第141話 熱意
「はぁ……はぁ……」
無我夢中だった。
ルークが繰り出した技を打ち破りたくて、残っている搾りカスを全部振り絞って、それでも押しきれなくて、諦めそうになった。
でもそんな時、灯里と楓さん……そしてメーテルの声が聞こえて、打ち勝つことができた。
それで本当にもう力が尽きてしまい倒れそうになる。踏み止まろうとしても、身体が言うことを聞いてくれなかった。
顔を上げればルークが目の前に立っていて、もう駄目かと思ったその時、突然彼は剣を手放し、俺の両肩に手をそっと置く。
『ありがとう、剣士よ』
「えっ?」
腑抜けた声が漏れてしまう。
何故攻撃してこないのか。理解が及ばない展開についていけずきょとんとしていると、彼は俺を見下ろしながら続けて言葉を放つ。
『お前の……お前たちのお蔭で闇が晴れた。心から礼を言いたい』
「それって……」
正気に戻ったってことでいいのか? イベントをクリアしたってことでいいのだろうか?
戸惑っていると、背後にいた灯里と楓さんが前に出てきて、メーテルから預かった指輪を渡す。
「ねぇルーク、これを受け取って」
「メーテルさんから預けられた指輪です。貴方に渡して欲しいと頼まれました」
『これは……俺たちの指輪。一緒に結ばれようと交換した指輪じゃないか。ああ……ああっ、ずっと忘れていた。何でこんな大切な物を俺は今まで忘れていたんだっ』
二人から指輪を受け取ったルークは、ぎゅうっと握り締めながら身体を震わせる。
メーテル、やったよ。やっと君の願いを叶えることができたよ。
ほっと安堵の息を吐いていると、ルークの身体に異変が起きる。漆黒の鎧が、ガラスの破片のようにパラパラと引き剥がされていく。
鎧が剥がれたルークは村人のような姿になり、顔もあらわになる。精悍な顔つきで、想像通りのイケメンだった。
「誰かと違って男前じゃないか」
「それは言わなくたっていいじゃないか」
ニヤリと笑いながら茶化してくるメムメムに突っ込む。一言余計なんだよお前は、俺だってこんな二枚目に生まれたかったさ。
『ルーク……』
『メーテル……』
ルークの側にメーテルが現れ、二人の邂逅が果たされる。
二人は感極まったようにじっと見つめ合っていたが、堪えきれないといったメーテルが彼に抱き付いた。そんな彼女の身体を、ルークが優しく抱きしめる。
『ずっと、ずっと会いたかった!』
『俺もだ。ずっと君に会いたかった。ずっと君を探していたんだ』
『ごめんね、待ってあげられなくてごめん。ルークは約束を果たしてくれたのに、勝手に死んじゃってごめん!!』
『俺の方こそすまない。怒りに身を任せ、闇に堕ちてしまった。君の大切なものを全て壊してしまった。君が見ているとも知らずに……悲しませてすまなかった』
『いいの、もういいんだよ。貴方にまた会えたことが、とても嬉しい』
『ああ、俺もだよメーテル』
あっやばい……泣いている二人を見ていると、俺まで涙が溢れ出てきた。
言葉を交わし合う二人を見ていると、心の底から良かったと思える。この光景を、俺たちはずっと見たかったんだ。
感極まっていると、ルークの足がポリゴンになって消滅していく。それは斃れたモンスターが消滅する現象と同じだった。
おいダンジョン、早くないか?
