第173話 英雄 アレクセイ

 


(うわぁ、みんなガタイ凄いな……)


 男子更衣室に来た俺は、着替えている冒険者の肉体が目に入って驚いてしまう。

 ぽっちゃりしている人はほとんどいなくて、スポーツジムに通っているような筋肉ムキムキな人ばかりだった。


(サウナまであるんだ……)


 男子更衣室は、銭湯の更衣室によく似ている。室内は広くシャワーも完備されているが、なんとサウナまでついていた。そういえばロシアの人ってサウナが好きなんだっけ。


 ちょっと入ってみたいなぁと思っていると、アレクセイから防具を渡される。


「へいシロー、ユーはこれを着たまえ」


「ありがとうございます」


 アレクセイから渡された防具一式は、上下白いものだった。毛皮けがわがついていて、俺の真・ウルフキング装備一式によく似ている。それになんだか暖かそうだ。


「それはホワイトウルフの防具さ。シローがいつも使っている防具より性能は落ちるだろうが、違和感はないと思うよ。それに防寒スキルもついているしね」


 なるほど、普段使っている防具に合わせてくれたのか。心遣いがありがたい。

 お礼を言って着替えていると、アレクセイがジロジロと見てくる。鼻息が荒いのは気のせいだろうか?


「な、なんでしょうか……」


「いや~、シローの身体も引き締まっているね。実に素晴らしい」


「そうですか……?」


 一度お腹に肉がついたのを気にしてダイエットを始めてから、今もランニングや筋トレは継続している。バッキバキとまではいかないけど、自分でもそれなりに引き締まったとは思っていた。


「それを言うなら、アレクセイさんの方が凄いじゃないですか」


 指摘すると、彼は「まぁね」と自画自賛する。


「健全な精神は健全な肉体に宿るというだろう? だから私は、己の肉体は完璧に磨き上げているのさ。それよりシロー、敬語はやめてもっとフランクに接したまえ。ユーと私は同い年なんだからさ」


