第140話 ルーク

 

『死ね』


(強っ過ぎるだろ!!)


(このままじゃッ)


(全然ダメージを与えられない……!!)


 堅牢なルークに対し、士郎たちは三人がかりでも攻めあぐねていた。

 基本的には楓を盾にしつつ士郎と灯里が同時に攻める形としているが、全て対処されてしまっている。一撃でもまともに喰らってしまえば致命傷になる為、士郎は回避を優先せざるを得なく、楓は士郎のフォローで手一杯。


 なら灯里はどうかというと、ほとんど躱されるか弾かれてしまっていた。通常攻撃に於いては無視されてしまっており、例え当たったとしても硬い甲冑に守られているためダメージにすらなっていない。アーツに対してだけ防御行動を取られるのだが、MPの消費が激しいため連発はできない。なので通常攻撃とアーツを織り交ぜてフェイクを入れているのだが、それすらも見極められてしまっていた。

 完全に死角から狙ってる筈なのに、後ろに目でもついているのかと思うほど対応してくる。とても常人の成せる域ではなかった。


 綱渡り状態で戦っているため神経を減らされていき、楓にいたっては防御しているのにも関わらずダメージが蓄積されていく。盾で防御しているのだが、攻撃の衝撃が強すぎてダメージを与えられてしまっているのだ。頃合いを図って島田からヒールをしてもらうが、このままではジリ貧である。


 なんとかしたい状況で焦りだけが募っていく。

 だからといって強引な手を使っても、失敗するのが目に見えていた。肌で感じるのだ、目の前にいる強敵は、半端な攻撃では揺るがないと。本能でそれを感じ取れてしまうほど、ルークの力量は並み外れていた。


 幸いなのは、ルークの知能がそれほど高い訳ではないことだろう。狡猾だった隻眼のオーガのように士郎たちを飛び越してヒーラーの島田や後衛の灯里を狙う訳ではなく、目の前の敵に対してしか反応を示さない。そのお蔭で、メムメムたち後衛組は自分の仕事に集中できていた。


「目を覚ませルーク! メーテルはもうここにはいない! いくら探してもいないんだよ!!」


『メーテルはいる!』


 アーツを放ちながら、士郎が言葉で訴えかける。届かないかもしれないが、言わずにはいられなかった。最愛の女性を失って尚苦しんでいる目の前の騎士を、どうにか解放させてあげたい。その想いを心に留めておけず、無意識の内に胸の奥から言葉が吐き出される。


 だがルークはメーテルの死を頑なに拒んだ。鍔迫り合いの状態から力で士郎を押し退けると、体勢を崩したところに斬撃を浴びせる。

 そこに楓が割って入り盾で受け止めるも、重い攻撃に盾ごと圧し潰され両足が地表に埋まってしまう。ぎりりと歯を食い縛りながら耐え、楓も説得しようと試みる。


「いま……せん。彼女は自分で死にました。そして貴方ももう死んでいます。彼女に会いたければ、それを認めるしかないんです!!」


『メーテルは死んでいない!!』


「ぐぅ!!」


 怒号と共に前蹴りで蹴っ飛ばされ、盾ごと吹っ飛ばされてしまう楓。倒れている彼女に剣を突き立てようと迫る寸前、頭部に衝撃が走った。


『……』


 ルークは初めて衝撃を覚える。今確かに手甲で防御した。だが予想よりも強い衝撃に手を弾かれてしまい、そのまま頭部に喰らってしまったのだ。先ほどまでとは明らかに威力が違う。怪訝そうに振り返ると、矢を構えている灯里の姿が視界に移った。


「お願いルーク! もうやめて! メーテルは貴方のことを今もずっと想ってる! 貴方が闇から解放されるのをずっと待っているんだよ!!」


 灯里の身体が桃色に光り輝いていた。その現象は、彼女が持つユニークスキル【想う者】が発動している証拠に他ならない。ルークを心配しているメーテルを想ってのことか、いつまでもメーテルの死を受け入れられないルークを想ってのことなのか。それは定かではないが、兎に角二人を想う灯里の想いにユニークスキルが応えたのは確かだった。


