第172話 オスタンキノ・タワー

 


 ナーシャが担当医に事情を説明し、レオ君の外出許可を得る。

 レオ君は俺が背負うことになった。身体強化の魔術を使えば、軽々と運ぶことができる。


 眠ったままのレオ君を連れ、俺たちはタクシーに乗ってオスタンキノ・タワーへと向かう。といっても、病院から徒歩でも十分ぐらいの場所にあるのですぐに到着した。


「これがオスタンキノ・タワーか……」


「うわ~おっきいね~」


 眼前に聳え立つオスタンキノ・タワーを見上げる。

 この塔はモスクワの名所でもあるテレビ塔で、なんと高さが540メートルもある。外観は細長く、真っ赤な東京タワーと比べるとオスタンキノ・タワーは白亜の塔って感じだ。


 そして東京タワーと同様、オスタンキノ・タワーは三年前にダンジョンへと変貌してしまった。外見はなんら変わっていないけどな。


 塔の周辺には本来オスタンキノ公園があったんだけど、ダンジョン対策に冒険者ギルドが建てられてしまい、自然の姿はほとんど無くなっている。


 ただ、日本に比べると塔の周辺に新しいビルや商業施設がそこまで増えている訳でもなさそうだ。


「こっち、ついてきて」


 ナーシャを追い、ギルドの中にはいる。


(へ~、内観は日本のギルドとあまり変わらないんだな)


 きょろきょろと視線を動かしてギルドの内装を見渡す。

 オスタンキノ・タワーのギルドも、作りは日本のギルドと特に変わりはなかった。


 ただ、当然だけどそこにいるのは外国人だらけ。しかも皆背が高くて、肩が当たったら軽く吹っ飛ばされてしまいそうなぐらい身体がガッチリしている。


 えっ皆ごつくない? 全員が歴戦の戦士に見えてくるんだけど。

 きっと彼等からしたら、俺たちなんか子供に見えるんだろうな。


「シローたちはここで待ってて。ダンジョンに入れるよう、ギルドマスターに会ってくる」


「わかった……って、ナーシャはギルドマスターと知り合いなのか?」


「うん」


 凄いな、ギルドマスターっていうぐらいだからここで一番偉い人だと思うんだけど、そんな人とアポなしですぐに話せるのか。

 やっぱりロシアの歌姫は違うなぁと感心していると、ナーシャがこう言ってくる。


「ギルマスは日本と比べてとてもフランク。ギルマス自体冒険者だし、時々ダンジョンに遊びに行ってる」


「ははは……そうなんだ」


 遊びって……なんか凄そうな人だな。

 想像だけで会ってもいないギルドマスターに圧倒されていると、ナーシャは「ちょっと待ってて」と言ってどこかに行ってしまった。


 待つのは全然構わないんだけど、ちょっと居心地が悪いよな。

 周りは屈強そうな外国人ばかりだし、アウェー感が半端ない。それもさっきから、ジロジロと見られている気がするんだよな。


(ん? 見られてる?)


 いや待て、認識阻害の魔術をかけているのにどうして注目されているんだ? 俺たちだってバレてないはずだよな

 気になった俺は、メムメムに聞いてみる。


「なぁメムメム、認識阻害の魔術ってかかってるよな? なんか周りから見られている気がするんだけど」


「あっ、それ私も感じた」


「失礼な、ちゃんとかけているよ。でも、魔術が絶対とは限らないからね。なにか原因があるんじゃないかい」


「そうか……」


 なんでだろうな~と疑問を抱いていると、突然二人の男がニヤニヤと笑いながら俺たちに声をかけてきた。


「おい、アジアンのガキがなんでロシアのギルドにいるんだよ(ロシア語)」


「ここはガキの来るところじゃねぇ、さっさと国に帰んな(ロシア語)」


「えっと……」


 駄目だ、ロシア語だから何を喋っているか全然わからない。

 しかし、彼等の表情や態度から絡まれているというか、喧嘩を売られていることはなんとなく察した。なので俺は、灯里とメムメムを守るように一歩前に出る。

 けど、どうして俺たちが絡まれるんだ?