「えっ、そうなんですか?」


 へぇ~初めて知った、俺ってアレクセイと同い年だったんだ。

 っていうか、何で彼は俺の歳を知っているんだろうか? なんか恐いから聞くのはやめておこう……。


「わかったよ、アレクセイ」


「うん、ユーとは良い関係になりそうだ」



 ◇◆◇



 防具に着替え終えた俺たちが広場で待っていると、女性陣がやってくる。彼女たちの姿を見た俺は、目が点になってしまった。


「なんか可愛い防具だな」


「ははは……私もそう思うけど性能は良いみたい」


 恥ずかしそうに苦笑いする灯里。

 ナーシャから貸してもらったんだろう。灯里とメムメムが装備している防具は、外見が可愛いらしいものだった。


 灯里の防具は白狐をモチーフにしたような防具で、白と黒が混じった毛皮に耳のフードがついている。

 メムメムは白クマをモチーフにしたような防具で、全身が真っ白だ。こちらも耳つきフードがついていた。


 なんというか、二人とも可愛いパジャマを着ているみたいだな。

 灯里はスマートな感じがしてまだ防具には見えるが、メムメムに至ってははもう白クマのモフモフした着ぐるみを着ているマスコットキャラクターと変わらない。


 ぶっちゃけ二人ともめちゃくちゃ似合っているし凄く可愛いんだが、それで戦えるのだろうかと疑問を抱いてしまう。


「シローは色違いみたいだね」


「人をポケ〇ンみたいに言うんじゃない」


「はっはっは! 可愛らしいじゃないか! とても似合っているよ!」


「でしょ? ワタシが選んだの」


 灯里とメムメムの姿をアレクセイが褒めると、ナーシャがドヤ顔を浮かべる。


 アレクセイの防具は全身が黄金に輝く鎧で、肩からは真っ赤なマントが広がっている。派手好きな彼らしい、そして英雄に相応しい防具だ。


 ナーシャの防具は白と水色が合わさった、衣装のような防具だ。冒険者というよりは歌手のような外見で、まさに歌姫といったところだろう。


「さて、準備も済んだことだし早速行こうか。早くしないと日が落ちてしまう」


「ですね」


 アレクセイの意見に同意する。

 今はロシアの時間で17時頃。日が落ちて暗闇になってしまえば、探索や戦闘に支障が出てしまう。できれば、夜になる前に決着をつけたい。

 俺たちは冒険者証をゲートに通して進み、ダンジョンの入り口へ向かった。


「こっちは自動ドアじゃないんだね」


「そうだな」


 灯里の言葉に相槌を打つ。ダンジョンに続く入り口は、東京タワーのように自動ドアではなく、木製の扉だった。俺たちが扉に近付くと、扉はきぃぃと高い音を立てながら開く。扉の奥は真っ暗な闇が広がっていた。


「皆、行こう」


「「うん」」


 俺たちは覚悟を決め、オスタンキノ・タワーダンジョンに入ったのだった。



 ◇◆◇



 ロシアのダンジョンは、他のダンジョンとはフィールドの仕様が異なる。

 通常は東京タワーダンジョンのように一階層ごとに階段があり、一階層ずつ進まなければならないのだが、オスタンキノ・タワーダンジョンの場合は特殊で、次のステージまで階段がないのだ。勿論帰還用の扉はあるけど。


 詳しく説明すると、東京タワーダンジョンは一階層から九階層までの草原ステージは一階層ずつ階段を登って更新しなければならないのだが、オスタンキノタワーは草原ステージが九階層まるごとある仕様となっている。

 イメージ的にはオープンワールドって感じだろうか。


 広大なステージの最奥に行くと階層主の扉があり、階層主を倒すと次のステージに行ける。ここでやっと階層を更新できるといった感じだ。


 一々階段を見つけなくても先に進めるといったメリットはあるが、再度入るとしたらまた最初の地点からスタートしなければならないデメリットがある。どっちがいいかは人によるだろう。


「ここがオスタンキノ・タワーのダンジョンの中か」


 初めて他のダンジョンの地に降り立つ。

 東京タワーダンジョンの草原ステージと変わったところがないが、その代わり向こうにはないものが目に入った。


「ビックリした~、建物がいっぱい」


「見たところ、基地のようなものかな」


 周りの景色を見渡して驚愕する灯里に、感心するメムメム。

 俺たちの周囲には、ダンジョンでは見慣れない家が多く建っている。民家という感じではなく、雨風を防げれば良しという簡素な建物だ。メムメムの言った通り、どこか基地っぽいイメージがある。


「他のダンジョンと違って、我が国のダンジョンは転移場所スタート地点が確定しているからね。だから、軍と冒険者が連携して基地を作っているのさ。次のステージにも基地があるよ」


「そうなんですか」


 キョロキョロと視線を彷徨わせていると、アレクセイが基地について説明してくれる。

 確かにこういう場所があったら冒険者はかなり助かるな。東京タワーダンジョンの場合はランダムに転移されてしまうから、同じような真似はできないだろう。


「お目当ての異常種は第二ステージの中盤あたりで遭遇していたね。まずはそこまで突っ走ろうか」


「アレクセイは知っているのか?」


「知っているもなにも、私もナーシャと一緒に戦ったからね。あの時は一匹倒すので精一杯で、逃げたもう一匹を追うことはできなかった」


 そうだったのか……それは知らなかったな。

 ナーシャから事情を聞いた時、一度に二体の異常種と遭遇してよく倒せたなって不思議に思っていたが、なるほど彼がいたのなら不可能ではないな。


「階層主まで最短ルートで向かうよ。可能な限りモンスターとの戦闘も控える。力を温存したいからね。私が先導するから、シローたちは追いてかれないようについてきてくれたまえ」