この二人がどれだけこの瞬間を待ち望んでいたと思っているんだ。もう少し話をさせてあげたっていいじゃないか。なんでそんな残酷なことができるんだよ。
もう腰あたりまで消えかけているルークは、俺たちの方に優しい顔を向けてこう言った。
『君たちのお蔭でメーテルに会うことができた、ありがとう。それと剣士よ』
「えっあっはい」
『良い剣だった。俺の闇を断ち斬ってくれたこと、感謝する』
「……はい」
頷くと、ルークは再びメーテルの顔を見つめ、
『メーテル、俺は君を愛しているよ。この世界中で、誰よりも』
『私もよルーク、誰よりも貴方を愛しているわ』
メーテルがそう返すと、ルークは最後に微笑みながら消えていった。
彼のぬくもりを忘れぬようにぎゅっと胸を抑えると、メーテルは振り返って、
『ルークの魂を解放してくれて本当にありがとう。私たちのために頑張ってくれてありがとう』
「うんうん、良かったね……メーテル」
「当然のことをしたまでです」
『二人にこれを受け取って欲しいの』
そう言うと、メーテルは灯里と楓さんに近づいてある物を渡した。
「「これは?」」
『誓いの指輪よ。きっとこれが、貴方たちの力になってくれるわ』
「ありがとう!」
「大事にします」
指輪を貰って喜ぶ二人を見て微笑むメーテルの身体も、ルークのようにポリゴンとなって消滅していく。
『貴女たちに会えてよかった』
最後にそう告げて、メーテルも消えてしまった。
「ふぅ……一件落着ってことで、いいのかな?」
「はい、これでイベントはクリアされたと思われます」
「あぁぁあああ疲れたあああああ。最後はもう駄目かと思ったよ。でも、二人が会えて良かったね」
「そうだな。頑張った甲斐があったよ」
大の字に地面に倒れながら言う灯里に、俺も同意するように頷いた。
ルークと戦うのは大変だったけど、二人が再開した光景を見られただけでもお釣りがくる。彼等の想いが報われて本当に良かった。
でも流石に疲れたな……もう一歩も動けないや。ここまで体力を消費したのは初めてかもしれない。でも、その疲労が清々しく感じる。それはきっと、目的をやり遂げたからだろう。
そう思っていると、不意にメムメムが拳を突き出してくる。
意味不明な行動に全員が困惑していると、彼女はふっとニヒルな笑みを溢して口を開いた。
「こういう時の締めは拳を突き合わせるんだろう? ボクは仲間たちとそうしていたぜ」
「「……」」
俺たちは顔を見合わせると、一斉に拳を突き出してコツンと重ねたのだった。
「「お疲れーーー!!」」
◇◆◇
「お腹減ったぁ」
「何か食べたい……」
あの後、動けるまで回復してから自動ドアを探し、現実世界に帰ってきた。
いつもより早いけど、これ以上探索する気力もなかったし、ゆっくり休みたかったんだ。
時刻は十二時前で、ちょうどお昼時だ。
お腹が空きすぎてすぐにご飯を食べたかった俺たちは、ギルドの中にある冒険者用の食店『戦士の憩い』に訪れていた。時間も時間なのでかなり賑わっている。これは待たされるかもしれないと思っていたら、ちょうどテーブル席が一つ空いているみたいだ。
ファンタジー風の服を着ているウエイトレスにテーブル席まで案内され、メニュー表を見ていると見知った人を発見する。
「やっさん、やっさんもいたんだ」
「ん? おお!? 士郎じゃねぇかよ!! ビックリしたぜ、いつ入ってきたんだよ、全然気付かなかったわ!!」
カウンターで仲間と一緒に酒を飲んでいたやっさんに声をかけると、彼は大袈裟に驚いた。
やっさんは上級冒険者で、以前ここでご飯を奢って貰った人だ。大柄でスキンヘッドと中々にイカつい見た目とは裏腹に、人柄が良く個人的にかなり好きな人だった。
「ちょうど士郎たちの話題で盛り上がってたところだったんだ! おいお前ら、今日のヒーローたちがおいですなったぞ!!」
「おいやっさん、冗談言うんじゃねぇよ。酒の飲み過ぎでとうとう幻覚でも見たか……ってマジじゃねぇか!?」
