第163話 観戦

 


『ぐぁぁあああああああああああああああああ!!!』


「士郎さん!」


 士郎が巨人の石像に捕まってしまい、握り潰されそうになる場面を見ている灯里は絶叫を上げてしまう。


「おいおい、これやべーんじゃねーのか?」


「このままじゃシローの奴死んじまうぞ……」


 今にも泣きそうな灯里と同様に、他のギャラリーも顔を引き攣らせていた。


 灯里たちはダンジョン探索を中止し、自動ドアを探して現実世界に帰還していた。


 帰還した士郎をすぐに出迎えたいので、なるべくギルドからは離れたくない。なのでギルドの中にある飲食店『戦士の憩い』にやってきていた。


『戦士の憩い』には客も楽しめるように大きなスクリーンが設置してあり、今話題のダンジョンライブを放送している。勿論、士郎と風間と刹那のドリームマッチを放送しない訳もなく、大画面には士郎たちが巨人の石像と戦っている姿が映っていた。


 大勢の冒険者と一緒に灯里たちもハラハラしながら士郎のダンジョンライブを見ていたのだが、士郎がピンチに陥り店内の雰囲気は阿鼻叫喚となってしまう。


『ジ・アロンダイト!』


「おお! 風間ナイス!!」


 間一髪で風間のユニークアーツが石像に直撃し、士郎が死を回避したことで客が沸く。


「ふぅ……なんとか難を逃れましたね」


「流石にもう駄目かと思ったよ……見てる方は心臓に悪いね」


 士郎が死なずに済んで安堵のため息を吐く楓と、ぐったりとテーブルにうつ伏せになる島田。その間にも画面の中の士郎たちは戦っていて、石像の片足を破壊した。そして刹那の剣が光輝き――、


『テンペスト・ジ・ストリーム!!』


「「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」」


「しゃおらぁああああああああ!!」


「決まったああああ!! やっぱ刹那かっけぇよ!!」


「っぱ刹那だわ! 日本最強は伊達じゃねぇってことよ!」


 刹那がユニークアーツで石像にトドメを刺したところで、店内の熱気が高まる。無事に戦闘が終わったことで、ずっと見守っていた灯里は緊張の糸が解くようにため息を吐いた。


「よかったな灯里ちゃん! シローが無事でよ!」


「やっさん……うん、本当によかった」


 近くの席で昼間っから酒を飲んでいる、体格のいい坊主頭の上級冒険者のやっさんが灯里に声をかける。


 因みにやっさんも仲間と共にダンジョンに入る予定だったのだが、士郎と風間が一緒にダンジョンに入っている情報を知り、探索を中止して『戦士の憩い』にやってきていた。


「おっ、扉が開いたぞ」


「やっぱ石像を倒すと開くギミックだったのか」


 画面を見ながら客たちが言葉を交わすと、灯里も画面に注目する。士郎たちが扉を潜ると、簡素な部屋に出た。


 そして風間が机の上に置いてある一冊の本を見つけてパラパラとめくり、読めないと首を振る。今度は士郎が本を読むのだが、何故か彼だけは読めるようだった。


 その内容を聞いてハッと気づいた楓が、向かいに座っているメムメムに尋ねる。


「メムメムさん、マルクスってもしかして……」


「間違いない。マルクスは異世界でのボクの仲間、勇者マルクスのことだよ」


「「えええええええええ!?」」


 メムメムが断言すると、店内の客が一斉に大声を上げる。認識阻害魔術は使っていないので、客たちはメムメムの言葉に反応することができていた。客を代表して、やっさんがメムメムに問いかける。


「おいメムメム、それは本当なのか!?」


「本当だとも。あの本に書かれている文字は異世界……ボクがいた世界の文字だし、最後のページに書かれている伝言の筆跡はあいつのものだよ」


「おいおい、マジかよ……」


「じゃあさ、ネットで騒がれているように、シローたちが今いる場所は異世界ってことなのか?」


「さぁね、それはボクにも分からないよ」


 士郎と風間と刹那が今いる場所である、黒い穴の中は異世界なのではないか?


