第156話 最強と最強
「ここはどこだ……暗くて全然見えないぞ」
黒い穴に足を踏み入れると、浮遊感とともに視界が暗転した。まるで現実世界からダンジョンに転移する時や、ボスの階層に入る時と感覚が似ている。
意識が回復した後、目を開いて状況を確認しようとしたのだが、真っ暗闇に包まれていて何も見えない。
いったいどこに飛ばされたんだ? 風間さんは近くにいるのだろうか。
まさか、風間さんは黒い穴の中に入れず、俺だけ飛ばされたって訳じゃないだろうな?
そんな不安を抱いた俺は、一先ず風間さんを呼んでみる。
「あの~、風間さん居ま――」
「ぐっ!!」
「――っ!?」
風間さんを呼ぼうとするが、甲高い金属音に掻き消されてしまう。なんだこの音は……まるで剣と剣が重なり合う剣戟のような音が聞こえてくる。
それもすぐ間近から。もしかして風間さん、何かと戦っているのか?
状況についていけず困惑していた時だった。
チリッと刺さるような殺気を首筋に感じた俺は、無意識に身体を倒した。
「――ぅ?!?」
「ほう、今のを躱すか」
楽しそうな人の声が鼓膜に届く。
危なかった……多分今、剣か何かで攻撃されたぞ。躱していなかったら今頃首が吹っ飛んでいただろう。
いや、安堵している場合じゃない。すぐに追撃の一手が襲い掛かろうとしてくる。
(間に合わない、殺される!!)
防御が間に合わず、あと僅かで殺される――その瞬間だった。
「待ってくれ!! 僕たちは敵じゃない、攻撃をやめてくれ!!」
「「――っ!?」」
風間さんが大声を出すと、襲いかかってきた者の殺気も止まる。それと同じく、俺の息も止まっていた。
何故かというと、刃先が俺の首筋に添えられて、恐怖で呼吸ができなかったからだ。
「今明りをつける。少し待ってくれ」
緊迫した状況の中、一拍置いた後に風間さんがそう告げる。ゴソゴソと物音が聞こえてからすぐに、ピカッと眩しい明りが
「うっ……」
ずっと暗闇だったので、光に当てられた俺は眩しさに一度瞼を閉じてしまう。
段々と目が明りに慣れて再び瞼を開けると、俺の命を握っているであろう人物を視界に捉え、茫然としてしまう。
「あ、貴方は……」
「ん……お前、どこかで……」
目と鼻の先にいる人物を目にした俺は驚愕してしまった。
何故ならその人物が、日本最強の冒険者――神木刹那だったからだ。
艶やかな黒い髪に、イケメンとも端麗ともいえる中世的な顔立ち。黒い防具を身に着け、二本の長剣を携えている。
間違いない。この人は刹那だ。
「な……んで……」
開いた口が塞がらないとは正にこのことだろう。
何故刹那がこんな場所に居て、そして俺や風間さんを襲ってきたのだろうか。
困惑していると、刹那が俺の首筋に添えていた剣を戻した。
「お前、シローか」
「うん、久しぶりだな……刹那」
久しぶりと言ったのは、俺は以前刹那と出会っているからだ。
灯里たちと密林ステージを探索していた時、たまたま見つけた宝箱を開けた瞬間に転移トラップに引っかかってしまい、俺だけ上層に飛ばされてしまったのだ。
上層のモンスターは俺では歯が立たなく、ボコボコにされながら逃げ惑うも、ジャイアントスパイダーやアナコンデスに追い詰められて殺されそうになってしまう。
そこを、偶然通りかかった刹那に助けてもらったんだ。
刹那は俺の憧れだったから、助けてもらった時は凄く嬉しかったっけ。
その後はなんやかんやあって、ダンジョンに住む
あの出来事があってからまだ二か月ぐらいしか経っていないが、随分前のような気がする。
場違いにも懐かしさを抱いていると、キャンプで使うようなランタンを持ちながら風間さんが歩み寄ってくる
「君だったか……刹那。道理で手強いと思ったよ」
