第165話 士郎・風間・刹那VSエルヴィン

 


「この砂時計が全て落ち切ったら時間切れだ。それまでに私を殺せなかったら、君達は元の世界に戻るだろう」


 上空に浮かぶ大きな砂時計を指しながら告げるエルヴィン。


 法被を脱いだ彼は、赤と黒が混じった鎧を身に纏っていて、腰元には鞘を装着している。先ほどまでのイタいアイドルオタクとは一変して、歴戦の勇者に相応しい雰囲気を醸し出していた。


「おいシロー、奴に情けなんかかけるんじゃねぇぞ」


「ああ……わかってる」


「そうだね。予想していたよりもエンジョイしているように見えるけど、呪いに囚われて苦しんでいるはずだ。彼を永遠から解き放ってあげよう」


 正直言えば、エルヴィンを殺したいと言えば嘘になる。彼は悪い人間でもなければ、世界を救った偉大な人なんだから。できるなら戦いたくないというのが本音だ。


 けど、さっき浮かべた彼の顔を見た時、覚悟は決めた。

 エルヴィンを殺す。絶対に。

 呪縛から解き放ち、永遠の牢獄から解放するんだ。


「三人とも良い顔だ。私も憂いなく戦えるというものだ。さぁ勇者たちよ! 持てる力を全て出し、死ぬ気でかかってこい! 頼むから、私に君達を殺させないでくれ。さぁ、バトルスタートだ」


 エルヴィンが開幕の合図を告げた瞬間、上空に浮かぶ砂時計が半回転して砂が落ち始める。


 賽は投げられた。

 もう後戻りはできない。俺たちの手で、エルヴィンを殺すんだ。



 ◇◆◇



「メテオフレイム」


「ストームディザスター」


 先手必勝と言わんばかりに、刹那と風間が強力な魔術を放った。上空からは巨大な隕石群が、地上からは吹き荒れる竜巻がエルヴィンに襲いかかる。


 火属性魔術メテオフレイム風属性魔術ストームディザスターは、どちらもスキルレベルをMAXまで上げると覚える超高火力の魔術だ。

 その分MPの消費の激しいが、威力は絶大である。


 暫く鳴り響いていて轟音が止み、硝煙が緩やかに晴れていく。


「今のは素晴らしい攻撃だった。殲滅級魔術に匹敵するものだったよ。けど残念だ、私は膨大な魔力を保有している上に、魔術戦においても他者の追随を許さないほど魔術に長けているんだ。他の手段を選んだほうがいい」


「ちっ、最上級魔術を二発喰らって無傷かよ」


「覚悟はしていたが……これは予想以上だ」


 煙の中から現れた無傷のエルヴィンに、刹那は苛立たしそうに舌を打ち、風間は驚愕した。


 エルヴィンを囲むように魔術結界が展開されており、二人が放った魔術は防がれてしまう。高火力の魔術に耐えられず結界は一部壊れたり罅が入ってはいるが、中にいるエルヴィンには届いていなかった。


「はぁああ!」


「おっと、良い不意打ちだ。しかし不意打ちするなら声を出してはダメだよ」


 士郎の斬撃を紙一重で避ける。二人が呆然とする中、士郎は一人エルヴィンに接近し攻撃を仕掛けていた。


 エルヴィンは鞘から剣を抜きながら反撃する。士郎は剣で受け止めたのだが、衝撃が重すぎて吹っ飛ばされてしまった。


(くそ、パワーの差があり過ぎる!!)


「はっ!」


「うん、君はパワーがあるね。どんどん来い」


 今度は風間が真正面から剣を振り下ろす。エルヴィンが剣で受け止めた時、背後から【隠形】スキルで忍び寄っていた刹那が首を刎ねようと二対の剣を振るが、剣先が届く前に回し蹴りを放った。


 腹を蹴られた刹那は吹っ飛ぶも、ズザザザッと地面に着地する。


「クソが、何でバレてるんだよ」


「私は勘がよくてね。その手の不意打ちは通用しないと思ってくれていい。『竜魔術ドラゴンブレス』」


「――っ!?」


 鼻先にいる風間に連続の斬撃を繰り出しながら、エルヴィンは刹那の方に顔を向ける。開いた口から灼熱の熱線を放出した。


 危険を感じていた刹那は事前に回避行動を取っており、間一髪免れる。熱線が地面に着弾すると大爆発が起こり、威力の凄まじさを物語っていた。


「これは驚いた。君は足が速いね、純粋な速度なら私を上回っているだろう。それと言い忘れていたよ。私は竜と人との混血なんだ。なので魔力が豊富だし、身体も丈夫。そして今みたいに竜にしか扱えない強力な魔術も使える。それを頭に入れておいてくれ」


(竜と人との間に生まれたってことかよ!? どれだけ強い設定を盛ってるんだこの人は!!)


