第128話 クリエイターズ



「俺たちに会わせたい人って、どんな人なんですか?」


 突然やってきた御門さんが、俺たちに会わせたい人がいると言ってきた。

 片付けも終わって、この後特に用がなかった俺たちは彼女についていく事にする。


 ダンジョンに住む程の変わり者である御門さんが変わり者って言うぐらいだから、凄い変わり者だとは思う。だから会って驚かないように、事前に少しでも情報が欲しかった。

 森の中を歩きながら、彼女が会わせたいという人物が気になって聞いてみたのだ。


「会ってからのお楽しみ……って言いたいところだけど、少しぐらいはいいかな。名前は信楽しがらき 奉斎ほうさい、定年を越えたお爺ちゃんで、職業ジョブが鍛冶師なんだ」

「定年で、鍛冶師……」


 定年ってことは、六十五歳以上の人ってことだよな。その歳で冒険者であることも驚きだけど、鍛冶師というのも気になる。鍛冶師って、御門さんの薬剤師と同じで生産職だよな。という事は、武器を作ったりしている人なのだろうか。

 俺が考えていると、灯里が御門さんに質問する。


「信楽さんとはどんな関係なんですか?」


「彼は僕のパーティーに所属しているんだ」


「えっ、御門さんって自分のパーティーがあるんですか!?」


「そういえば言ってなかったね。『クリエイターズ』といって、全員が生産職で構成されたパーティーなんだよ。僕は薬剤師で、信楽さんは鍛冶師。他にも装飾師と錬金術師がいるよ。因みに全員レベル70以上の上級冒険者ゴールドだからね」


「ええ……」


 彼女の話にドン引きしてしまう。生産職だけのパーティーというのも珍しいのに、全員が上級冒険者ってどういうことだよ。っていうか、よく戦闘向きではない生産職だけのパーティーでそこまで強くなれるよな。


 俺たちの反応が面白いのか、御門さんは楽しそうに話を続ける。

 クリエイターズはメンバー全員がダンジョンが解放されてからすぐ冒険者になった古参ばかりで、彼女が勧誘したらしい。なのでリーダーは御門さんになっている。本人曰く名ばかりのリーダーだよと言っているけど。


 全員攻略はそれほど興味はなく生産だけを目的としていたのだが、満足いく作品を創るにはレベルを上げてジョブを取得することやモンスターに邪魔されないようにする事と、二十二階層のようなセーフティーエリアを目指そうと御門さんに説得されたため、パーティーに入ったらしい。


 どうやら御門さんは、ダンジョンが現れた当初からセーフティーエリアのような場所がダンジョンに存在していると予測していたらしい。凄えなこの人。


 主な活動期間は一年ちょっとで、その間は狂ったように毎日ダンジョンに入ってレベル上げと階層を更新していたそうだ。最高到達階層は四十一階層で、その時点でレベルやジョブが満足いくまでに達したため、各々個人で活動するようになったんだとか。

 ただ、今でも誰かが誘えば集まって攻略や素材採取をすることもあるらしい。


 そして重要なのはクリエイターズはギルドと契約を結んでおり、ジョブで作った品をギルドに卸しているんだそうだ。

 モンスターからドロップしにくい上級回復薬ハイポーションや強い武器は、御門さんたちが作ったものらしい。そう聞くと、冒険者にとってクリエイターズは有難い存在に思える。

 彼女たちの作品が、俺たちの攻略に役立っているんだからね。


 一通り話を聞いた後、楓さんが疑問気に尋ねる。


「それで御門さんは、どうして私たちに信楽さんを紹介してくれるのですか?」


「理由は二つある。一つは、君たちの武器や防具がまだ初級レベルなのが可哀想だからだ。五十嵐君を除いた四人は初級の武器だろう?」


「そうですね」


 御門さんの問いに、俺は首を縦に振る。

 異常種のゴブリンキングを倒した後に購入して以来、俺たちは武器や防具を更新していない。俺の武器はまだ鋼鉄シリーズで、防具もウルフ一式。灯里も武器防具をスカイバード一式から変えていない。


 武器や防具をより良い物にしないのは色々理由がある。

 一つは単純に高くて買い辛いからだ。鋼鉄シリーズより上位の武器は一つ何十万円もする。その上で、性能は僅かしか上がっていないのだ。それなら我慢してお金を貯めて、もっと良い武器を買った方が将来的にもお得だった。


 もう一つは初めの方に楓さんから言われたのだが、最初の内は強い武器に頼らない方がいいとのこと。武器の性能に頼ってしまうとプレイヤースキルが上がらない。特に俺と灯里は他の新米冒険者と比べて攻略速度が尋常じゃないほど速いため、プレイヤースキルが適正階層に追いついていかない恐れがあった。


 正直言えば、俺と灯里は楓さんと島田さんがパーティーに入ってくれたからこんなに早く階層を更新できたんだ。俗に言うパワーレベリングと一緒である。途中からメムメムも加入したしな。

 だけどなるべく早く強くなりたい俺たちは、せめてプレイヤースキルを疎かにしないように武器の強さを上げてこなかった。


 俺としては鋼鉄シリーズは頑丈で壊れにくく、すでに手に馴染んでいるから買い替える必要を感じていなかった。バックラーは二度ほどダメになってしまい買い替えているが、剣は買った時からずっと同じものを使い続けている。剣に関しては愛着すら湧いているしな。


