第174話 白王狼

 


「ちょっと寒いな」


「防寒用の防具はこの為だったんだね」


 階層主部屋の扉から転移し、俺たちは第二ステージにやってきた。

 東京タワーダンジョンは第十一階層から密林ステージになるが、オスタンキノ・タワーダンジョンの場合は山岳ステージとなっている。


 山の頂上を目指すステージで、頂上には次のステージに繋がる階層主の扉があるそうだ。

 俺たちの目的である異常種は山岳ステージの中腹にいるみたいなので、今回は頂上に向かう必要はない。


 このステージにも、転移してきた場所に基地がある。

 だが、第一ステージよりかは基地の規模が小さくなっていた。


 それと山岳ステージはちょっと特殊で、現実世界の気温が反映されず、常時気温が低い。場合によっては雪も降るみたいだ。だから冒険者の中では雪山ステージと呼ばれている。


 それにしても寒いな。夏なのに吐く息も白いや。これ、防寒対策してなかったらまともに探索できないんじゃないか。

 かじかむ手にはぁと吐息をかけていると、アレクセイが真剣な表情を浮かべて口を開く。


「ここからは慎重に行こうか。もう大分暗いし、ユーたちは山での戦闘に慣れていないからね」


 アレクセイの言うことは尤もだ。

 日は落ちて薄暗いし、こんな条件が悪い中で山を登るのは危険だ。モンスターとの戦闘どころか、山を登ること事態難しいだろう。

 だが、そんな悠長なことは言っていられない。


「でも時間がないから、俺たちに遠慮せず進んでくれ。全力でついていくよ」


 アレクセイにそう告げると、灯里とメムメムも静かに首肯した。

 俺たちの覚悟を受け取った彼は、ふふっと小さな笑みを零すと肩を竦める。


「エクセレント! ユーたちの想い、この私がしかと受け取った。ならば遠慮はしない、私についてきたまえ」


「ああ!」


 それから俺たちは、異常種が出現したであろう場所まで山を登り始める。

 現実世界の身体だったらまともに登れず苦労しただろうが、ステータスの恩恵のお蔭で登るのに苦労はしない。


 時々遭遇するモンスターと戦いながら進んでいると、ようやく目的地に辿り着いた。


「さ……寒いぃ……」


「って、雪降ってるじゃん!」


 日は完全に落ち、淡い月明りが地上を照らす中、メムメムが身体を縮こませてガタガタと歯を鳴らす。急激に冷え込んだと思ったら、はらりと舞う雪を視界に捉える。


 まさか夏真っ盛りの今に雪を見るなんて思ってもみなかった。

 やばいぞ、身体が冷えて震えてきた。こんな状態で戦えるのか? って困惑していたら、ナーシャが収納空間から人数分のポーションを取り出して俺たちに渡してくる。


「はい、皆これ飲んで」


「これは?」


「ホットポーション。これを飲むと長時間身体が温まる。山岳ステージでは必需品」


「へぇ~、そんなポーションがあるのか。ありがとう、いただくよ」


 俺たちはナーシャからホットポーションを受け取り、ゴクゴクと飲み干す。

 う~ん、味はそんな美味しくないな。苦いというか、ちょっと辛い?

