第132話 焼き肉
「Oh~ここがジャパニーズヤキニクですか!!」
仕事終わり、俺たちは駅近くの焼き肉屋に訪れていた。チェーン店だからか、平日でもかなり混んでいる。予約はしなかったけど、ギリギリ席が空いているようでラッキーだった。
テーブル席に座った俺たちは――俺が一人で、楓さんとエマが隣――端に備え付けられているタブレットを操作してメニューを打ち込んでいく。
「沢山種類がありますね~。でもここは、“とりあえずナマで”イキましょうか!」
そんなネタまで知ってるのか……。
「俺もどうせなら一杯だけ飲もうかな」
焼き肉を食べるっていうのに水だけっていうのは味気ないからな。
「私もいただきます」
おっ、楓さんも飲むのか。
じゃあビール三つと、カルビやタンなどを適当に注文する。するとすぐに店員さんがビールを持ってきてくれた。
「それじゃあ、乾杯ということで」
「カンパ~イ!」
「……乾杯」
キンとグラスを重ね、ぐびぐびと飲んでいく。
かーーーー、久しぶりに飲んだけどやっぱりビールは美味しいな。この苦さとのど越しの良さがやみつきになってしまう。美味しい焼き肉を食べた後に飲むと、さらに美味さが倍増するんだよな。
「そういえばこの前オリノさんが言ってたんですけど、宣伝部の業績が上がってるから飲み会を開くかもらしいデスよ」
「へー、そうなんだ」
会社の話をしながらご飯を進めていく。会話の中心は主にエマだ。エマの話は面白く、全然退屈しない。それに自分が喋るだけではなく、俺や楓さんにも話を振ってくれたりして、すぐに終わらせずに深く聞いてくれる。
だからついこちらの口も軽くなってしまう。喋り上手でもあり、聞き上手でもあるんだ。会話の仕方が本当に上手い。
「時にお二人は、もうカップルだったりするんデスか?」
「ッ!?」
あっぶね、危うく吐きそうになったぞ。口の中のものをビールで流し込んでから、突然ぶっこんできたエマに問いかける。
「きゅ、急にどうしんだ?」
「先日、シローとカエデのダンジョンライブを見たんですけどね、お二人の雰囲気がとてもイイ感じだったので、すでに恋人同士なのかな~と思ったんデスけど、違いましたか?」
ああ、この前のお泊り回のダンジョンライブを見たのか。なんか恥ずかしいな、同僚とか近い人に見られるのって。
付き合ってないよと俺が言う前に、楓さんが冷静に答える。
「プライベートな問題なので、お答えできません」
「ええ~、残念です。でもワタシが見た感じだと、“まだ”な気もするんデスよね~。カエデとアカリの
「「……」」
エマがそう思うってことは、きっと他の視聴者たちにもなんとなく俺たちの関係がバレてそうだよなぁ。
うわぁ、今まで敢えて考えないようにしていたけど、自分たちの恋愛模様を配信で見られてるのって、すんごく恥ずかしくなってきたぞ。お酒のせいもあるだろうけど、体がほてってきた……。
「勿論ワタシはカエデを応援しますからネ! 頑張ってシローのハートを掴んじゃってくださいください!」
「暑苦しいので離れてもらえますか」
腕に抱き付くエマを、楓さんが鬱陶しそうに離そうとする。
あのぉ、そういうのは本人がいない時に言ってくれませんかね、凄く気まずいから。
その後も話は進み、キリのいいところでお開きとなった。会計を済まして外に出て待っていると、戻ってきたエマが足を踏み外してしまう。
「キャっ」
「危ない」
転びそうになったエマを咄嗟に支える。するとエマは、顔を上げて謝ってきた。
「お酒を飲みすぎてしまったかもしれません。ありがとうシロー」
「ううん、怪我はない? 歩ける?」
「………………はい」
長い
それから三人でゆっくり歩き、駅で別れの挨拶をしたのだった。
「じゃあ二人とも、また明日」
「はい」
「シローもカエデも、付き合ってくれてありがとうデス」
◇◆◇
士郎と別れた後、楓とエマの二人は帰らずその場に留まっていた。それは楓が、エマに聞きたいことがあったからである。
楓は険しい表情を作り、エマに睨めつけながら口を開いた。
