第135話 黒騎士
「アローレイン!」
「ジャ?!」
「フレイムソード!」
灯里の広範囲攻撃が砂浜を強襲すると、二体のサンドシャークが炙り出てくる。その瞬間を狙い、火剣を喰らわせて屠る。もう一体のサンドシャークをメムメムが水魔術でダメージを与え、島田さんの斬撃によってトドメを刺した。
「良い感じだね!」
「僕も久しぶりに戦いが楽しくなってきたよ。なんだか冒険者になった頃を思い出すなぁ」
嬉しそうに喜ぶ灯里に、感慨深そうに笑顔を零す島田さん。
全てのモンスターを駆逐し終えた俺たちは、軽く給水休憩を取っていた。あれからぶっ続けで戦闘をしているけど、疲れはこれっぽっちもない。それどころか、戦うのが凄く楽しい。
その要因としては、やはり装具を一新したからだろう。以前よりずっと戦いが楽になっているんだ。勿論攻撃力や防御力などの性能が上がっているのもそうなんだけど、それ以上に“使いやすいんだ”。
武器も防具も身体にフィットしているというか、一体感があるというか。
上手く説明はできないけど、俺と装具が一心同体のように感じるんだ。
そう思っているのは俺だけではないだろう。
皆も新しい装具を使用して調子が良さそうに見える。生き生きと戦っていることが凄く伝わってきていた。特に島田さんは今までラストアタックによるアイテムドロップができないため戦闘を遠慮していたが、その枷もなくなり意気揚々と戦闘に参加していた。
彼は
それとヒーラーだから仕方ないんだけど、いつも俺たちにばかり戦闘させていることを気にしていた。その負い目がなくなっただけでも、十分すぎる変化だろう。
「よし、このまま階段を見つけて新階層を目指そう!」
「ねぇ、ちょっと待って……なにか聞こえない?」
「えっそうかな?」
「はい……聞き取り辛いですが聞こえてきます。これは……歌?」
「え~そんなの聞こえる~?」
この調子でガンガン行こうぜ! と盛り上げようとしたら、出鼻を挫かれるかの如く灯里が問いかけてくる。
歌? 歌なんて聞こえないけどな。俺だけではなく、島田さんとメムメムも聞こえないみたいだ。なんで灯里と楓さんだけ聞こえるんだろう。
(いや……うっすらと聞こえてきた……気がする)
と思っていたら、俺も女性の声が微かに聞こえてくる。
歌かどうかは定かではないけど、誰かが声を発しているのは分かってきた。
「えっ霧!?」
「なんだこれ!? 急に霧がかかってきたぞ」
歌に反応していたら、突然霧が出てきて驚いてしまう。そこまで深いものではないけど、足元が見辛くなるほどには曇っている。
なんだこれ……なにかのモンスターの攻撃か?
突然発生した霧に皆が困惑する中、冷静沈着な楓さんがハッと何かに気付いたように目を見開いた。
「これはもしや……嘆きのメーテル?」
「……嘆きのメーテル? 楓さん、何か知ってるの?」
「今説明している暇はありません。警戒してください――来ます」
不可解なこの現象を知っていそうな楓さんに尋ねるも、そんな場合ではないと一蹴されてしまう。彼女がこれほど取り乱すぐらいだから、よっぽどのことなんだろう。
その後すぐに、前方からガシャン、ガシャンと足音が鳴り響いてくる。音のする方向に視線を向けると、眼前から黒い甲冑を纏った騎士が歩いてきた。
「――っ!?」
黒い騎士を視界に捉えた刹那、全身に怖気が走る。
なんだ“アレ”は……纏うオーラが普通のモンスターとは全然違う。異質というか、異常というか……対峙しただけで“ヤバい”ことが伝わってくる。
甲冑を纏っているけど、冒険者ではないだろう。あの悍ましい雰囲気は普通の人間が醸し出せるものではない。
知っている中で近いものを例えるなら、十階層で戦った隻眼のオーガだろうか。しかし、あいつよりももっと不気味に感じる。
「ねぇ……なんかいっぱい出てきたよ!」
「いつの間に!?」
「完全に包囲されてるね」
黒い騎士に意識を取られていたら、いつの間にか周囲に骨の騎士が現れていた。骨の騎士は甲冑を纏っておらず、全身骨のままだ。ただ、剣や斧や盾を携えていた。
なんだよこいつら……どっから湧いて出てきたんだ。それもこんなに沢山……目に見えるだけでも四、五体はいるぞ。なんで【気配探知】は反応しなかったんだ。
不可解な展開に狼狽していると、近づいてきた黒騎士が俺たちに向けて言葉を発してきた。
『メーテルは、どこにいる』
「メーテル?」
「って誰?」
『メーテルを殺したのは、お前たちか』
だから知らないって、メーテルって誰だよ。楓さんが言っていたことと関係があるのか?
