第148話 フェリー
「夜の海ってなんだか恐いですね」
「そうだなぁ、黒々としてちょっと不気味かもね」
船の展望デッキから漆黒の大海原を眺める俺――
眼前に広がる海は真っ黒で、眺めていると引きずり込まれそうな不気味さがあった。
太陽の光を浴びて青々と輝く海も、光が閉ざされてしまえば一面黒に染まってしまう。まるで闇の世界に入り込んでしまったみたいだった。
「そんな所でイチャイチャしてないでさ、早く部屋に戻ろうよ。こっちは蒸し暑くて仕方ないのに、二人のイチャイチャを見せつけられて今にも気絶してしまいそうだ」
「も~メムメム、茶化さないでよ。そんなんじゃないって、普通に海を眺めてただけじゃん」
心外だな~と反論する灯里に、異世界の魔術師でもあり、エルフのメムメムがジト目を送りながら抗議してくる。
「やれやれ、どうやら自覚がないようだね。君たちはそう思っているみたいだけど、周りから見たらバカップルがチュッチュしているようにしか見えないから。少しは自覚した方がいいんじゃないかな」
「えっマジ?」
俺たちってそんなにイチャイチャしているように見えるのかな。少し気になって周りを見渡すと、展望デッキには多くの夫婦や恋人と思われる男女が俺たちと同じように身体を寄せ合いながら海を眺めていた。
うっ……メムメムの言う通り、他人から見てみるとカップルがイチャついているようにしか思えない。俺と灯里もそんな風に思われてたのか……なんだか恥ずかしいな。
「分かったよ、部屋に戻ろうか」
「そうしてくれると助かるよ」
「はぁ……もう少し士郎さんと良いムードを堪能したかったのにな……」
部屋に戻ると聞いて嬉しそうに微笑むメムメムとは対照的に、灯里は残念そうに肩を落とす。落ち込む灯里の肩を叩いて、元気になるような提案を告げた。
「明日また一緒に来ようか。朝に見る海もきっと綺麗だと思うよ」
「士郎さん……うん! 絶対来ようね!」
「はぁ……もう好きにしてくれ」
一瞬で元気を取り戻した灯里と、勘弁して欲しいとため息を吐くメムメムと共に、俺たちは自分たちの個室に戻るのであった。
◇◆◇
お盆休みを挟んだ長期夏季休暇を使って、俺たちは
というのも、夏季休暇が始まる前に、灯里から一度愛媛に帰りたいと頼まれたからだ。
『もし士郎さんが良かったらなんだけど、一緒に愛媛に行かない?』
『え、愛媛!? って、灯里の祖父母がいるところだったよな?』
『うん。おじいちゃんがさ、お盆休みぐらいは帰ってこいってずっと言っててね。それに、お母さんの様子も見ておきたいと思って……』
どうやら祖父に愛媛に帰ってこいと言われていたらしい。
大事な孫娘が一人都会に行って、男と一緒に暮らしているんだ。お爺さんが心配するのも当然だろう。
それに、ダンジョンに囚われていた灯里の母親――里美さんも今は祖父母がいる愛媛にいる。
ずっと目を覚まさない里美さんは、メムメムが魔力を調整したことで目を覚ましたのだが、体力も落ちてかなり衰弱していたため、両親がいる愛媛で療養することにしたのだ。病院に入院したままでもなく、俺たちの家に来る訳でもなく愛媛に行ったのは、きっと俺たちに迷惑をかけたくなかったからだろう。
まぁ、お爺さんとお婆さんが大事な娘である里美さんと一緒に居たかったというのが一番の理由だったみたいだけど。
お爺さんお婆さんや里美さんも灯里を心配しているだろうし、灯里も久々に家族と会いたいだろうと思って、羽根を伸ばしに愛媛に行くことにしたのだった。
東京から愛媛に向かう方法は色々ある。
電車に夜行バス、飛行機にフェリーと様々あるが、俺たちはフェリーに乗って向かうことにした。理由としては、灯里が一度乗ったことがあるからだ。
灯里が一人で東京に来る時、どうやらフェリーに乗って来たらしいので、段取りとかも詳しい灯里に頼ることにしたのだ。
それとは別に、メムメムが地球の船に乗ってみたいといった理由もある。俺もまだ人生でフェリーには乗ったことが一度もなかったので、この際だから体験しようと思い、フェリーに乗って行くことに決定した。
ネットで調べたところ、東京からフェリーに乗って愛媛に向かう順路は、東京の有明のりばから出発し、徳島県の沖州のりばに翌日の十三時頃に到着するみたいだ。
愛媛に直接行ける訳ではないらしい。そこからは、電車やらバスを使って愛媛まで向かうことになる。
俺たちはネットで予約し、オーシャン東八フェリーという船に乗ることにした。
フェリーの料金は片道一人当たり一万七千円ほど。運賃が一人一万四千円で、さらに四人個室部屋を三人分で取り、部屋代が一人当たり三千円。片道の総額が大体一万七千円ぐらいになる。
出発するのが平日は十九時半らしいので、長期夏季休暇が始まる前日の金曜日(今日)にして、会社のほうは半休取らせてもらった。
俺だけ先に退社するのはめちゃくちゃ申し訳なかったけど、日下部部長や宣伝部の社員たちは「全然いいから、楽しんでこい」と暖かい言葉を送ってくれた。ちゃんと愛媛のお土産買ってこなきゃな。
ダンジョン省の
電話で合馬大臣に伝えると、彼は気軽な感じで、
『星野君の祖父母がいる愛媛に? はっはっは、いいじゃないか、是非行ってきてくれ。な~に、メムメムも一緒なら安心だろう。何か困ったことがあったら言ってくれたまえ』
といった感じで、あっさり許可を貰ってしまった。
まぁ、護衛に関しちゃメムメムがいることが一番の安心材料なんだろう。
灯里とメムメムと旅行の仕度をして、最終確認を終えてから有明のりばに訪れ、巨大なフェリーに乗り込んだ。
船の中はとにかく広くて、四名個室の部屋も綺麗で年甲斐もなくワクワクしてしまう。
海が見えるお風呂や、くつろげるリラクゼーションスペース、展望デッキにキッズルームとサービスも豊富だ。レストラン的な場所は無いそうだけど、その代わりにレトルト食品が自動販売機で買えるらしい。
俺たち三人は一通り船の中を散策した後、お風呂に入って個室でまったりしていた。
「明日の十三時に着くんだよね」
二段ベッドの上にいる灯里が、反対側のベッドの一段目にいる俺に聞いてくる。
ラフな格好の灯里を見上げながら「そうだな」と頷いた。
「そこからは電車を乗り継いで愛媛に行く感じだ」
「楽しみだなぁ」
「俺も楽しみだよ」
「ちょっとメムメム、折角フェリーにいるんだからゲームしてないで窓の外でも眺めたらどうなの」
「真っ暗で何もない外を眺めてどうするんだい。それより今集中してるから、話しかけないでくれると助かるよ」
「も~メムメムったら」
船の中でもマイペースなメムメムに、灯里は呆れた風にため息を吐く。
俺の上のベッドに寝転がりながら、相も変わらずタブレット端末でゲームをやっていた。外を眺めても仕方ないのは分かるけど、少しぐらいは風情を楽しもうよ……。
それから灯里と明日の予定などを話した後、俺たちは海の上で眠りに落ちたのだった。
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