第155話 黒い穴

 


 視界が暗転し、一瞬だけ意識が飛んだ後。

 瞼を開けると、綺麗な青い海とキラキラと光り輝く白い砂浜の風景が映り込んでくる。


 今まで東京タワーの中に居たのに、自動ドアをくぐっただけで別世界に訪れるんだから、おかしいっていうか不思議なことだよな。


 俺と風間さんが訪れたのはダンジョン二十五階層。

 何故ここなのかといえば、俺の最高到達階層に合わせてくれたからだ。

 風間さんは俺よりも遥か先を進んでいるからな。合わせてしまうことにちょっと申し訳なくなってしまう。


「そういえば風間さん、ダンジョンで何をするんですか? 普通に探索するんですか?」


 ふと気になり、横にいる風間さんに問いかける。

 そういえば、ダンジョンに来て何をするかは聞かされていなかったのを思い出した。


 彼には、ただ一緒にダンジョンに行こうと言われていただけだからな。

 俺と二人で来て、風間さんは何がしたいのだろうか。何か目的とかあるのだろうか。


「ああ、そのことなんだけどね。元々考えていた計画プランは許斐君と探索するだけにしようかと思っていたんだけど、それに加えて“黒い穴”を探そうと思っているんだ」


「黒い穴……? って、なんですか?」


「あれ、知らないかい? 今ダンジョンで話題になっているんだけどな。といっても、初めて見つかったのは三日前からだけど」


「すみません、知らないです」


 黒い穴か……全然知らないな。ここ数日は愛媛に行っていて、ダンジョン関連とは離れていたしな。


 帰りのフェリーで灯里と一緒にダンジョンライブを見ていたけど、黒い穴の情報は出てこなかった。もしかしたら見逃していたかもしれないけど。


 知らないと伝えると、風間さんは収納空間からスマホを取り出し、画面を操作してYouTubeの動画を見せてくる。


「これなんだけど、少し見てくれないかい」


「わかりました」


 風間さんからスマホを受け取り、画面をタップして動画を再生する。


『おい、なんだこれ!?』


『黒い……穴かな? こんなの見たことないよね』


 画面には四人の冒険者が映っていて、彼等の眼前には黒い穴が渦を巻いていた。岩とか壁などの障害物などに穴が空いている訳でもなく、何もない空間にポツンと存在している。


 へぇ、これが黒い穴か……。


『もしかして隠しステージとか? ちょっと触ってみようぜ!』


『ええ~、トラップとかじゃないのか? 危険だと思うけど』


『いいじゃん、ちょっとだけだからさ。痛って!? なんだこれ、バチっとしたぞ!?』


 一人の冒険者が穴の中に入ろうと手を伸ばしたのだが、指先が触れた瞬間バチッと弾かれてしまった。他の者も試したけど、結局誰も黒い穴に接触することは不可能だった。


 期待していたのに何も起こらず、彼等は愚痴とため息を零してその場から去って行く。


 俺は動画を停止して、スマホを風間さんに返しながら尋ねる。


「これが黒い穴ですか?」


「そうだよ。ここ最近、色々な階層で黒い穴が発見されているらしい。冒険者たちは少し前にあった嘆きのメーテルみたいに何かのイベントではないかと推測しているんだけど、動画の彼等のように、見つけたとしても誰も触ることすらできないんだ」


「へぇ、そうなんですか。でもそうすると、どうして風間さんは黒い穴を探そうとするんですか? 見つけても意味がないのに」


 純粋な疑問を問うと、風間さんは真剣な表情を浮かべて口を開いた。


「それは君がいるからだよ、許斐君」


「俺……ですか?」


「そう、君だ。謎の十層にメムメム君、そして嘆きのメーテル。その他にも異常種に遭遇エンカウントしたりと、許斐君はイベントに事欠かない。これは僕の予想でしかないけど、誰も入れない黒い穴も君なら入れると思うんだ」


「そんな……今まで俺ばっかり変なことが起きているのは認めますけど、今回ばかりは違うんじゃ……」


 確かに俺は他の冒険者に比べたら不思議なことに遭遇しているだろう。それはもう認めざるを得ない。


 だからといって、全ての謎が俺に関わってくる訳でもないと思う。

 そう否定すると、風間さんは「それは違うよ」と言い続けて、


「前にも言ったよね。君は“ダンジョンに選ばれた人間”なんだ。だからきっと、今回の黒い穴も許斐君なら入れると思うんだ」


「……」


 確信を抱いているような物言いに、俺は二の句が継げなかった。どうして風間さんはそれほどまでに言い切れるのだろうか。まるで、そうあってくれないと困るといった印象が窺がえる。


