第129話 信楽奉斎

 


「あの……本当に戦わなくちゃいけないんですか?」


「ああ。おれぁ誰かの武器を打つ時、そいつの実力を知っておきてぇんだ。どんだけ良い武器を打っても、使い手が鈍らじゃそいつが浮かばれねぇからな」


 なるほど……信楽さんが戦う理由わけは、武器を作る上で持ち主おれの実力を知っておきたいのか。

 確かにどれだけ武器の性能が高くても、俺が十全に活かせるとは限らないからな。生みの親としては、使い手の身の丈に合わない武器は作りたくないのだろう。


 正直言ってご老人と戦うのは気が引けるが、武器を作ってもらう為なら仕方ない。

 剣の柄をぎゅっと握り、正眼に構える。


「僕が審判をしようか。勝敗の条件はない、信楽さんが満足するまで戦ってもらうよ。シロー君は遠慮せずガンガンやってくれたまえ」


「士郎さん頑張って!」


「多少の怪我なら僕が治せるからね」


「無理はしないで下さい」


(あの爺さん……ただ者じゃないね)


 少し離れたところには、灯里たちがギャラリーとして観戦している。期待に応えられるよう頑張ろうか。

 眼前にいる信楽さんが、刀でトントンと肩を叩きながら告げてくる。


「いつでもかかってきな」


(――ッ!? なんだこの重圧プレッシャーは!?)


 勝負が始まった刹那、彼の総身から凄まじい重圧が迸る。

 その圧力はゴブリンキングやミノタウロスのような上から押し付けてくる圧力とは異なり、今まで対戦してきた相手で例えるなら謎の十階層で戦った隻眼のオーガの如く鋭く刺してくるものだった。


 百戦練磨という言葉が頭に浮かんでくる。幾度となく死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者。そんなイメージが信楽さんの立ち振る舞いから伝わってくるんだ。

 対峙しているだけで背筋が凍ってしまうような……肌が粟立つような……。


 なんだよこの人……本当に人間か? 人間の皮を被った化物とかじゃないよな?

 ダメだ……勝てる気がしない。実力が違い過ぎる。というか逃げたい。今すぐ尻尾を振って逃げろと本能が警鐘を鳴らしてくる。

 スキルである【危機察知】ですら逃走を促してくるのだ。それは俺の本能が勘違いではないという事実だろう。


 ガタガタと身体を震わせていると、信楽さんがニヤリと口角を上げた。


「ほう。敵の力量が分からねぇ馬鹿ではねぇみてぇだな。だが、いつまでもビビッてちゃつまんねーぞ。やらないならやらないで、おれぁ構わないんだがな」


 そうだ……新しい武器を作って貰うためにも縮こまっているわけにはいかない。

 立ち向かうには恐いけど、勇気を振り絞って一歩を踏み出さなければ。

 ふぅ~と一つ大きな呼吸を吐いて、俺は信楽さんを見据えた。


「いきます」


 そう言って、ドッと地面を蹴り上げる。信楽さんに肉薄し、剣を一閃させた。


「はぁぁああ!!」


 振るった初撃は、首を傾けることで避けられる。

 簡単に当てられるとは露ほども思っちゃいない。当てるまで攻撃を繰り返してやる。

 俺はそれから立て続けに斬撃を繰り出すも、全てを紙一重で躱されてしまった。


(当たらない!?)


「筋は悪くねぇが、如何せん正直な刃だな」


「うぐっ」


 数えて十撃目の剣をかわされた瞬間、手に重たい衝撃が走る。何をされたのか理解できず混乱していると、空から剣が降ってきて地面に突き刺さった。


(剣を弾かれたのか!? 全然見えなかったぞ!!)


 反撃の意志も挙動も全く察知することができなかった……。気付けば剣を弾かれていた。

 力の差が違いすぎる……。

 焦点が合わない目で痺れる手のひらを眺めて呆然としていると、目の前から凍えるような声音が飛んでくる。


「終わりか?」


「――ッ……やります」


 地面に刺さっている剣を抜き取り、翻って距離を取る。

 このまま終わってたまるかッ。


「ね……ねぇ、凄すぎない?」


「ええ、あれが達人の領域に入り込んだ方なのでしょう。単純なレベル差ではないと思います」


「どう見ても漫画の世界の人じゃないか……あれにどう勝てっていうのさ」


「驚いたね。最近のシローも中々良い線いってると思ってたけど、まだ戦うには早い相手だよ。力は十分の一も出していないだろうが、それでも十分強い。ボクの世界にいる剣士の中でも上位に位置するだろうね」


「そりゃそうだよ。信楽さんは剣道の中でも数少ない八段だし、無天一心流の師範だからね。元々剣の道を極めている人が、ステータスの恩恵まで得ているんだ。そんじょそこらの小童がどうにかなる人じゃないよ」


