第152話 神社のお祭り

 


「あら、許斐さんも灯里も箸が進んでいませんね。美味しくなかったかしら」


「いえ、とっても美味しいんですけど、なんだか食欲がわかなくて」


「あらそう? 無理して食べなくていいのよ」


 山から下りた俺たちは、祖父母の家でお昼ご飯を頂いていた。

 出掛ける前にメムメムが注文した通り、冷たいそーめんと野菜のおかずでどれも美味しいのだが、食べ物が喉を通らない。


 その理由としては、ゴブリンの件が関係している。

 ゴブリンの生々しい死体を思い出すと、気持ち悪くなり吐き気がしてしまうんだ。


 それに現実世界にゴブリンが現れたという不安も相まって、食事をする気分ではなかった。折角作ってもらったので出来れば食べたいんだけど、どうにも箸が進まない。


 それは俺だけではなく、灯里も同じだった。

 腹ペコキャラの彼女であっても、死体を見た後は流石に食べる気分ではないようだった。山から下りている時も不安そうな顔を浮かべていたが、清さんや幸子さん、里美さんの無事な顔を見るとほっと安堵の息を吐いていた。


 そりゃ家族の近くにゴブリンが居たなんて知ったら、心配するのも無理はないだろう。念のためメムメムが、俺たちに掛けてある防護魔術と同じものを清さんたちに施したそうなので、この先何かあっても安心ではあるけど。


 それと、祖父母の家に戻って電波が通ってから合馬大臣に電話をした。忙しい人だから出てくれるか分からなかったけど、たまたま休憩を取っていたらしく少しなら話もできるみたいなので、愛媛の山にゴブリンが出たことやその後の処置を詳しく伝える。


『了解した。因みにメムメムはなんと言っている?』


『東京に戻ったら大臣と死体を取りに行くと言っていました』


『ほう、それは都合がいいな。生憎私もやる事があってすぐに動けないんだ。東京こちらに戻ってきたら連絡して欲しいと伝えてくれないか』


『わかりました』


 大事件を伝えたのに、合馬大臣は全く取り乱すことなく平然としていた。俺だったら「ええ!?」と驚いているのにな……やっぱり大臣ともなると肝が太いのかな。


 それにしても、メムメムも合馬大臣もなんか呑気なのが気になる。二人にとってはゴブリンが現実世界に現れたことは大事おおごとと捉えていないのだろうか。


「ミョウガが良いアクセントなんだよな~」


 気分が萎えている俺たちとは違って、メムメムは大変美味しそうにそーめんを食べている。ゴブリンの死体や今後の不安など一抹も感じていないだろう。

 まぁ、メムメムは元々異世界人でモンスターの死体には慣れているだろうし、勇者パーティーの一人だったことから大きな問題が起こっても狼狽えることもないんだろうな。


「三人共、ご飯食べて少し休憩してから神社のお祭りにでも行ってきたら? 気分でも変えにさ」


「そうですね」


 気分が萎えている俺たちの様子に、里美さんが気を遣うように促してくる。

 神社のお祭りには夕方頃から行こうと思っていたけど、少し早いが気分転換に行くのもいいかもな。


 ご飯を食べ終えて少しばかり休憩を取った後、俺たちはお祭りに行く準備を行った。灯里とメムメムは里美さんに別室に連れて行かれ、俺は幸子さんと客間に向かう。


「許斐さん、これ着れるかしら。大きさが合うといいんだけど」


「これは?」


「お爺さんが来ていた甚平です。やっぱり、お祭りには着物を来ていかなくちゃね」


「そ、そうですか」


 幸子さんから紺色の着物を渡される。甚平か~、今まで一度も着たことがなかったな。祭りで着ている人を見掛ける度に風情があっていいな~とは思ってたけど、自分が着るには恥ずかしくて手が出せなかったんだよな。