(あっ、そういうことか!)


 俺たちが日本人だから絡まれているのか。

 その理由なら、周りの人からジロジロと見られてしまうのも頷ける。ほぼロシア人しかいないこの場所では、日本人の俺や灯里は珍しく注目の的になってしまう。


 認識阻害の魔術のおかげで俺たちは個人として認識されないが、そもそもまるっきり見た目が異なる日本人なら関係ないというか、効果が薄れてしまうんじゃないだろうか。


「おい、なに黙ってんだよ。まさかロシア語もわからねーでここに来たのか?」


「目ざわりだ。さっさと国へ帰んな」


 返事をしないからだろう。機嫌を悪くした二人の男のうちの一人が、俺に手を伸ばしてきた。

 だがその手は俺に触れる寸前、横から出てきた手によって掴まれる。


「へいユーたち、その辺にしておきたまえよ」


「ああ!? 横からしゃしゃり出てきてんじゃねぇって――あんたは!?」


(この人どこかで……)


 突然現れ、俺を助けてくれた人物。

 その人物は大柄な男性で、黄金に輝く長髪をオールバックに流している。鷲を彷彿するキリリとした顔立ちで、めちゃくちゃ男前だ。


 そしてなにより存在感が半端ない。圧倒的なまでの雰囲気オーラみたいなのがその身から溢れ出ている。まるで合馬大臣みたいだ。


 俺はこの人を見たことがある。いや――知っている。

 呆然としながら彼を見ていると、ロシア人の男達は驚愕しながら彼の名を叫んだ。


「アレクセイ……アレクセイじゃねぇか!」


「そう、私はアレクセイ。ロシアの英雄とは私のことさ!」


「――っ!?」


 やっぱりそうだった!

 彼はロシアの英雄、アレクセイ=アレクサンドロフだ!

 うわ~すげ~! 本物と会っちゃったよ! どうしよう、めちゃくちゃ感激だ!


 心の中で興奮しまくってしまう。

 だって俺は、アレクセイのファンなんだ。


 冒険者になる前、俺はよくYouTubeでダンジョンライブを視聴していた。その際によく見ていた個人の冒険者は、神木刹那とアレクセイだったんだ。


 アレクセイは強いのは勿論のこと、戦い方がとにかく派手で豪快。それに外見もかっこいいし、人柄も良い。彼のダンジョンライブは見ていて楽しいし、ワクワクさせられる。


 彼の人気は凄まじく、恐らくロシアの人々なら誰しもが知っているだろう。その名は日本にも轟いているほどだ。


 そしてなにより、アレクセイはロシア最強の冒険者だ。

 強く、派手で、かっこいい彼はいつしかこう呼ばれるようになった。


 ――ロシアの英雄、と。


 孤高である刹那とは違うベクトルだけど、アレクセイは俺の憧れの存在なんだ。

 まさかロシアの英雄とこんな所で会えるなんて……感激すぎる!


 やばいくらい感動していると、アレクセイは二人の男に向かってこう言い放った。


「ユーたちの振る舞いは、ロシアの冒険者としてスマートじゃないな。品を落とすような真似はしないで、ここから静かに立ち去りたまえ」


「ちっ、アレクセイにはかなわねーな」


「仕方ねぇ、ここはあんたの顔に免じて引き下がってやるよ」


 アレクセイが何かを告げると、二人の男はやれやれといった風に踵を返して去って行った。

 かっこい~。あっという間に追い払っちゃったよ。かっこ良過ぎるだろこの人。


 アレクセイは振り返ると、俺たちに向かって口を開いた。


「すまない、同胞がつまらない事をしてしまった。彼等はアジアンが珍しかっただけなんだ。気を悪くしないでくれたまえ」


「いえ、大丈夫です。それより助けてくれてありがとうございました……てあれ、日本語?」


 お礼を伝えている最中に、ふと違和感を抱いた。

 聞き間違いじゃないよな。今、アレクセイは日本語を喋らなかったか? 


