第137話 お願い

 

『来てくれてありがとう。私はメーテル、あなたたちにお願いがあるの』


 石碑から現れた幽霊――メーテルは、開口一番にそう告げた。


(この女性が、黒騎士が探していたメーテルだったのか)


 メーテルは若い女性だった。少女というよりは大人びているけど、大人かと聞かれると幼さが残っている顔立ち。多分歳は灯里と同じか少し上くらいだろう。


 腰まで伸びている髪は白く輝いていて、髪にも劣らないほど肌も白い。綺麗な顔立ちに、真珠のような黒い瞳。白いマントのような大きい布で身体を覆い隠していた。


 そして一番肝心なのが、彼女は膝から下の足がなかった。完全に宙に浮いている状態なんだ。この事実で、メーテルが生者でないということが分かる。

 俺たちがメーテルを観察していると、灯里が一歩近づいて尋ねた。


「お願いって何?」


『彼……ルークの魂を解放して欲しいの』


「ルークという人は、もしや黒い騎士のことですか?」


『そうよ』


 楓さんが問いかけると、メーテルは悲しそうに頷いた。

 へぇ、黒騎士の名前はルークっていうのか。なんかカッコいい名前だな。


「魂の解放っていうのは何をすればいいんだい?」


『……』


「……あ、あれ?」


 今度は島田さんが問いかけてみるが、メーテルは何故か無反応だった。おかしいと思って俺が同じ内容を聞いてみるも、やっぱり答えてくれない。ならメムメムはどうなるのか試してみたら、メムメムでも駄目だった。


 回答してくれるのは灯里と楓さんだけ。何故二人にしか反応しないのか分からない。考えられるとすれば、二人が女性であるということだろうか。でもそれなら、何でメムメムには反応しないんだろう。


「ボクは女だと認識されていないのかな? もしそうなら甚だ遺憾だよ。ちょっとこいつ消滅魔術で吹っ飛ばしていいかい?」


 納得がいかずキレるメムメムをまぁまぁと宥めつつ、再度楓さんが問いかける。


「彼の魂を解放して欲しいというのは、どういう意味でしょうか」


『少し長くなるけど、それでもいい?』


 はい、と彼女が答えると、メーテルは記憶を遡るように語り出す。


『私とルークは小さい頃からずっと一緒で、互いに深く愛し合っていたわ。けれど私たちが結ばれることはできなかった』


「どうして?」


『立場が違い過ぎたの。私は王女で、彼は騎士団の団長。どれだけ私たちが愛し合っていても、周囲の人たちが決して認めることはなかったわ』


 メーテルは王女様だったのか。そう言われると王女様に見えなくもない。まぁ彼女が美人だからっていうのもあるけど、なんか気品を感じられるんだよな。


 そしてルークは騎士団の団長か。そりゃそうだよ、あれだけ強いんだからただの騎士ではないだろう。

 彼が強い理由わけに納得していると、瞼を伏せるメーテルは悲しそうに話を紡ぐ。


『それでも私たちは諦めることができなかった。人目を盗んでは会いに行って、楽しくお喋りしたり城下を散策したりしたの。あの頃は本当に楽しかった……。すると王……お父様がついに私たちの仲を認めてくれたのよ』


