第166話 勇者とは
「どういうことだ……ポーション飲んでも回復しねーぞ」
「まさか……」
「回復の効果がない!?」
エルヴィンから与えられたダメージを回復しようと、刹那と風間と士郎が回復薬を飲んだのだが、ダメージが回復される様子がなかった。
彼等が怪訝な表情を浮かべていると、その疑問をエルヴィンが答える。
「残念だけど、回復道具の類はこの空間では意味を成さないよ。この戦いに、そんな無粋な物は必要ないからね。能力による回復なら別だけど、その様子だとどうやら君たちは使えないようだね」
「クソが……それならそうと最初から言っておけっての」
「これはマズい事態だね、彼を相手にポーションが使えないのは厳しい」
「はぁ……はぁ……」
刹那たちもそうだが、冒険者は基本ポーションありきでダンジョンを探索している。ポーションを使えることが当たり前になっているのだ。
なのでエルヴィンとの戦いでも頼りにしていたのだが、ポーションが使えないとなると勝率は更に下がってしまうだろう。マジックポーションも使えないので、アーツや魔術を使うにしても節約しなければならない。
三人掛かりでも歯が立たない強敵に、回復アイテムのハンデが無いのはキツかった。
「もう終わりかい? 残念だな……君たちなら私を殺してくれると期待していたのに」
(こんな強い相手に、回復もできずにどうやって勝てって言うんだよ……)
絶望的な状況に打ちひしがれる士郎。
しかし日本を代表する二人の冒険者は、悲観している様子が微塵もなかった。
「風間、癪だが“共闘”するぞ。オレとシローが攻め込む、お前はフォローに回れ」
「うん……僕も同じことを考えていたところだよ。ここはパーティーの戦いをするべきだ。裏方に回るのは残念だけど、この中じゃフォローできるのは僕しかいないからね」
(二人は何を言っているんだ?)
刹那と風間が出した提案に、士郎は困惑してしまう。
今までだって共闘していた筈だ。それとは違うのか?
士郎が困惑するのも無理はない。客観的に見れば、三人で力を合わせて戦っているのだろう。
だが厳密には違う。今まで三人は各々で戦っていて、そこに意志の統一はない。点と点をぶつけていただけで、攻撃の線は繋がっていなかったのだ。
意味を理解していない士郎に、刹那が淡々とした声音で伝える。
「お前は何も考えず攻めればいい。オレと風間が合わせる」
「分かった……俺ができることなら、なんだってやってやる」
「良い顔になったね。そうだ、諦めるにはまだ早いよ」
覚悟を決めた顔になった三人に、エルヴィンは嬉しそうに微笑んだ。
「行くぞ!!」
「「おう!!」」
エルヴィンに向かって、三人は一直線に駆け出す。接近戦を選んだ彼等に、エルヴィンは正解だと告げた。
「そうだ、私に魔術戦は通用しない。君たちが私を殺せる選択肢は三人での近接戦闘だ」
「もう助言はいらねぇよ」
一番早く肉薄した刹那が斬撃を浴びせる。それをエルヴィンが剣で弾くと、逆側から士郎が剣を振り下ろす。
身を翻して躱すと、高速の斬撃を士郎に放った。回避が間に合わず、剣先が士郎の首を切断する寸前、風間がスキルを発動する。
「プロバイケイション!」
「――ッ!?」
風間が発動した【挑発】により、エルヴィンの手が一瞬遅くなる。その一瞬の差により、士郎の首は薄皮一枚で済んだ。
「インパクトツインソード」
刹那の二刀流武技が炸裂する。通常攻撃より重い攻撃に、エルヴィンは剣で防御するしかない。両手を封じた隙に士郎がパワースラッシュを繰り出すが、エルヴィンは横にステップして回避しようとする。
だが回避しようとした方向には盾を構えた風間がいた。
「シールドバッシュ!」
風間が盾のアーツを発動して突っ込む。ダメージにはならないだろうが、回避行動を妨げることはできた。そしてついに、士郎の剣先がエルヴィンの身体を捉える。
「よし!」
「その意気だ! もっと来い!」
初めて攻撃がヒットしたことで希望を見出す。それはエルヴィンも同じで、興奮したように声を張った。
「「はぁああ!!」」
再び士郎と刹那が果敢に攻め立てる。エルヴィンも一歩も譲らず凌ぎながら反撃するが、ベストなタイミングで風間が挑発することで、士郎は紙一重で回避していた。
エルヴィンの攻撃を事前に察知できる刹那と士郎だが、士郎の場合はステータスの違いにより攻撃の疾さに身体がついていけず、本来であればとっくにエルヴィンの攻撃によって何度も死んでいただろう。
しかし風間が絶妙なタイミングで挑発を使うことにより、エルヴィンの攻撃をコンマ数秒遅らせることで、士郎の命を救っていた。
いや、それだけではない。
(刹那と風間さんの言っていた事がやっとわかった! 俺たちは今、パーティーの戦い方をしているんだ!)
