によって一瞬で覆されてしまう。
侍が忽然と姿を消したと思ったら、ナーシャの背後に現れて強襲する。シローのかけ声によって致命傷は避けられたが、ナーシャの胸からは血が舞い散った。恐らく弟君を庇うために、振り向きながら後ろに後退したのだろう。そうしなきゃ弟君が殺られていた。
(あの侍、姿を消せるのか……)
なるほどね。気配を感じずに突然現れたのも、身体を消せるのなら納得だ。
それにしても厄介な能力だよ。この混戦の中で姿を消されたらたまったもんじゃない。前に後ろと、常に見えない敵に警戒していないといけないじゃないか。
ワンコロの相手をしつつ、侍にも注意を傾ける。
激昂したシローが怒涛の勢いで剣を振り、侍を圧倒していた。
(何故姿を消さないんだ? できないのか?)
シローに押されている侍は、姿を消さなかった。その方が断然有利なのに。
考えられるとしたら、“しないのではなくて出来ない”。姿を消すには条件が必要なのだろう。
シローの斬撃を喰らい、侍が吹っ飛ぶ。追撃を仕掛けようとした刹那、鋼鉄の顔の口の部分がパカッと開き、鉄鎖が射出される。
雪で見えなかったが、後ろが崖だったのだろう。鉄鎖を腕に巻きつかれたシローは、侍と共に崖から落っこちてしまった。
「うわぁああああああああああああ!?」
「士郎さーん!!」
シローが消え、アカリの悲鳴が雪山に響き渡る。
ありゃりゃ、落っこちちゃったよ。地面までの高さによるが、シローの生存確率は半々といったところかな。
「どうしよう! 士郎さんがッ!」
ワンコロに矢を射りながら、青ざめた顔のアカリが問いかけてくる。それに対し、ボクは淡々とした声音で答えた。
「アカリはシローを助けに行ってくれ。もしシローが生きていたら、一人であの侍を倒すのは難しいだろうからね」
「えっ……いいの?」
この場を離れてシローを助けに行っていいのだろうか? 不安気なアカリの顔にはそう書かれていた。
迷いを吹っ切らせるために、ボクはしっしと手を振って、
「構わないよ。シローを連れて来てくれた方がこちらとしても助かるしね」
「……ごめん、士郎さんを助けてすぐに戻ってくるから!」
そう叫ぶと、アカリは踵を返して落下したシローのもとに大急ぎで駆けて行った。
ワンコロに魔術を放ちながら、ナーシャがボクに近付いてくる。
「身体はもういいのかい?」
「うん、ポーションで回復した。それよりアカリを行かせてよかったの?」
「いいんだ、アカリが居ても邪魔なだけだからね」
「えっ……」
ボクの冷たい物言いに、ナーシャは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる。
アカリは優秀な弓術士だ。それは断言できる。
まず腕が抜群に良い。普通、矢を当てるにしても遠距離からなら身体に当てられれば御の字だろう。
なのに彼女は、動き回るモンスターにピンポイントで狙った箇所を当てられる程の技量が備わっている。それも仲間が接近して戦っているところを、針の穴に糸を通すかのように誤爆させず当てられるんだ。
そんな末恐ろしいことを平気で熟せる胆力と集中力。
ステータスの恩恵を加味しても、アカリの腕前は達人級と言っても過言ではないだろう。
弓の腕だけではなく、アカリはバトルIQもかなり高い。
常に後ろから状況を把握し、自分が成すべき仕事をしている。咄嗟の判断もできるし、頭が柔らかく対応力もある。
こう言っちゃなんだが、シローよりもアカリの方が冒険者としての
だが、アカリには一つ欠点がある。
それは、シローが窮地に陥ると途端にポンコツになってしまうところだ。シローのことになると、アカリの判断力はグンと低下してしまう。
それは多分、シローを死なせたくないという想いによるものだろう。
周りが見えなくなり、シローを第一に考えてしまうんだ。
さっきだってそうだ。侍からシローを助けたのはいいが、わざわざ近付いて声をかけに行く必要なんてない。仲間が心配だからって、後衛が見るからに接近タイプの敵に近付くなんて愚策もいいところだ。
さらに今の場面。シローが侍と一緒に崖から落ち、アカリは慌てふためいた。例え彼女がこの場に残っていたとしても、きっとシローを心配して注意散漫になっていただろうね。
そんな奴が居ても返って迷惑だし、戦闘の邪魔になる。敵だけではなく、心ここに非ずの仲間にまで気を張ってなんかいられない。
