第154話 約束
「うわぁ……大分混んでるなぁ」
「そうだね~、やっぱり夏休みだから人が多いのかな」
「勘弁してくれよ……ボクは人混みが苦手なんだからさ」
周囲を見渡しながらぼやくと、灯里が頷きながら返答し、メムメムがぐったりとため息を吐く。
(それにしたって、多いにもほどがあるだろ。テーマパークじゃないんだから)
愛媛から帰ってきた一日後、俺と灯里とメムメムの三人はギルドを訪れていた。
ギルドの中や東京タワーの周辺は、何かイベントでもやっているのかと思うほど多くの人でごった返していて、まともに歩くことすら叶わない。
それも仕方ないだろう。世間的には今長期夏季休暇で、その上今日は祝日だ。
俺のように会社員で、平日に来られない冒険者がここぞとばかりにダンジョンに潜ろうとやって来るだろうし、そもそも祝日だから冒険者以外の人出も多いのだろう。
こんなに人で溢れかえっているのは、GW以来だった。
「なんだかギルドに来たのが久しぶりな感じがするね」
「ははは……そうかもな」
灯里の話に苦笑いしながら同意する。といっても、前回ギルドを訪れたのは一週間ちょっと前で、実はそんなに経っていないんだけどな。
冒険者になってから土日は欠かさずダンジョンに潜っていたので、今回愛媛に行って久しぶりに土日の探索を休んだから、懐かしく感じてしまったのだろう。
たった一週間ちょっと来なかっただけで懐かしくなるほど、ダンジョンに行くことが日常化したとも言えるな。
「じゃあ、俺は先に行くから楓さんと島田さんによろしく言っておいてくれ。ちゃんと愛媛のお土産も渡しておいてくれよ」
「うん。大丈夫だとは思うけど、士郎さんも気をつけてね」
「この浮気者~、ボクらを見捨てて他の冒険者とダンジョンに行けて嬉しいか~」
「し、失礼な! 元々約束していたことなんだから仕方ないだろ!」
一人先に行くと伝えると、灯里は心配そうな表情を浮かべ、メムメムはニヤニヤしながら抗議してくる。浮気者とかやめてくれよ、そんなんじゃないから。
なんでメムメムからそんな不当な言葉を浴びせられたのかというと、俺は今回灯里たちとはダンジョンに行かないからだ。
というのも、日本一の冒険者パーティー、アルバトロスのリーダーである
『一日だけでいいんだ。僕と二人で、ダンジョンに行ってくれないか』
少し前に会社の仕事で車のCM撮影をしたのだが、現場には風間さんもいて、撮影が終わった後にダンジョンに行かないかと誘われた。あまりにも突然だったので言葉が出ないほど驚いたっけ。
何で俺を誘ったのか、どうして二人きりなのかを尋ねてみたけど、答えは濁されてしまった。ただ、どうしても一度だけ俺と二人でダンジョンに行きたいらしい。
彼の誘いを、俺は喜んで受けさせてもらうことにした。
元々俺は
冒険者としても、彼から学ぶべきことは沢山あるだろうしな。
ダンジョンには夏季休暇の中で行くことになったのだが、前半は愛媛に帰ることになるし、後半はまた別の用事があったので、予定が空いている今日に行く約束をしたのだ。
だから決して浮気とかじゃない。元々風間さんと一緒にダンジョンを約束していたから仕方ないんだ。
そりゃー俺だって、久しぶりに
もう風間さんと待ち合わせをする時間が迫っているので、結局二人とは顔を合わせることができなかったけどな。
「じゃ、じゃあ行ってくるな」
「いってらっしゃい、楽しんできてね」
「死ぬなよ~」
二人と別れ、俺は一人でギルドの中を歩く。
エレベーターに乗り込むと、緊張気味に五階のスイッチを押した。
スイッチを押すだけで何故緊張しているのかというと、本来一般人が行けるのは三階までで、それ以上はギルドの関係者しか足を踏み込むことを許されていない。
では何故一般人の俺が五階を目指しているかといえば、風間さんがいるアルバトロスの事務所が五階にあるからだ。アルバトロスはギルドと契約していて、部屋を一室使わせてもらっている。
特別待遇というやつだな。まぁ、それだけアルバトロスが多くの冒険者やギルドに貢献しているからだろう。