さっきまでは、どちらかといえば個々対エルヴィンという形だった。
だが今は風間が一歩引いて、全体をカバー――比率は士郎が高い――しながら
それも彼が目まぐるしく変化する状況を冷静に見極め、士郎と刹那をカバーしつつエルヴィンの動きを妨げるという神がかり的な立ち回りをしているのだ。
ソロの刹那やアタッカーメインの士郎では絶対に不可能。アタッカーとタンク両方とも最高峰の技術を兼ね備えた風間だからこそ成立することができたのだ。
するとどうなるか。
今まで点だったものが線になり、線は繋がり連携という大きな波になる。
いつも灯里や楓、島田やメムメムと戦っている時と同じ感覚を士郎は抱いていた。仲間を信頼し、背中を任せることで相乗効果が生まれる。恐れるものなど何もない。
「もっとだシロー! もっと集中力を高めろ! オレと呼吸を合わせろ! お前ならやれる!!」
「ぉぉおおおおおお!!」
意識が加速する。頭が焼き切れてしまうほど集中を研ぎ澄ました。
士郎と刹那の目線が交差する。エルヴィンと戦いながらも二人は互いに目を離さない。
「「はぁあああああああ!!」」
目を通して意志が通じ合い、互いに何をしようとしているのか、何をすべきなのかを共有する。歯車が噛み合うことで、エルヴィンの速度を上回った。
「ぐはっ!!」
血飛沫が舞い散る。士郎と刹那――いや、三人の猛攻に対応しきれず、エルヴィンの身体が斬り刻まれていく。
「速度を落とすな! このまま仕留め切るぞ!」
「分かってる!」
さらにギアを上げて追い詰めようとした時だった。エルヴィンの背中が盛り上がり、上半身の鎧を破壊しながら竜の翼が生えてくる。
「マズい、逃げ――
「散開!!」
強烈な悪寒が背筋を駆け巡った風間と、驚愕するエルヴィンが指示して、三人が距離を取ろうとするも間に合わなかった。
竜の両翼が羽ばたくと、暴風が巻き起こる。逃げ切れず暴風に晒された三人は、全身を打ちのめされながら吹っ飛ばされた。
「が……ぁ」
「ごほ……ぁ」
「くっ……」
激痛に喘ぎ、立つこともままならない三人。地に伏せる士郎たちに、外見が竜人と化したエルヴィンが憐憫の表情を浮かべて口を開く。
「よくやった……君たちはよくやったよ。私に竜人化まで出させたのだから。まさかこの形態が出るとは思いもしなかった。同じように死を感じたが、マルクスの時は出なかったからね」
竜人化はエルヴィンの切り札でもあった。竜と人との混血である彼だからこそ成れる最強の強化形態。
死闘の末に邪神を追い詰めた時もこの竜人化だった。
だが竜人化にはリスクがあり、使えば使うほど人の形を失い、竜となって理性も消えていく。さらに力が暴走して周囲を破壊し尽くしてしまうのだ。
だから彼はこれを切り札とし、最後の最後まで使わないと封印していた。
マルクスと戦った時も死の危険を感じていたのだが、発動しなかったため今回も使わないだろうと頭の片隅にも残っていなかった。
どうやら邪神は、意地でも自分を死なせてくれないようだ。
「諦めて……たまるか」
もう無理だと悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、士郎は起き上がろうとする。
「もう諦めるんだ、竜人となった私にはもう勝てないよ。あと僅かで砂も落ち切る。それまで何もするな。私も君たちを殺したくない」
「エルヴィン……貴方は言いましたよね。勇者とは人々の希望でなくてはならないって。でも俺は……こうも思うんです」
相棒の黒剣を杖変わりにして、生まれたての小鹿のように震えながら立ち上がった。
「勇者って、 “人々に勇気を与える者”なんじゃないかって。それができるなら、誰だって勇者になれるんだって」
真っ直ぐな瞳で、エルヴィンを見つめる。
「たった一人だとしても、その人にとっての勇者であるのなら……皆が勇者になれるんだ。なんとなくだけど、俺の魂がそう言っているんだ」
そう言った瞬間だった。
突如、士郎の身体が眩い光に包まれる。その光は
その現象は、隻眼のオーガや黒騎士ルークと戦った時と同じ。士郎の想いに、ユニークスキルの【勇ある者】が応えたのだ。
「あれは……」
光輝く士郎を見て、不意にエルヴィンはマルクスと対峙した時を思い出す。
『勇者って……そんな大それたもんじゃないんですよ。仲間に支えられないと何もできない弱虫なんです。けどね、そんな弱虫でも誰かに勇気を与えることはできる。そのためなら、何度だって立ち上がれる。それが勇者なんじゃないかって、俺は思うんですよね』