『俺は……メーテルは、まだここにいる』


「この分からず屋がぁぁあああああ!!」


 灯里の言葉に動揺するが、それでも死を受け入れられないルークに士郎が吠える。

 風を切る速さで疾駆すると、あらん限りの力を出して黒剣を振るった。棒立ちだったルークは咄嗟に受け止めるも、初めて押し込まれてしまった。アーツを使用してる訳でも、決して威力が上がった訳ではない。ただ彼の勢いに呑まれてしまったのだ。


「アンタがそんなんだから、メーテルは今も嘆いているんだぞ!!」


 剣を振るう。避けられ、反撃が飛んでくる。察知して避けつつ、カウンターで刺突を放った。ヘルメットを掠るも、躱されてしまう。今度は回し蹴りが飛んでくるが、既に高くジャンプしていた士郎は脳天目掛けて力一杯剣を振り下ろした。惜しくも受け止められてしまったが、初めて黒騎士の膝が折れる。


「彼女は今も泣いているんだぞ! お前を想って泣いているんだ! いつまで彼女を苦しませる気だよ!!」


『お前にッ……お前に何が分かる!? 愛する人と結ばれるために死ぬ思いをして竜を討ち、帰還の途中で刺客を放たれ、死を覚悟した!! それでも彼女に会いたくて刺客を跳ね除けて王国に帰ったら、メーテルは死んでいたんだぞ!? メーテルに嘘を吐いたのも、俺を殺そうとしたのも王だった。裏切られたんだよ!! どれだけ抗おうとも俺とメーテルは結ばれぬ運命だった!! 残酷な運命に弄ばれた俺の気持ちが、お前に分かるものか!!』


 怒号を放ちながら、今度はルークが士郎を力で押し飛ばした。

 身体が浮いている状態の士郎に縦の一閃を投じるも、士郎は身体を無理矢理捻って間一髪回避する。いや、躱すだけではなく回転を利用し、ルークの右腹に強烈な斬撃を与えた。

 そこから更に、息吐く間もないほどの猛攻を繰り出す。


「分からないよ!! アンタがどれだけ辛かったのか、話を聞いただけの俺じゃあ理解したくたってできないんだ!! その痛みはアンタだけのものなんだから!! でもこれだけは分かる、メーテルはアンタを想って今も泣いているんだぞ!!」


『――ぐッ!!』


「愛する人が死んでしまってもまだ泣いているんだ!! アンタはそれでいいのかよ!!?」


 激しい、余りにも激しい剣士たちの攻防に、楓と灯里は割って入ることを躊躇してしまっていた。今加わっても、助けるどころか邪魔になってしまうだろう。


 それもあるが、二人が放つ言葉の応酬に対しても驚いてしまっていた。どれだけ訴えても機械のようにワンパターンな台詞しか吐かなかったルークが、人間味溢れる感情を迸らせている。

 そして士郎もまた、胸の奥から吐き出されるがままに叫び声を放っていた。あれほど怒りの感情を表に出している士郎は、今まで見たことがない。


 現に士郎は自分でも理解わからないほど言葉に感情を乗せていた。これまでの人生で、誰かに対して怒声を上げたことなど一度もない。それほど昂っていた。


 だが、心の奥が怒りに燃えていても、それと対比するように頭はずっと冷静だった。それは恐らく【思考覚醒】が発動しているからだろう。ルークと一人で渡り合えているのも、【思考覚醒】による予知に近い能力が発揮しているからだった。


「灯里、楓さん!!」


「「――っ!」」


 大きく後退した士郎が、左手を向けながら合図を送る。彼の意図を察した二人は瞬時に行動に移した。


「ギガフレイム!」


「ギガシャイン!」


「アローレイン!」


 豪炎が、閃光が、矢の雨が一斉に放たれる。ルークに着弾すると、爆発が巻き起こった。魔術を放ち終えていた士郎が煙幕が発生する中に躊躇なく突っ込む。敵を視認できないルークは気配を頼りに漆黒の剣を大きく薙ぐように振り抜いたが、予測していた士郎は地を這うように身体を倒して回避し、斬り上げた。


