第125話 ナンパ
「あ~美味かったぁ」
大盛の焼きそばを食べ終えた俺は、満足気にお腹を摩る。
味が普通に美味しかったってのもあるけど、海の家で食べることで旨さが増している気がするんだよな。
あれだ、夏祭りとかで食べる焼きそばやカステラが異様に美味しい現象と似ている。いつもと違う特別な場の雰囲気も合わさって凄く美味しく感じられるんだ。
「最初は多いかと思いましたが、意外といけました」
「ねっ! ぺろりといっちゃったよ!」
灯里と楓さんもご満悦みたいだ。
出来上がりの料理を見た時は、その量に「これ食べきれるかな……」と心配したもんだが、食べ進めてみるとしっかり完食してしまったんだよな。値段は高いけど、味も量も申し分なく満足できた。
少し休憩した後、班目さんに言って更衣室を借りる。収納からリュックを取り出し、海水パンツに着替えた。
島田さんと一緒に一足先に出て待っていると、水着に着替えた女子チームがやってくる。
「お、おぉ~」
「眼福だねぇ」
女子の水着姿を目にした俺と島田さんは、感嘆の息を零す。
三人とも――若干一名は違和感があるが――天女かと思うほど可愛い。
「そんなにジロジロ見ないで下さい……」
「ご、ごめん……つい」
恥ずかしそうに身体を抑える楓さんは黒いビキニを着ていた。
腰がキュッと締まり足もスラッと長く、スタイルの良い彼女には抜群に似合っている。『美』という文字が体現されているかのようだった。
そんなクールな楓さんが恥じらっているのも、ギャップがあってグッとくるものがある。
「どうかな……似合うかな」
「うん、凄く似合ってるよ」
照れながら聞いてくる灯里は桃色のビキニを着ている。
淡く明るい色が灯里に似合っていて可愛いのだが、それよりも目が奪われてしまうのは豊満に実った果実だった。
デカい……本当にデカい。彼女の胸が巨乳なのは前々から周知の事実だが、改めて水着に覆われた姿を見ると驚愕してしまう。触ってもないのに柔らかそうだなと、視覚から触覚まで想像できてしまう。
ぶっちゃけてしまうと、エロい。ゴクリと唾を飲んでしまうほどエロイ。
しかし灯里の幼い顔と雰囲気により、清楚とエロというアンバランスが絶妙に保たれているのだ。そのお蔭で、エロよりも可愛いが勝っている。
もしかしたら俺は今、奇跡を目にしているかもしれなかった。
「どうだいシロー? ネットで買ってみたんだが、中々なもんだろ。すまないが、ボクに惚れないでくれよ」
「……」
自身満々に“無い”胸を張るメムメムは、何をどう思ったのか紺色のスクール水着を着ていた。
何故スク水なんだ? しかも胸の白い部分に『めむめむ』って書いてあるし。それは狙ってやったのか? だとしたらあざと過ぎだろ。
けどムカつくことに、幼女体型のメムメムにスク水はめちゃくちゃ似合っている。ただ如何せん、外国風の顔立ちに銀髪ということからポ○ノ感が否めなかった。
まぁ……普通に可愛いんだけどね。ちょっと絵面が危ないよね。
何はともあれ、灯里も楓さんもメムメムも非常に素敵な水着姿だ。
もう既に目の保養は完了されてしまっている。今すぐ帰ってもいいくらいだ。そんな訳にはいかないけど。
「じゃあ、パーっと遊びますか!」
「「おおー!」」
それから俺たちは、海の遊びを満喫する。
透き通る海の中をゆっくり泳いだり、持ってきた浮き輪でのんびり漂ったり、ビーチボールで遊んだり、メムメムを砂浜に埋めたり、楽しい時間を過ごす。
こんなにはしゃいだのは中学生の時以来だろう。あの時と違うのは、灯里や楓さんといった素敵な女性がいることだろうか。燦然と輝く太陽に負けないぐらい明るい彼女たちの笑顔を拝めるだけで、どうしようもなく心が弾むんだ。