「「ええっ!?」」


 何やらギャラリーが湧いているみたいだが、皆の話を拾えないほど俺は集中していた。

 たったの数秒の攻撃だったけど、俺はもてる全てをぶつけた。本当に全力だった。それでも剣先を届くことすら叶わなかった。


 これ以上のものを出すことは不可能だと思う。けど、これで終わらせたくない。

 不甲斐ない自分が悔しい。こんな程度の奴だと思われたくない。

 言葉に言い表せない強い情動が胸の奥からふつふつと湧き上がってくる。


 集中しろ。神経を研ぎ澄ませ。

 今まで潜り抜けてきた死闘を甦らせるんだ。

 あの人に立ち向かうには、生半可な覚悟では駄目だ。倒す気でいかないと無理だ。

 踵を返し、俺は再度信楽さんに剣を向けた。


「ほう。ちったぁマシな顔になったじゃねぇか。いつでもきな」


「――ッ」


 もう言葉はいらない。息を吸った瞬間、俺は真っすぐに彼に向かって疾駆した。

 間合いを詰めながら、彼の視線と呼吸、挙動を把握する。確認後、斜め下から剣を斬り上げた。


 ――ガキンと、剣と刀が交差する。初めて“受け”を取らせたが、それで満足するわけにはいかない。すかさず斬撃を繰り出そうとするが、信楽さんの右肩が下がったため身体をのけ反らせながら半歩下がった。


「――っ。ほう、今のは躱すか」


 躱せていない。胸をギリギリ掠めている。攻撃の軌道もタイミングも全て読み通りだったのに、それでも斬撃速度に追いつかなかった。

 まだだ、もっと集中しろ。もっと“読め”、彼が何を考えているか、どうしたいのか、もっと先を読むんだ。

 もっと、もっと、もっと――ッ!!


「「“入った”」」


「びっくりしたぁ、なんだい揃って同じ言葉を言うなんて怖いじゃないか。“入った”って、一体なんのことなんだい?」


「士郎さんには【思考覚醒】というアクティブスキルがあります。任意で発動することはできないそうですが、集中力が極限まで高まると自動で発動するみたいです。その時の士郎さんの状態は凄いですよ。次の一手、数秒先の未来でも分かるような動きをしています」


「スポーツ選手でいう“ゾーン”みたいなやつだよね」


「ああ、やはりスキルだったのか。たまに別人かと思うぐらい強くなる時があったから、不思議に思ってたんだよ。なるほどね、さっきまでとは違うということか」


(それよりもボクとしては、シローが人に向けて刃を向けることに躊躇していないことが気になったけどね。ボクの世界でも魔物に刃を向けることができても、人に対しては躊躇ってしまう者もいる。どちらかというとシローもそのタイプだと思っていたけど……この前のテロリスト共との戦いのお蔭かもな。禍い転じて福と為すってやつか)


 くそ、いくら先の手を読んでも受け止められてしまう。

 これだけ集中してもまだ足りないっていうのかよ。なにがダメなんだ、これ以上出せるものなんて何もないぞ。


「おまえさん、見てる相手はおれだけでいいのかい?」


「――えっ?」


 突然信楽さんから言葉をかけられ、足が止まってしまう。

 いきなり何を言い出すんだこの人。見る相手は相手だけでいいのかって、戦う上でそれが当たり前じゃないのか? 逆に何を見ればいいんだよ。

 その問いに返せず戸惑っていると、信楽さんは真剣な表情で口を開く。


「戦う上で相手を見るのは当たり前のことだ。だがよ、その次に見なきゃいけねぇのは“自分”じゃねぇのかい。そんで自分の中ってのには、おまえさんが今持ってる武器それも入ってるんだぜ」


「見るのは自分、その中には武器これが入っている……」


「武器はどこまでいっても道具だが、てめぇの命を預けるもんには違ぇねえ。ようは相棒ってことよ」


「相……棒……」


 そう言われて、握っている剣をじっと見つめる。

 鈍く光っている鉄の剣は、そこかしこに小さな傷があった。手汗のせいか、柄が若干黒ずんでいる気がする。

 今まで一度も気にしたことがなかったけど、この剣ってこんな形をしているんだな。


「信楽さん、どうやらシロー君を少し気に入ったようだね」


「えっ、どういうことですか?」


「あの人の無天一心流はね、武器と心を一つにするというものなんだ。言葉で表すなら一心同体とか、人馬一体みたいな感じかな。あの人が言っている境地は、人と武器の境界線を取っ払って、己の一部として考えろってことなんだよ」


「なんかカッコいいね。でも、それが何で許斐君を気に入ったことになるんだい?」


「信楽さんは自分から誰かに教えるタイプの人間ではないからね。弟子にだって興味を示さないようだよ。そんな彼が、珍しいことに会ったばかりのシロー君に助言を与えているんだ。これで気に入ってないという方が嘘だよね」


 俺は今まで、この剣をただの武器として扱ってきた。

 でもそれじゃダメなのか? 武器はどこまでいっても武器なんじゃないのか?

 信楽さんの言わんとすることは分からなくないけど、だからと言ってどうすればいのかは皆目見当もつかない。

 剣が喋ってくれるわけでもないしな。


(でも、少しだけなら理解できた)


 剣は武器でもあるけど、使い手としての“俺”でもある。

 この剣も、俺の一部に過ぎないってことだよな。

 柄をぎゅっと握り、腰を低く構える。そんな俺に対し、信楽さんも腰を低くして居合の構えを取った。

 なんとなく感じる、次が最後の攻防だ。


「こい小僧、お前とそいつのこころをおれに見せてみろ」

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