 そんな情報がYouTubeのコメント欄や実況スレでも見かけられる。それは真実なのかどうか客の一人が聞いてみるも、メムメムは首を横に振った。


「メムメム君はさ、伝言の内容のことは知っている? 内容からすると勇者マルクスが呪いをかけられた先達っていう人と戦ったみたいなんだけど、仲間であるメムメム君も一緒に戦ったんじゃないのかな」


 ふと気になったことを島田が聞くも、メムメムは再び首を横に振った。


「悪いがボクにも分からない。あいつは結構秘密主義なところがあってね。一大事があっても何食わぬ顔で居たりするんだよ」


 魔術師は思い出す。

 勇者は優しくて人望もあり誰よりも強かったが、時々隠し事をしたりする時がある。気になって聞いてみても、「さぁ、俺には何のことだか」と毎度の如くはぐらかされてしまうのだ。


 まぁ、誰だって言いたくない事は一つや二つあるだろうから、しつこく詮索はしなかったが。


(ただ、振り返ると一度だけあったっけ。あのマルクスがボロボロになって帰ってきた時が)


 魔王を倒す旅をしている最中のことだ。

 ふらっとどこかに行った勇者は、太陽が沈む頃にボロボロな姿になって帰ってきた。


 何があったと聞いたら、珍しく泣きそうな顔で『先輩を救ってやりかったけど、今の俺じゃダメだったよ。だから後輩に託してきた。ははは……』と訳のわからない事を言っていた。


 今になって思うと、彼が言っていたのはこの事なのかもしれない。


「そうですか……ただ、本の内容からすると次の相手は今までよりも強敵みたいですね。勇者ですら勝てなかった相手ですから」


「士郎さん……大丈夫かな」


 楓が不安を煽るようなことを言うと、灯里が弱気な言葉を吐き出す。そんな彼女を励まそうと、店内にいる冒険者たちが明るく声をかけた。


「な~に、心配することねぇって! なんてったって刹那と風間、日本最強が二人もついてるんだぜ! 負ける筈がねぇよ!」


「そうだぜ灯里ちゃん! あいつらが勝てなかったらこの世界にいる誰も勝てやしねぇよ」


「みんな……うん、ありがと!」


「ここで見守ろうじゃないか。シローたちの命運をね」


 メムメムがそう告げると、皆が画面に注目する。そこでは、お昼ご飯を食べて休憩を終えた士郎たちが、最終ステージへ向かおうとしていた。


 この場にいる……いや日本、世界中のダンジョンファンが、士郎たちの行く末を見守っていたのだった。



 ◇◆◇



「そろそろ行くか」


「そうだね、許斐君は大丈夫かい?」


「はい、いつでも行けます」


 俺のお腹が悲鳴を上げて、食事休憩を取ることになった。それぞれ収納から持ってきた食べ物を取り出し、輪になって食べる。


 刹那はコンビニのおにぎりやゼリーと量が少なく簡素なもの。風間さんは鶏ささみやサラダなど、健康的なものだった。


 刹那にいつもそんな感じなのかと聞いたら、エネルギーにもならないしどうせ現実世界に帰ったら身体が元に戻るんだから適当に腹を満たせばいいと言っていた。


 風間さんの場合は習慣でしていることだから、ダンジョンでも変えたくないらしい。

 二人とも意識高いんだな……。


 俺は朝に灯里が作ってもらった弁当だ。

 それを見た刹那に「お熱いねぇ」とからかわれ、風間さんにも微笑ましい笑顔を向けられてしまい、凄く恥ずかしい思いをしてしまった。

 なんだか大学生のノリを思い出したよ。


 それでご飯を食べ終え、少し休憩して今に至る。


「それで? この魔法陣を使ってどう行くつもりなんだい?」


「漫画みたいに魔力を出せる訳じゃないからな。こうしてみるしかないだろ、ファイア」


「「あっ」」


 突然刹那が右手を上げ、天井の魔法陣に火炎を放ってしまう。


 既視感ある光景に俺と風間さんが唖然とする中、ファイアに反応した魔法陣が閃光を放つ。

 すると、俺たち三人の身体が光に包まれ、意識が暗転するのだった。

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