もし高校生や大学生の頃の俺が今の光景を見たら、きっと「リア充爆ぜろ(かなり死語)」など、憎しみが籠った眼差しを送っていたんだろう。
楽しそうにしている姿を、嫌悪しながらも羨ましいなと嫉妬していたんだ。自分も、あんな風に青春っぽいことをしたかったのだと。
それがまさか、この歳になって青春っぽいことをできるとは思いもしなかった。
本当に、人生何があるか分からないなと、しみじみと感じていたのだった。
◇◆◇
「すいません、疲れてしまったので休憩しますね」
慣れない遊びに疲労を感じた楓は、士郎たちにそう告げてレジャーシートに戻る。
楽しそうに水を掛け合っている士郎や灯里を眺めながら、ふぅとため息を吐いた。
「まさか私が、こんな陽キャみたいな遊びをするとは思わなかったな」
唇からぽつりと言葉が漏れる。
それは紛れもない本音だった。楓の人生は、いわゆる陰キャの部類であるだろう。趣味は読書とゲーム、それをしても叱られないように――叱られたことは一度もないが、自分で率先してやっている――良い点を取るための勉強。そのお蔭で、楓の成績は小中高と学年上位をキープしている。ただその代償に目が悪くなり、小学生の頃から眼鏡をかけているが。
両親はごく普通のサラリーマンと主婦だ。両親としては、何故普通の自分たちからこれほど優秀な娘が生まれたのだと不思議に思っているだろう。
彼女は人見知りという訳ではないが、自分から人付き合いをするタイプではなかった。
その理由は単純に面倒だからで、一人で読書したりゲームした方が圧倒的に楽しいからである。
ただ、楓は計算高いタイプでもある。面倒なことは避けるため、最低限の付き合いは行っていた。だから高校に上がった頃から何故か急にモテだしても、灯里のように周りから
周りが色恋や青春のワードを口にする中、楓はそれに対し一歩引いていた。
興味がなかったというのもあるが、意固地になっていた部分もある。
――誰か好きな人いないの?
――みんなと遊ばないの?
――きっと楽しいよ!
そう言われば言われるだけ、そんなことはないと壁を作ってしまうのだ。
私は貴女たちのように馬鹿ではない。ワイワイとこれ見よがしに、周りに見せつけるように騒いだはしない。
そういった嫌悪感を抱いていた。
「けど、士郎さんと……皆さんと会ってその考えは変わった」
士郎に恋心を抱いて、灯里や拓造やメムメムと会って、一緒にダンジョンで冒険して、皆で何かをすることが凄く楽しい。感じる世界が一変したのだ。
あの時、自分の周りで青春を謳歌していた彼等彼女たちは、きっとこんな想いを抱いていたのだろう。
今ならそれが、素直に実感できた。
「でも、いきなりはちょっと疲れちゃうな」
楽しいことには変わりない。
だが、今までそういった遊びに距離を置いていた楓としては、慣れないことをしても疲れてしまう。まぁ、時間はまだまだある。これから少しずつ慣れていけばいいだろう。士郎や灯里たちと一緒に。
楓がそう思っていたその時、不意に声をかけられる。
「あれお姉さん、今一人? だったら俺たちと遊ばない?」
「絶対楽しませるからさ!」
「……」
楽しい気分が一瞬で冷めるのが自分でも分かった。
声をかけてきたのは色黒で軽薄そうな二人の男。いかにも遊び慣れているといった風貌だ。
これはいわゆるナンパというやつだろう。まさか全世界に配信されているダンジョンの中でナンパする輩がいるとは露ほども思わなかった。この二人はそういったリスクに無頓着なのだろうか。
なにはともあれ、ここは穏便に断るのがいいだろう。
「申し訳ございませんがツレと一緒に来ていますので。他を当たって下さい」
「そんな冷たいこと言わずにさ~。お姉さんほったらかしてる奴らなんて気にすんなって~」
「お姉さんもそんなビキニ着てさ、ナンパ待ちだったんでしょ?」
(ちっ!)
