第126話 ダンジョンの夜

 

「ん~遊んだなぁ」


 両手をぐ~と伸ばす。

 こんなに遊んだのはいつ以来だろうか。ステータス補正のお蔭で体力的には疲れてはいないが、精神的にかなり疲労している。ただ、いつもとは違って気持ちの良い疲労だ。


 空は夕焼けに染まり、太陽が水平線に沈む間近で、幻想的な風景を生み出していた。

 いつもならとっくに帰還用の自動ドアを探し終え、現実世界に帰還していることだろう。

 だが今日は帰ろうとはせず、その場に留まり続けていた。


 そう――今日俺たちは、初めてダンジョンの中で夜を過ごすのだ。


「よし、そろそろ夕飯の支度をしよっか!」


 元気良くそう告げる灯里は、収納空間からリュックを取り出す。

 俺や皆も収納空間から大きな荷物を取り出し、中から道具をぽんぽんと並べる。

 何故今日は沢山の荷物を持ってきたのかというと、ダンジョンの中でお泊りするからだった。


「じゃあまずは、食事場を作っちゃおうか」


「はい」


 島田さんと一緒にバーベキューセットを組み立てる。

 俺はこういったことをやったことがないから手間取ってしまったが、島田さんが代わりにテキパキと行う。島田さん曰く、学生時代はソロキャンプを少々嗜んでいたらしい。一人でキャンプとかする人って、なんか渋くて格好良いよね。

 彼の指示に従いながら、ようやっと組み立て終える。


「料理は私たちに任せて!」


「頑張ります」


 料理担当は灯里と楓さんだ。

 まぁバーベキューだからそれ程凝ったものは作らず、食材を切り分ける程度だろう。でも灯里のことだから何か美味しいものを作りそうだけどね。

 因みにメムメムは「ボクは疲れたから休むよ」とシートの上でタブレットを弄っている。どうせネットサーフィンか漫画を読んでいるんだろう。


「こんな感じでいいですか?」


「うん、いい感じだよ」


 女性陣が料理をしている間、男性陣は今度は夜を明かすためのテントを張る。

 男性陣と女性陣と合わせて二つだ。思っていたより複雑ではなかったけど、かなりの力仕事だった。ステータス補正がなかったら苦労していただろう。島田さん曰く、慣れてくればそこまで疲れないらしい。


「完成!」


「うん、数年ぶりだけど上手くできて良かった」


「こっちも準備万端だよ」


「食べましょう」


「おっ、やっとできたのかい? お腹が空いてしょうがなかったんだよ」


 テントを張り終える頃と同じく、灯里たちも仕度を終えたようだ。良い匂いを嗅ぎ付けて、メムメムが涎を垂らしながらやってくる。お前は子供かと、胸中で愚痴を吐いてしまった。


「はい士郎さん」


「ありがとう。おぉ美味そうだ」


 灯里から串焼きを渡される。串焼きには厚切りの肉と玉ねぎにピーマンが刺さっている。こういうの店以外では食べたことなかったんだよな。両親とバーベキューなんてしたことなかったし。


 口を大きく開けて熱々の肉にかぶりつく。肉汁が溢れ、炭と肉の風味が合わさって最高に美味しい。玉ねぎやピーマンも炭の香りがしつつも甘く、シャキシャキとして上手い。

 タレにつけても上手い。

 それだけではなく、ソーセージや野菜、帆立をどんどん焼いていく。


「ウマウマ」


「いや~、やっぱり炭で焼くお肉は美味しいねぇ」


「お酒が飲みたくなる美味しさですね。ということで、飲みましょう」


 皆もお肉に大満足みたいだ。

 料理中、不意に楓さんが収納空間からお酒を取り出し、コップに注いでいく。流石楓さん、抜かりないなぁ。


「皆さんもどうですか?」


「いただこう」


「僕も貰おうかな」


「俺は遠慮しておくよ」


 楓さんがお酒を進めてきて、島田さんとメムメムが貰い受ける。俺も飲みたい気持ちはあったが、すぐ酔ってしまうので今回は遠慮しておいた。折角の楽しい時間をしっかりと味わいたかったんだ。


