第168話 勇者の休息

 


「戻って……きたのか?」


「みたいだね」


 一瞬意識を失い、目を開くと出口前に立っていた。出口用の自動ドアの端には自衛隊が警備していて、俺の隣には風間さんがいる。

 ふぅ、どうやら無事に現実世界に戻れたようだ。


「あれ、刹那は?」


 一人足りないことに気付き、周囲を見渡す。一緒に戻った筈の刹那がどこにも見当たらなかった。


 まさか、刹那だけまだ閉じ込められてしまったのか!?

 最悪の事態になってしまったのかと動揺していると、風間さんが面白そうに笑いながら教えてくれる。


「刹那なら居ないよ。彼は一緒に帰ってきても、忽然と姿を消してしまうんだ。どうやっているのかは、僕にも分からないんだけどね」


「へぇ……そうなんですか」


 そんな情報初めて聞いたな……俺たちより早く帰ってきたとか?


 と思ったが、風間さん曰く本当に姿を消してしまうらしい。刹那に会いたくて冒険者たちがゲートの前で出待ちしているにも関わらず、全く出て来なかったんだとか。


 まぁ刹那って、神出鬼没というか不思議なところが沢山あるからな。


 名前以外は何も分かっておらず、性別だったり経歴だったりが全て謎に包まれている。行き過ぎたファンが素性を暴こうと調べ尽くしたのだが、一切手掛かりがなかったとか。


 そのことから、刹那はダンジョンの亡霊なんじゃないかという説もあるくらいだ。


 居ない者を待っていても仕方がないので、俺と風間さんは通路を渡って広間に出る。途端に、広間が大歓声に包まれた。


「「ぉぉおおおおおおおお!!」」


「英雄様の凱旋だーー!!」


「お前等よくやった! 感動したぜ~!」


「ってなんだ、やっぱり刹那は居ねぇのかよ~!」


「こ、これは……」


 広間にいる冒険者たちが、俺と風間さんを心の底から祝福してくれている。訳が分からず混乱していると、風間さんが苦笑いを浮かべながら告げた。


「ははは、どうやら皆僕たちのダンジョンライブを見ていたようだね」


「それでわざわざ、こんなに沢山の人たちがここで待っててくれたんですか」


「そうじゃないか? こういうところが冒険者の良いところだよね。粋が良いというか、ノリが良いというかね。ほら、応援してくれていた彼等に僕らも応えよう」


「は、はい」


 冒険者たちに向けて、笑顔を浮かべながら手を振る風間さんに習い、俺も軽く会釈する。冒険者たちは拍手したり口笛を吹いたりと、俺たちを精一杯祝福してくれる。


 ははは、なんだか照れ臭いな。

 でも、こんなにも多くの冒険者から讃えられるのって、気分が良いもんなんだな。まるでヒーローにでもなったみたいだ。


「士郎さん!」


「灯里!?」


 英雄気分に浸っていると、人混みをかき分けて灯里がやって来て驚いてしまう

 いや、灯里だけではなく後ろから楓さん島田さんメムメムも揃って俺の方に向かってきた。


「士郎さん」


「許斐君」


「楓さん、島田さん、メムメムまで……みんなダンジョンに行ってたんじゃないのか?」


「士郎さんが変な事に巻き込まれているのに、探索なんてできないよ」


「そうですよ。とても心配していたんですからね」


 俺を抜いた四人でダンジョンに行っている筈だったんだが、どうやら違ったらしい。


 楓さんから詳しく聞くと、俺と風間さんが黒い穴に入って刹那に襲われたことや、その後黒獣に襲われたことを心配して現実世界に戻り、『戦士の憩い』でダンジョンライブを皆で見守っていたということだった。


 うわぁ……あの出来事を皆に見られていたのか。なんか恥ずかしいな。

 それにかなり心配をかけてしまったようだ。後でちゃんと謝っておこう。


「とにかくよくやったよ。あの状況で勝つとは思わなかった。頑張ったね」


「メムメム……ありがとう。まぁ、風間さんと刹那のお蔭なんだけどね」


「そりゃそうだよ。彼等が居なかったらシローなんか十回は死んでいただろうしね」


「ははは……そうですよね」


 珍しくメムメムが素直に褒めてくれて浮かれていたら、華麗なダメだしを喰らってしまう。

 言ってることは間違いないんだけど、今ぐらいは遠慮しておいてくれよ。


「じゃあ許斐君、僕はそろそろ行くよ」


「あっはい。今日はありがとうございました。色々ありましたけど、風間さんとダンジョンに行けて凄く楽しかったです」


 風間さんと挨拶を交わす。

 握手を求められたので俺も手を出すと、彼は強く握ってきた。


「僕の方こそ楽しかったよ。やっぱり君は特別な人間だったね、僕の目は節穴じゃなかったようだ。また一緒に行こう。今度は僕の仲間を紹介するよ」


「はい、喜んで」


 手を離し、風間さんは颯爽と立ち去って行く。

 俺も精神的にかなり疲労していたため、どこかでゆっくりしたかった。そう零したら、だったら『戦士の憩い』で宴を開こうという事になった。


 久しぶりに楓さんや島田さんと話したかったし、皆に黒い穴での出来事やエルヴィンのことを話したかったので、その提案に賛成する。


「シローと風間と刹那が偉業を成し遂げた! 今日のヒーローたちに乾杯!」


「「かんぱ~い!!」」


『戦士の憩い』には俺たち以外の冒険者も沢山居て、俺たちの戦いを祝ってくれた。


 食う飲む笑うのどんちゃん騒ぎ。

 楓さんと島田さんと愛媛に行った話をしたり、いつも必ず居るやっさんに酒を飲まされたり、むさ苦しい男たちに「ワ~ショイ!」と何故か胴上げされたりと、俺は楽しいひと時を過ごしたのだった。




