第167話 ありがとう

 


「どうかお願いだ、君達の手で私を殺してくれ」


 エルヴィンは切実な表情を浮かべてそう言った。

 彼をどうにか呪いから解放したくて、俺と風間さんと刹那は死力を尽くして挑んだ。


 だけど彼は本当に強くて、こんな人に勝てるのかと希望を見失いかけたりもした。


 それでも諦めず戦い、俺たちはあと一歩のところまで追い詰めたのだが、エルヴィンが竜人の姿に変貌したところで形勢は逆転されてしまう。


 そこからは余り覚えていない。

 ただ諦めたくなくて、どうにか彼を救いたい一心で、震える身体に鞭を打ち、立ち上がった。


 すると身体の奥底から暖かい力が漲ってきて、無我夢中になって駆け出す。


 最後に風間さんと刹那が俺に道を切り拓いてくれた。

 そしてやっと、エルヴィンの身体に剣を届かせることができたんだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「……」


「うっ……」


 全ての力を使いきった俺は、剣を手放してしまいそのまま倒れてしまう。


(駄目だ……もう動けない)


 立つことはおろか、指一本すらまともに動かせない。戦うなんてもっての他だ。


 やれたのか? 今の一撃で勝ったのか?

 頼むから、お願いだから、これで終わってくれ。


 心からそう願っていると、俺の剣が胸に刺さったまま硬直していたエルヴィンが動き出す。


 ――届かなかったのか。


 絶望すると、彼はしゃがみ込み、俺の頭に優しく手を置いた。


「君たちの勝ちだ」


「え……」


 君たちの勝ちってことは、やったのか?

 俺たちは成し遂げることができたのだろうか。


(やった……これでエルヴィンを……)


 達成感に感極まっていると、何故か疲れ切っていた身体に活力が戻ってくる。


 不思議に思いながらぐっと両手をついて起き上がる。顔を上げると、エルヴィンの胸からは大量に血が流れ、口元からも血が垂れていた。


 今にも死にそうな重体。

 それでも彼は晴れやかな笑顔を浮かべ、静かに口を開いた。


「最後に残った私の力を分けた。これで少しなら動けるだろう」


 急に動けるようになったのは、エルヴィンが回復してくれたからだったのか。

 理由が分かって納得していると、倒れていた刹那と風間さんもこちらに近付いてくる。


「GJだ、許斐君。かっこ良かったよ」


「まぁ、シローにしちゃよくやったんじゃねぇか」


「風間さん、刹那……」


 労ってくる二人に、俺は首を振って、


「俺なんか全然……二人が最高のフォローをしてくれたから勝ったんですよ」


「当たり前のこと言うんじゃねぇよ」


「それはそうだね。いや~許斐君をフォローするには骨が折れたよ」


「そ、そうですよね……」


 俺的には「そんなことないさ」と言ってくれるもんだと思っていたが、刹那は相変わらず冷たいし、優しい風間さんでさえ中々に辛辣な言葉を口にする。


 いや、いいんだけどね……フォローしてくれていたのは本当だし、二人が居なかったら俺なんか何度死んでいたか分からなかったし。


「はは……君たちは仲が良いね――ごほ!!」


「エルヴィン!」


 吐血したエルヴィンが後ろに倒れてしまう。俺は咄嗟に動き、彼の頭と背中を支えた。


 呪いが解けたからだろうか。

 彼の身体が、手足の先から徐々に灰となって散っていってしまう。

 エルヴィンは瞼を半分開けて、か細い声音で言葉を紡ぐ。


「はぁ……はぁ……これが死ぬという感覚か。ずっと望んでいたとはいえ、実際に味わってみると結構キツいね」


「エルヴィン……」


「そんな悲しい顔をしないでくれ。君たちは私を救ってくれたのだから。そうだ、君たちの名前を教えてくれないか? 私を救ってくれた……勇者たちの名前を」


 そう望むエルヴィンに、俺たちは己の名前を伝える。


「風間清一郎です」


「……神木刹那」


「許斐士郎です」


「セイイチロウに、セツナに、シローか。礼を言わせてくれ。私を殺してくれて、ありがとう」


 エルヴィンの身体が、胸元まで消滅してしまう。

 彼は瞼を閉じながら、最後にこう告げた。


「君たちの連携、見事だった。もし生まれ変わることができたなら、今度は私も……仲間を……作ろうかな」


 そう言って、エルヴィンはこの世を去った。

 カランカランと、彼の胸に刺さっていた俺の剣が地面に落ちる。

 悲しみに暮れていると、風間さんが俺の肩に手を置いた。


「彼は死を願っていた。やっと呪いから解き放たれたんだ。下を向かないで、堂々と胸を張ろう」


「……はいっ」


「おい嘘だろ。こんだけ戦わせておいて、アイテムの一つも貰えねーのかよ。レベルも上がってねーし、くたびれ損じゃねーか」


「「……」」


 おい刹那、人が折角感傷に浸っているのにぶっ壊すようなこと言うなよな。

 いやまぁ、その気持ちはわかならなくもないけど、せめて心の中に留めておいてくれよ。


「んで、こっからどうすればいいんだよ。まだなんかあんのか?」


「それは無さそうだよ。あれを見てごらん」


 風間さんに釣られて顔を向けると、いつの間にか自動ドアが出現していた。

 ってことは、正真正銘イベントが終わったってことなのかな。


 これで帰れる、と喜んでいると、風間さんが拳を突き出してきた。


「なんだそれは?」


「グータッチだよ。臨時とはいえ、僕らはここまで死闘を戦い抜いてきたパーティーだ。最後くらい、喜びを分かち合おうじゃないか」


「そうですね」


 風間さんの話に同意し、俺も拳を突き出す。心底嫌な顔を浮かべる刹那に、早くと促した。


「ほら刹那も」


「ちっ、わかったよ」


 コツンと、俺たちは拳を突き出した。

 最初はどうなるかと思っていたけど、この三人でここまで来れて楽しかったし、二人と共に戦えたことが凄く光栄だった。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ。


「な、なんだ!?」


 喜びを分かち合っていると、突然地面が大きく揺れる。エルヴィンが住んでいた城が崩れていき、空がバリバリと空間が裂けるように割れていった。


「どうやらエルヴィンを倒したことでこの空間が崩壊しているみたいだね。急いで帰ろう」


「はい」


「ちっ」


 このままここに居たらどうなるか分かったもんじゃない。

 俺たちは急いで自動ドアを潜り、現実世界に帰還するのだった。

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