だからボクは、アカリをシローのもとに行かせたんだ。二人が侍を倒して無事に帰ってきても、死んじゃったとしても正直どっちでもいい。
まぁ、あの二人ならなんとかなりそうだけどね。
魔術でワンコロを牽制しながら、驚いているナーシャにこう伝える。
「それよりナーシャはもっと後ろに居て弟君をしっかりと守っていろよ。この戦いは、弟君が死んだ時点で負けなんだ。君は自分と弟君のことだけを考えていればいい。ワンコロの相手はボクがするからさ」
「それは……でもメムメム一人で大丈夫なの?」
「おいおいナーシャ、誰に言っているんだい。心外だなぁ、ボクがあんなワンコロ共に遅れを取ると思っているのかい? お~いガチムチ君、もう少しだけそいつを抑えていられるかーい」
大声でアレクセイに問うと、彼は大きいワンコロの相手をしながら、
「はっはっは! ガチムチってまさか私のことかい!? 私はアレクセイ、ロシアの英雄に不可能はないさ!」
「うん、大丈夫そうだね」
まだまだ余裕がありそうだ。
正直、アレクセイが居なかったらとっくにパーティーは瓦解し全滅していただろう。大きいワンコロ相手に、彼が一人で抑えられているから助かっている。
英雄の名は伊達ではないという訳だね。
アレクセイの実力は、カミキ
かといって、いつまでも大きいワンコロの相手を一人でさせる訳にもいかない。大きいワンコロも、ちゃっかり身体の周りに風の壁を纏ったりして強化しているしね。
「さて、少しだけ本気を出そうか」
小さなワンコロの数は六匹。あれ、もっと倒していた筈なんだけどな。また増えたのか?
まぁいいか、それくらいは些事だよ。
「ワンッ!」
「ガルァ!」
「ギガウインド」
正面前方から襲い掛かってくるワンコロに、
「ファイア」
「ギャン!?」
火魔術を直接ぶつけると、ワンコロは悲鳴を上げて爆殺した。重力が解けたワンコロが立ち上がる前に、口を踏んづける。
「ファイア」
杖を額に当て、火魔術で焼き殺す。焦げた毛皮が、ハラハラと舞いながらポリゴンに変わって消滅する。残り四匹。
「「ガルルル……」」
「ほう、少しは頭を使うようだね」
残りの四匹は警戒しているのか、ボクの周りをグルグルと囲って仕掛けるタイミングを計っていた。そんなに慎重でいいのかい? 付き合ってやるほどボクは優しくないぞ。
「グラビテーション」
「「キャン!?」」
「ギガフレイム」
重力場を発生させ、二匹のワンコロを引き寄せる。間髪入れずに豪火を放ち、二匹のワンコロを纏めて焼き殺した。
ボクが攻撃する瞬間を見逃さなかった残りの二匹が強襲してくる。流石に今から魔術で対応するのは間に合わないだろう。
だからボクは、身を屈めて飛びついてくるワンコロをギリギリで躱す。二匹のワンコロは互いの頭をぶつけて悲鳴を洩らした。怯んでいる隙に、片方の鼻っ面をおもいっきり蹴っ飛ばす。
と同時に、もう片方に火炎を放って焼き殺した。
「キャン!」
「“待て”よ」
「ガッ――!?」
ボクに蹴られたワンコロが、ボクを無視して後方にいるナーシャに向かおうとするので、重力魔術で強制的に地面に這い蹲らせた。
魔術の発動を継続しながら、ボクはワンコロに歩み寄る。恐怖に脅えた瞳でボクを見上げるワンコロの背中によいしょっと腰掛けた。
うん、中々に良い座り心地じゃあないか。
感触を堪能し、杖を眉間に当てる。そして――、
「ファイア」
慈悲はなく、最後のワンコロにトドメを刺す。
「す、凄い……」
「まぁ、こんなところかな」
立ち上がり、パッパッと尻についた雪を払う。
それにしてもこの杖は実にいいね。魔力の消費軽減に、魔術を発動するタイムラグの短縮もされている。
ボクは基本的に杖を使わない派だけど、使っている内に慣れてしまった。今では身体の一部のように手に馴染んでいる。
こんな良い物を作ってくれたシガラキの爺さんには感謝しないといけないね。
「さて、雑魚も片付けたことだしガチムチ君の手助けをしようか」
多分ボクの攻撃力じゃダメージを与えられないけど、隙を作ることぐらいはできるだろう。それに手下がいなければ、ナーシャも心置きなく支援できるしね。
「身体が冷えてきた、さっさと終わらせよう」
いつの間にか吹雪が強くなっている。
ボクの頭の中では、シローとアカリのことはとっくに消え去っていた。
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