「ど、どうでしょうか」


「う~ん、少し手直しさせていただきますね」


 着物に袖を通してみたが、着方がこれでいいのか困惑していると、幸子さんがパパっと直してくれる。おお、なんだかそれっぽいぞ。


「はい、これでバッチリよ」


「ありがとうございます」


「ふふふ、かっこいいですよ。若い頃のお爺さんそっくり。」


「そ、そうなんですか?」


「それはもう。今じゃあんな頑固爺ですけど、若い頃は着物がよく似合う男前だったのよ」


 あの清さんがねぇ。まぁ背も高いし身体もがっちりしているし、かっこよかったんだろうな。勿論、今でも渋い感じでイケてるんだけどね。


 それより、幸子さんの自慢話が中々止まらない。居間に戻っても、本当に嬉しそうに清さんのことを話している。よっぽど清さんのことが好きなんだろうな。

 なんだかいいな……年寄りになっても、夫婦仲が良いって。俺も二人のような素敵な関係を築けるだろうか。


 そうこうしていると、着物を着た灯里たちが戻ってきた。


「おお!!」


「どう許斐さん? 灯里もメムメムちゃんも可愛いでしょ」


「はい!」


 二人の可憐な着物姿を見て、つい声が弾んでしまった。

 灯里の着物は全体的に春を彷彿とさせる桃色で、花柄模様が描かれている。ほんのり化粧もしていて、後ろ髪を団子のようにアップで纏めており、いつもより色っぽい感じがする。

 なんというか、普段の灯里は可愛いんだけど、今は可愛いっていうよりも凄く綺麗だ。


 メムメムの着物はひまわりのような明るい黄色で、水玉模様が描かれている。長い銀色の髪はお団子二つに纏められていた。

 マスコット的なキャラで忘れられていたかもしれないが、メムメムはエルフで超美少女だ。西洋風な顔立ちに鮮やかな銀髪も相まってクールな感じだけど、明るい黄色の着物を着ていることから可愛らしくなっている。


 灯里もメムメムも文句無しの着物姿だった。二人に見惚れていると、里美さんが満足そうな笑みを浮かべて説明してくる。


「灯里の着物は元々母さんの着物で、代々引き継がれているのよ。私も学生の頃に着たもんだわ。メムメムちゃんの着物は、私が小さい頃に着ていたものよ」


「ど、どうかな……?」


「凄く綺麗だよ、灯里」


 照れ臭そうに聞いてくる灯里に本心から褒めると、灯里はりんごのように顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。恥じらう姿も一々可愛いんだよな。


「ボクには何かないのかい?」


「勿論、メムメムも可愛いぞ」


「なんか心がこもっていない気がするが、許してやるか」


 灯里ばっかり見ていたら、横にいるメムメムから催促されてしまったので普通に答える。ええ……普通に可愛いって言ったじゃないか。


「ほら父さんも見てみてよ。灯里、可愛いでしょ?」


「……ふん、まぁまぁだな」


「あ~やだやだ。父さんも許斐さんみたいにもう少し素直に褒められないかね」


 里美さんがテレビを見ていた清さんに問うと、彼はチラっと横見しただけですぐに視線をテレビに戻してしまった。うん……流石に俺でもわかるぞ。多分あれは照れ隠しだ。


「士郎さんも着物にしたんだね。かっこいいよ」


「お、おう……ありがと」


「そうかぁ? ボクからすると農民のように思えるけど」


 灯里から褒められた俺は、ぽりぽりと頬をかく。だけど横にいるメムメムから小言を言われてしまった。そりゃ異世界の農民はこんな格好かもしれないけど、こっちじゃ珍しいんだよ。


「準備もできたし、行こうか」


「うん!」


「三人共、楽しんでいらっしゃい」


「オッケー」


 着物も着て準備万端になった俺たちは、祭りを開いている神社に向かうのだった。



 ◇◆◇



「おお~、意外と人多いんだな」


「そうだね、私も知らなかった」


 神社の近くまで来ると、歩道には人だかりができていた。

 親子連れやカップル、小さな子供の集団が楽しそうにしている。皆、地元の人たちだろうか。歩道には提灯や装飾が飾られており、どこからか太鼓の音も聞こえお祭り気分を味わえる。


