第139話 ヒーラーの役目
次の日の日曜日。
俺たちはいつもの時間に、東京ダンジョンにやってきていた。
二十三階層に転移すると、その場で作戦会議を行う。
「もう一度作戦を確認しましょう。私と士郎さんと灯里さんが黒騎士――ルークの相手を、メムメムさんと島田さんが骸骨騎士の相手をします。島田さんには状況を見て頂き、こちらの回復も行ってもらいます。一番厳しいのはメムメムさんになりますが、大丈夫ですか?」
「カエデ、その質問はナンセンスだぜ。ボクを誰だと思っているんだい、魔王城に突っ込んだ時に比べれば殺さなくていい骨共の相手なんてへっちゃらだよ」
無い胸を張って自信有り気に断言するメムメム。戦闘に関してはこいつほど頼りになる奴はいない。島田さんは俺たちのフォローにも注意を割かなければならないから、実質骸骨騎士の相手はメムメムだけだ。
一度に五体の敵を一人で相手にできるのなんて、メムメムしかいないだろう。
「ただ、いくらボクが優秀な魔術師だろうとそれは異世界での話だ。このダンジョンでの魔力、MPは雀の涙くらいなもんだよ。あの爺さんから貰った
メムメムの話に、俺たちは首を縦に振る。
それは百も承知だ。結局、どれだけメムメムと島田さんが頑張ってくれても俺たちがルークをどうにかしない限りは終わらない。
問題を解決するには、俺たちの手にかかっているんだ。
「ではどうやってルークの魂を解放できるのか。その条件は恐らく、私と灯里さんがメーテルに貰った婚約指輪を渡して正気に戻させることだと思います。恐らく倒さなくても、それでイベントはクリアになると思います。昨日直接戦って感じましたが、アレは真正面から戦ってどうにかできる相手ではありませんでしたから」
「そうだねぇ……これまでのボスと比べてもイケる気がしなかったし」
楓さんの意見に、島田さんがため息を吐きながら同意する。
ルークの強さは尋常じゃなかった。手も足も出なくて、今でも勝てるビジョンが浮かんでこない。それになんだか、あれが本気ではない気がするんだ。ドラゴンを倒し、王国を滅ぼした彼の力はあんなものではないと肌で感じた。
だから倒さなくてもいいのならそれに越したことはないだろう。
「しかしルークは指輪を見せて素直に受け取ってくれるとは思いません。これも想像で申し訳ないのですが、一定のダメージを与えないと次のイベントは発生しないでしょう。ですので、私たちはルークと戦ってダメージを与えるために死力を尽くしましょう」
「やれるよ、私たちならできる」
「ああ。皆でルークの魂を解放してあげよう。メーテルとルークを救うんだ、俺たちの手で」
俺が力強くそう告げると、皆は覚悟を決めた表情で頷いた。
「作戦も決まったことだし、さっさといこうぜ」
「あっ、ちょっと待って。一度ステータスの更新をしようと思ってたんだ。少しでもルークと戦えるようにさ」
「そうしましょう」
ということで、俺たちは御馴染みの合言葉を唱える。
「「ステータスオープン」」
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許斐 士郎 コノミ シロウ 26歳 男
レベル:24
職業:魔法剣士
SP:70
HP:440/440 MP:370/370
攻撃力:410
耐久力:350
敏 捷:355
知 力:330
精神力:380
幸 運:315
スキル:【体力増加2】【物理耐性2】【筋力増加1】【炎魔術3】【剣術5】【回避2】【気配探知2】【収納】【魔法剣1】【思考覚醒】
ユニークスキル:【勇ある者】
称号【キングススレイヤー】
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使用可能なSP 70
取得可能スキル 消費SP
【体力増加3】 30
【物理耐性3】 30
【筋力増加2】 20
【炎魔術4】 40
【魔法剣2】 20
【回避3】 30
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レベルは24に上がっていて、使用できるSPは70か。
どのスキルを強化しようか迷ったけど、俺はSPを60消費して【物理耐性3】と【回避3】を取得した。今回攻撃系スキルではなく防御系スキルを取得した理由としては、ルークとの戦闘を考えてのことだった。
