第164話 元勇者
「ん……んん……」
意識が回復し、目を開く。
(なんだここ……)
視線を動かして周囲を確認する。上は澄み渡る青空が広がっており、下は真白の大理石が果てしなく続いていた。
一見物静かで、何もないように思えるけど。
ここはどこだろう?
刹那が天上に描かれた魔法陣にファイアを放った瞬間、魔法陣が輝き意識が暗転する。
それは自動ドアに入る時や、次の階層に向かう時と同じような感覚だった。
恐らくどこかに転移したと思うんだけど……。
「ここがラストステージか? 何もねぇじゃねぇかよ」
「恐いくらい静かだね。ずっといたら気が狂ってしまいそうだ」
離れ離れになることもなく、刹那と風間さんも一緒にいる。二人は殺風景な景色を見渡し、各々感想を呟いていた。
「ちっ、ボスはどこにいるんだよ」
「待て……何か聞こえないか?」
「確かになにか聞こえますね。なんだろう……歌?」
疑問気な顔を浮かべる風間さんが言うように、どこからか微かに音が聞こえてくる。その音は歌のようなリズムがあった。
「行ってみようか、慎重にね」
いつどこから襲われてもいいように十分警戒しながら、俺たちは音が聞こえる方向に歩み出す。五分ぐらい歩いた頃、聞こえてくる音が段々大きくなり、広い空間にぽつんと建物らしきものを発見した。
「家……ですかね?」
「美しい建造物だね」
白亜色の建物はシンメトリーになっていて、見惚れてしまうほど美しかった。似ているものを例えるなら、インドのタージ・マハルだろうか。
まぁタージ・マハルより全然小さくて、一階建てぐらいの大きさなんだけど。それに壁が存在せず吹き抜けになっている。
さらに近付くと、人らしき姿が激しく動いていた。
「はい! はい! アイ・ラブ・ミ・オ・ン!!」
「「……」」
「D・A最高! D・A最強! D・A最カワ! ふぉーーーーー!!」
(な、なんだあれはーーーーーー!!?)
瞳に映る不可解な光景に脳が処理できず混乱してしまう。
建物の中には人が一人居て、何故かテレビを見ながら奇声を上げつつ激しいダンスを踊っていた。
怪しい人物は男性で、背が高く体格もがっしりしている。真紅の真っすぐな髪は背中辺りまで長く、顔は凄く整っていて風間さんにも負けず劣らずな甘いマスクだった。
しかし、しかしだ。
背中にD・Aラブと描かれた
いわゆるTHE、アイドルオタクみたいな格好をしているのだ。外見がめちゃくちゃカッコイイだけに、残念感が半端じゃない。
そもそもなんでテレビとかアイドルグッズがこんな所にあるんだよ……。
この場に不釣り合いな人物にドン引いているのは俺だけではなく、刹那も風間さんも苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
「おい……まさか“アレ”がボスとか言わねーだろうな」
「ど、どうだろう……そうは見えないけど」
(この二人にこんな顔させるなんて、ある意味凄いな)
そんなアホなことを考えていると、オタクの人はリモコンを操作してテレビを消し、身を翻して俺たちの方を向いた。
「いやーすまなかった。君たちのことは気づいていたんだけど、推活につい熱中してしまってね、やめるにやめれなかったんだ」
はははと頭を掻きながら軽い態度で謝る男性。彼の声はダンディーというか、とても落ち着く声だった。
それにしても明るい人だな。勇者マルクスが残した本には呪われていると書かれていたけど、とても呪われているようには見えない。
「珍しいね、今回の勇者は仲間連れか。これは期待できそうだ」
「誰が勇者だ、そんな奴はどこにも居ねーよ」
「そんなはずはない。この場所には勇者の資格ある者しか入って来れないからね。誰かまではわからないけど、三人の中に居るはずだよ」
そう言われて、俺たちは顔を見合わせる。
勇者って言われてもな……別に俺たちの中に勇者がいる訳でもないし、あり得るとしたら風間さんだろうか?
刹那は勇者って柄じゃないしな。勿論俺な訳ないだろうし。
「おいで、少し話そうか。私も久々に誰かと会話をしたくてね」
切なそうに微笑む彼に促され、俺たちは部屋の中に入る。土足で構わないそうなのでそのまま上がり、間隔を空けて地べたに座った。
何から聞こうか戸惑っていると、刹那が遠慮なく問いかける。
「お前は誰だ」
「ふっ、ズバリきたね。では名乗ろう、私はエルヴィン。今はこんな
「も、元勇者!?」
「やっぱりそうだったんですね」
「えっ、風間さんは分かってたんですか?」
オタクの男性――エルヴィンが元勇者だと聞いて驚愕するも、風間さんはやっぱりといった風に頷いた。
何故分かったのかと尋ねると、彼は「許斐君が読めたマルクスの伝言だよ」と続けて、
「伝言には“先達を呪いから解き放って欲しい”と書かれていたよね。先達というのは、その道の指導者や先輩という意味がある。勇者であるマルクスが先達というのだから、その人もまた勇者ではないか、と推測できたんだ」
「ああ……言われてみればそうですね……」
「まぁ、確証がないからあの場では言わなかったんだけどね。それに嫌だろ? 戦う相手が勇者だなんてさ」
マルクスとか呪いとかのワードばかりに意識が集中していて、その部分は全く頭に入ってなかった。
それに風間さんが言ったように、もしあの場で戦う相手が勇者だと知ったら今より動揺し、戦う気持ちが揺らいでしまっていたかもしれない。風間さんなりの気遣いだったのだろう。
「んで? 元勇者様がどうしてこんな場所にいるんだよ」
「話せば長くなるんだが、時間もないので手短に話そうか」
そう言うと、エルヴィンは物語を紡ぐかのように語り出す。
「当時勇者だった私は、邪神という悪い神様を倒すために一人旅に出たんだ。タチの悪いあいつを野放しにしておくと、世界に混乱を招いてしまうからね。道中は色々あったんだが、長いからそこは省こう。
なんやかんやあって私は邪神の元に辿り着いて戦ったんだが、あと一歩のところで倒しきれなかった。すると弱りきった邪神は、嫌がらせかしらないけど私に呪いをかけ、この場所に幽閉したんだよ。まぁ、ざっくり話すとこんな感じかな」
本当にざっくりだな。
でも、話が本当ならこの人凄くないか? 邪神って神様だろ?