 なんかいいな……大きな祭りも華やかでいいけど、こういった地元のお祭りも落ち着きがあっていい。


「アカリは来たことがないのかい?」


「うん……愛媛ここに来た時は、お祭りに来る余裕はなかったから」


 ふと気になったのか、メムメムが灯里に問いかける。すると灯里は、神妙な表情を浮かべながら答えた。


 そう……だよな。両親がダンジョンに囚われてから愛媛に来たのだし、両親を助けることだけを考えてお金を貯めるためにアルバイトしたり、身体を鍛えたって言ってたもんな。そりゃ祭りに遊びに行く余裕なんてないか。

 俺は灯里の肩に手を置きながら、柔らかい声音で告げる。


「それなら、今日はおもいっきり楽しもうか」


「うん」


 それから俺たちは、人だかりに紛れて歩道を歩き、神社へと続く長い階段を登った。

 登りきると大きな鳥居があり、それを潜って境内に入る。境内には沢山の出店があったり、屋台の上で沢山の子供たちが和太鼓を叩いている。


「色々な出店があるもんだな」


「うん、全部美味しそうでお腹が空いてきちゃった」


「はは、俺と灯里は昼飯をろくに食べてなかったからな。どれ、周りながら食べようか」


「賛成~」


 俺たちは色々と出店を見て回っていく。

 やきそば、わたあめ、チョコバナナ、ラムネ、かき氷、りんご飴と、ありとあらゆる食べ物を食べ尽くしていく。

 何で祭りの食べ物ってこんなに美味しいんだろうな。普通に買ったら割高なのは分かってるけど、つい財布の紐が緩んでしまう。


「あ~、破れちゃった」


「おいシロー、本当にこんな薄い紙切れで魚を捕まえられるのか? これ詐欺なんじゃないか?」


「おいおい嬢ちゃん……勘弁してくれよ」


 メムメムが唇を尖らせ、不服そうに聞いてくる。おいメムメム、あまり下手なことを言うんじゃないよ。店主が困ってるじゃないか。


 出店の食べ物を一通り食べて満足した後、俺たちは金魚すくいに挑戦していた。灯里とメムメムが挑戦したが、二人ともすぐにポイが破れて惨敗に喫してしまう。

 俺は店主に自分の分のお金を払うと、メムメムにコツを教えながらやってみる。


「金魚すくいのコツはな、できるだけ皿を近づけておいて、ポイを水に入れる時は斜めから。金魚の頭の方から掬い、時間をかけずさっとやると……ほらな」


「「おお~!!」」


 レクチャーしながらやると、無事に金魚を掬うことに成功した。

 よかったぁ……先輩風吹かしておいて失敗したら恥ずかしいどころじゃなかったからな。


「士郎さん、上手ですね」


「小学生の時に、結構やってたからさ」


「おっちゃん、もう一回頼むよ」


「あいよ、頑張んな」


 メムメムが再度挑戦するも、中々上手くできず結局一匹も掬うことはできなかった。

 コツを教えてもらったからってすぐにできるものではないだろう。金魚すくいは理論っていうよりも感覚の問題だしな。


「ぐぬぬ……なぜできない」


「ははは、残念だったな」


 別に金魚は欲しいと思わないので、掬った金魚は店主に返して次の出店に移動した。


「このねーちゃんすげー!」


「全部当てて倒してるよ!?」


「プロだ、射的のプロがいる!!」


 次々と景品が撃ち落とされていく光景を目にして、子供たちが歓喜の声をあげる。

 というのも、俺たちが次にやってきた出店は射的だったのだが、灯里が挑戦したところ全弾命中して、且つしっかりと落としきっているからだ。


 射的の景品は倒すことはできるが、手に入れるには完全に落とさなければならない。だけど景品には重りがついていて、中々撃ち落とすことはできなかった。

 ……なのだが、灯里は今のところ一発も外していないどころか、全ての景品を撃ち落としている。


(もしかして、ダンジョンのスキルとか関係しているのか?)