「良かった!」


「でも、なにか条件があったんでしょう?」


『そうよ』


 すげーな楓さん。何でそこまで分かるんだよ……。


『お父様は私との婚姻を結ぶために、ルークにある条件を与えたわ。その条件とは、王国近くの山脈に住み着いたドラゴンを退治すること。それも、ルーク一人でね』


「「はぁ!?」」


 王様がルークに課した条件を聞いて驚愕する俺たち。

 たった一人でドラゴンを倒せだって? そんなのただの無茶ぶりじゃないか。婚姻を許す気なんて全くないじゃないか。なんて意地の悪い王様だよ。

 王様の対応に憤慨していると、メーテルは小さく首を振って悲しそうに告げる。


『仕方なかったの。王女と騎士が結ばれるには立場が違い過ぎる。その差を埋めるには竜殺しドラゴンキラーの称号くらい手に入れないと駄目だって……』


「メーテル、ルーク、ドラゴン、身分の差、う~ん……」


「メムメム、どうしたんだ?」


 話を聞いていたメムメムが、腕を組みながらうんうん唸っているのでどうしたのか尋ねるが、彼女は「なんでもない、続けてくれ」と促すので、灯里がメーテルに問いかける。


「それでルークはどうしたの?」


『ルークはお父様の言われた通り、私との仲を認めて貰うためにドラゴン退治をすることにしたの。勿論私は反対したわ。だってそうでしょ? 人がドラゴンに勝てる訳ないもの、それもたった一人でなんて。結婚よりも彼の命の方が大事だもの、行かせたくなんてなかった。だからもういっそ、二人で国を出て幸せになりましょうと言ったの……』


 その口ぶりからすると、ルークは王女との駆け落ちを選ばずにドラゴン退治をすることにしたんだな。メーテルと本当の意味で愛し合うために。


『でも彼は誠実で、誰よりもこの国のことを愛していた。私に国を捨てるなんて辛いことをさせたくない。この国の民から正々堂々と祝福されたい。だから一人で行くんだって……ドラゴンを倒して私との仲を認めて貰うんだって……彼は笑顔でそう言ったわ。だから私は、ルークを行かせることにしたの。その時、お互いに指輪を交換したのよ。無事に生きて帰って、指輪を交換するためにって』


「「……」」


 話を聞いていた誰もが思っただろう。それ死亡フラグじゃんって。

 もうなんとなくこの後の展開が予想できる。恐らくルークはドラゴンに殺されてしまうんだろう。

 そう思っていたら、突如メムメムが「あっ」と何か気付いたように声を発して、


「やっと思い出したよ。ボクはこの物語を本で読んだことがある。大分昔のことだからタイトルは忘れてしまったが、これまで聞いた内容は本と酷似しているね。ボクとしたことが何で今まで思い出せなかったんだろう」


「という事はそれって……」


「そうだよシロー、これは異世界にあった物語だ」


 衝撃の事実に息を呑む。嘆きのメーテルが異世界にあった物語だって?


 ならこの事件が異世界で実際に起こったっていうのか? その疑問については、メムメムは分からないと首を振った。メムメムも本として読んだだけで、本の物語が実際にあったかどうかは分からないそうだ。もしかしたら、ただの創作かもしれないし。

 ただ、嘆きのメーテルが異世界と関係しているのは間違いないだろう。


「それで、最後はどうなったんだい?」


「それをボクの口から語るのは野暮ってもんだよ。話の続きを聞こうじゃないか」


「そうですね。メーテルさん、続きをお願いしていいですか」


『ええ、そのつもりよ。ドラゴン退治をするためにルークが山脈に向かってから暫く経ったある日、私のもとに一報が届いたの。その報せは、ルークがドラゴンに殺されたというものだったわ』


「「……」」


 やっぱりそうなってしまったか。

 その報せを聞いた時のメーテルの心情を考えると、胸が苦しくなってくる。


『ルークが死んでしまったことが信じられなくて、認めたくなくて、私はずっと彼を待ち続けようとしたわ。だけどお父様が無理矢理、隣国の王子と婚姻を結んでしまったの。ルークを待たせてとどれだけ願っても、お父様は許してくれなかったわ。でも私は、心も体もルークのものよ。ルーク以外の人なんて絶対に嫌だった。だから短剣で胸を刺し、私は自ら死を選んだの。これでルークのもとに行けるって』


 そっか……メーテルは自殺してしまったのか。

 どれだけ深く愛すれば、死を選択することができるのだろうか。本気で誰かを愛したことがない俺には、彼女の気持ちを真に分かることはないと思う。


 しかし、話はそれで終わりではなかった。

 メーテルは今にも泣きそうな表情で続きを語る。


『でも、罪深き自死を選んだ私が天上に行くことを神は許してくれなかった。私は霊体となり、ずっと王国に留まり続けたわ』


「成仏できずに幽霊になったってことか……」


『悔しいのはこの後すぐのことよ。私が死んでからすぐ、死んだはずのルークが帰ってきたの』


「「――っ!?」」


 嘘だろ!? ルークはドラゴンによって殺されたんじゃなかったのか!?