「おおお!? マジだ、何でこんなところにいるんだ!?」
「メムメムもいるじゃん!! 初めて生で見たぜ!!」
「うおぉぉぉおおお!! テンション上がってきたあああああ!!」
「お前ら最高だったぜ!!」
「おらーーマジで感動した!!」
「メーテルとルークを救ってくれてありがとよ」
店中に聞こえるようにやっさんが叫ぶと、客の冒険者たちから一斉に注目されてしまう。
大騒ぎになってお店に迷惑になってしまうと危惧したが、そういえばこの店は元からどんちゃん騒ぎしても構わない場所だった。
そんな中、多くの冒険者たちからよくやった! と褒められてしまう。何で彼等がついさっきまでの事を知っているのか不思議に思っていると、やっさんが説明してくれた。
「ここにはテレビもあるからな、俺たちは朝早くからお前たちのダンジョンライブを見ようと集まってたんだよ。士郎たちが嘆きのメーテルのイベントに関わったことは話題になってたし、今日もきっとダンジョンに来るだろうと出張ってたんだ。店側も協力してくれてずっとお前たちのライブを流してくれたしな」
「朝からずっと見てたんですか!?」
「おうよ、こんな面白ぇことは生で見てぇからな。皆で応援してたんだぜ。お前らがイベントをクリアした時は、そりゃあもう盛り上がった。今も熱気が収まってねぇしな」
やっさんは興奮気味に言いながら俺の肩に腕を回してくる。
そっか……俺たちの戦いを皆が見てくれていたんだ。そしてこんなに多くの人に応援して貰ってたんだな。
「お前らはよくやったよ! 冒険者を代表して、ここにいる全員が感謝してるんだ」
「そうだ! お前らよくやったぞ!」
「メーテルとルークを救ってくれてありがとな!!」
「特殊イベントをクリアされたのは正直悔しいけど、それ以上にあの二人が報われて良かった」
「最っ高だったよ!!」
「みんな……」
やめてくれよ、そんなこと言われたら泣いちゃうじゃないか。
でも、俺たちだけじゃなかったんだな……ルークとメーテルが報われて欲しい気持ちは、皆一緒だったんだ。
決して自分のためにやった訳じゃないけど、こういう風に冒険者たちから感謝を伝えられると頑張って良かったって心の底から思えてくる。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、メニューを頼んでもいいかい? 流石に我慢ができなくなってきたよ。灯里も死にそうになってるじゃないか」
水を差す訳じゃないけど、メムメムの言う通りだ。
まだ俺たちはご飯にありつけていない。俺がやっさんに声をかけてしまったばかりに、メニューを頼むタイミングを失ってしまいそのまま皆に遠慮させてしまっていた。
「お、おう……ライブで見てる通りの奴だな。メムメムって……」
「そこもイイんだけどな!!」
「今日は俺たちの奢りだ! 好きなだけ喰ってくれ!!」
「えっいいの!?」
奢りというワードに目を輝かせた灯里に、やっさんが胸を叩いて、
「あたぼうよ! 今日のヒーローに払わせるなんて冒険者が廃るってもんだぜ、なぁお前ら!!」
「「あったりまえだぜ!!」」
「「……ごちになります」」
それから俺たちは、彼らの奢りということもあっていつも以上に料理を食べた。食べ終わってからも色んな冒険者と交流し、話に花を咲かせていく。中でも多いのはメーテルとルークの話題だった。一人一人「凄かったぜ!」「よくやった!!」「感動した!!」と賛辞の言葉を送ってくれる。
メムメムと話したい人もいるだろうに、そんなことは二の次だと言わんばかりにイベントのことを話してくれた。本当に気が利く人達だと思う。
それから数時間戦士の憩いに居て、流石に疲れた俺たちは帰ることいした。
「「ごちそうさまでした」」
「おう、これからもお前らのこと応援してっから、頑張れよな」
「はい、ありがとうございます!!」
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