第145話 ドライブ

 


「えっ!? か、風間さん!?」


「しー、余り大きな声を出さないでくれるかい。僕だとバレると困るからさ」


 指を口にあて、お茶目な感じで言ってくるスタッフ。

 その声には聞き覚えがあり、顔も見覚えがあった。というか、どう見ても風間さん本人だった。


 何で風間さんがスタッフに変装してるんだ?

 緊急の用事があるから撮影に来れないんじゃなかったのか?


(もしかして、これってドッキリ!?)


 ふと浮かんだ考えがドッキリだった。

 だっておかしいじゃないか。あの風間さんが当日キャンセルするのも、こうやってスタッフに化けている状況も凄い変だ。


 考えられるとしたら、今日一緒に仕事をする俺や楓さんにドッキリを仕掛けている可能性しか思い当たらない。

 じゃあ、CM撮影自体なかったってことなのか?

 酷く混乱していると、風間さんは申し訳なさそうに説明してくる。


「これにはちょっと訳があるんだ。君と話をしたいから、僕についてきてくれないか」


「えっ……ちょっと!?」


 訳も分からず風間さんに腕を引っ張れ、駐車場に連れてかれてしまう。

 困惑していると、否応なく「乗ってくれ」と言われたので仕方なく助手席に乗り込んだ。


 ってこれ、超高級車じゃないか。凄いな~こんな高い車初めて乗ったよ。乗り心地も最高だ。

 いや馬鹿か俺は、今は高級車に感心してる場合じゃないだろ。


 こんな所に連れてきて、風間さんは一体何がしたいんだ? ドッキリだと思ってたけど違うのか? 話があるって言ってたけど、室内って事は誰にも聞かれたくない内容なのだろうか。

 頭の中でぐるぐる考えても仕方ない。本人に聞いてみよう。


「あの~風間さん、一体俺になんの用があるんですか?」


「ドライブしながら話すよ。だからシートベルトを着けてくれると有り難いな」


「ドライブ!? ここから移動するんですか!? こ、困りますよ、衣装もそのままだし、楓さんをあの場に置いていけないです」


「服は僕が用意するから気にしなくていいよ。それに五十嵐さんだっけ、彼女の事も心配しなくていいさ。麗奈に頼んであるからね」


 麗奈って……金本麗奈さんの事だろうか。

 風間さんから勧誘を受けた時、確かあの人とも顔を合わせたんだよな。金本財閥のご令嬢で、黒髪ロングのおっとり美女。胸もかなりデカかった気がする。


 彼女とは挨拶を交わしただけで特に話はしなかった。ずっと風間さんの後ろで成り行きを見守っていた印象だ。

 そんな金本さんに、楓さんのことを任しているらしい。俺には風間さん、楓さんには金本さんと、わざわざ別々に話をする必要があったのか?


 考え込んでいると、ブオンと迫力のあるエンジン音が鳴り響く。

 風間さんは帽子とマスクを取り外し、前髪をさっと掻き上げた。その仕草が一々格好良くて、そしてやっぱり彼は顔が良過ぎる。男の俺としてもドキっとしてしまうぐらいのイケメンだ。


 風間さんはニコッと女性殺しのスマイルを浮かべると、俺に向かってこう言ってくる。


「さぁ、行こうか」



 ◇◆◇



 窓の隙間から吹いてくる風が、髪を優しく撫でる。

 地方だからだろう。周りの風景は山や田畑ばかりで、長閑な時間が過ぎ去っていく。静かだと思うのは、車の音も気にならないからだろうか。ハイブリッドなんだろう、エンジンや走行音が全然聞こえてこない。


 風間さんの車で走り出してから五分。

 その間、彼はどこか楽しそうにしていて、聞きたいことがあったけど口を挟んで邪魔をしたくないと思った俺も、ずっと口を閉じて風景を眺めていた。

 けど、不意に風間さんから口を開いた。


「まずは、許斐君が気になっている事から話そうか。なんで緊急の用事で撮影を中止にした筈の僕が、現場にいたのかってね」


「はい……風間さんを見た時は驚きました。ドッキリなんじゃないかって」


「ははは! ドッキリか、バラエティーでキャストがスタッフに変装してるやつだね。まぁあの状況だとドッキリだと思うのも無理ないか。残念だけど、これは僕の個人的なものだよ。君と二人きりで話がしたかったんだ」


