第136話 嘆きのメーテル

 


「痛って……」


「ハイヒール、大丈夫? 凄い痛そうだけど」


「ありがとうございます……なんとか」


 突然黒騎士が去って窮地を脱した俺は、安心して身体の力が抜けた途端に全身に激痛が襲ってくる。すぐに島田さんに回復してもらったけど、中々痛みが引かなかった。それだけ、黒騎士の攻撃が身体に響いたということだろう。


「士郎さん、大丈夫!?」


「うん……まぁ平気かな。みんなは?」


 正直めちゃくちゃ痛いけど、灯里に心配をかけたくないのでやせ我慢をする。皆にも無事かどうか尋ねると、怪我という怪我はなかったらしい。それと骸骨騎士は数が減らないけど、脅威度で言うとリザードマンぐらいだったそうだ。


 メムメムの的確な指示により灯里と島田さんが上手く立ち回って怪我もなかったとか。聞くところによるとメムメムの咄嗟の機転で、途中から骸骨騎士はなるべく殺さないようにしていたっぽい。完全に殺してしまうとまた復活してしまうので、部位破壊を狙って長期戦に持ち込もうとしたんだ。


 流石は魔王を倒した勇者一行の魔術師だよ。急な事態だったのに状況判断が凄すぎる。俺ならそんな考えは思いつかなかっただろう。


「結界石を使います。一度ゆっくり休みましょう、話したいこともありますから」


「そうだね、すぐに動けそうにないや」


 楓さんの提案により、結界石を張って休憩することにする。時間もお昼時だし、ついでだからとご飯の準備も始める。

 灯里が作ってきてくれた弁当を食べながら、楓さんが黒騎士のことについて話し始めた。


「先ほどの黒騎士は、巷で噂になっている“嘆きのメーテル”というイベントです」


「イベント?」


「ここ最近、私たちのように冒険者が黒騎士に襲われているんです。出現する場所もタイミングも完全にランダムで、終わる気配がないことからイベントの可能性があるみたいです。こういったイベントが行われたのはダンジョンが出現してからも初めてなので、ネット界隈ではかなり盛り上がっているようです」


「ねぇカエデ、イベントというのはどういう意味だい?」


 イベントというワードに疑問を抱いたメムメムが問いかける。正直俺もよく分かっていないから、彼女が聞いてくれて助かった。


「イベントというのは、ゲームなどの物語ストーリーに出てくる出来事です。通常のイベントをクリアしなければストーリーの先に進めないんですよ。ただ、中には突発的なイベントもあります。別にクリアせずともストーリーは進めることが出来ますが、クリアすると特別なアイテムを手に入れることもできます。ただ面倒臭いことや遠回りになってしまうので、やらない人もいますけど。そして今回の黒騎士は、突発的な方のイベントだと思われます」


「へ~そういう仕組みになっているんだ。まだゲームは手をつけてなかったからなぁ、今度やってみよ。カエデ、何かオススメがあったら教えてくれよ」


「ええ、是非」


 そういえば楓さん、ゲームとかめっちゃやってる人なんだよな。メムメムに聞かれてなんだか嬉しそうだ。でもあんまりドハマりするようなゲームは勘弁して欲しい。今でさえヒキコモリなのに、ゲームの魅力に取り憑かれてしまったら部屋から出なくなってしまうよ。最悪、床ドンで飯を持ってこいという未来がありそうで怖いんだけど。

 まぁ、しっかり者の灯里がいるから大丈夫だとは思うけどさ……。


「ねぇ楓さん、嘆きのメーテルっていうのはどういう意味なの?」


「それはネット民……ダンジョンライブを見ている視聴者たちがつけた名前です。黒騎士が出現する前に女性の唄声が聞こえてきますよね?」


「うん、聞こえてきたよ。声が小さくてどんな歌詞かは分からなかったけど」


「黒騎士は現れた時に必ず『メーテルはどこだ?』と聞いてきます。恐らく黒騎士はメーテルという女性を探しているのでしょう。そして黒騎士が探しているメーテルは、最初に唄っている女性なのではないか? と視聴者たちが推測したんです。唄は悲しそうなメロディーなので、視聴者たちはこのイベントに嘆きのメーテルという名前を付けたんですよ」


 へぇ……そういうことだったのか。

 確かに思い出してみれば、悲しいというか、苦しそうな感じに唄っているように聞こえなくもない。そういう風に唄っている女性の名前が黒騎士が探しているメーテルだから、嘆きのメーテルなのか。


 ネット民は凄いな……推測する能力が本当に優れているよ。ネーミングセンスも抜群だし。よく嘆きのメーテルなんてアニメやマンガのようなサブタイトルみたいな名前を思いつくよな。

 ネット民の才能に感心していると、楓さんが申し訳なさそうに口を開く。


「今現在、嘆きのメーテルと出くわした冒険者は全滅しています。それだけ危険なことを知っていたのにも関わらず事前に皆さんにお伝えするのを忘れてしまい……すみませんでした」