「すぐに攻撃が来ます! 皆さん構えて!!」
楓さんが叫んだ直後だった。黒騎士の姿が消えたと思ったら、いつの間か俺の目の前で剣を振り上げていた。
『ならば死ね』
「――ぐあああああああああああ?!?!」
咄嗟に剣で受け止めようとしたが間に合わず、肘から先を両断されてしまった。くるくると吹っ飛んでいった右腕を横目に、切断の激痛でうずくまってしまう。
くっそやられた!! 警戒はしていたけど、剣速が予想を遥かに上回っていた。
切断面からどくどくと血が流れる腕を抑えながら見上げると、黒騎士は俺にトドメを刺そうと剣を振り下ろしている。
(あっ、死んだ)
「士郎さん!!」
「シールドバッシュ!!」
これはもう間に合わないと死を悟った瞬間、灯里の絶叫が聞こえてくると同時に、横から体当たりをした楓さんによって黒騎士の身体が揺らぐ。確実に死んだと思ったけど、間一髪で助かったようだ。
それにしても、普通のモンスターなら軽く吹っ飛ばす楓さんのシールドバッシュを受けて体勢を崩すだけってどれだけ耐久力が高いんだよ。
って、なにを呑気にアホなこと考えているんだ。しっかりしろ、放心してる場合じゃないぞ。すぐに行動に移せ。
「腕貸して、ハイヒール」
「あ、ありがとうございます」
斬り飛ばされた俺の腕を拾ってきてくれた島田さんが、切断面を合わせながら上級回復術をかけてくれる。これにより、俺の右腕が元に戻った。
手をグッパして、感触を確かめる。うん……大丈夫だ、ちゃんと動くぞ。
「許斐君、悪いけどすぐに五十嵐君に加勢してもらえるかな。彼女だけではキツそうだ。僕も星野君とメムメム君の応援に行くよ」
「ぐぅ!!」
「アローレイン!」
「グラビティ」
島田さんの言う通り、あの楓さんでも黒騎士相手には防戦一方だった。灯里とメムメムも広範囲攻撃でなんとか凌いでいるが、あのやり方ではいつまでももたないだろう。
俺だけボーっとしている場合じゃない。
震える足を拳で殴って無理矢理止めると、俺は地を蹴って接近し黒騎士に斬撃を放つ。側面からの奇襲だったが、即座に反応されて受け止められてしまう。鍔迫り合いをしている中、俺は楓さんに謝る。
「ごめん! もう大丈夫!」
「助かります! でも大丈夫ですか!?」
「勿論!」
「ねぇ、倒してるのに全然数が減らないよ!」
「うじゃうじゃと鬱陶しいね」
後方から灯里とメムメムの愚痴が飛んでくる。楓さんにスイッチしてもらい状況を確認すると、確かに最初と数が変わっていなかった。
何でなんだ? 骸骨の騎士は不死身だとでもいうのか?
再び俺と楓さんが攻守を切り替えると、楓さんは灯里たちに聞こえるように叫んだ。
「その骸骨の騎士は倒しても無限にポップします! なのでなるべくMPを消費しないように戦ってください!!」
「嘘でしょ!?」
「じゃあどうしろっていうんだい。このままじゃジリ貧だよ」
「私も解決策は分かりません。ですが恐らく、この黒騎士さえ倒せば状況は回復するでしょう!!」
「へぇ……そういう感じかい。ならそっちは任せたよシロー、カエデ。こっちはボクたちに任せたまえ」
「二人とも頑張って!」
「頼んだ!!」
(頑張れって言われてもさ!!)
――ガキンっと、俺の剣が弾かれてしまう。体勢を崩されてしまったところを刺突されるが、強引に身体を捻ってギリギリで躱す。さらに追撃してこようとしたところを、楓さんが盾を掲げながら突撃して攻撃を中止させた。
この黒騎士、半端なく強い。膂力も剣速も俺より数段上だ。剣技に関しても俺を遥かに上回っている。その上、階層主にも劣らぬ
正直、今生きているのが奇跡に思えるくらいだ。先週に信楽さんの高速の斬撃を見ていなかったら、楓さんが絶妙なタイミングでフォローしてくれていなかったら、俺はすでに五回は死んでいるだろう。
それだけ、黒騎士の強さは尋常ならざるものだった。
これに勝てって?