てっきり魔王と戦ったのだと思っていたが、それ以上の存在が出てくるとは想像もしなかった。スケールがデカいな。
それに神を倒すところまでいったってどれだけ強いんだよ。
話を聞いた俺たちは、気になった点を次々と聞いていく。
「呪いとは、どんな呪いですか?」
「不老不死だよ。私は衰えず、自分の意思で死ぬことはできない。ただ、一つだけ死ぬことができる。それは勇者の資格がある者に殺されることだ」
不老不死……だからエルヴィンは未だに若々しい姿を保っていられるのか。嫌がらせにそんな呪いをかけるなんて、本当にタチが悪い邪神だな。
「だったら素直に殺されればいいじゃねぇか。ここに来た勇者によ」
「そうしたいけど無理なんだ。呪いには、私の意志に反して身体が勝手に動いてしまう呪いもついている。だからわざと殺されるような真似はできない」
「だからマルクスでも勝てなかったのか……」
「マルクス……ああ彼のことか。一番最近に訪れた勇者だね。彼は強かったよ、今まで訪れた勇者の中で一番と言っていい。彼ならば私を殺してくれると期待したんだが、僅かに時間切れだったよ」
「一番ということは、他にも勇者が貴方を倒しにここへ来たんですね?」
「そうだね~十人近く来たかな? 大体は時間切れだったけど、私が殺してしまった時もあったかな」
マジ……かよ。それだけの勇者が挑んでも誰も勝てなかったのか。
いったいどれだけの長い間、彼はここに閉じ込められているのだろう。
同じことを考えていたのか、今度は風間さんが質問する。
「貴方はいつからここに居るんですか?」
「さぁ……いつしか数えるのを止めてしまったね。何百年か、何千年か。見ての通りここは殺風景で夜も訪れない。時間の感覚はとうに忘れてしまったよ」
何千年って……こんな所に一人で? この人、よく正気を保っていられるな……。
こんな何もないところで、たった一人で居たら気が狂い精神が崩壊していただろう。俺だったら一週間ももたず自殺したと思う。
いや、エルヴィンは不老不死の呪いで自死することすら叶わないのか……なんて残酷なことをするんだ、邪神って奴は。
「それにしては元気そうだな。廃人になってもおかしくねーのによ」
「それがね~、どうしてか分からないんだけど邪神の奴が暇を潰せる物を送ってくるんだよ。大量の本とか玩具とかね。それと鏡みたいなので、外の世界を見ることもできたよ。その中でも一番面白かったのは、やっぱり歴代の勇者の旅かな。友情・努力・ラブロマンスある波乱万丈の英雄譚。いや~楽しかったね、私的にはシーズン3が傑作だったかな!」
((おいおい……))
楽しそうに笑うエルヴィンに、俺たちはジト目を送る。
勇者の英雄譚をシーズンもののドラマに例えるなよ……。
っていうか、何で邪神は自分を殺そうとした相手に、暇潰しの道具を与えてわざわざ生かしているのだろうか。
邪神の考えていることが全くわからないと首を捻っていると、風間さんがテレビとアイドルグッズに視線を向けて問いかける。
「では、あれも邪神が?」
「そうだね。ちょっと前のことだったかな。邪神がテレビを送ってきてさ、説明書を見て覚えて使ってみると、ダンジョンライブが映し出されたんだよ。様々なダンジョンに入る冒険者とやらを見てきたけど、最近はD・Aにハマッちゃってさ! 特に私はミオン推しで、必ず見ているんだ! そしたらあの変な道具も送りこまれて来たんだよね」
「なるほど……そうだったんですね」
テレビとアイドルグッズも邪神絡みか。気を使い過ぎだろ……何考えてんだよ。
あのテレビって、アニメとかダンジョンライブ以外の動画とかも見れるのかな。
「どの勇者よりも強いんだろ? 自分の力でここから出ることはできなかったのかよ」
「私も色々と試したけど全て無駄だったよ。嫌がらせにしては、邪神が作り出したこの空間は強固なものだった」
「何故、勇者の資格ある者しかここに来れないんですか?」
「さぁね、それは邪神に聞いてくれ。私もあいつが何を考えているのかはさっぱり分からない」
匙を投げるように言葉を零したエルヴィンは、「よっこらせ」と腰を上げて、法被と丸眼鏡を外すと、
「君達ともっとお喋りしたいところだけど、残された時間も少ない。ぼちぼち戦ろうか」
「本当に、貴方を殺す以外方法はないんですか?」
俺がそう問うと、エルヴィンは万感たる思いを表すような悲しい顔を浮かべて、こう告げたのだった。
「それ以外に方法はない。だからどうかお願いだ、君達の手で私を殺してくれ」
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