 その日の夜。

 ゆっくりしようとした筈が宴会によって逆に疲れ果てた俺は、家に帰ってきてソファーの上でぐったりしていた。

 そんな中灯里とメムメムと話していると、エルヴィンの話題になる。


「じゃあ、あの本の持ち主はやっぱりマルクスだったのか?」


「そうだね。筆跡は間違いなくマルクスのだよ」


「へぇ……でも何で俺にだけマルクスの文字が読めたんだろうな。書いてある字は見たこともないのに」


「さぁ、それはボクにも分からないな」


「そっか……ちょっと見てみるか」


 本の内容が気になった俺は、もう一度確認しようとスマホを手に取り、YouTubeを開いて今日の動画を見ようとする。


「あれ、動画がどこにもないぞ?」


 画面をスライドして探すも、俺のダンジョン動画がどこにも見当たらなかった。


 おかしいなと思い、誰かSNSやネットの掲示板とかに動画のリンクを張っていないか探すと、リンクは見つかったのだが『この動画は消去されています』と見ることはできなかった。


「嘘だろ……動画が消されてる。ダンジョンの動画が消されるなんてこれまで一度もなかったのに……何でだ?」


「消されたという事は、投稿主にとって不都合があったってことだろ」


「投稿主って……」


 ダンジョンの動画を上げているのは、今のところ誰か判明されていない。その上、YouTubeの本社ですら動画を消したりするのは不可能だと発表されている。


 そうなると、この動画を消したのはダンジョン動画を上げている投稿主になる。


 何故、投稿主は今日の動画を削除したのだろうか。何か見られるとマズいものでもあったのだろうか。


 駄目だ……いくら考えたってわかんない。匙を投げていると、メムメムが穏やかな顔を浮かべて口を開く。


「ありがとな、シロー」


「何だよ突然、俺なんかしたっけ」


「エルヴィンのことだ。マルクスがやり遂げられなかったことを、君が成し遂げてくれた。死んだマルクスに代わって、ボクが礼を言うよ」


「ううん、お礼なんていらないよ。俺自身がエルヴィンを救いたかったんだから」


「ふっ、やはり君は底抜けに優しい奴だな」


 嬉しそうに微笑むメムメム。

 結果的にマルクスや歴代勇者の想いを果たすことになったけど、彼等のことを聞いていなかったとしても俺は全力でエルヴィンを救っていただろう。


 まぁ、それはそれとしてメムメムの感謝は受け取っておくけどな。

 それと、ずっと気がかりなことがある。俺は床に座って黙っている灯里に声をかけた。


「なぁ灯里、何で怒ってるんだ?」


「……(ぷい)」


 気になって尋ねると、灯里はいじけた風に顔を背ける。

『戦士の憩い』にいる時もそうだったが、家に帰ってきてもずっとこの様子なんだよな。滅多に怒らない――メムメムは除いて――彼女が怒るなんて珍しい。


 知らない内になんかやってしまったのだろうかと心配していると、メムメムが「ほっとけ」とぶっきらぼうに訳を教えてくれる。


「くだらない嫉妬だよ」


「嫉妬?」


「シローのピンチに自分がその場に居なくて、あのカミキなにがしがついていたことに嫉妬しているそうだ。ボクは知らないけど、前にも一度あったんだろう?」


「ああ……そういえば」


 宝箱の罠に引っ掛かり、一人だけ高階層に転移してしまったんだよな。それで強いモンスターに殺されそうになったところを、刹那に助けて貰ったんだっけ。


 今回だって何度もピンチになり、刹那が居なかったらいつ死んでもおかしくなかっただろう。そう思うと確かに刹那に救われた形になるな。


「ふっ、アカリもまだまだ子供だな」


「だって……いつも士郎さんの窮地に居るのはあの人なんだもん。私だって士郎さんの力になりたかったのに」


「そう思ってくれるだけで嬉しいよ。それに……その場に居なくても、灯里はいつも俺の力になっているよ。それだけは分かっていて欲しいな」


「士郎さん……うん、ありがとう。でも今度は絶対に一緒だからね」


「はいはい、わかったからバカップルは他所よそでやってくれ」


 灯里の笑顔を見て安心した俺は、急に眠気が襲ってくる。

 今日は色々あって疲れたし、ギルドでも酒を飲んだからもう限界。瞼を閉じてしまうと、すぐに意識が遠くなっていく。


「あっ士郎さん、寝るならベッドで寝ないと」


「このまま寝かせてやれ。勇者にも休息は必要だ」


「そうだね……毛布取ってくる」


 灯里とメムメムが何か話しているのを最後に耳にした後、俺は深い眠りに落ちるのであった。

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