第138話 眠れぬ夜
『ありがとう。あなたたちに会えて良かった。ルークをお願いね』
メーテルは最後にそう言って、景色に溶け込むように消えてしまった。彼女が居なくなると同時に霧が晴れていき、目の前にあった石碑も忽然と消失してしまう。
これでイベントが進んだということなのだろうか。後はメーテルの願いを叶える為に、黒騎士ルークの魂を解放するだけ。
(なんか……凄いことになったな)
黒騎士に襲われたと思ったら、今度は彼の探し人であるメーテルに会い、願いを託される。
まさかこんな事態に陥ることになるんなんて思ってもみなかった。
(だけど、絶対にルークを解放したい)
メーテルとルークの物語は、俺が思っていた以上に悲しいものだった。
最後まで報われない、救いもへったくれもない物語だった。それでも尚、未だに苦しみ続けているなんて可哀想じゃないか。
メーテルの話を聞いたからには、彼女の願いごとを何がなんでも叶えてあげたい。無念に囚われている二人を解放してあげたい。
そう思っているのは、きっと俺だけではないだろう。
「みんなごめんね。相談もせずに勝手に決めちゃった。でも私、メーテルの力になりたい」
「私もそうです。よく考えもせず引き受けてしまいました。ですが、彼女の想いを果たせるのは私たちしかいません」
「何言ってるんだよ。あんな話を聞いて断る訳にはいかないじゃないか。やろう、ルークの魂を俺たちで解放するんだ」
強い想いを抱いている灯里と楓さんにそう告げると、二人は嬉しそうに綻んだ。
決意を新たにしていると、島田さんがそういえばとメムメムに問いかける。
「メムメム君が読んだ本の内容も、最後まで同じ内容だったのかい?」
「いや、ボクが読んだのはバットエンドまでだった。その続き、メーテルがルークを救って欲しいというエピソードは含まれていなかったよ」
「だったら俺たちで物語をハッピーエンドにしよう」
俺が強くそう言うと、皆は「うん」と首を縦に振った。
それから行動に移し、俺たちはルークが現れるまで探索を続ける。しかし、やる気とは裏腹にルークが出現することはなく、刻々と時は過ぎていき太陽が沈みかけてしまった。
「残念ですが今日はもう無理そうですね。また明日にしましょう」
「そうだね、これ以上探しても体力が持たないし、帰ろうか」
結構粘ったのだが、結局ルークが現れることはなかった。俺たちは断念し、自動ドアを探して現実世界に帰還することにしたのだった。
◇◆◇
その日の夜。
夜も深くなっているが、興奮しているのか中々寝付けなかった。身体は疲れていると思うんだけど、頭が妙に冴えてしまっている。ダンジョンで戦ったルークとの戦闘が脳裏から離れなかった。
もしまた出会えたら、きっと戦うことになるだろう。メーテルは婚約指輪を渡して欲しいといっていたが、あの状態のルークが素直に受け取ってくれるとは考えられない。
楓さんの予想では、倒しきるか一定のダメージを与えないとイベントが発生しないタイプらしい。なので必ず戦闘に発展するだろう。
そして俺は、今度も死なないなんて甘い考えは抱いていなかった。
今日生きていられたのもたまたま運が良かっただけで、いつ死んでもおかしくはなかった。
正直、初撃で右腕を斬り飛ばされた時は久しぶりに死を感じたよ。ホーンラビットに殺された時も感じたけど、あーいう時って身体が硬直してしまうんだよな。
本当に駄目かと思ったけど、楓さんと島田さんのお蔭で死なずに済んだんだ。
ルークは強い。信楽さんから新しい装具を作って貰って多少強くなったし、途中から【思考覚醒】も発動して、かつ楓さんと二人がかりで挑んでも手も足も及ばなかった。ダメージを与えられたのだって、楓さんの光魔術と俺の炎魔術くらいだ。俺の剣は、一度も奴の身体に触れることができなかった。
そんな強い相手に、また戦ったとして大丈夫だろうか。どれだけイメージトレーニングをしても、ルークに勝てるビジョンが浮かばないんだ。
そんな不安もあって眠ることができなかった時、不意にコンコンと扉がノックされる。
俺は身体を起こすと、扉の向こうにいる人物に問いかける。
「なんだ?」
「士郎さん、私」
扉の向こうにいるのは灯里だった。彼女は扉越しに小さい声音で聞いてくる。
「入っていい?」
「うん、いいよ」
許可をすると、きぃと扉を開けてパジャマ姿の灯里が入ってくる。
神妙な顔を浮かべている彼女に、優しく問いかける。
「寝れないのか?」
「うん……色々考えちゃったら寝れなくなっちゃって。ねぇ、入ってもいい?」
それはベッドの中に入っていいかという意味だろう。俺は何も言わず、身体を壁側に寄せてから毛布を上げた。すると灯里が、静かにベッドに上がってくる。
肩と肩が触れ、灯里の体温が感じ取れる。それだけで、不安でいっぱいだった心が安らいでいくようだった。
灯里は時々、俺の部屋にやってきて一緒に寝ることがある。そういう時は大体が、俺が死にそうになるくらい危ない目に遭った日だった。隻眼のオーガの時や、シルバーキングの時もそう。ここ最近では、拉致事件に遭った日は三日ぐらい連続で一緒に寝たっけ。
だからといって、別にやましいことにはならない。軽く肌を寄せ合い、温もりを感じるんだ。
たまに凄いムラムラする時もあるけどね。俺も男だし、灯里は色々と身体付きも魅力的だからさ。
でも、お互いに一線を越えようとは絶対にしなかった。
「急にごめんね。メーテルとルークのことを考えてたら、寝れなくなっちゃった」
「俺もだよ。どうやってルークと戦えるかを考えてた……だって凄ぇ強いんだもんな。最後だって灯里が助けてくれなかったらどうなっていたのかも分からないし」
「そうだね……ルークは強い。でも、次は私も一緒に戦うから、きっとなんとかなるよ」
そう、次は俺と楓さんだけではなく、灯里もルークと戦うことになっている。
実はもう一度戦う前に、俺たちは作戦を練っていたんだ。その時、メムメムがこう進言してきたんだ。
『骸骨騎士はボクと島田で抑えるよ。三人はルークに集中してくれ』
それはちょっと厳しいんじゃないかと言ったけど、メムメムは確信があったようだった。
どうやら骸骨騎士が出てくるのは一度に五体までで、完全に倒すとまた復活してしまう仕様になっているらしい。だから半殺しにして機動力を削げば、二人でも十分対処は可能だとか。よくその仕様を戦っている最中に見抜いたよな。観察力というか、洞察力がずば抜けている。
メムメムは私生活は本当にダメダメだけど、こと戦闘に関しての立ち回りは誰よりも優れていて頼りになる存在だ。
作戦は骸骨騎士の相手を全てメムメムが担当して、島田さんはメムメムのフォローと、俺たちが怪我をした時のバックアップ。俺と灯里と楓さんで、ルークと戦うことになっている。
最初から灯里が加わってくれるなら、今日よりはまだイケるだろう。
「絶対、メーテルとルークを助けようね」
覚悟を宿した言葉を放ちながら、ぎゅっと俺の手を握ってくる。俺も握り返して、こう告げたのだった。
「ああ、頑張ろう」
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