 二人きりで話をしたかったって……でも、それなら別に撮影終わりとかでも良かったんじゃないだろうか。わざわざ撮影を中止しなくても……。

 そんな疑問を尋ねると、風間さんは「もっと静かなところで、ドライブしながらゆっくり話したかったんだ」と続けて、


「今回の撮影で、キャスト欄に許斐君の名前を見つけた時に、この状況を計画したんだ。ドライブにはうってつけの長閑な地方、そして車の撮影。条件は揃っていた。

 スタッフの方々には大変申し訳ないことをしたけど、どうしても君と二人で話す機会を作りたかったんだよ。それをするには、撮影の時間を削るしかなかった。僕も自分の為に使っていい時間は限られているからね」


 それはそうだろうな。

 ダンジョンの探索、クランの運営、雑誌モデルにメディア露出とやる事は山ほどあるだろうし。


「あの、それならどうしてドライブしながらなんですか?」


「それは僕が単純に、ドライブが好きだからだよ。僕は車が好きで、一人で走るのが好きなんだ。何も考えず、道ゆく道を走る。趣味というか、息抜きというか、僕が自然体でいられる場所はここだけなんだ」


 へぇ~そうだったのか。風間さんが車を好きなのは意外だったな。完璧人間の彼でも、一人っきりになりたい時もそりゃあるよね。

 もしかして、車のCMを引き受けているのも単に車が好きだからかもしれない。


「許斐君は車を持ってるかい?」


「いえ、持ってません。免許は持ってるんですけど……」


 大学時代、いずれ必要になるだろうと時間がある時に免許だけは取っておいた。

 でも結局車を買うこともなく、ペーパードライバーなんだけどね。


「それは残念だ、是非許斐君にも車に乗ってもらいたいね。君をドライブに誘ったのは、二人きりで静かに話したいというのもあるけど、僕の好きな事を共有したかったというのもあるんだよ」


 なるほど……つまりこういう事か。

 風間さんはCMのキャストで俺を見つけ、俺と二人きりで話すために、ドライブの計画を立てた。忙しい彼は、ゆっくりドライブする時間が今日しか無いと判断し、緊急の用事があると撮影を中止させ、スタッフに変装して俺に声をかけたんだ。

 でも、どうしてそんな事までして俺と二人っきりで話をしたかったのだろうか。何か重要な要件でもあるのか?


 とりあえず、俺の方から当たり障りのない話を振ってみるか。


「クランはどんな調子ですか?」


「とても忙しいよ。どうしても最初は僕らアルバトロスも顔を出さないといけないからね。でも、勧誘したゴールドやシルバーランクの冒険者のお蔭もあって、新規の冒険者も着々と育っているよ。本当なら、許斐君と星野さんにも来てもらいたかったけどね」


「えっと……すみません」


「ははは、気にしなくていい。その件はもう終わった事だ。それにパーティーの仲間を大事にする君を、僕は益々好きになってしまったしね」


(ええ……)


 今の発言って、“そっち”の意味じゃないよな……?

 まさかな……イケメンで超モテモテな風間さんが、そっちな訳がない。俺の気の所為だろう。


 でも風間さんって、何でか知らないけど俺への好感度が異常に高い気がするんだよなぁ。話し方もフランクだし、俺とプライベートで話したいからってわざわざ機会を作ったりするし。