皆には申し訳ないけど、勝てるビジョンが一切合切浮かんでこない。こいつは隻眼のオーガよりももっと上位の存在だ。俺なんかが到底敵う相手じゃない。
「(とか弱音吐いてる場合じゃないだろ!!)パワースラッシュ!!」
『死ね』
黒剣と漆黒の剣がかち合い、火花が飛び散る。膂力の差があり過ぎるから、
強い……桁違いの強さだ。だけどみんなも頑張っていて、俺がこいつを倒すと信じてくれるなら、何がなんでも勝つしかないだろ!!
「士郎さん! 私たちが勝たないことには終わりません、なので出し惜しみは無しです! ギガシャイン!」
『ぐぅ……』
楓さんが放った直径1メートルの光球が直撃すると、黒騎士は初めてダメージを受けたかのように苦悶の声を漏らす。
そういえば楓さん、【光魔術3】も持ってたんだっけ。使ったところを初めて見たから忘れてたよ。
彼女の言うとおり、MPをケチっていたらこいつを倒せない。
頭を使え、思考を回転させろ。
受けては駄目だ、避けれる攻撃は全て避けるんだ。MPは全部攻撃に回せ。
見極めろ、奴の繰り出す斬撃を!!
『死ね』
「――ッ」
頭を狙っての横斬りを、膝を落として紙一重で躱す。黒騎士が攻撃した時に反応してちゃ間に合わない。攻撃する前の動作と、気配を読んで避けるんだ。
「シールドバッシュ!!」
「パワースラッシュ!!」
『オオッ』
斬撃を剣で、突撃は左腕一本で受け止められてしまう。なんて馬鹿力だこいつは。
胸中で悪態を吐きながら俺と楓さんは一度後退すると、息を合わせて魔術を撃ちこむ。
「ギガフレイム!」
「ギガシャイン!」
『フン!』
左右から繰り出された火炎と閃光が、回転斬りによって一度に掻き消されてしまう。しかし俺たちはすでに次の行動に移し、間合いを詰めていた。だがそれすらも予想されてしまっていて、黒騎士の蹴りによって楓さんが盾ごと吹っ飛ばされてしまう。
「パワースラッシュ!」
『ハッ』
再び剣が重なり合うが、力負けして腕をかち上げられてしまう。がら空きになった腹部に強烈な拳打を撃ちこまれた。
「――がはっ?!」
吐血を漏らす俺は身体に力が入らず膝をついてしまう。そんな俺の首を目掛けて、黒騎士は漆黒の剣を振り下ろそうとするのだが――、
「チャージアロー!」
『ヌッ』
灯里が放った矢が黒騎士の眉間に直撃し、攻撃を中断させる。アーツが直撃したのにも関わらず、小石が当たった程度の反応。どれだけ耐久力が高いんだ。
この隙に立とうとするが、足に力が入らない。気合でなんとかしようとしても、身体が言うことを聞いてくれなかった。
(ふざけるな、早く立てよ!!)
このままじゃ本当に殺られてしまう。俺が死んだら、戦況はあっという間に傾いて全滅するだろう。今踏ん張らばらないで、いつ踏ん張るんだ。
己を鼓舞して震える身体に喝を入れ、なんとか立ち上がって剣を構える。しかし、黒騎士の様子がなんだか変だった。
『メー……テル』
黒騎士は灯里の方を見ながら、何かを呟いている。すると突然頭を抱え、苦しそうに悶えだした。
『俺は……俺は……』
なんだ、何がどうなっているんだ。
でも、今が好機だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。俺は黒騎士との間合いを詰めると、渾身の豪剣を放つ。
だが――、
「すり抜けた!?」
俺の剣は、黒騎士の身体をすり抜けてしまったのだ。訳がわからず混乱していると、黒騎士の身体が徐々に透明になっていく。
完全に消えると同時に、周囲にいた骸骨の騎士も消え去り、いつの間にか霧も晴れていった。
「はぁ……はぁ……た、助かった……のか?」
何が起こったのか全く分からないけど、どうやら俺たちは窮地を脱したみたいだった。
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