照れ臭そうに、されど真っすぐな本音でマルクスは語っていた。
その時は「今の勇者はこれだから……」とため息を吐いていたが、エルヴィンは今になってようやく理解する。
それもまた、勇者としての在り方なのだと。
(ふっ、どこか似ているな……彼と)
閃光に包まれ、純粋な顔つきの士郎とマルクスがダブって見える。
考え方だけじゃない。その胸に宿る魂も、どこか似ている気がするのだ。
ふっと笑みを零すエルヴィンは、士郎に向かってこう告げる。
「それなら君は、私にとっての勇者になってくれるかい?」
「なるさ、貴方がそう望むのなら!!」
一瞬も迷わず断言する士郎は、剣を握って前に踏み出す。
――疾い。
士郎の移動速度は、これまでとは比べ物にならないほど上昇していた。
いや、増したのは速度だけではない。
「はぁぁあああああああああああ!!」
「ぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
剣と剣が重なり合う。
竜人化して
それに加え、士郎は【思考覚醒】もある。戦闘技術の差を先読みの力で埋めていた。
「「ぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
激しい剣戟が繰り広げられる。互いに己のもてる全ての力をぶつけていた。
二人が最後の激闘を繰り広げる最中、刹那は近くにいる風間に問いかける。
「おい風間、動けるか」
「動きたいのは山々なんだが、打ち所が悪かったらしく足が動かない」
「俺もだ。あいつらが喋ってる間に、どさくさに紛れて自動回復スキルで多少は回復したが、それでも立てるのは一回だろうな」
「そうか。でもこのまま見てるだけではないんだろう?」
ニヤリとわかった風に言う風間に、当たり前だと言わんばかりに刹那は口角を上がる。
「一度っきりの大勝負だ。それに賭けるから、お前もノれよ」
「ふっ、僕は最後までフォローか。まぁ、それも一興というやつかな」
二人とも余力は残っていない。
だけど、このまま見ているだけなのは最強としてのプライドが許さなかった。次の攻撃に全てを賭けるため、刹那と風間は力を蓄えた。
「はっ!!」
「ぐぁ!?」
エルヴィンの斬撃に薙ぎ払われた士郎は、衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされてしまう。
(これでもまだ、足りないっていうのかよ!?)
不思議な力によってエルヴィンと戦えるようになっても、僅かに力が及ばない。悔しいが、士郎だけではエルヴィンを殺すことはできなかった。
再び立ち上がろうとする士郎に、近づいていた刹那が声をかける。
「オレと風間が道を作る。お前の手で
「刹那……わかった。二人を信じる」
「行くぞ!」
士郎と刹那が同時に駆ける。向かってくる二人に、エルヴィンは口を大きく上げて、竜の咆哮を放った。
「
――ゴオオオオオオオッ!!!
と、轟音を響かせ、凄まじい衝撃波が大気を破壊しながら二人に迫る。しかし、士郎と刹那は足を止めることはしなかった。
「――戦乙女の女神よ、開闢の門より厄災を払え――ジ・アイギス!!」
風間が右手を掲げながら詠唱すると、士郎と刹那の眼前に白き門が顕現する。ギィと門の扉が開くと、衝撃波は全て門の中に吸い込まれていった。
『ジ・アイギス』は風間の二つ目の切り札。防御系のユニークアーツで、未だに打ち破られたことはない鉄壁の防御である。
「行け許斐君! 君ならできる!!」
風間の声援を追い風に、士郎と刹那がエルヴィンに肉薄する。
「
二人纏めて叩っ斬ろうと、エルヴィンが長剣を振り下ろした。それに対し、刹那が煌めく二刀の剣を振り上げる。
「ジ・クロスノヴァ!!」
エルヴィンの斬撃と刹那の斬撃が衝突する。拮抗する中、刹那は裂帛の絶叫を上げた。
「はぁぁああああああああああああ!!」
「――ッ!?」
押し勝ち、刹那の振り上げによりエルヴィンの剣を弾き上げる。両手が上がった状態で正面がガラ空きになったところを、刹那を越えて士郎が飛び込んだ。
「「今だぁああああああああああっ!!!」」
「ぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」
士郎、風間、刹那。
それだけじゃない。
彼を解放せんと戦ったマルクスや歴代の勇者全ての想いを乗せて放った渾身の刺突が、エルヴィンの胸を貫いたのだった。
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