第133話 新しい装具

 

「パワーアックス!!」


「ギィ?!」


「ライトニング!!」


「ギャアギャア!!」


 戦士の斧がビックアントの胴体を真っ二つに叩き折り、魔術師の雷魔術がポイズンバタフライを焼き払った。

 モンスターを全て倒し戦闘を終了した彼らは、新たにポップしないことを確認すると、ほっと安堵の息を零す。


「中々良い感じだったな」


「あんたが加入してくれて探索が楽になったよ。マジで入ってくれてありがとな」


「僕の力があれば、このパーティーもすぐに二十階層をクリアできますよ」


「はっは! 頼もしいぜ」


 密林ステージにて、とある冒険者パーティーが探索を行っていた。

 つい先日新たに魔術師が加わったこのパーティーは、戦術の幅も広がりパーティーのレベルが一段上がっている。雰囲気も良く、これからもっと連携を深めていけばすぐにでも二十階層に挑戦できると、リーダーは柄にもなく心が躍っているのを感じていた。


 ――そんな時だった。


 不意に、“声”が聞こえてきた。


「え? 今なんか言ったか?」


「いや? 別に何も言ってねぇけど」


「おい、なんか聞こえてこないか?」


「そう言われると聞こえるな……女の声か?」


 その声音は女性らしいものだった。その声は、唄を歌っているようにも聞こえた。

 ただ、甲高いうえに声量が小さく、聞き取りづらくて何を言っているのかは分からない。そしてその唄は、背筋が底冷えるほど不気味に感じる唄だった。


「なんだ!?」


「急に霧が出てきやがった……」


 突如発生した霧に冒険者たちが慌てふためく。

 モンスターからの奇襲か? と臨戦態勢を取ろうとしていると、霧の中からゆらゆらと影が現れる。

 影の正体は、全身が漆黒の西洋鎧に包まれた騎士であった。


「なんだこいつ!?」


「冒険者か!? おい、そこで何をしている!?」


「止まれ!! 止まらねぇと撃つぞ!!」


 薄気味悪い黒騎士に対し、咄嗟に身構える冒険者たち。

 密林ステージでは騎士のようなモンスターは出現しない。ならば必然的に黒騎士は冒険者に絞られるのだが、黒騎士からは人間らしさが一切感じ取れなかった。

 そしてなによりも、ダンジョンのスキルである【気配探知】がずっと反応していることが、黒騎士がモンスターであると知らしめていた。


 冒険者たちに近づいていた黒騎士の足がピタリと止まる。

 バイザーから怪し気に光る赤目が冒険者たちを捉えると、耳障りな声を発した。


『メーテルは、どこにいる』


「喋った……」


「メーテル? そんなん知らねぇぞ」


「おい、こいつもしかして異常種イレギュラーってやつじゃないか?」


「マジかよ、だったら逃げねぇと」


 黒騎士が喋ったことに驚きながらも、それでも人間ではないと察した冒険者たちは黒騎士を異常種だと判断する。

 異常種はダンジョンにおいて、階層に関係なく現れるモンスターだ。そのどれもが強く、中には階層主と比肩するほどの個体もいる。


 心強い魔術師を仲間に加えたとしても、異常種には敵わない。なので冒険者たちはすぐさまその場から逃げようとしたが、いつの間にか囲まれてしまった。


「なんだこいつら!?」


「いつの間に現れたんだ!?」


 冒険者たちの周囲を、多くの骸骨の騎士が道を塞ぐように立ちはだかっている。

 骸骨の騎士も密林ステージに出てくるモンスターではない。骸骨騎士たちは、カカカッと薄気味悪く骨の口を鳴らしながら徐々に近づいてくる。

 そして黒騎士も、握っている黒剣を冒険者たちに向けた。


『メーテルを殺したのは、お前たちか』


「「う、うわああああああああああああああああああ!?!?」」


 密林ステージに、冒険者たちの悲鳴が木霊するのであった。



 ◇◆◇



「ごめんくださーい。許斐ですけど、信楽さんいますかー」


 休日の土曜日。

 俺たちはいつものように、朝から東京ダンジョンに訪れていた。

 二十二階層に転移し、武器を引き取るために信楽奉斎さんがいるログハウスに向かう。

 信楽さんは、この前御門さんに紹介してもらった鍛冶師のお爺さんだ。なんやかんやあって武器を作って貰うことになり、約束をした今日に受け取りに来ることになっていたんだ。


 木造の扉をトントンと叩きながら声をかけると、きぃと扉が開いて中から信楽さんが出てくる。


「おはようございます」


「おお、もう来たのか。物はできてるぜ、入んな」


「はい」


 信楽さんに促され、室内にお邪魔する。

 すると、壁際に俺たちが預けた武器が立て掛けられているのが目に入った。


「すごい……」


「うわぁ、綺麗!」


「これは……」


「僕のもある!」


「ボクはいらないって言ったんだけどな」


 俺には漆黒に輝く長剣。灯里には白と水色が混ざった弓。楓さんの盾は見た目は変わっていないけど、前とはオーラが違って見えた。島田さんには緑色の鎌で、メムメムはタクト型の杖。