 謎なんだよなぁと思っていると、今度は風間さんから話を振ってくる。


「僕も忙しいけど、許斐君ほど大変ではないよ。メムメム君の件で、君も大分環境が変わったんじゃないかい? 記者会見も見させてもらったよ」


「そうですね……メムメムと出会ってから、色んなことがありましたね」


 メムメムが現れてからは、激動の日々だった。

 テロに巻き込まれたり、全世界に向けて記者会見を開いたり、住む家が変わったり、灯里が犯罪組織に攫われてしまったり。

 まぁそれでも、新しい環境にも慣れて今は大分落ち着いてはいるんだけど。そう思うと人間の適応能力って凄いよなって改めて思うよ。


「メムメム君の件、異常種とボスの二体のキング、最近では嘆きのメーテル。本当に許斐君は話題に事欠かないね」


「よ……よく知ってますね」


「それはそうだよ。僕は許斐君の数多くいるファンの内の一人だからね。流石に全部ではないけど、ダンジョンライブは確認チェックしているよ」


「きょ、恐縮です……」


 アルバトロスのリーダーである風間さんに俺のダンジョンライブが見られているのか。

 嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな。ていうか数多くいるファンって……灯里なら分かるけど俺なんかにファンなんかいるのか? 初めて聞いたけどな。


「許斐君、やはり君は特別な人間だよ。いや、“選ばれた人間”と言った方がいいかな」


「選ばれた人間……俺が?」


「そうさ。ダンジョンが現れてからの三年、特に大きな動きはなかった。だが、君が冒険者になってから次々と不可解な事が起こっている。謎の十層に喋るオーガ。異世界の魔術師であるメムメム君の出現。そして嘆きのメーテル。この短い期間の間で、ダンジョンが姿を現し始めた。そして、その全てに許斐君が関わっているんだよ。自覚が無い訳ではないだろう?」


「それは……まぁ、はい」


 薄々気付いてはいたし、自覚が無い訳ではない。

 風間さんが言ったように、俺は多くの事件に巻き込まれている。


 最初はただの気のせいだと思っていた。けど、こうも頻繁に重なるのと、俺だけに起こっているのを考えると、何か意味があるのだろう……。そこには、ダンジョンの意志みたいなものが介在しているんだと。


 だからといって、俺は自分が特別な人間だとは思った事もないけどさ。

 信号が赤になり、スッと車が停止する。風間さんは前を向いたまま、どこか切なそうな表情を浮かべた。


「君が羨ましいよ、許斐君。できることなら、僕がダンジョンに選ばれたかった」


「俺からしたら、風間さんの方が選ばれた側だと思いますけど……」


「ははは、僕なんか蚊帳の外だよ。どれだけ近づこうとしても、全然振り向いてくれないんだ。こんなに恋焦がれているというのにね」


 風間さんって、普段はイケメンだけどミステリアスな所もあるよなぁ。

 影があるというか、何を考えているか分からないところがある。まぁ、ファンとしてはそういう部分にも惹かれるらしいけどね。


「そうだ、君にもう一つ聞きたいことがあったんだ」


「何ですか?」


「メムメム君はこの世界で魔術を使えているだろう? もしかしたら彼女に教えて貰って、許斐君も使えるんじゃないのかって思ったんだけど、どうだい?」


「えっ……」


 風間さんに問われた俺は、ついドキっとしてしまう。

 まさか魔術に関して聞かれるとは思ってもみなかった。実際に俺と灯里はメムメムから指導して貰って使えるし、ダンジョンでレベルを上げている冒険者なら使える可能性もあると言っていた。まぁ、それにはメムメムから魔力の感覚を教えてもらわなければならないんだけど。


 きっと風間さんも魔術を使えるだろう。

 でも彼には申し訳ないが魔術を使えることは教えられない。何故なら、メムメムから口留めされているからだ。


『シロー、魔術を使えることは誰にも言ってはいけないよ』


『そりゃ軽々しく言うつもりはないけどさ、どうしてだ?』


『君が……この世界の人間が魔術を使えることを知られると、良からぬことを考えるやからが出てくるだろう。今でも多くの人間に狙われているんだ。もし魔術の存在がバレたら、是が非でもシローを手に入れたいとする者が増えるだろうね。平穏なままでいたいなら、迂闊な真似はするべきじゃないよ』


『うん……分かった。肝に銘じておくよ』


 ただでさえメムメムの件で色々な方面から狙われているのに、これ以上狙われたりするなんてたまったもんじゃない。なので魔術を使えることは、例え風間さんであっても話す訳にはいかなかった。