「か~~、最高ですね!!」


「外で飲むお酒は一味違うね」


「う~ん……ビールとやらは口に合わないなぁ」


 料理と酒を肴に、俺たちは色々なことを話す。

 ゲームや運動などの趣味や、昔流行った話など。世代が若干離れているため、ジェネレーションギャップが多くて面白かった。

 そんな他愛ない談笑を繰り返していると、灯里が不意にこう言ってくる。


「私、ちょっとその辺を歩いてくるね」


「じゃあ俺も行くよ」


「えっいいよ。士郎さんはゆっくりしてて」


 そんな訳にはいかないだろう。

 灯里を一人にしておくことなんてできない。だから俺は適当な理由を告げるのだ。


「俺も丁度歩きたいと思ったんだ」


 そう言うと、灯里は小さく頷いた。


「じゃあ、お願い」



 ◇◆◇



「「…………」」


 俺たちは波打ち際を静かに歩く。

 さぁ……さぁ……と波の音だけが鼓膜に響く。お互い言葉はないけれど、この時間が心地良く感じられた。


(綺麗だな……)


 ふと横目で、隣を歩く灯里を一瞥する。

 パーカーを羽織った灯里は、いつにも増して色気があった。昼は天真爛漫で可愛かったけど、夜空の下の彼女は妖艶な雰囲気がある。

 つい見惚れてしまっていると、不意に灯里が俺を見上げながら唇を開いた。


「ごめんね」


「えっ……何が?」


「一人で歩くって言ったら、きっと士郎さんはついて来てくれると思ったんだ。少しだけでいいから、士郎さんと二人の時間が欲しかったんだ」


「なんだ、急に謝られたからびっくりしたよ。俺も灯里とゆっくり話したかったし」


 それは紛れもない本音だ。

 皆でわいわいするのも楽しいけど、灯里と静かな時間を過ごしたいと思っていた。

 瞳が交差する。

 彼女は俺の瞳を真っすぐ見つめながら、


「今日さ、イベントを企画してくれたのって私のためでしょ?」


 おぉ……バレてる。


「……当てられると恥ずかしいな。なんでわかったんだ?」


「分かるよ。だって士郎さん、そういうキャラじゃないもん」


「ぐっ」


 確かに……元々俺は自発的に何かをするタイプではない。

 学生時代でも、体育際や文化祭のようなイベントは全てやらされていた方だ。まぁ、社会人になってもそれは変わりないけど。


 ただ、今回は灯里に少しでもいいから元気になってもらいたくて、皆に相談してダンジョン一泊イベントを計画した。あの事件の後でも彼女は平気な様子だが、恐い体験をしたのは事実だ。それを忘れさせることはできないけど、楽しい時間を過ごすことで上書きして欲しかった。