 ダンジョンのステータスは現実世界には反映されない。だけど、気配を読む力や反応速度、射撃技術などステータスに見えない能力は身に着いていることがある。

 流石にダンジョンでの能力がそのまま身に着くわけではないが、気持ち程度だが現実世界にも反映されているんだ。


 それで灯里の職業は狩人ハンターで、弓を扱っているから遠距離武器の扱いが上手くなっているのかもしれない。ただ単に灯里が得意かもってだけかもしれないが。


 パンっと乾いた音が鳴り響き、お菓子が倒れて地面に落ちる。結局、全弾命中して弾の数だけ景品を取ってしまった。


「すげーな嬢ちゃん、ええいもってけドロボー! もう二度と来ないでね!」


「あ、ありがとうございます」


 若干涙目の店主に、大量のお菓子や人形を貰い受ける灯里。それを羨ましそうに眺めていた子供たちに、どうぞと手渡した。


「これあげるよ」


「い~の?」


「うん、私は楽しめたから」


「「わ~い、ありがとう姉ちゃん!!」」


 灯里から景品を貰い、嬉しそうに喜ぶ子供たち。

 子供たちの喜ぶ顔を見ながら微笑む灯里に、ふと問いかけた。


「よかったのか? 折角取ったのに全部あげちゃって」


「うん、私は十分楽しめたから。それに、あんなに抱えてちゃ歩けないよ」


「そっか……。お~いメムメム、調子はどうだ」


「いやこれ難しいだろ。なんでアカリは落とせたんだ」


 銃口に木の弾を詰めながらぶつぶつと文句を垂らすメムメム。

 ははは……魔王から世界を救った勇者パーティーの魔術師でも、射的には苦戦するらしい。

 その後も祭りを満喫していると、突然灯里の足が止まった。


「あっ……」


「ん、どうした?」


「ちょっと、高校の同級生を見掛けたの」


 そう告げる灯里の視線を追いかけると、高校生らしき男女が四人で固まっていた。

 そっか……すっかり忘れていたけど、灯里はまだ高校生なんだよな。休学して俺のところに来る前は普通に高校に通っていたそうだし。


(本来なら、灯里もあそこに居たはずなんだよな……)


 仲睦まじい様子を眺めていると、ふと思ってしまう。

 ダンジョンさえ現れなかったら、灯里の両親がダンジョンに囚われることがなかったら、彼女も今頃高校の友達と祭りに来て楽しく遊んでいたのではないだろうか。別に愛媛ここでなくとも、東京のほうでそうなっていたはずなんだ。


 そう考えると、勝手ながら灯里に同情してしまう。

 いや、彼女だけではなく妹の夕菜や他のダンジョン被害者にも。ダンジョンに巻き込まれた全ての人が、享受する大切な未来や時間を奪われてしまったんだ。


「声をかけに行かなくていいのか?」


 小さい声音でそう尋ねると、灯里は寂しそうな表情を浮かべながら首を横に振った。


「ううん、いいの。クラスメイトだけど、私はほとんど関わらなかったから。ずっとお父さんやお母さんを助けることだけを考えて、友達とかも作らなかったんだ。だから、私が声をかけたら逆に困ると思う」


「そっか……」


 その時だった。

 突然ドンっと大きな爆発音が鳴り響き、夜空に花火が打ち上がる。


「おっ、花火が始まったぞ」


「綺麗~~」


 皆、打ち上がる花火を見上げて楽しんでいた。

 そこまで数は多くないし、大きな花火大会と比べてド派手という訳でもないけれど、久しぶりに見る花火はとても綺麗だった。

 打ち上がる花火に見惚れていると、不意にきゅっと手が掴まれる。


「士郎さん」


「なんだ?」


 俺の手を掴んだのは、灯里だった。彼女は視線を花火に向けたまま、静かに口を開く。


「また来ようね」


「……ああ、また来よう」


 今度は皆で来よう。灯里の父親も夕菜も助けて、皆で。

 そんな決意を抱きながら、俺は灯里の手をぎゅっと握り締めたのだった。

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