 本当は生きていたって……それじゃあルークを想って自殺したメーテルが可哀想すぎるだろう。それにルークにしたって、折角生きて帰ってこれたのに待っているはずのメーテルが自分の後を追って死んでしまったと聞いたら……失意に飲まれるなんてもんじゃないはずだ。


『ルークはドラゴンを退治していたの。けど、その帰り道に何者かに襲われ怪我を負ってしまったせいで、すぐに帰って来れなかったのよ。そしてお父様はルークが生きていることに心底驚いていたわ。だってルークを襲わせた犯人は、お父様だったのよ』


「そんなっ!!」


「酷い!!」


『お父様は私と愛しているルークの存在がずっと邪魔だった。だから殺そうと企んでいたのよ。無理難題な条件を突き付けて、もし万が一にもドラゴンが倒されてもいいように兵士を送らせて殺そうとした。それも……隣国の兵士を使ってね。お父様と隣国の王子は、その時から結託してルークを殺そうとしていたの』


 王様と王子がグルだったのか……。

 王子はメーテルと結婚したいけど、ルークの存在が邪魔。そして王様はルークを殺してでも隣国と繋がりを持ちたかった。もしかしたら、メーテルを王子と結婚させることで、王国にとって大きなメリットがあったのかもしれない。


『多分、ルークも薄々気付いていたのかもしれない。でも、待っている私のために帰ってきてくれた。だけど私が死んだことを知ったルークは、絶望の底に堕ちてしまった。そんな彼にお父様はこう言ったの。お前のせいで娘が死んだって……』


 いやいや、それは違うだろ。

 王様がルークを殺そうとしなかったら、メーテルが自殺することもなかった。二人は結ばれるはずだったんだ。それを壊したのは、全部お前の所為だろうが。

 怒りが込み上げてくる。もしかしたらただの作り話かもしれないけれど、目の前にいるメーテルの言葉が真実味を帯びさせるんだ。


『ここからが本当の悲劇の始まりなの。ルークは怒りに呑まれ、その場でお父様を殺してしまった。そのまま狂気の怪物となって、王国と隣国を滅ぼしてしまったの』


「滅ぼしたって……たった一人でかい?」


「ドラゴンを一人で殺せるくらい強いなら、できなくはないでしょう」


「できるだろうね、化物染みた人間がたまに現れるんだよ。愚かだったのは、ルークとやらの実力を見抜けなかった愚王と愚王子だよ。舐めてかかったから国が滅ぼされてしまったんだろうね」


 メムメムの話では、稀に人間離れした強さをもつ者がいるらしい。それでも、たった一人で国を亡ぼすのはかなり難しいそうだ。国が彼に亡ぼされてしまった最大の要因は、ルークの強さを人間の範囲に留めてしまったからだった。


『私はずっと側で彼に話しかけていたのだけど、声が届くことは一度もなかった。そして王国と隣国に復讐し、生きる意味を失った彼は剣を胸に突き立て自害したわ』


「……」


「誰も報われない話ですね」


『でも、それで終わりではなかった。闇に堕ちたルークは生きる屍となって、今もずっと私のことを探し続けているのよ』


 なるほど……それで今回のイベントに繋がってくるわけか。

 ルークは今も、死んでしまったメーテルを探し続けてダンジョンに現れている。

 メーテルは灯里と楓さんに近づくと、頭を下げて懇願した。


『お願い、ルークの魂を解放して欲しいの』


「うん、やるよ! 私たちが絶対ルークを解放してみせる!!」


「でも、一体どうすればいいんですか?」


『これをルークに渡して』


 そう言って、メーテルは二人に一つずつ指輪を渡す。もしかしてその指輪って、ルークと交換するはずだった婚約指輪か?

 指輪を受け取った彼女たちに、メーテルは説明する。


『その指輪をルークに。そうすれば、彼の魂は解放されるわ』


「分かった、やるよ」


「必ず成し遂げます」


 灯里と楓さんが決意を固めて告げると、メーテルは初めて微笑んで、


『ありがとう。あなたたちに会えて良かった。ルークをお願いね』

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