「それはこっちの台詞だ。やけに硬い奴だと思ったが、風間だったのかよ」
刹那と風間さんは親し気に会話をしていた。
それもそうだろう。二人はダンジョンが解放されてからすぐに冒険者になった古参同士だし、お互いトップを目指して切磋琢磨してきた関係だ。
知り合いなのも当然だろう。
どうやら最初に聞えていた金属音は、風間さんと刹那が戦っていた音だったようだ。
っていうかこの二人、どうして暗闇の中普通に戦ってんだよ……どう考えても無理だろ。化物染みた強さに呆れていると、刹那が俺に半眼を向けてくる。
「まぁ、シローに躱されたのは驚いたがな」
「いや……あれはたまたまで……」
「まぁいい、お前らこんな所で何してんだよ。ここはどこか知ってるのか?」
「それはこっちの台詞だ。刹那こそ、どうしてここに?」
「オレはモンスターと戦っていて、トドメを刺そうとしたらいきなり目の前に黒い穴が現れたんだよ。アーツを使っていたから止まれねぇし、黒い穴の中に入っちまった。そしたら真っ暗の中で生き物の気配を感じたから、殺られる前に殺ろうと思ったんだよ」
ええ……そんな物騒なこと考えないでくれよ。お蔭で死ぬところだったんだからな。
それにしても、刹那は俺たちのように自分の意思で黒い穴に入った訳じゃなかったんだな。不運が重なった感じなのか。
(刹那も黒い穴に弾かれなかったんだな)
ふと気になったが、刹那は俺と同じように黒い穴に拒まれなかったのか。風間さんや他の冒険者は入ることができなかったのに。入る為に何か条件でもあるのだろうか?
黒い穴の謎について考えていると、風間さんが苦笑いを浮かべる。
「ははは、それはラッキーと言えばいいのか、アンラッキーと言えばいいのか……」
「バーカ、アンラッキーに決まってるだろ。こっちは攻略を邪魔されたんだからな。んで、お前たちはどうしてここにいるんだよ」
刹那に問われたので、俺と風間さんはこの場に来た経緯を話す。
黒い穴を探しながら二十五階層を探索していたら、黒い穴を見つけたので入ることにした。そしたらここに飛ばされて、突然刹那に襲われたんだ。
話している最中に気付いたんだが、どうやら俺たちと刹那がこの場に飛ばされたタイミングはほぼ同時だったみたいだな。
全て伝えると、刹那は呆れた風に口を開く。
「お前ら暇なのか? おい風間、ただでさえクランとやらを作って最近攻略もろくにしてねーみたいだが、そんな事してる余裕はあるのか? お前が遊んでる間に、オレは先に進むぜ」
「ああ、これは僕がやらなければならないことなんだ。それに心配されなくても、すぐにまた追い越すさ。なんせ僕は一度、君より先のステージに行っているんだからね」
苛立たし気に刹那が問い詰めるが、風間さんは自信有り気に笑みを浮かべる。
そういえばアルバトロスって、刹那より先に五十階層を突破したんだよな。今までずっと刹那が先頭に立っていたが、初めて他人に抜かされたんだ。
まぁ、またすぐに刹那が追い返したんだけどね。
「ふん、やってみろよ」
ぶっきらぼうに返してはいるが、俺にはどこか楽しそうに窺がえた。
これは単なる想像にすぎないけど、多分刹那は風間さんと競い合いたいんだろうな。抜かされたくはないけれど、張り合う者が居ないとつまらないんだろう。
二人は本当にライバルみたいな関係なんだ。なんかいいな……そういうのって。つい憧れてしまう。
「んで、そもそもここはどこなんだ? お前たちは何か知ってるのかよ」
「俺と風間さんも来たばかりだから分からないよ」
「チッ、使えねーな」
「まぁまぁ、どうやら洞窟の中みたいだし、進んでいけば何かあるだろうさ」
不服そうに舌打ちを鳴らす刹那を宥めるように、風間さんが提案する。
