第151話 現実世界のゴブリン

 


「嘘……でしょ?」


「……」


「なんでこいつが……ゴブリンが現実世界ここにいるんだよ!?」


 俺と灯里は驚愕し、メムメムは厳しい眼差しでそいつを睨んでいる。


 俺の目の前には、ダンジョンのモンスターであるゴブリンがいた。

 小学生くらいの体躯で、頭が異様に大きく身体は細い。体色が緑で、おぞましく醜い顔つき。ファンタジーゲームや漫画だと序盤に出てくるザコキャラのモンスター。

 東京ダンジョンにもゴブリンはいるが、今目の前にいるゴブリンはそれと酷似していた。いや、見た目はまるっきり同じと言っても過言ではない。


 けど、おかしいじゃないか。

 ダンジョンの中で出現するなら別に驚くことでもない。でもここは、ダンジョンではなく現実世界の山の中だ。どうしてこんな所にゴブリンがいるんだよ!?


「ゲヒャァァ!!」


「灯里!!」


 目を疑うような光景に困惑していると、突如ゴブリンが雄叫びを上げながら突進してくる。俺は灯里を守るように前に出ると、ほぼ無意識の内に全身に身体強化を施した。


(炎魔術はダメだ、森に火が移る!!)


 できれば近づかせたくないし、遠距離から火炎で攻撃したいところだが、俺が覚えている魔術は炎系しかなくてこの山の中では使えない。だから身体に魔力を巡らせ強化し、接近戦で迎え撃とうとしたのだが――、


「死ねよ」


「ゲッ!? ――……」


 その前にゴブリンの首が刎ねた。目には見えなかったが、きっとメムメムが風の刃を放って攻撃したのだろう。首を切り落とされたゴブリンは、断末魔を上げる間もなく倒れた。


 切断面からはドクトクと緑色の血がとめどなく零れており、ダンジョンの中のようにポリゴンとなって身体が消滅することもなかった。


 茫然としていると、メムメムが死んでいるゴブリンに近付き死体を検分する。俺と灯里も用心深く近付きながら、メムメムに問いかけた。


「どうだ? そいつはゴブリンなのか?」


「間違いないね。こいつは正真正銘ゴブリンだよ。それもボクがいた世界やダンジョンのゴブリンと同じタイプだ。これは推測に過ぎないが、恐らくボクらの世界からやってきたんだろうね」


「そんな……!? なんでゴブリンが私たちの世界にいるの!?」


「それはボクにも分からないよ。とりあえず、他にもいないか探してみるね」


 そう言って、メムメムは瞼を閉じて集中する。どうやら魔力探知みたいな魔術を山の中全域に発動し、魔力の反応を探っているそうだ。

 一通り探り終えたのか、五分ぐらい経った後メムメムは疲れたように息を吐く。


「どうだった? まだいそうか?」


「いや……ゴブリンの魔力を探知してみたが何も引っかからなかったよ」


「そう……なのか」


「ただ、ゴブリンが突然この山に現れるなんてあり得ない。必ず原因があるはずなんだ。考えられるとしたら召喚魔術や転移門ゲートを使って移動したと思うんだけど、それが使われた形跡が見当たらない。一日や二日程度なら魔力の残滓を追えるんだけど、もう残っていなかったよ。多分もっと前にこっちの世界に現れたんだろうね」


「そういえばお爺ちゃん、少し前から山がおかしいって言ってたっけ」


 メムメムの考えを灯里が補足する。そういえば山に行く前に、清さんからそんなこと言っていたな。あの言い方からすると、一日や二日前の話じゃないだろう。


 流石のメムメムでも、とっくに消滅した形跡を探るのは不可能だった。

 俺はゴブリンの死体を見下ろしながら、震える声音で口を開く。


「これ……結構大問題だよな? ゴブリンが……モンスターが現実世界に現れるなんてさ」


「そうだよね。今回はたまたま山の中に現れたから人に危害が出なかったけど、もし町中に現れていたと思うと……お爺ちゃんたちやお母さんが襲われていたかもしれなかったんだよね」


「……そうだな」


 灯里の言う通りだ。ゴブリンが現れたのがたまたま山の中だったから、襲われたのは動物だけだったけど、もし町中に現れていたら襲われていたのは力無き一般人だ。それはもう大パニックに陥っていただろう。