「いえ、使えません」


「……そうか、それは残念だね。もし僕等でも魔術を使えるようになったら、きっと世界は大きく変わるだろうに」


「ははは……」


 それから俺達は、晴れ晴れとした天気の中、ドライブを満喫する。

 他愛もない話をしたり、サービスエリアに立ち寄って食事をしたりした。自分で払うと言ったんだけど、彼は「こっちが無理やり誘ったから、これくらいはさせてくれ」と奢られてしまった。一々やる事がカッコいいんだよな~この人。


「許斐君の今夜の予定はどうなっているんだい? もしよかったら、このままディナーに招待したいと思ってるんだ」


「すいません……お誘いは嬉しいんですけど、既に今日泊まるホテルは取ってあるので遠慮させていただきます」


「そうか……ではまた次の機会にしておこう。じゃあそのホテルまで送っていくよ」


「ありがとうございます」



 ◇◆◇



 エマが予約してくれたホテルまで送ってもらった俺は、車から降りて風間さんと挨拶を交わしていた。


「今日はありがとう、とても楽しかったよ。それと悪かったね、急に付き合わせてしまって」


「いえ、俺も風間さんと話せて楽しかったです」


「そう言ってくれると嬉しいよ。じゃあ、また明日の撮影でね」


「はい」


 エンジン音を響かせ、風間さんを乗せた高級車があっという間に去っていく。

 それを見送りながら、俺は不思議な感覚に陥っていた。


(いや~、まさかあの風間さんとドライブしたなんてな~)


 今でも信じられない。

 今日のドライブで、彼の人となりを知った気がする。分かることは、風間さんは車とドライブが好きで、ダンジョンが好きで、外見も内面もイケメンだという事だ。

 そんな風にぼーっと考えていると、突然声をかけられた。


「士郎さん、大丈夫ですか?」


「えっ? ああ、楓さんも来てたんだ」


「はい、金本さんにここまで送ってもらいました」


 俺に声をかけてきたのは楓さんだった。

 楓さんのことは金本さんに任せてあるって風間さんが言ってたけど、彼女も俺と同じように色々連れ回されたのかな?


「色々と話すことはありますけど、まずはホテルのチェックインをしてからにしましょう」


「そうだね、落ち着いて話がしたいし」


 俺達はホテルの中に入り、受付のスタッフに声をかける。


「あの~今日予約した許斐ですけど」


「ようこそお越しくださいました。許斐様ですね、少々お待ちください。確認しました、一部屋で予約してありますね。これが部屋のキーです。紛失しないようお気を付けください」


 えっ?

 今なんて言った? 俺の聞き間違えじゃなければ、二部屋ではなく一部屋で予約してあるって言ってたよな。

 もう一回ちゃんと確認してみるか。


「あのー、二部屋じゃなくて一部屋で予約してあるんですか?」


「……? はい、許斐様は一部屋で予約しておりますが……どうか致しましたか?」


「えっと~、ちょっと待ってください。今こっちで確認しますので」


 一体どうなっているのだろうか。

 ホテルの部屋を予約してくれたのはエマだった筈だけど、もしかして間違えてしまったのか? いや、エマに限ってそんなミスをする筈がないよな。


 と思っていると、既に楓さんがエマと電話していた。一分ぐらい話すと通話を切り、楓さんはため息を吐きながら伝えてくる。


「彼女が言うには、経費削減のため一部屋にしたらしいです」


「はぁ!? 経費削減って言ったって、俺は男で楓さんは女性なんだぞ!? 同じ部屋でいい筈がないだろ!! 何を考えてるんだエマは!!」


「はぁ……本当に何を考えているのかわかりません」


 今からでももう一部屋取ろうとスタッフに話をしたが、残念なことに予約は全て埋まっているらしい。

 おいおいどうすんだよ……これじゃあ楓さんと一緒ってことじゃないか。それは流石にマズいだろ。


「仕方ない……俺は漫画喫茶とかでいいから、部屋は楓さんが使ってよ」


「そういう訳にはいきません。明日は撮影なんですから、身体をしっかり休めないと」


「でもさ……」


 じゃあどうする? と聞こうとする前に、楓さんは真剣な表情でこう言った。


「私なら構いませんよ」


「え?」


「だから、士郎さんと同じ部屋でも構わないと言っているんです」


 え……マジですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る