「レオはワタシが預かる」


「わかった」


 背負っていたレオ君をナーシャに預ける。

 そして俺たちは基地からダンジョンの草原を駆けるのだが――、


「ちょっと速くない!?」


「ひぃ~~~~!」


 先導するアレクセイの移動が早過ぎて、置いてかれてしまいそうになる。

 灯里とナーシャは平気そうだが、俺とメムメムはひぃひぃ言っていた。敏捷が違うんだから、もう少しペースを落として欲しいんだけど。


「~~~~~」


「身体が軽くなった?」


 突然ナーシャが歌い出したと思ったら、身体が軽くなる。走る速度も上がったし、疲れもなくなっている。

 これは……。


「敏捷とスタミナ増加のバフをかけた。これならいけそう?」


「ああ、ありがとう!」


 ナーシャが歌によって付与バフをかけてくれたのか。島田さんに加速の付与をかけられた時と同じ感覚だ。

 うん、これならアレクセイに置いてかれることはなさそうだな。


「キュー!」


「ンバァー!」


「はっはっは、ユーたちに用はない。そこを通してもらおうか!」


「「ギャーー!?」」


 目の前から襲い掛かってくるモンスターを、足を止めずに瞬殺するアレクセイ。

 なるべくモンスターとの戦闘は避けたいが、目の前に遭遇するモンスターとは戦うしかない。だが、その全てを先頭にいるアレクセイが蹴散らしていった。


(あれ、アレクセイの剣の刀身が見えないぞ?)


 暗いから分かりにくかったが、近くで見るとアレクセイが持っている剣が、柄から先の刀身が透明になっていた。


 あんな武器、持ってたっけ? ここ最近で手にいれたのかな。

 っていうか、よく透明な剣で戦えるな。敵にも有効だが、自分も距離感とか狂わないのだろうか。多分俺じゃ使いこなせないだろうな。


 アレクセイの剣に関心を抱きつつも、俺たちは物凄い速さでフィールドを駆け抜ける。


 スノーフォックス、ホワイトウルフ、アムルタイガー、ダブルヘッドイーグル、ビッグレインディア、ホーンタミアス。


 オスタンキノ・タワーダンジョンならではのモンスターを目にする。時間さえあればモンスターと戦ってみたかったけど、今回は目的があるため無視するしかない。


 一切足を止めず走り続け、時々接敵するモンスターはアレクセイが葬る。

 そんな感じでずっとフィールドを走り続けていたら、三十分ほどで最奥に辿り着き、次のステージに繋がる階層主の扉を発見した。


「もたもたしていられない、行こうか」


「「うん」」


 俺たちは階層主部屋に続く扉を潜り抜けた。

 階層主の部屋に転移する。オスタンキノ・タワーダンジョンの第一階層主は、ポウラーデスベア。

 見た目は白クマだが、現実世界の白クマより三倍は大きく、オーガにも引けを取らない凶暴なモンスターだ。


「ガァーーーー!!」


 咆哮して向かってくる白死熊ポウラーデスベアに、俺たちも武器を構えて応戦しようとするのだが――、


「すまないが、ユーの相手をしている時間はないんだ」


 アレクセイが持つ透明の剣が、一際眩しく光輝く。


「“壁の内、聖樹の下、隠された宝は鋼鉄の剣。勇士の剣は自ずと振るわれる”――『英勇の剣クラデニェッツ』!!」


「グァァアアアアアアアアッ!!??」


 ――覇豪一閃。


 アレクセイが放った極光の斬撃は、飛び掛かってきたポウラーデスベアを真っ二つに斬り裂いた。


「すっ……げ~~」


 レベル差があるとはいえ、階層主を一撃かよ。これがロシアの英雄の実力なのか……。


 たったの一振りで階層主を屠ってしまったアレクセイに呆然としていると、彼は赤いマントを翻しながらこちらに振り向き、頼もしい笑顔を浮かべながらこう言ってきた。


「さぁ、こうか」

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