桁違いに強いルークと戦うにあたっての絶対条件は、まず自分が死なないことだ。だから少しでも回避性能を上げて、仮にまた重傷を負っても痛みで怯まないように物理耐性を上げた。
ルークは倒さなくてよくて、ダメージを与えるだけでいい。なら重要なのは、生存率を上げることだろう。
ステータスの更新を終えた俺は、みんなに声をかける。
「オッケー、いつでもいけるよ」
「私も済ませました」
「私も大丈夫」
「僕も」
「ボクもパーフェクトだ。それじゃあ、ルークの魂を解放してあげに行こうじゃないか」
◇◆◇
士郎パーティーが体力を温存させる為になるべくモンスターとの戦闘を避けながら探索している最中のことだった。
どこからか悲しい唄声が響き渡ってくる。身を引き裂かれるような切なく悲しい唄声だ。
メーテルの唄声が聞こえてくると、士郎たちは一斉に身構える。
モクモクと濃い霧が立ち込めていく中、前方からカシャンカシャンと鉄が擦れるような甲高い音と共に、全身に黒い甲冑を身に纏った騎士――ルークが悠然と闊歩してきた。
『メーテルは、どこにいる』
心臓を刃で撫でるようなおどろおどろしい怨嗟の声音で問いかけてくるルーク。
そんな彼に、灯里と楓がメーテルから託された指輪を掲げながら必死に訴えた。
「ねぇルーク、もうメーテルはいないんだよ!! もう探さなくてもいいんだよ!!」
「彼女は貴方が解放されることを望んでいます。この指輪は彼女から託されたものです、どうか受け取ってください」
灯里たちはまず言葉による対話を求めた。前回と違うのは、メーテルから託された指輪を所持している点だ。この指輪を見せれば、ルークが正気に戻るかもしれない。そのまま受け取ってくれれば、戦闘に発展しない。
そんな望みを抱いて必死に語りかけたが、無情にも黒騎士が指輪に反応することはなかった。
『メーテルを殺したのは、お前たちか』
「くっ、駄目か!?」
「どうやら戦うしか方法はないようだね」
闇よりも深い漆黒の剣を掲げ、殺気を迸らせるルーク。
すると士郎たちの周囲の地面がボコボコと盛り上がり、骸骨騎士が五体、這いつくばるように溢れ出てきた。
説得は失敗に終わり、士郎たちも覚悟を決めて戦闘態勢を取る。すかさず島田が加速と守護のバフスキルをアタッカー三人に付与する中、ルークとの二度目の戦いが始まった。
『ならば死ね』
開幕の口火を切ったのはルークだった。
一陣の風の如く素早い移動で肉薄すると、先頭にいた楓に重い斬撃を振り下ろす。楓は真正面から大盾で防ぐが、衝撃に耐えきれず後退ってしまう。そのフォローに、士郎と灯里が同時に仕掛けた。
「パワースラッシュ!」
「チャージアロー!」
『フン』
士郎の豪剣を剣で受け止め、頭部を狙った充填矢を手甲で跳ね返す。二方向からの同時攻撃をいとも容易く防いだルークの戦闘技術は常人の域を逸脱している。それでも三人が果敢に攻め立てていく中、メムメムと島田は骸骨騎士の相手をしていた。
「ウインド、ウインド、グラビティ」
『『ゥゥ……』』
風の刃でダメージを与え、重力魔術で動きを止める。
完全に殺してしまうと復活してしまうため、ダメージ計算はシビアなものとなってしまう。
だがメムメムならその微調整も苦もなく行えた。その上で、片腕や片足を吹っ飛ばして行動を阻害する。
それでも骸骨騎士の動きは止まることはない。厄介なのは、例え頭部を破壊しても正確にこちらの居場所を把握してくるし、片足になろうが這ってでも襲いかかってくることだ。
殺したら復活する。足を削ってもお構いなしに攻撃してくる。そんな面倒な奴が五体もいる中で、攻撃を止めるという選択はできない。手を止めてしまえば、士郎たちの邪魔をしに行ってしまうからだ。
こういった厄介な相手、多対一の不利な状況は山ほど積んできた。それこそ、異世界で百体以上の魔物に囲まれても悠々と切り抜けたメムメムからしたら、たった五体の亡霊なんて屁でもないだろう。
が、それは異世界の自分だったらの話だ。
(杖は使わない主義だったけど、そんなことは言っていられないね。杖がMPの消費を抑えてくれなかったら今回はやばかったよ。あの爺さんには感謝だね)
異世界にいた時、メムメムは杖を使わなかった。魔術師にとって杖は重要な物だ。魔力の消費を抑えてくれるし、威力の底上げもしてくれる便利な武器である。だが彼女にとって杖は邪魔でしかなかった。