 それに、この世界に現れたゴブリンがこの一匹とは限らない。他の場所でも、ゴブリンに限らず他のモンスターが現れているのかもしれない。


 ダンジョンの中ではなく、現実世界にモンスターが現れた。

 この衝撃的な事実は、今後の地球全体の未来に関わる内容であると言っても大袈裟じゃない。

 けど、こんな大きな問題をどうすればいいのだろうか。俺たちだけで手に負える問題じゃない。この情報をどうするか三人で相談していると、メムメムがこう提案してきた。


「この事は下手に言わないほうがいいだろうね。モンスターが現れたなんて言ったら、それこそ世界中パニックに陥ってしまうだろうし。それに、ニュースとかじゃモンスターらしき化物が現れたなんて報道はされていない。たまたま一匹だけ、何かの偶然が重なってこの山に現れた場合もある」


 その言い分はわからなくもない。公表してしまえば、一般人はモンスターに襲われるんじゃないかと日々恐怖に脅えながら生活することになってしまう。


 突然世界中の塔がダンジョンに変貌して、世界中がパニックに陥ってからまだ三年しか経っていない。やっと恐怖や心の傷が癒え、ダンジョンの存在にも慣れて日常化してきたのに、モンスターが現実世界に現れたなんて知ったらダンジョンも恐怖の対象に逆戻りしてしまう。


 それに、この事実を知っているのは俺たちだけだ。メムメムが言ったようにモンスターらしき怪物が現れたなんて情報は出ていない。もしかしたら倒したゴブリンのように人気ひとけのない所に現れているのかもしれないが、被害が出たという情報が出回っていないということは、他は現れていない可能性の方が高いだろう。


 今の時代はスマホがあり、何か不思議なことが起きたらすぐにSNSなどで発信するからな。一般人がモンスターなんて見かけたらすぐにネットやSNSに画像や動画を投稿しているだろう。それが無いってことは、恐らくだが他にはまだ現れていないんだ。


「じゃあ、私たちだけで秘密にしておくってこと?」


「いや……オウマにだけは言っておこう。あいつに言っておけば、この情報を国がどう対処するのかもやってくれるだろうしね」


「なるほど……合馬おうま大臣か」


 メムメムが出した案に納得する。

 ダンジョン省の合馬大臣は、ダンジョンやモンスターに関する日本の最高責任者だ。それに彼は元々メムメムのいた世界の魔王でもある。モンスターを束ねる魔の王ならば、どうしてゴブリンがこの世界に来たのかも分かるかもしれない。


 俺たち一般人がどうこうしようと考えるよりも、ゴブリンの件は合馬大臣に任せた方が得策だろう。問題を丸投げにしてしまう形になってしまうけれど、この問題を扱うには俺たちじゃ荷が重いからな。


「うん……私もそれがいいと思う。合馬大臣なら、きっと冷静に判断してくれるよ」


「とりあえず俺たちは何もせず、合馬大臣に任せるってことでいいな?」


「「うん」」


 確認を取ると、二人は了承の意を示すように頷いた。


「よし、じゃあ後はゴブリンの死体をどうするかだけど……」


「流石に、ここに放置しておく訳にもいかないよね」


「死体を腐らせないように保護魔術をかけるよ。あとは動物に荒らされないように穴を掘って埋めておこう。東京に帰ったら、オウマを連れて引き取りに来るよ」


「わかった」


 メムメムが魔術を使い、地面に穴を掘ってゴブリンの死体を埋める。

 これで他の動物に荒らされることもないだろう。死体を取りに来た時に場所が分かるのかと聞いたら、魔力のマーキングをしておくから大丈夫だと返された。

 俺が心配するまでもなかったな。


「帰ろう。ボクお腹空いちゃったよ」


「お前が腹減ったって言うのは珍しいな」


「まぁね、久々に歩いたからかな」


「私も、お母さんたちの顔が見たいから帰りたい」


「じゃあ帰ろうか」


 という事で、俺たちは山を下りることにした。

 それにしても現実世界にゴブリンが現れるなんて、この先どうなってしまうんだろうか。

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