「単刀直入に尋ねますが、あなたの狙いはなんですか」
「へっ? カエデは面白いことを言いますね。狙いってなんのことデスか?」
「とぼけないで下さい。貴女は怪しいんですよ、なにもかもが。メムメムさんの件が発覚してからアメリカ支部から転勤なんて都合がよすぎです。それに、やけに士郎さんとの関係を作ろうとしている。政府関係のスパイかなにかではないのですか」
「……」
「彼は今、心に傷を負っています。これ以上負担をかけさせたくありません。もし貴女がそうであるなら、私は士郎さんを守ります」
剣のように鋭い切っ先のある言葉に、エマがとった反応は――。
「嫌ですねぇ、カエデ。恐い顔でいきなり何を言うのかと思ったら、ワタシが政府のスパイですか? 映画の見すぎですよ、そんなことあるわけないじゃないデスか~。ワタシは善良な一社員です。シローに構うのも、有名タレントにお近づきになりたいって程度デスよ。まぁ、カエデにとってはそれが目障りだったかもしれませんけど」
上手く逃げられたな、と楓は思った。
楓が士郎に想いを寄せているのは最早バレている。エマにかけている疑いは、“自分が恋している相手に邪魔な虫がついた恋敵であるから”という恋愛感情にすり替えられてしまった。その理由なら、エマが士郎に近づいていることを気に入らないと思ってしまっても無理はない。それに全然不自然ではないから、これ以上追及するのも難しい。
「それより、ワタシは同僚としてカエデを本気で応援していますからね。アカリに負けないでください。男のハートを掴むテクニックが知りたければ、ワタシが教えてあげますから。これでも経験豊富なんデスよ」
「いいえ、間に合ってます」
「そうですか……ふられてしまいましたね。では、そろそろワタシも失礼しますね」
そう言って立ち去ろうとするエマだったが、「あっ」と何かに気付いたように戻ってきて楓に切り取ったメモ帳を渡してくる。
「これ、ワタシの個人番号デス。恋の悩みがあったらいつでもかけてきてくださいね」
「別にいりませんけど」
「もう、カエデは冷たいデス。少しは仲良くなったと思ったのに。まぁいいです、今日のところは見逃してあげましょう。また明日ね、カエデ」
「ええ」
チュっと投げキッスを送り、今度こそエマは踵を返してその場から立ち去る。電車には乗らず、タクシーに乗り込むとスマホから着信音が鳴り響く。電話の相手は非通知だった。
「はい」
『どうだいA、楽しんでいるかな』
その声を聞いた瞬間、エマは取り繕った表情を崩し、素の声音で返答する。
「まぁまぁといったところかしら」
『どうだい? ターゲットは落とせそうか?』
「そのことなんだけど、ちょっとハードルが高くなったわ。“あの件”のせいで、シローが一皮剥けちゃったみたい。全く、余計なことをしてくれたわよ」
愚痴を吐きながら、エマは先ほどのことを思い出す。
酔っ払って転びそうになったのも、士郎の胸に飛び込んだのも全て演出に過ぎない。あの程度で酔うはずがない。
ただ誤算だったのは、士郎の反応だった。全身を密着させ、肌に触れ、潤んだ上目遣い。全て男好みに計算されたあざといテクニックだが、やはり男にはこれが一番効く。特に特上の美女である自分なら尚更だ。
しかしながら、士郎はなんの反応も示さなかった。少し前の彼ならば、顔を逸らしたり動揺して慌てていただろう。だが今回は一切そういった感情が表れなかったのだ。
恐らくあの一件によって、士郎に心の変化があったと推測される。全くもって面倒なことをしてくれたものだ。
『ならばどうするんだ?』
「
『ほう、Aが周り道をするのは珍しいな。どうするつもりだい?』
その問いに、エマはスマホに映っているダンジョンライブの、白銀の鎧を纏っている女性を見つめながら、こう告げたのだった。
「日本にはこういう言葉があるらしいわよ。将を射んとする者はまず馬を射よ……てね」
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