 信楽さんに持ってみろと言われたので、俺たちはそれぞれの武器を手にして感触を確認する。


(軽い……見た目より全然軽いぞ。それにしっくりくる)


 新しく生まれ変わった俺の剣は、重々しい外見に反して凄く軽い。柄を握ってみると、手に吸い付くかのようにピッタリで持ちやすかった。

 これが……俺の新しい剣。感動していると、信楽さんが性能を説明してくれた。


「それぞれの武器は元をベースにして強化し、スキルを付与しておいた。士郎、おまえさんの剣には【不壊】だ」


「【不壊】……ですか」


「ああ。その剣はずっとおまえさんと戦いたいって言ってたからな。【不壊】を付与するのは面倒臭ぇんだが、武器に頼まれちゃしょうがねぇわな」


「ありがとうございます!!」


 凄い……特別なスキル持ちの武器は中々ドロップせず、売り場にも中々出回らない上にいざ買おうとしても目が飛び出るほど高い。それを自分で作ってしまうなんて、鍛冶師ってどれだけ凄いんだ。

【不壊】か……これで俺は、思う存分剣を振れるんだな……今まで壊れそうとか気にしたことなかったけど。


 信楽さんは俺以外にも武器の説明をしてくれる。

 灯里の弓矢は【攻撃力上昇】、楓さんの盾は【自動回復】、島田さんの鎌は【切れ味上昇】、メムメムの杖は【使用魔力減少】と、どれも強力なスキルばかりだ。

 新しい武器を預かって喜んでいる俺たちに、信楽さんはさらに続けて、


「それと余った時間で、おまえさんらの防具も強化しておいたぜ」


「えっ、本当ですか!?」


「まぁ、そっちは分野じゃねぇから他の奴の手も借りたがな」


 そう――実は武器だけではなく、防具も信楽さんに預けていたんだ。

 流石にそこまでしてもらうのは気が引けて遠慮したのだが、若いもんが遠慮すんじゃねぇと怒られてしまい、預けることになった。

 ただ、今本人が言ったように防具の強化は武器ほど卓越している訳ではない。なので仲間クリエイターズの一人に手伝ってもらってたそうだ。

 その人にも、いずれお礼を言わなくちゃな。


 新しくなった防具を、男女部屋に分かれて着替える。

 見た目はそこまで変わっていないけど、前よりスリムになったし、関節の部分とかが動き易くなっていた。それにめちゃくちゃ軽い。

 この軽さで前よりも性能が上がってるんだよな……本当に凄いや。


「みんな似合ってるよ!!」


「灯里もな」


 新しい防具に着替えた俺たちは、集合してそれぞれお披露目する。皆の防具もそれほど変わっていなかったが、所々装飾が変わっていた。灯里と楓さんとメムメムの防具は前よりも明るいというか、可愛くなっている気がする。


「流石に防具までスキルは付与できなかったが、全体的に能力を強化しておいたぜ。装飾の方はおれぁ関わってねぇから、文句は受け付ねぇよ」


「そんな、十分すぎるほど良いですよ!!」


「文句なんかないです!! すっごく可愛いです!!」


 俺と灯里がすかさず防具を褒める。こんなに良い物を作ってもらったのに文句なんか出るわけがない。本当に心の底から感謝しかないんだ。


「それで信楽さん、お値段の方はいかがでしょうか」


 楓さんが聞きにくいことを尋ねてくれた。そうだ、これだけ良い物なんだから絶対に高いだろう。一応手持ちで二百万ほど持ってきてはいるが、それ以上言われたら借金を頼むしかない。

 恐る恐る待っていると、信楽さんは「一人あたりこれでいいぜ」と言って指を三本立てた。


「さ、三百万!?」


「馬鹿、桁が一つ違ぇよ。三十だ、一人三十万払ってくれりゃいい」


「え、それはそれで安くないですか……」


 島田さんが怪訝気味に尋ねると、信楽さんはふんと鼻を鳴らして、


「気にすんな。おまえらの武器が気に入ったから請け負ったまでだ。それでも気が引けるって言うんなら、いい戦いを見せてくれや。おれぁもおまえらのダンジョンライブを見てやるからよ」


「はい、期待に応えられるよう頑張ります!」


 支払いを済ませ、信楽さんの家からお邪魔する。

 それで最後にもう一度お礼を告げた。


「信楽さん、本当にありがとうございました」


「礼はいい、おれぁはもう寝るから、さっさと行ってこい」


「はい!」


 こうして俺たちは、信楽さんに作ってもらった新たな装具と共に新階層へと向かったのだった。

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