 そう……そうなんだ。彼から感じるのは確信ではなく、妄信のような気がする。

 狂気を孕んだ瞳に見つめられて口を開けないでいると、風間さんは冷めた雰囲気を溶かすように笑顔を浮かべた。


「まぁ、許斐君はあまり気にしないでくれ。見つかるか分からないしね。時間ももったいないし、行こうか」


「は、はい……」


 踵を返す風間さん。彼の背中をじっと見つめた後、俺も追いかけるように歩き出した。



 ◇◆◇



「カァ!」


「ダブルステップ!!」


 空を舞うライトニングバードからの雷攻撃を、スキルによって紙一重で回避する。反撃に飛斬撃スラッシュウエーブを放つも、容易く躱されてしまった。


 くっそ~、やっぱり空にいるモンスターとは戦いづらい。こういう時灯里が居てくれたらなと、ないものねだりしてしまう。


 俺が今戦っているのは、初めて戦う雷鳥ライトニングーバードという鳥型モンスターだ。

 オウムを大きくした見た目で、羽根の色が色鮮やか。攻撃方法は主に、雷魔術による電撃を放ってくる。


 バックラーで防御しても多少ダメージが入ってしまうので、受けるのではなく躱していた。その際に【回避3】を取得すると覚えるダブルステップというアーツを使うのだが、これが意外と難しい。

 自分の意思ではなく、身体が勝手に動く感じがするからだ。


 嘆きのメーテルのイベント時にルークと戦う前から覚えていたのだが、ルークと戦う時は使わなかった。慣れない動きをしたら致命的な隙が生まれるかもしれないし、俺は元々【思考覚醒】というスキルがあるため、回避能力には自信がある。


 なのでこのまま使わなくてもいいかと思ったけど、折角だから試しに使ってみることにした。けどイメージと身体が合わず、戸惑ってしまう。まぁ、慣れれば使い勝手も良いんだろうけどな。


「はっ!」


「シギャアア?!」


「ジャア……?!」


 颯爽と金色の長剣を振るい、シザーデとサンドシャークを屠る風間さん。俺が苦手としているモンスターを二体同時に相手にしても余裕で倒せる強さには、流石と言わざるを得ない。


 確か彼の職業ジョブは『剣聖ソードマスター』だったか。


 今のところ剣聖は、初期職業である剣士の最上位ジョブらしい。剣聖って、響きがめちゃくちゃかっこいいよな。全国の男子――心は男の子のおっさんも含めて――が一度は言ってみたい憧れのワードだ。


 そんな半端ないジョブの風間さんは、肩書きだけではなく実際の実力も半端ない。


 金色の長剣と盾を巧みに操り、堅実な戦い方に指揮能力も高く、攻防一体型の極致といっても過言ではないだろう。まさに完璧パーフェクトな冒険者だ。


 日本一の冒険者は神木かみき刹那せつなで、風間さんはナンバー2と言われているが、俺から見たら差は無いと思う。


 風間さんはパーティーを組んでいるが、ぶっちゃけ彼は刹那みたいに一人だけでも十分やっていける能力があるからだ。

 ただ、一人ソロよりパーティーで活動している方が効率が良いから、パーティーで活動しているんだと思う。


(俺も負けていられないな)


 モンスターを蹴散らす風間さんを横目に、俺もやる気を高める。

 一緒に探索することになったが、おんぶにだっこはダメだ。風間さんに頼ってばかりではいけない。俺も頑張らないと。


 そう思い、意識を集中してライトニングバードを観察する。

 さっきライトニングバードが攻撃した時、一つだけ気付いたことがある。それを試してみるか。


「クワーー!!」


「ここだっ、スラッシュウエーブ!!」


 鳴き声を上げながら、雷鳥が電撃を放ってくるのと同時に飛斬を放つ。俺はすぐにダブルステップを発動して雷撃を躱すが、ライトニングバードは攻撃が直撃し、呻き声を零しながら地面に落下する。


 よし、上手くいったぞ!!

