第143話 CM撮影

  



「ん~~駅弁美味しいデ~ス!」


「俺も初めてだけど、おかずも豊富だし味も良い。こっちを選んで正解だったよ」


「ふふ、士郎さん電車が来る時間ギリギリまで迷ってましたからね」


 移ろいゆく風景を眺めながら、駅弁に興じる。

 ちらし寿司弁当と彩り弁当、どちちも捨て難かったけど、最終的に選んだのは彩り弁当だった。野菜もお肉もご飯も全部が美味しくて、手が止まらずパクパク食べてしまう。


 駅弁ってこんなに美味しいもんだったんだな。

 普通の弁当より値段が気持ち高いけど、その分美味しいし、窓から見える風景をおかずに誰かと一緒に食べるとより美味しく感じられる。


(新幹線に乗ったのも、高校の修学旅行以来だっけ)


 あの時は駅弁を買わなかったからなぁ。

 というか、新幹線に乗ったのも人生で二回目だし。俺は自分で旅行に行ったりしないし、大学の時も友達と遠出をする場合は普通電車やレンタカーだった。貧乏学生はなるべくお金をかけずに遊ぶしかなかったんだ。

 まぁ、それはそれで楽しいし、良い思い出だったんだけどね。


「ふぅ、ごちそうさまでした。超満足だよ」


「駅弁といい、アニメといい、日本の文化は面白いデスね」


「そう考えると、日本は色々なものを作ってますよね。伝統工芸などもそうですが、ガチャガチャだったり、食品サンプルだったり」


 楓さんの話に、わかるよと同意する。

 ガチャガチャも食品サンプルも、駅地下にあったものだ。多分それを見てふと思ったんだろうな。

 駅地下の通路にズラーっとガチャガチャが並んでるのを目にした時は、俺も驚いたっけ。それを外国人の子供が楽しそうに回しているんだもんな。それだけ需要があるって事だろう。


「目的地にはどれくらいで着くんだっけ?」


「う~ん、あと三十分ってとこデスね~。それまで寝ててもいいですよ? カエデがキスで起こしてあげますから」


「そんな事はしません」


 俺と楓さんとエマの三人は、朝から新幹線に乗っていた。

 別に三人で楽しく旅行という訳ではなく、勿論仕事の為で、地方に出張していたのだ。


 というのも、新しい車のCMキャストに俺と楓さんが抜擢され、CMを撮影をする場所に向かっている。


 エマは俺達の付き添いだ。

 前回のポスター撮影の時も、彼女が段取りをしてくれたり、俺達のサポートを上手くしてくれたから、今回のCM撮影にも付き添うことになった。


 俺的にも、ポスター撮影の時よりCM撮影の方がもっと緊張したりテンパったりするだろうから、明るくポジティブなエマが居てくれると大変心強い。


(俺がテレビに出るのか~全然信じられないな~)


 流れゆく窓の風景を眺めながら、心の中でぼやく。

 まさか自分がテレビのCMに出演するなんて夢にも思わなかった。


 冒険者になる前の自分が聞いたら、絶対信じなかっただろう。会社で上司にこき使われ、同僚からは馬鹿にされ、趣味がダンジョンライブしかない冴えない自分が、まさかCMに主演するなんて思う筈もない。


 正直なところ、今でも現実感ないんだよな……。

 はぁ、上手くやれるといいけど……。


「士郎さん、緊張してますか?」


 ぼーっとしていたら、ふと楓さんに尋ねられる。

 どうやら不安を抱いていることがバレていたらしい。なんだか恥ずかしいな。


「そりゃそうだよ。でも俺達はサブというか脇役だから、その辺は気が楽かな」


「ですね、メインはあの人ですから」


 そう、実はCM撮影のキャストは俺達だけではない。というか、俺達はモブだった。

 主役メインは別にいるんだ。


「風間さんと会うのは久しぶりだなぁ」


「士郎さんと灯里さんが勧誘された時以来ですね」


 今回の主役は、日本一の冒険者パーティー・アルバトロスのリーダーである風間清一郎かざませいいちろうさんだった。


 日本一の冒険者パーティーであるアルバトロスは多くのスポンサーとも契約しており、メディアにも引っ張りだこ。知名度でいえば、ダンジョンアイドルのDAを抑えて冒険者の中ではトップだ。


 アルバトロスの中でも特に風間さんの人気は凄まじい。

 冒険者としてもトップレベルなのは勿論、甘いルックスに高身長、人柄も良く社交性もあり、なんならトークも上手い。天は二物を与えたどころか全てを与えたような、超完璧人間が風間清一郎だ。


 そんな彼は雑誌モデルをしたりCMに出たりしている。俳優も誘われたらしいけど、時間を取られてしまうから断ったそうだ――ってなんかのテレビ番組で見た気がする――。


 なので世の中の女子学生やおば様方は彼にメロメロ。多くのファンがいて、風間さんのことを『風間様』とか『清様』とか呼んで崇めているらしい――なんかのテレビ番組で見た気がする――。

 兎にも角にも凄い人なのだ。


 最近では、新たにクランをち上げた事が話題に上がっていた。

 クランとはまぁ、パーティーの規模を大きくしたような感じで、組織みたいなものだと考えていい。


 新規の冒険者の数を増やして、装具やお金の援助は勿論、戦い方などを教えて育成に励んでいるそうだ。

 わざわざ自分のお金と時間を使って他人を育成するなんて凄いよな。それも今じゃ日本一忙しい筈なのに。どれだけ人間ができているんだろうか。


 まぁ、俺はクランが起ち上げられる前からその事を本人から知らされていたけどね。

 なんでかというと、俺達は以前風間さんと会い、話をしたからだ。話の内容は、新しくクランを作るから俺と灯里にアルバトロスへ来て欲しいという勧誘だった。


 風間さんは、“ダンジョンの危険と未来”を語った。ダンジョンは得体の知れないものであり、いつ人類に牙を向けてくるか分からない。いざそうなった時、対抗できる仲間が欲しいから、クランを起ち上げて冒険者の数を増やすんだって。


 その際に、言い方は悪いけど俺と灯里に客寄せパンダになってもらいたいと言ってきたんだ。条件は破格なものだったけど、俺と灯里は楓さんと島田さんとパーティーを離れたくないと言って、結局断ったんだけどね。


 あれ以来関わりはなかったが、まさかダンジョン以外で風間さんと再び会うことになるとは……。世の中分からないもんだねぇ。


「えっ、シローとカエデはカザマとお知り合いなんデスか?」


「うん、前に一度だけね」


「え~羨ましいデス。ワタシもカザマのファンなんデスよ」


 へぇ……エマも意外とミーハーな所があるんだな。

 そんな風に思っていると、エマは突然身体を近寄らせ、俺の耳に触れるような距離で話してくる。


「でも、今のワタシの一番の推しはシローデスからね」


「――っ!? 痛ぁ!?」


 蠱惑な声音で囁かれ、つい驚いてしまうと、横から足を抓られる。

 振り返ると、楓さんが「何デレデレしてるんですか」と言いた気な眼差しで睨んでいた。

 ええ……今のって俺の所為なの? 不可抗力じゃない?


 困っていると、エマは俺から離れて楽しそうな笑みを浮かべた。


「フフフ、楽しい出張になりそうデスね」

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