第127話 御門亜里沙
「許斐君、許斐君」
「んん……」
「ほら起きて、朝ご飯できてるよ」
「……おはようございます」
肩を揺らされ、島田さんに起こされる。
あれ、何で島田さんがいるんだろう。そっか……そういえば俺、ダンジョンの中に泊まったんだっけ。すっかり忘れていた。
目を擦りながら起き上がり、テントの外に出る。生暖かい風と眩しい朝日を浴びながら、「ん~~」と大きく身体を伸ばした。
「あっ、士郎さんおはよう」
「おはようございます」
レジャーシートに座っている灯里と楓さんに、おはようと返す。二人ともラフな私服に着替えており、朝ご飯を作っているようだった。ガスコンロの上にフライパンがあり、ジュージューとハムを焼いている。良い匂いが鼻腔をくすぐり、段々と意識が覚醒していく。
「許斐君もコーヒー飲むかい?」
「はい、ありがとうございます」
「もうすぐできるから待ってて。楓さん、メムメム起こしてくるからこっちよろしくね」
「了解です」
そう言って、灯里は女性陣のテントに向かう。
俺は島田さんからコーヒーカップを受け取り、ずずっと啜った。
美味い……豆を挽いているだけあって、インスタントでは味わえないコクがある。島田さん凄いよね、キャンプ用に手動のコーヒーミルまで持ってるんだもん。
俺も買おうかな……コーヒーミル。なんか持ってるとデキる男な気がするし。
「ふぁ~ぁ、まだ寝かせておくれよ~」
「だめ、朝ご飯はみんなで食べなきゃ」
瞼が完全に閉じているメムメムの手を引いて灯里が戻ってくる。
メムメムは俺と一緒で朝が弱いんだよな。低血圧なのだろうか。そもそもエルフに低血圧ってあるのか?
「士郎さん、島田さん、どうぞ」
「「ありがとう」」
楓さんから皿を受け取る。皿の上にはパンがあり、パンの上には焼いてあるハムと目玉焼きが乗っかっている。空から女の子が落ちてくるジ○リ映画に出てくる料理を思い出してしまうな。とても美味しそうだ。
口を大きく開けて、はむっと一口。パンと目玉焼きの甘さに、胡椒が効いたハムの味が調和されて抜群に美味い。よく味わってから、むしゃむしゃと食べていく。
「いや~美味しいねぇ。ダンジョンの朝日を眺めながら食べる朝ごはんは格別だよ」
海を見つつ、島田さんが感慨深そうに話す。
全くもって同意だ。澄み渡る空と、朝日が反射してキラキラ輝く海を視界に入れながら朝ご飯を食べられるなんて贅沢にもほどがある。
それに加え、仲間のみんなと一緒に食べるというのが一番の隠し味になっていた。
「今日はどうしようか」
朝食を食べ終わり、ゆったりとした時間を過ごしている中、俺がそう聞くと楓さんが発言する。
「とくにやりたい事がなければ、午前中は各自好きなことをしてもいいのではないでしょうか」
「そうだね~、昨日散々遊び倒したから午前くらいはゆっくりしてもいいかもね」
「よし、じゃあそうしようか」
「お昼前に片付けを始めて、予定通り早めに帰還しましょう」
という事で、各自好きな時間を過ごすことになった。
メムメムはタブレットで漫画を、楓さんは読書を、島田さんは森を探検に、俺は灯里に付き添って砂浜を走ったり海を歩いたりと軽い運動を行う。
途中、冷たくて甘い物が食べたくなり、班目さんの海の家に行ってかき氷を頼む。
俺はブルーハワイ味で、灯里がいちご味だ。一口交換したり、ベロに色がついているね~と話していると、班目さんから「なんだお前ぇらデキてんのか。店の前でイチャイチャしてんじゃねーよこんちくしょー」とからかわれてしまった。
イチャついているつもりはなかったが、傍から見たらそう見えてしまうのか。
そういえば今、ダンジョンの中にいるんだよな。モンスターがいないからすっかり忘れてたよ。それに今もライブで配信されてるんだよな。これを見てる灯里のファンたちが怒ってるかもしれない。
うん……ちょっと気をつけよう。
十一時頃、テントや料理道具を皆で片付ける。
三十分ぐらいで終え、お昼はどうしようかと話し合っていたところに、一人の女性が声をかけてきた。
「なんだい、折角会いに来たのにもう帰ってしまうのかい」
「貴女は……御門さん?」
「やぁシロー君、覚えていてくれて嬉しいよ。他の皆さんは初めましてだね。僕は御門亜里沙、よろしく頼むよ」
俺たちに声をかけてきた女性は御門亜里沙さんだった。
黄緑色の長髪に、綺麗な顔立ち。海には場違い感がある厚いローブを羽織っている。
御門さんとは一度会ったことがある。
ダンジョンを探索中に宝箱の罠転移に引っかかってしまい、十九階層に飛ばされモンスターに殺されそうな所を、偶然通りかかった日本最強のソロ冒険者である神木刹那に助けてもらった。刹那についていったら突然壁の中に入っていき、洞窟の先にはドアがあり、中から御門さんが出てきたのだ。
御門さんはダンジョンに住んでいる変わった冒険者である。まぁ、70レベルもある凄腕の冒険者でもあるんだけど。
帰る時にいくつかポーションをくれたんだよな。
懐かしいな~と思っていると、灯里と楓さんが真剣な表情で御門さんに挨拶をする。
「星野灯里です。士郎さんを助けてくれてありがとうございました」
「五十嵐楓です。ポーションも頂きました。ありがとうございました」
「よしてくれよ、シロー君を助けたのは刹那であって僕はなんにもしてないんだからさ」
手を振って謙遜する御門さんは島田さんとも挨拶し、最後にメムメムの顔をじ~と見つめる。
「それで君がかのメムメム氏か。う~ん、本当に耳が長いんだね。ちょっと触ってもいいかい」
「なんかやだ」
うぇ~と汚物を見るかのような態度で身体を逸らすメムメム。彼女が初対面の相手をあからさまに苦手な態度を取るのは珍しいな。キャラ的には御門さんと同じで気が合うと思ったんだけど。
どうしたんだ? と小声で聞くと、メムメムは苦虫を噛み潰したような表情で説明する。
「ミカドは僕と同類の臭いがするんだよね。ボクは観察するのは好きだけど、観察されるのは嫌いなんだ」
「同族嫌悪みたいな感じってことか?」
「そんな感じ」
へ~、メムメムにも苦手なタイプの人もいるんだな。確かに御門さんとメムメムって雰囲気が似ている気がする。一人称も“僕”だし。
メムメムの冷たい反応に、御門さんは「それは残念だ」と肩を竦める。そんな彼女に、俺は気になっていたことを問いかけた。
「そういえば御門さんはどうしてこの階層に来たんですか? 何か用事でも?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれたよシロー君。昨日たまたま君たちのダンジョンライブを見ていてね、二十二階層に来ているみたいだから、久しぶりに会いたいと思ったんだ。ここなら気軽に会えると思ってね」
「はぁ、それはどうも……」
わざわざ会いに来てくれたのか。それはそれで嬉しいなぁと思っていると、背中に視線が突き刺さってくる。
そんな俺たち三人の反応が楽しいのか、御門さんは「くっく」と悪戯が成功したように笑って、
「冗談はこのくらいにして、実はシロー君たちに会わせたい人がいるんだよ」
「会わせたい人……ですか?」
「ああ。僕と同じ、ダンジョンで趣味を満喫している変わり者さ」
そう言って、御門さんはにやりと口角を上げたのだった。
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