 胸中で喜びながら、再び空に飛ばれないように接近し、トドメを刺す。


「はぁぁ!!」


「グエエ……」


 斬撃を浴びせると、ライトニングバードは悲鳴を上げてポリゴンとなって消滅した。

 ふぅと短く息を吐いていると、全てのモンスターを倒した風間さんから声をかけられる。


「よく倒したね。ライトニングバードの特性に気付いたのかい?」


「はい、さっき気付きました」


 本当に今さっき気付いたんだ。ライトニングバードは電撃を放つ時、移動せずその場で停止する。


 だから攻撃するタイミングを読んで、同時に攻撃を放てば当たると思ったんだ。予想した通りに事が運んでよかったけどな。


「モンスターの攻略を自分で編み出すのも冒険者の醍醐味だからね。これからも意識して養っていくといいよ」


「はい、ありがとうございます」


 なんだか風間さん、指導者みたいだな。

 クランを作って初心者の冒険者に指導しているみたいだから、教えるのも上手いのか。

 やっぱりこの人は、尊敬できる人だよな。



 ◇◆◇



「風間さん……これってもしかして……」


「ああ……そうみたいだね」


 風間さんに確認すると、彼はどこか興奮したように頷いた。


 あれからも探索を続けていると、話にあった黒い穴を発見してしまう。黒い穴は人一人ぐらいの大きさで、地面から少し浮いている。

 ゆっくりと渦を巻いている黒い穴からは、なんだか不気味な雰囲気を感じた。


 まさか本当に見つけちゃうなんてな……フラグを回収するにしても早すぎるだろ。

 なんで俺はいつもこう変なことに巻き込まれるんだと、心の中でため息を吐いた。


「許斐君、僕から触れてみていいかい?」


「は、はい……どうぞ」


 ワクワクした顔で聞いてくるので、そのテンションにやや引きながら了承する。


 っていうか僕“から”って……俺も触らなきゃいけない感じなんでしょうか。嫌だな~と苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた俺とは真反対に、風間さんは嬉々として黒い穴に手を伸ばした。


「くっ……やはり僕ではダメなのか」


 風間さんが黒い穴に触れた瞬間、バチっと電流が流れたように弾かれてしまう。その光景は、動画の冒険者たちと同じようなものだった。


 なんなんだろうな、この黒い穴は。どういった理由で突然ダンジョンに現れたんだろう。

 黒い穴について熟考していると、風間さんが残念そうに催促してくる。


「どうやら僕もできなかったよ。許斐君も試してみてくれないか?」


「あっやっぱり俺もやるんですか……?」


「当たり前じゃないか」


「あっはい……」


 顔はにっこりと笑っているけど、目が笑っていないですよ風間さん。

 さっきまでと雰囲気が全然違いますって。正直凄く恐いです。


 彼の圧力に負けた俺は、恐る恐る黒い穴に手を伸ばす。すると――、


「「あっ」」


 ――普通に手が入ってしまった。


 風間さんのように弾かれることもなく、俺の手は黒い穴を通り抜けた。一度戻して手を出し、さらに入れてみたけど普通に出し入れできる。


 マジかぁ……なんで入っちゃうんだよ俺の右手。もういいから、勘弁してくれよ。

 衝撃的な事実にげんなりしている俺とは違い、隣にいる風間さんは何故か興奮していた。


「はは! やっぱりそうだ、君は選ばれた人間だよ許斐君! 僕はこの時を待っていたんだ! やっと僕もダンジョンの未知に出会える」


(この人、何でこんな一人で盛り上がってるんだ? 何がそんなに嬉しいんだろ)


「さあ許斐君、一緒に行こうじゃないか」


「えっ、行くんですか?」


「当たり前じゃないか! この機会を逃すのは冒険者としてあり得ないよ!!」


 それもそうかもしれない。

 ダンジョンの未知を遭遇するのも、冒険者の醍醐味ではある。


 だけどな~、この黒い穴からは嫌な予感しかしないんだよな。今まで培ってきた危機察知能力もそうだし、本能的にも行くなと警告している。

 できる事なら引き返したい。


 でもまぁ、こんな嬉しそうにしている風間さんに行けないですなんて酷なことは言えないし、彼ほどの冒険者がいればそれほど危険でもないだろう。折角だし、行くとしますか。


 覚悟を決めた俺は、風間さんにこう告げる。


「分かりました、行きましょう」


「ありがとう、許斐君ならそう言ってくれると信じていたよ」


 俺と風間さんは、一緒に黒い穴の中に入っていく。

 まさかこの黒い穴の先で、あんな事が起こるなんて、今の俺には知る由もなかったのだった。

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