「だから信楽さんに作ってもらおうと思ったんだよ。君たちもどうせならオーダーメイドの武器が欲しいだろう?」


「まぁ、はい。でもそれって、凄く高いんじゃないんですか?」


 恐る恐る尋ねると、御門さんは「そりゃ高いよ」と言って、


「大体一つ数百万ぐらいするだろうね。でも安心してくれ、そこは僕から紹介という事で安くしてもらうよう頼むからさ」


「一つ気になるのですが、何故貴女がそこまでしてくれるのでしょうか。一度会った士郎さんはともかく、私たちは会ったばかりの他人なのですが……」


 ズバリと楓さんが疑問をぶつけると、彼女は口角を上げて愉しそうにこう告げる。


「それが二つ目の理由になるんだけどね、僕は個人的に君たちのファンであり、応援しているからだよ」



 ◇◆◇



「見えたよ」


「こんな所にログハウスがある……」


 森の中を歩き進んでいくと、視界が開けた場所に辿り着く。なんとそこには、一階建てのログハウスがあった。


 おいおいマジかよ……何でダンジョンの中にログハウスがあるんだ。まさかこれ、信楽さんが建てたっていうのか?

 御門さんの秘密基地の時もぶったまげたけど、古参の冒険者はやることが凄まじいな。


 驚いているのは俺だけではなく、皆もログハウスを一瞥し放心している。そんな俺たちを置き去りにして、御門さんが入口の方に向かって行ってしまった。


「おーい信楽さ~ん、遊びに来てやったぜ~」


 あ~そ~ぼ~と家に向かって友達を誘う子供のように御門さんが言うと、木造の扉がきぃぃと開き、中から小柄な老人が出てくる。


「おまえぁいつも突然なんだよ。来る時は前々から言っとけって言ってるだろーが」


「してるけど、信楽さんケータイ見ないじゃないか」


「電話で寄越せや」


(あの人が信楽さんか……)


 御門さんと親し気に話す老人。白髪の短髪で、長めの顎髭が印象的だ。背丈は小さく甚兵衛を着ている。御門さんが言っていた先入観もあるけど、なんとなく昭和の頑固爺といった風貌だ。

 確かに見た目からは鍛冶師っぽい感じが漂っているな。

 信楽さんと話している御門さんが、俺たちを紹介してくれる。


「彼からシロー君、星野君、五十嵐君、島田君、メムメム君だ」


「「よろしくお願いします」」


 全員で挨拶をすると、信楽さんはガシガシと頭を掻きながら、


「信楽奉斎だ。悪ぃけど、おれぁ人の名前を覚えんのが苦手なんだ。んで、おれに武器を作って欲しいんだって?」


「はい。信楽さんにお願いできればと」


「悪ぃけどな、おれぁ誰彼構わず武器を作ったりしねぇんだ。例え御門のお願いだとしてもな」


 ええ……。ちょっと御門さん、話が違うじゃないか。

 折角ここまで来たのに門前払いですか……という視線を彼女に送ると、御門さんはニヤニヤしながら信楽さんに話をする。


「そう言わないでくれよ。断るのは彼らの武器を見てからでもいいんじゃないかい?」


「ちっ、面倒臭ぇな。おい小僧、てめえの武器を見せてみろ」


「は、はい」


 突然そう言われたので、俺は収納空間から剣を取り出して信楽さんに渡す。受け取った彼は剣をマジマジと見つめながら、目を見開いた。


(おまえさん、まだこの小僧と一緒に戦いたいのか……)


「御門さん、信楽さんは何をしてるんですか? 剣を見たまま固まってますけど」


 俺の剣を持ったまま微動だにしない信楽さんを怪訝に思って尋ねると、「あれはね」と説明してくれる。


 どうやら信楽さんは鍛冶師のスキルにより、武器の“声”を聴けるらしい。だが、全ての武器の声を聴ける訳ではないみたいだ。んな馬鹿なと思うかもしれないが、真剣な表情で剣を見つめる信楽さんの様子を見るに本当のことなんだろう。


 という事は、信楽さんは今俺の剣と対話しているのか。

 一体どんな話をしているのだろうか。剣は俺のことをどう思っているのだろうか。なんだか無性に気になってくるな。


 すると、ずっと黙っていた信楽さんが俺に剣を返してきて、


「気が変わった。おまえの武器を作ってやる」


「えっ、いいんですか!?」


 やった!! なんで急に気が変わったのかは分からないけど、凄く有難い。

 内心で喜んでいる俺に、信楽さんが重たい声音でこう言ってくる。


「ああ。だがその前に、おまえの実力を知っておく必要がある。表ぇ出ろ、おれが相手してやる」


「えっ」


 相手をしてやるってどういう意味だ……?

 まさか今から戦うとかじゃないよな?

 呆然としていると御門さんが俺の肩をポンと叩き、家の中から刀を取ってきた信楽さんに顔を向けながらこう言ってきた。


「面白そうだから先に言っておくよシロー君。信楽奉斎は、僕の知る中でソロの強さは日本の中で五本の指に入るよ。まぁ、頑張りまたえ」


「……え?」

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