『ぐっ!?』


「パワースラッシュ! フレイムソード! アスタリスク!!」


 怒涛の連撃アーツを繰り出す。ルークも直観で防御や反撃を行うが、全て透かされてしまっている。


 おかしい……お互い見えない状況な筈なのに、何故奴はまるで見えているかのように動けるのだ。

 ルークの疑念は尤もであった。煙幕のせいで動きを把握していないのにも関わらず、士郎には迷いが微塵も感じられない。


 その不可解な現象の答えは、【思考覚醒】によるものだった。士郎も決して見えている訳ではない。だが、次の瞬間には“どういった行動を取ればいいのか分かるのだ”。彼はその直感を信じて動いているだけだった。


『はぁぁぁああああ!!』


「ぐっ――」


 このままでは圧倒的に不利であると、ルークは地面に剣を突き立てる。すると剣から黒い波動が波紋のように広がり、士郎を強引に引き離した。


 咄嗟にバックラーを構えていた士郎はかろうじて直撃を免れるも、衝撃波を受けて地面を転がり続けしまう。楓がキャッチするも、耐えきれずに二人して倒れてしまった。


 その間にルークは大きく剣を掲げて力を溜め込む。大技を撃つつもりなのだろう。漆黒の剣が強く輝きだす。そうはさせまいと灯里が狙撃して阻止しようとしたが、矢はルークに届かずオーラのような壁に弾かれてしまった。


竜殺しドラゴンブレイク


 充填されていた力が一気に解き放たれる。

 漆黒の剣から放たれたのは、竜の顔であった。大きく顎を広げる竜の顔は、空気を裂き、地表を削り取りながら猛然と向かってくる。


「マシルド!!」


「ギガフレイム!!」


 楓が魔法盾を発動し、士郎も豪炎で相殺を図ろうとするも、拮抗など毛頭も無かった。瞬く間に粉砕され、そのまま食い殺そうと突き進んでくる。


「士郎さん、私の後ろに!!」


 士郎は言う通りに従うと、楓は大盾を突き出してスキルを発動する。


巨人の盾ギガンシルド!!」


 大盾が光輝くと、白いオーラを身に纏う。そのスキルは【盾魔術5】を取得した時に使える防御系スキルであり、楓が出せる最大の防御技だった。


「ぐぅぅうう!!」


 竜の顔と巨大な盾が衝突し、轟音が響き渡る。楓は歯を食いしばって耐えるも、衝撃が重すぎて打ち破られそうになる。彼女の背中を士郎が支えるが、それでも力負けしてしまい、二人は爆発に巻き込まれてしまった。


「士郎さん! 楓さん!」


「行けシマダ!」


「分かってる!!」


 二人が死んでしまったのかと焦る灯里。メムメムはここは任せていけとう意図で島田に指示を下したが、彼は言われる前から行動を移していた。


「二人共、生きてるかい!?」


「う……く……は、はい」


「なんとか……生きてるみたいです」


「良かった……今回復させるから。ハイヒール」


 士郎と楓はギリギリ生きていた。先に魔法盾と豪炎で威力を相殺していなかったら、HPは0になっていただろう。島田がハイヒールで回復させるが、MPが足りず完全回復とはならない。それでも瀕死の状態で動けなかった二人の身体は、立てるまでには回復した。


 だが士郎も楓も満身創痍で、まともに戦うのは不可能に近い。

 それでも、ダウンする訳にはいかなかった。メーテルの想いに報いるためにも、ここで倒れる訳にはいかない。


『まだ生きているのか』


「この、このおおおおおお!!」


「「はぁ……はぁ……」」


 士郎たちを回復に専念させるために灯里はずっとルークに攻撃を放っているのだが、彼は避けることも受けることもせずただ驚いていた。彼女の攻撃は通用していない。1や2ダメージほどは与えられるかもしれないが、ルークにとっては些細なものだ。


 灯里はとっくにMPを使い果たしてしまっている。少ないポーションもとっくに飲み干しており、もうアーツを放つことができない。元々MPが高いわけではない灯里は、尽きてしまうのも早かった。それは彼女だけではなく、この場にいる全ての者にもいえること。士郎と楓とメムメムは極僅かで、島田も今のヒールでMPの底がついてしまっていた。