 エルヴィンの話を聞いた士郎は怒りを覚える。逆に考えると、それぐらいの設定を盛っているからこそ邪神を後一歩のところまで追い詰められたのだろう。


「さっきからペチャクチャと喋りやがって、何のつもりだテメエ」


「アドバイスさ。実は私の意志で戦っている訳ではなく、呪いによって身体が勝手に動いてしまうんだよ。私は殺されたいからね、少しでも君たちに有利になるように助言しているのさ。そうでもしないと、私を殺すことはできないだろうしね」


「舐めやがって……」


 一々手の内を明かす理由が分かった。倒す相手に倒し方を教えられるのは癪に障るが、呪いに対して彼ができる唯一の反抗なのだろう。


 恐るべきは、今までの勇者にもそうしてきたが、それでも倒せなかったという事実。


「パワースラッシュ!」


「インパクトソード!」


「アスタリスク!」


 三人が一斉に仕掛け、斬撃アーツを繰り出す。しかしエルヴィンは三人の攻撃を巧みに受け、躱し、弾いていく。


 さらなる猛追にも全て対応されてしまい、攻撃が当たる気配が全くなかった。


竜ノドラゴン鉤爪クロウ


「ギガンシルド――っぐぉおおお!?」


 反撃に出るエルヴィンが、正面に位置する風間に強烈な一打を叩き込む。防御系アーツで受けるも一秒と持たず破れてしまい、衝撃波によって吹っ飛ばされてしまった。


 士郎と刹那が果敢に攻め込むが、中々剣先を彼に届かせられない。だがそれはエルヴィンも同じで、反撃が当たらないことに感心を抱いた。


「ほう、これは驚いた。二人とも目がいいのか、反応がいいのか、それとも能力によるものなのか。私の動きを読んで躱しているね。だけど君の場合は、その力に身体が追いついていないよ」


「がっ!?」


 ここまでエルヴィンの攻撃を紙一重で躱し続けていた士郎だったが、剣速がさらに疾さを増したことにより、回避が間に合わず吹っ飛ばされてしまう。


 剣で受けた為直撃は免れたが、何度も地面に叩きつけられ身体が悲鳴を上げた。


(くっそ……来ることは分かってたのに、身体が追いつかない!!)


「君の剣技は素晴らしい。扱いが難しい二刀流に先読み能力を合わせた攻撃は、今までの勇者にも引けを取らない。けど、少し剣に頼り過ぎているのが惜しいな」


「うるせぇんだよ。ごたごた言う前に当ててみやがれ」


「こんな風にかい?」


 上から振り下ろす斬撃を剣で受け止め、横からの払い斬りを人差し指と中指による白羽取りの要領で摑まえられる。


 そしてエルヴィンが放った胴蹴りを喰らってしまい、刹那は身体をくの字にしながら吹っ飛ばされてしまった。


「がは……ごほ……」


「君は剣技とスピードに自信があるようだが、パワーが足りないね。攻撃が軽いから、今みたいに力押しされてしまうんだよ」


(テメーが馬鹿力なんだよ!! クソが!)


 胸中で悪態を吐く刹那。エルヴィンが言ったように、刹那のステータスは速度重視となっている。


 だからと言って、斬撃をたったの指二本で受け止めるのは無茶苦茶じゃないか。それに今の胴蹴りも、咄嗟に後ろに下がったことで衝撃をなさなければ腹の骨があらかた折れていたかもしれない。


((強すぎる……ッ!!))


 三人掛かりでも未だに一撃も与えられない事態に、士郎たちは衝撃を抱いていた。

 戦う前からとんでもなく強いことは察していたが、まさかここまで差があるとは予想だにしていなかった。


「最近の勇者を見ていると、器用貧乏という言葉が浮かんでしまう。だから、自分の足りないところを補おうと、魔術師やら戦士やらを仲間にして戦うんだ」


 エルヴィンは言う。それは違うと。


「勇者とは、人々の希望でなければならない。何事においても欠点があってはならないんだ。剣術、武術、魔術、総合的に完璧でなくてはいけない。器用貧乏ではなく、万能こそが本来勇者のあるべき姿なんだ。その点、マルクスは数いる勇者の中でも万能なほうだったね」


「「…………」」


 エルヴィンは這いつくばる士郎たちに向けて、期待を込めてこう言い放った。


「さぁ、もう時間がないぞ。どうか君達の力で万能わたしを越えてくれ」

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