(ここに来るのはあの時以来か……)
不意に記憶が甦る。
俺は以前、一度だけアルバトロスの事務所に招待されたことがある。
その時は風間さんから俺と灯里にアルバトロスに来ないかと、勧誘されたんだよな。パーティーを移籍するのに破格の条件を付けられたけど、楓さんと島田さんと一緒に冒険したかったから勧誘は断ったんだ。
チーンと電子音が鳴り、エレベーターが五階に到着する。
エレベーターから降りて通路を歩く。扉の前に行くと、横についているインターホンを慣らした。
すると、ガチャリと扉が開いて風間さんが出てきた。
「やぁ許斐君、待っていたよ」
「おはようございます、風間さん」
風間さんと軽く挨拶を交わす。オシャレでスマートな服を身に着けていて、相変わらずイケメンレベルが半端なかった。
「わざわざ来てもらってすまないね」
「大丈夫ですよ。風間さんと
申し訳なさそうに謝ってくる彼に、平気ですよと答える。
彼とエントランスで待ち合わせしなかったのは、有名人である風間さんが見つかったら騒ぎになることが分かりきっていたからだ。
ただでさえ人でいっぱいなのに、騒ぎになってしまったら事故が起こる危険性だってある。
それを考慮して、今回は俺がアルバトロスの事務所を訪れる形になった。
あとは、俺はメムメムの認識阻害魔術を掛けられているので、風間さんからは見つけることはできないから、俺から待ち合わせ場所に行くといった理由もある。
「それじゃあ早速行こうか。楽しみにしていたんだよ」
風間さんは帽子とサングラスを身に着けると、子供のようにワクワクとした笑みを見せる。
そんな彼に、俺は「はい、今日はよろしくお願いします」と返したのだった。
◇◆◇
人混みに紛れ、俺と風間さんはエントランス中央の通路を通り、広場に向かう。広場にも人は沢山いるが、ここに入れるのは冒険者だけなので、エントランスよりかは混んでいなかった。
装備受け取り場所でギルド職員から防具を受け取ると、風間さんと一緒に男性用更衣室で防具に着替える。
「準備はできたかい?」
「はい」
更衣室から出て、風間さんと集合する。
俺は動きやすく黒を基調としたウルフの新装具で、風間さんの装具は白を基調とした青や金色の線が入った重鎧だ。
カッコいいのは動画で見て分かっていたけど、間近で見るとめちゃくちゃカッコいいな。なんかこう、中二心を擽られる感じがする。
二人とも、剣や盾などの装具は持っていない。一々現実世界に持ってくるのが面倒なので、収納スキルに仕舞っているからだ。
「じゃあ、僕らも並ぼうか」
「はい」
風間さんの後に付いていき、ゲートを潜るための列に並ぶ。すると、周りにいる冒険者が視線を寄越して、コソコソと話をする。
「おい、あれ風間じゃないか?」
「みたいだな。あんなド派手な装具を身に着けてるのはあいつぐらいしかいねーからな。間違いねーだろ。けど他のパーティーメンバーが居ねぇな。もしかして一人か?」
「いや、よく見てみろよ。隣にいるのシローじゃねぇか?」
「本当だ。なんでシローが風間と並んでるんだ? まさか二人でダンジョンに行くのか?」
(やっぱり気になるよな~)
多くの冒険者から注目されて居心地が悪くなる。そんな俺とは真逆に、風間さんは嬉しそうに口を開いた。
「ふふ、注目されてしまっているね」
「そ、そうですね……」
何がそんなに楽しいのだろうか……やっぱり風間さんはよくわからないな。
冒険者たちに注目されながら待っていると、列は順調に進んで俺たちの順番が回ってくる。
俺は
通路の先には東京タワーの正面玄関の自動ドアがあり、ドアの周りには銃を装備した自衛隊の人が警備していた。
「では、よい冒険を」
スタッフはそう言って、来た通路を引き返していく。
俺と風間さんが自動ドアの前に行くと、ウイーンと開かれて漆黒の空間が姿を現した。
「行こうか、許斐君」
「はい」
俺と風間さんは頷き合うと、同時に自動ドアの中に入って行ったのだった。
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