魔術発動の際に杖を媒体にするのは、工程が一つ増えてしまう。その工程は一般的な魔術師にとって全く気にしない程度の一瞬のことなのだが、強敵揃いの魔王軍と戦うにあたってその一瞬が命取りになってしまうのだ。後は単純に持ち運ぶのが面倒なのもあったが。
だがしかし、今はそんな我儘は言っていられない。魔力が無尽蔵にある
ただ、嬉しいことに信楽から与えられたタクト型の杖はメムメムに非常に合っていた。花のように軽いし手に馴染んでいる。魔術発動の違和感もない。信楽は良い物をくれたよと、メムメムは心の中で感謝していた。
「はぁあああ!!」
『ウウ!!』
「――うわっ!?」
「ウインド」
島田が一体の骸骨騎士と鍔迫り合いをしている最中、もう一体の骸骨騎士が横から強襲してくる。目の前の相手に集中して不意打ちを気付けなかった無防備な島田に斬撃が飛来する刹那、メムメムが放った風の刃が間一髪間に合い剣を弾き飛ばす。
その隙に、島田は後退るようにメムメムの側まで後退した。
「ごめん、助かったよ」
「あまり突っ込むなよ。シマダはヒーラーだろ? ヒーラーってのはパーティーの中で一番最後に死ななくちゃならないんだぜ。そして仲間を死なせないことだ。新しい玩具を貰って振り回したくなる気持ちは分かるけど、自分の役目を忘れちゃいけないよ」
「うっ……ごめん」
メムメムの喝にしゅんと項垂れる島田。彼女の言葉は図星だった。
ヒーラーは誰しも攻撃に参加できず、仲間に対して負い目がある。フリーで活動している時に、あいつは何もしていないのに報酬を貰っているという言い掛かりがあったのもその負い目に拍車がかかっているだろう。
しかし士郎たちにはそんな嫌味が一切感じられない。凄く有り難い存在だった。
それでも負い目が全く無い訳ではない。士郎たちが必死に戦っているのにも関わらず、出番が来るまで見守っていなければならないからだ。それがどれだけ歯痒いことだろうか。助けに行きたい衝動を堪え、ただ見ているだけの自分。
今まで我慢してこられたのは、死神の鎌というペナルティ付きの武器を持っていたことも要因の一つだろう。ラストアタックを奪ってしまえばアイテムはドロップしない。その枷があったからこそ、島田は一歩堪えてヒーラーの役目を全うすることができていた。
だが信楽から新しい鎌を譲り浮けた島田は、アイテムがドロップしないというペナルティの枷を気にせずモンスターと戦えるようになった。攻撃力は数段劣るものの、購入する武器と比べたら性能は段違いだ。
デメリットを気にせずモンスターと戦った時は、久しぶりに楽しかった。それに前回、骸骨騎士と戦って食い止められていたので十分やれる自信もあった。
なまじ前職が剣士だったのが仇になったのだろう。自分も戦闘に加われることや、戦う楽しさを思い出してしまったから、自分の役割を半ば放棄して今回も骸骨騎士に突っかかってしまった。
それは驕りに過ぎない。メムメムが助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。自分はもう剣士ではないのだ。ステータスはもうヒーラー寄りになっているため、骸骨騎士の相手は務まらない。
図星を突かれて気を落とす島田に、メムメムは活を入れるような言葉を放つ。
「別に戦うなと言っている訳じゃない。ボク一人でこいつらの相手をするのは流石に骨が折れるからね、シマダがフォローしてくれると凄く助かるんだよ。でも、境界線を跨いではいけないんだ。君はそこで踏み止まって、冷静に盤面を見なくちゃならない。パーティーの中で魔術師の次にクールでなければならないのは、
「……うん、ありがとうメムメム君。もう大丈夫だ、次はちゃんとやるよ」
頼りない表情から男の顔つきになった島田を横目に、メムメムは小さく笑みを溢すと、
(シロー、こっちはボクたちに任せたまえ。だけど、そうそう長くは持たないからなるべく早く終わらせてくれると助かるよ)
のっしのっしと身体を引きずりながら迫ってくる不死身の骸骨騎士に、氷のように凍てつく表情を浮かべながら杖を向けたのだった。
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