「私は日本のアニメや漫画が大好きでね。日本語を聞いたり読めるように頑張って勉強したんだよ。それで喋れるようになったって訳さ」


「そうなんですか」


 あのアレクセイがオタク文化を好んでいたなんてな。やっぱり日本のオタク文化って凄いと改めて思うよ。


「あの俺、あなたのファンなんです! あなたのダンジョンライブも見てます! 会えて光栄です!」


「こんな食い気味な士郎さん、初めて見たかも……」


「シローもまだまだ子供ってことだよ」


 俺のテンションに呆気に取られる灯里と、肩を竦めながらため息を吐くメムメム。

 だってしょうがないじゃないか、いつも画面越しで見ていたロシアの英雄が目の前にいるんだよ。はしゃぐのも無理はないって。


「おや、そうだったのかい? それは嬉しいね、ありがとう。でも実はね、私もユーのファンなんだよ、シロー」


「えっ!? 俺を知っているんですか?」


「勿論さ。君の後ろにいるアカリやメムメム、ここにはいないカエデやシマダのこともね。私もユーたちのダンジョンライブをよく見ているんだ」


「そ、そうだったんですか……」


 マジか、まさかアレクセイが俺たちの事を知っていて、その上動画まで見られているなんて……。驚いたというか、なんかちょっと恥ずかしいな。


「お待たせシロー、ギルドに入れる許可をもらったよ」


「あ、ナーシャ」


 アレクセイと会話をしていると、ギルドマスターのところに行っていたナーシャが帰ってくる。よかった、どうやら無事に俺たちとレオ君のダンジョン入場の許可を得られたようだ。


「アレクセイも来てくれてありがとう」


「久しぶりだねナーシャ、元気そうでなによりだよ」


「あれ、ナーシャはアレクセイさんと知り合いなの?」


 親しそうな二人の関係に灯里が尋ねると、ナーシャは「うん」と頷く。


「アレクセイはワタシの友達」


「彼女とは何度もパーティーを組んだことがあるんだ。日本に行くとなって寂しくなったが、ナーシャの活躍は耳にしているよ。でもまさか、ロシアの歌姫がアイドルになると思わなかったな。はっはっは!」


「うるさい……」


 そうそう、ナーシャとアレクセイは冒険者仲間なんだよな。


 アレクセイは別パーティーで、ナーシャは基本ソロだったけど、時々パーティーを組んで探索していたんだよ。アレクセイのダンジョンライブを見ていると、たまにナーシャがいることがあったし。それで俺もナーシャの存在を知ったんだ。


 でも、いつの頃からかナーシャはアレクセイと探索しなくなった。

 今だから分かるけど、恐らく救い出したレオ君に付きっきりでダンジョンどころじゃなかったんだろう。


「アレクセイはワタシが呼んだの。探索を手伝ってもらおうと思って」


「歌姫のお願いを断る訳にはいかないからね。それに、私にも可愛い妹がいるからナーシャの気持ちもわかるんだ。私にできることならなんでもするつもりさ」


「マジ!?」


 うわ~、ロシアの英雄と一緒にダンジョンに入れるなんて凄く光栄だ。確かに、彼がいるなら鬼に金棒だな。


「さっ、ぐずぐずしていないで行こうか。ついてきたまえシロー、男子更衣室はこっちだよ。ユーの装具は私が貸そう」


「はい、ありがとうございます」


 案内してくれるアレクセイについていく。

 まさかロシアの英雄と一緒にダンジョンに入れるなんて思わなかったな。


 いやいや、何を浮かれているんだ俺。

 レオ君の魂を救い出すためにダンジョンに行くんだ。遊びに行くんじゃないんだぞ。


 背負っているレオ君を意識しながら、俺は気を引き締めたのだった。

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