心の中で盛大な舌打ちをつく。
確かに楓の着ているビキニは攻めている。そんな女性がぽつんと一人でいたらナンパ待ちと思われる可能性も無きにしも非ずかもしれない。だがこのビキニは士郎に見せるためであって、決してお前たちのようなヤリ○ンのためではない。
苛ついてしまった楓は、らしくもない反応をしてしまう。
「違います。貴方たちのように下品な人間と一緒にしないでください」
「あ~そういうこと言っちゃう? 傷ついたわ~俺の心がすっげ~傷ついたわ~」
「傷ついた心をお姉さんには癒してもらわないと」
「――っ!?」
そう言って、男の一人が楓の腕を掴んで強引に引っ張ろうとする。
ついにブチ切れた楓が振り払おうとする前に、その腕をさらに誰かがガッと掴んだ。
「彼女になんの用ですか?」
「士郎さん……」
男の腕を掴んだのは士郎だった。
突然横から現れた士郎に、男は怪訝な表情を浮かべる。
「あのさ、空気読んでよ。今俺たちがお姉さんと話しているんだからさ」
「彼女は俺の仲間です。これ以上なにか言う必要はあるか?」
「「――っ!?」」
士郎の発言に、二人の男が息を呑む。いや、男だけではなく楓もそうであった。
彼の言葉が、表情が、抜き身の刃の如く鋭く狂気を孕んでいる。有り体に言うと、
士郎から放たれる威嚇にビビった男は、楓の腕を離して冗談を言う。
「な、な~んだ、本当にツレがいたんだね」
「邪魔して悪かったよ。俺たちは撤退するからさ」
あははと誤魔化すように笑って、男たちは踵を返して撤退する。
距離が離れたところで、士郎が心配気に楓に尋ねた。
「楓さん、大丈夫だった?」
「はい、ただのナンパです。少ししつこかったですけど」
「やっぱりナンパだったんだ。凄いよなぁ、ダンジョンでナンパしちゃうんだ」
頭を掻きながらそう言う彼は、いつもの士郎だった。
失礼なのは承知の上で、士郎があのナンパ男に堂々と言えるとは思いもしなかった。士郎は良く言えば優しく、悪く言えば気が小さいといった印象である。
そんな彼が、苦手とする陽キャタイプのナンパ男二人に対して、おどおどせず言い放ったのは予想外であった。
その上、その時の士郎の横顔は、今まで見たこともないほど冷たい表情だった。まるで別人のような違和感を抱いてしまう。
(でも、やっぱり士郎さんは士郎さんですね)
しかし、士郎の根本は変わらない。新人歓迎会で自分を助けてくれた時みたいに、士郎はまた助けてくれた。それが何よりも嬉しい。しかも今度は、颯爽とかっこよく、頼り甲斐のある感じで。
まるで恋愛漫画のようなことを好きな人にしてもらったのだ。これでトキめかない女はいないだろう。それは楓も等しく、どうしようもなく身体が熱くなっていた。
「ありがとうございます。助けて頂いて」
「ううん、ていうか一人にしてごめんね。今日の楓さんは凄く綺麗だから、一人にしておくべきじゃなかった」
(こ、この人は……平気でそういうことをっっっ!!)
ズッキューンと、胸に矢が突き刺さった気がした。
狙ってやっているのだろうか。狙ってやってなかったとしたら尚更タチが悪い。
こんなの惚れるなという方が無理があるだろう。お前はラノベの主人公か。
そんな風に頭の中で愚痴っていると、士郎は慌てて、
「ご、ごめん、“今日の”ってのは失礼だった! 楓さんはいつも綺麗だよ!」
「も、もう勘弁してください……」
真っ赤な顔を隠すように、両手で覆う。
今なら分かる。あの時友人たちが幸せそうに好きな人のことを語っていた気持ちが、今の楓は痛いほど理解できるのであった。
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