「五十嵐君の所為じゃないよ。それを知っていたからって、イベントを回避できたとは限らないんだからさ」


「そうだよ楓さん! 皆が無事だったんだから気にしなくたっていいんだよ」


 畏まって謝る楓さんに、島田さんと灯里が元気付ける。

 二人の言う通りだ。別に楓さんが悪いわけじゃない。それどころか、そのイベントを知っていたからこそ、黒騎士と戦う時にパニックになることもなかったんだから。もし骸骨騎士が倒しても復活するって情報を知らなかったら、メムメムも半殺しの戦法を取らずにMPを失って全滅していたかもしれないし。


「少し気になるんだが、カエデの話では黒騎士とやらに出くわした冒険者は皆殺られてしまったんだろう? じゃあ何でボクたちは生かされたんだい?」


「それは……私にも分かりません」


「なんか急に消えたよね。黒騎士がぐあああって呻き出してから」


 それなんだよなぁ。

 あの時動けなかった俺は本来黒騎士に殺されるはずだった。だけど灯里のチャージアローを喰らってから、何故か突然苦しみ出して、絶好の機会だと思って攻撃したがけてしまいそのまま霧ごと消えてしまったんだ。

 あれは一体何だったんだろう……もしイベントなら、頭に攻撃を与えると一度退くとかなのだろうか。


「黒騎士が退いてくれたのはラッキーでした。あのままでしたら、きっと私たちも全滅していましたし」


「……そうだね」


 楓さんの言葉に同意する。

 あのまま戦い続けていたら、少なくとも俺は確実に死んでいただろう。それだけ黒騎士の強さは半端じゃなかった。体感でも隻眼のオーガやシルバーキングよりも全然強いと思う。


『来て』


「……ねぇ、なにか声が聞こえない?」


「えっ?」


 黒騎士の話をしていると、突然灯里が怪訝そうに聞いてくる。

 声? 俺には聞こえなかったけど……まさかまた黒騎士が来たのか!?

 警戒するが、霧も発生していないしメーテルの唄も聞こえてこない。それでも灯里は声が聞こえてくると言うのだが、皆にも聞こえていないようだった。


『お願い……来て』


「やっぱり聞こえるよ! 来てって……女の人の声が」


「そうですね、私も聞こえました」


「えっ……僕は聞こえないけど」


「同じく」


 どうやら灯里だけではなく楓さんも声が聞こえたみたいだ。だが島田さんやメムメムには聞こえていない。俺も全然聞こえなかった。

 女性の声みたいだけど……灯里と楓さんだけしか聞こえていないのは何故なんだろうか。不思議に思っていると、真剣な表情を浮かべる灯里が頼んでくる。


「ねぇ、声の方に行ってみていい? なんか凄く困ってそうなの」


「そうなの?」


「はい……切羽詰まってるような声色です。こちらに訴えかけているような……」


 二人が言うなら間違いないんだろう。

 意見を合わせて、その声の持ち主のところに行くことが決定する。俺たちはすぐに片付けを済ますと、行動に移すのだった。



 ◇◆◇



『こっち……来て』


「こっちだって」


 声を頼りに、灯里が先導して草道を進んでいく。相変わらず俺には聞こえないけど、迷いがないので行き先は合っているのだろう。

 そうしてしばらく歩いている時だった。今まで視界が晴れていたのに、突如霧が立ち込めていく。


「これって……」


 頭に浮かぶことは皆同じだろう。この霧はさっきと一緒で、黒騎士が現れる前触れだ。なので一度止まって警戒するが、黒騎士が現れる気配はない。


「……出ないね」


『お願い……来て』


「まだ呼んでいます。行きましょう」


 待てども黒騎士は出ず、俺たちは警戒を解いて再び声のする方角に歩いていく。すると眼前に石碑が見えてくる。縦に長い日本式ではなく、台形で上の部分が丸くなっている外国式の墓石だった。


「これは……墓だよね?」


「こんなところに墓って……急にホラー染みてきたね。霧も深くなってるし、なんだか背筋が震えてきたよ。僕こういう恐い系苦手なんだよね」


 石碑を見て顔を青ざめさせる島田さん。

 この状況で恐がるなって方が無理な話だろう。彼の気持ちはよく分かる、俺もどっちかっていうとホラー系は苦手な方だ。夏にやる特番とかも絶対見ないしね。

 石碑を前に恐怖を抱いていると、灯里と楓さんが物怖じせず石碑に近づいていく。


「来たよ」


 灯里がそう告げると、石碑からすぅーと人影が現れた。


「「――っ!?」」


 突如現れた幽霊に驚愕する一同。メムメムは杖を構え、気絶しそうな島田さんを俺が支える中、登場した幽霊は灯里と楓さんに向かって静かに口を開いたのだった。


『来てくれてありがとう。私はメーテル、あなたたちにお願いがあるの』

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