 もう彼等に戦う余力は残っていない。万事休すであった。


「諦めて……たまるかッ!!」


 ――それでも、士郎たちの目から灯が消えることはなかった。


 彼らを突き動かす原動力は二人への想い。

 メーテルの願いを叶えるため、ルークを苦しみから解放するため。

 その強い想いが、士郎たちをどこまでも突き動かす。


『……』


 そんな士郎たちを、ルークは静かに見守っていた。

 あの者たちはどうして、自分のために戦ってくれるのだろうか。

 知りたい。知らねばならない。

 だから黒騎士は、再び剣を掲げた。


「またッ!?」


「流石に今度は防ぎきれませんよ……」


 力を溜め始めるルークを目にし、灯里と楓は絶望を抱いた。あの大技を受けきるほどのHPもMPも残っていない。再び喰らえば確実に死が待っているだろう。

 けれど、士郎は剣を構えた。


「諦めない」


 ――不意に、士郎の身体が強く光り輝いた。橙色に光るその現象は、隻眼のオーガとの対決でなった時と同じ。最後まで諦めない士郎の勇気の証に、ユニークスキルの【勇ある者】が応えたのだった。


 眩しく暖かい光を放つ士郎に、ルークは己の内に潜む闇の力を全て放出した。


『ドラゴンブレイク』


 漆黒の剣が振り抜かれ、黒い波濤は竜の顔となって士郎に襲いかかる。

 迫り来る攻撃に、士郎はぎゅっと柄を握った。


(頼む、俺に力を貸してくれ!!)


 持ち主の想いに黒剣が呼応するかのように、刀身に赤いオーラが纏う。

 剣と心を一つにし、士郎は持てる全ての力で振り抜いた。


「心刃無想斬!!」


 竜の顎と赤い閃光が交じり合う。新に手に入れたユニークアーツ、『心刃無想斬』。己と剣の心を一体化させて放つ剣技は、士郎が出せる最大の技。それに加え、【勇なる者】の効果でステータスが大幅に上昇している心刃無想斬は竜殺しにも渡り合える力を発揮していた。


 ――だが、


「ぐっ……ぅう!!」


 それでも跳ね返せない。ルークが生む闇の感情は、強化された心刃無想斬をもってしても押し込まれてしまっていた。


『メーテル、愛しているよ。この世界中で、誰よりも』


(これは……ルークの記憶!?)


 突然、竜の顔を通じて頭の中に映像が流れ込んでくる。それはルークが生きていた時の記憶だった。


『君のために、絶対竜を倒して帰ってくる』


『俺は必ず生きて帰る……来い竜よ!! 俺はまだ死んでいないぞ!!』


『誰だお前ら……俺になんのようだ。何で俺を殺そうとするんだ』


『メーテルが死んだ!? 自分から!? そんな馬鹿な、なんでそんな嘘を吐いたんだ!? そこまで俺と彼女を結ばせたくなかったのか!!』


『復讐してやる。何もかも、俺たちの愛を奪った全てを滅ぼしてやる!!』


 それは一瞬にも満たない時であったが、メーテルを愛する記憶や王様や王子に対しての暗い憎しみが、映画のように脳裏に焼き付いた。


 ああ、なんて悲しい物語なのだろう。こんなの辛すぎるじゃないか。その上まだ二人を苦しみ続けているなんて、そんなのは惨すぎる。

 例えハッピーエンドにはならなくても、せめて二人をこの苦しみから解放させてあげたい。


「「士郎さん!!」」


 そんな想いを抱く士郎の背中に、灯里と楓の手が支えられる。手が触れている場所から、全身が燃えるように熱を帯びた。


『お願い、ルークを助けて』


 メーテルの声が、さらに力を引き出した。


「はぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 絶叫を迸らせる。

 何人もの想いを乗せた剣は、竜の顔を真っ二つに断ち斬った。相殺はできたが、衝撃の余波により粉塵が巻き起こる。


(まだだ、まだ倒れるな!!)


 力を使い果たし、最早一滴も絞れない士郎の身体は崩れるように膝をついてしまった。

 そんな彼の目の前には、剣を持っているルークの姿が。


「はぁ……はぁ……」


『…………』


 ルークは剣を振り上げる――ことなく、カランカランと地面に落とした。そして士郎の両肩にそっと手を置くと、


『ありがとう、剣士よ』


 優しい声音で、感謝の言葉を告げたのだった。

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