「ありがと、士郎さん。すっごく楽しいよ」


「ああ、それなら良かったよ」


 灯里が楽しんでくれて、心の中で安堵の息を吐く。

 ただ、俺がこのイベントを企画したのはそれだけじゃないんだ。


「灯里のこともあるけど、それだけじゃないんだ。上を見てみてよ」


「上?」


 灯里と一緒に、夜空を見上げる。

 そこには煌々と輝く星々と、淡く光を照らす三日月が浮かんでいた。


「うわぁ……綺麗」


「だよね。俺さ、ダンジョンの夜空を見るのがちょっとした夢だったんだ」


「そうなの?」


 首を傾げる灯里に、「ああ」と頷く。


「ダンジョンライブを見ていた時からずっと、この夜空を自分の目で見たかった。画面上でも綺麗で美しかったんだけど、自分の目で見たらどれだけ凄いんだろうって」


 灯里と一緒に冒険者になる前。

 ダンジョンライブを視聴していた時から、俺はダンジョンの夜空に心を奪われていた。一度だけでいいから、この夜空を直接見てみたいと願っていたんだ。

 そしてその小さな夢は、たった今成し遂げられた。


「ありがとう。灯里が言ってくれなかったら、俺はこの光景を見ることはなかった」


「……ううん、お礼を言いたいのは私だよ。士郎さん、私に協力してくれてありがとう」


「……なんか恥ずかしくなってきた。戻ろうか」


「うん」


 俺たちは踵を返し、足跡を辿るように戻る。

 どちらからかわからないけど、優しく手を繋いだ俺たちを、夜空が静かに見守ってくれているような気がしたのだった。



 ◇◆◇



「許斐君、起きてるかい?」


「はい、起きてますよ」


 深夜。

 男性用のテントの中、寝袋に入っている俺が中々寝付けないでいると、隣にいる島田さんに話しかけられる。

 さっきまで寝ていたように気がするのだが、起きてしまったのだろうか。


「今日は楽しかったね。僕も久しぶりに遊んだよ」


「はい、凄く楽しかったです」


「そっか、それなら良かったよ。許斐君、ちょっと無理しているような気がしたからさ」


「えっ……」


 島田さんの言葉に不意を突かれ、言葉を失う。

 無理をしていた……俺が?

 自分では分からないので、尋ねてみる。


「そう見えましたか?」


「ちょっとだけね。でも僕にも感じたんだ、きっと彼女たちも気付いているはずさ」


「そう……ですか」


「きっとあの事件のことだろうとは思うけどね。無意識だと思うけど、気を張っているんだよ」


 そう……なのか。

 確かに俺は、あの事件があってから灯里を過剰に気にしたり、もう絶対にあんなことはさせないと気を張っていたのかもしれない。でもそうしなければダメじゃないか。もう二度と、灯里をあんな恐い目に合わせてはならないんだから。


 無言でいると、島田さんは続けて、


「勿論それが悪いわけじゃないんだ。時代遅れかもしれないけど、男なら守るべき人がいるなら絶対に守らなきゃって思うしね。それが僕にとっての紗季ちゃんだ。けどね、君は一人じゃないんだ」


「一人じゃ……ない」


「そうさ。五十嵐君もいる、メムメム君もいる、合馬大臣だっている。ほら、頼りになりそうな人は沢山いるだろ? まぁ、僕は頼りないかもしれないけどさ」


「そんなことないです」


「ははは、なんか言わせちゃったみたいだ。でもね、僕は許斐君より少し大人で、君の仲間だ。相談してくれれば話を聞くし、助けて欲しいと言われたら助ける。君が僕を助けてくれたようにね。別に無理して助けてって言うことはないんだ」


 彼は「ただ……」とさらに続けて、


「“いつでも助けてくれる仲間がいる”、それを知っておいて欲しいんだよ。それだけで、心の持ちようは大分違ってくるんじゃないかな」


「そう……ですね、少し気が楽になりました」


 俺は多分、自分一人で灯里を守ろうとしていたのかもしれない。

 そんなこと出来るはずもないのに。けど、そうしようという気持ちはあっていいんだ。

 ただ、視野を狭めるのはよくなかった。島田さんの言うように、誰かに頼ったっていいんだ。


「柄にもないこと言ったら恥ずかしくなっちゃったよ。さぁ、もう寝ようか」


「はい」


 島田さん、ありがとうございます。

 貴方の言葉で、なんだか少しだけ、肩の荷が下りた気がしました。

 やっぱり頼れる大人は違うな。普段はちょっと頼りない感じなのに、こういう時にかっこいいこと言うんだからズルいって。


 俺も、島田さんのようなかっこいいことを言えるようになれるだろうか。

 そうなりたいと願いながら、俺の意識はまどろんでいくのだった。

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