彼が言うように、俺たちが今いる場所は洞窟の中のようだった。縦と横幅が大体五メートルぐらいの感覚で、ゴツゴツとした岩肌が見えている。
暗闇に包まれているので洞窟の先がどうなっているのかは把握できないが、恐らく通路のように続いていると思う。
ここで立ち止まっていても埒が明かない。
そう話し合った俺たちは、洞窟の先を進むことにした。風間さんのランタンを頼りに暗闇の洞窟を進んでいると、【危機察知】スキルが反応した。
「おい」
「わかってるさ。許斐君、剣を構えて」
「はい」
どうやら二人も勘付いたようだ。この奥から己を脅かす何かが近づいていることを。
三人同時に武器を構え、息を殺して待っていると、やがて“奴等”が姿を現した。
「ゥゥオオ……」
「ァァアアア……」
「なんだこいつ等、気持ち悪ぃな」
「今まで見たこともないモンスターだ……【鑑定】にも引っかからない」
「ゴブリン……じゃないよな」
洞窟の奥からやって来たのは、暗闇と同じく体色が真っ黒の化物だった。どうやら一体だけではなく、かなりの数がいるっぽい。
俺がゴブリンと勘違いしたのは、外見がかなり似通っているからである。だけどゴブリンと違って身体は黒いし、瞳の色は赤黒く染まっていた。風間さんが化物を鑑定してみたが、ステータスを鑑定できなかったらしい。
という事は、眼前にいる化物はモンスターではないのだろうか? 確かに、生き物と呼ぶにはおどろおどろしい雰囲気を醸し出しているし、モンスターよりも“化物”といった方が相応しいかもしれない。
徐々に近付いてくる黒い化物に緊張感を抱いていると、刹那が背負っている鞘から二本の長剣を抜剣した。
「なんだっていいさ。叩っ斬ってやる」
「そうだね、それが早い。名前が無いのは不便だから、アレのことは“
「勝手にしろ、興味ねぇ」
「「ウウウアアアッ!!」」
黒い化物改め黒獣が耳障りな雄叫びを上げると、俺たちに向かって一斉に襲い掛かってくる。体当たりや腕を振るってくるが、この二人には全く通用しなかった。
「ザコだな」
「この程度なら、どれだけ数がいようと問題ないね」
「「ギィヤァァアアア?!」」
「す……凄い」
刹那は目にも留まらぬ高速の斬撃で次々と黒獣を斬り倒し、風間さんも剣と盾を巧みに操り、黒獣を全く寄せ付けない。
凄い……やっぱりこの二人は格が違う。モンスターでもない未知の化物相手に、全く慌てることなく淡々と対処している。戦いになっておらず、黒獣を圧倒していた。
流石日本最強のソロ冒険者と、最強パーティーのリーダー。
二人の戦いっぷりに呆然と見惚れていると、黒獣の首を刎ねた刹那が俺に顔を向けてこう告げてくる。
「おい、何ボサッとしてたんだ。見てないでお前も戦えよ」
「あっごめん、つい感動しちゃって……」
「ふん、前より少しは強くなったんだろうな」
その言葉を聞いて、俺は前に刹那に言われたことを思い出した。
『シロー、オレと戦った時の感覚を忘れるな。そうすれば、お前はもっと強くなれる』
刹那は俺に助言してくれたんだ。俺はもっと強くなれるって。
何であんなことを言ってくれたのかは分からない。もしかしたら期待してくれたのかもしれない。
あれから俺も色々あって、多くの修羅場を潜り抜けてきた。どれだけ強くなったのか、今の実力を刹那に見せてやる。
「ああ、少しは強くなったよ。今見せてやるさ、俺の力をね!」
強気な発言をして、俺も黒獣に長剣を叩きつける。俺の戦う姿を横目に、刹那はニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ、期待しないで見てやるよ」
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