 味に関しては微妙だが、効き目は抜群のようだ。飲んだすぐ後に身体がポカポカと温かくなる。全然寒くないぞ。


「レオ君は飲まなくて大丈夫かな?」


 心配する灯里が、レオ君を背負っているナーシャに問いかけると、彼女は「平気」と言って、


「完全防寒の防具を纏っているから、ワタシ達よりも温かい」


「そっか、それなら良かった」


「へいユーたち、どうやらお喋りしている場合じゃないみたいだよ」


「え? それってどういう――ッ!?」


 真剣な表情を浮かべて注意してくるアレクセイに尋ねようとする刹那、突如【気配探知】のスキルが反応し、警鐘を鳴らしてくる。

 肌を突き刺さすような鋭い気配……階層主にも劣らない強力なモンスターだ。


「ねぇ、あそこ見て!」


「あれは!?」


 灯里が上を指しながら告げる。追いかけるように顔を向けると、少し離れた崖の上に一匹の白い巨狼が悠然と立ち、こちらを見下ろしていた。


 なんだあの狼……大き過ぎない? ポウラーデスベアと変わらないじゃないか。

 それによく見てみると、全身に幾つもの傷跡が残っている。右目も斬傷によって潰れていた。


 一見しただけで普通のモンスターではないことが窺える。

 それは外見だけではなく、巨狼から漂う重厚なプレッシャーもそうだ。隻眼のオーガと対峙した時を思い出してしまう。


「はっはっは、まさかこうも上手くことが運ぶとはね」


「メムメムの予想が当たった」


 巨狼を見上げながら、アレクセイとナーシャが確信したように口を開く。


「それってつまり……」


「そうだよシロー、奴が取り逃がした異常種……ホワイトウルフキングだ。奴の右目を斬ったのは私だからね、間違いないよ」


 あの巨狼が一年前に現れた二体の異常種の内の一体だったのか。

 遭遇することを願ってはいたけど、まさかこんな簡単に現れてくるとはな。やっぱりレオ君に反応したのだろうか……それともマジで俺の体質のお陰せいか?


 どっちだっていいか。都合良く現れてくれたんだ、幸運だと思っておこう。


「気を引き締めたまえ。正直すぐに倒せると思ってはいたが、どうやら強敵のようだ。一年前に戦った時よりも、奴は成長しているよ」


「えっ、そうなの!?」


「アレクセイの言う通り、ワタシたちと戦った時よりも凄く大きくなっている。一年前はもっと小さかった」


「マジか……」


 二人の話に驚いてしまう。

 ぶっちゃけ、異常種とはいえどアレクセイがいれば余裕なんじゃないかと高を括っていた。さくっと倒せるんじゃないかってね。


 が、二人の話によるとホワイトウルフキングは一年前より成長しているようだ。直接戦った二人が言うんだから間違いないだろう。


 っていうか一つ疑問なんだけど、モンスターって“成長する”ものなのか?

 俺と同じ疑問を抱いたのか、灯里が皆に質問する。


「ねぇ、モンスターって成長するの?」


「さぁ……長いこと冒険者をしているが、こんな事は初めてだよ」


「ワタシも聞いたことがない」


「モンスターだって生き物だ、成長しない道理はないだろう。それに、ナーシャたちと戦って一年も経っているんだろう? そりゃモンスターだって成長もするだろうさ」


 メムメムの意見は尤もだと思う。

 けど、俺の中でダンジョンのモンスターはゲームデータみたいなものだと思っていた。そういう仕様というか、ステータスは最初から決まっていて、変わらないものだと。

 だから、モンスターが成長するなんてことは頭になかった。


 でももしかしたら、モンスターも成長するのかもしれない。

 今まではたまたま、遭遇した冒険者がすぐに倒してしまうから分からなかった。もしくは、ホワイトウルフキングが異常種だから特別なのか。


 ダンジョンが出現してからまだ三年しか経っていない。俺たちはまだまだ、ダンジョンという未知なる存在を知らないんだ。知った気になっていただけで。


「グルルルッ」


「おやおや、凄い形相で睨んでくるじゃないか。もしや私とナーシャのことを覚えているのかな? それもそうか、ユーの片割れを屠ったのは我々だからね」


 仇敵に出会ったかのように呻りながら、アレクセイを睨みつけるホワイトウルフキング。成長しているだけじゃなくて、彼のことまで覚えているっていうのか?


「皆、武器を構えろ。来るぞ」


「ワオオオオオオオオオオンッ!!」


 ホワイトウルフキングは劈くような咆哮を上げると、俺たちに向かって猛進してきたのだった。

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