第124話 セーフティーエリア
その後もモンスターと数回に渡って戦闘を行いながら探索を続けていると、正午になる前ぐらいにやっと自動ドアを見つけた。
「今回は見つけるのに時間がかかったね」
「いつもは探そうとしなくても見つかるんだけどね」
「いわゆる物欲センサーと似てますね」
「なんだいカエデ、その物欲センサーって」
「メムメムは知らなくていいよ」
知りたがりのメムメムに、先に釘を刺しておく。
物欲センサーを説明するにあたって、ガチャ――ソシャゲのことを説明しなければならない。もしメムメムがソシャゲの存在を知り、興味を抱いてしまったら、課金の沼に嵌ってしまう気がするのだ。
本人は「心外だな~ボクがお金をドブに捨てるような真似すると思うかい?」とも言いそうだし、「シ、シロ~、もう一回だけ、もう一回だけ頼むよ。次こそは当たる気がするんだ。魔術師の勘がそう言っているんだ」とキマってる顔で言ってきそうでもある。
どっちに転ぶかは分からないけど、メムメムは意外と嵌り易い性格だということが、この短い同居生活でなんとなく分かっている。
なのでなるべく、メムメムにはソシャゲに関する話題を避けたかった。既に知っているかもしれないけど。
「ほらメムメム、早く行こう」
「な~んかはぐらかされた気がするな~。まぁいいか、後で調べれば済む話だしね」
ジト目で見つめてくるメムメムは、へっへっへと悪い笑みを浮かべる。
そうか……今のメムメムには文明の利器があるんだった。まぁ彼女も見た目と違って大人だし、アホなことにはならないだろう。
そう願いつつ、二十二階層へ続く階段を上ったのだった。
◇◆◇
「ついに来た、二十二階層!!」
「やっぱり人が結構いますね」
「見て、お店も沢山あるよ!!」
「うわぁ~、サーフィンしてる人もいるよ」
「なんだいここは、やけに人がいるじゃないか」
二十二階層に転移し、テンションが上がる俺たち。
今日の最大の目的は、二十二階層に来ることだった。何故この階層を目的にしていたかというと、二十二階層は“モンスターが現れない”セーフティーエリアだからだ。
東京タワーダンジョンでは他に四十四階層もセーフティーエリアであることが分かっているが、そもそも四十四階層に辿り着いている冒険者は極僅かだし、南国ステージである二十二階層の方が圧倒的に人気だ。
ここに来たいが為に探索を頑張っている冒険者は少なくないだろう。
かく言う俺も、ダンジョンライブで見ていた時から、ずっと二十二階層に行ってみたいと切望していたのだ。
暖かい気温、透き通る海、白い砂浜、ハワイにも劣らない環境を、モンスターに邪魔されず思う存分堪能することができる。さらに言えば、ハワイよりも人の数が少ないため、広々とビーチを使うことができた。
海ではサーフィンを楽しんでいたり、大きな浮き輪でプカプカとのんびり浮いている人もいれば。
砂浜ではパラソルを刺し、椅子に寝転がりながらエレガントにジュースを飲んでいたり、砂浜にうつ伏せになって日光浴を楽しんでいる人もいれば。
どうやって建てたのか見当もつかないけど、海の家っぽいお店や出店を営業している人や、それを買って楽しんでいる人もいる。
サマービーチで見られる光景が、ダンジョンの中でも行われていた。
この光景を目にしてテンションが上がらない者はいないだろう。
俺も、年甲斐もなく胸が弾んでいるのが自分でも分かる。それは俺だけではなく、灯里たちもワクワクした表情を浮かべていた。
「一先ず着替えてから、お昼にしようか」
「そうですね。でもどこで着替えましょう」
俺の提案に楓さんが質問すると、島田さんがこう告げてくる。
「海の家で貸してくれるんじゃないかな。それがダメだったら林の中とかになっちゃうだろうけど」
「じゃあ海の家に行ってみようよ」
灯里の言葉に賛成した俺たちは、武器を収納に仕舞ってから海の家のようなお店に向かう。
木造の建物でそこそこ大きい海の家は壁がなくオープンになっていて、中はほとんどがテーブル席だ。お昼時だからか、ちらほらとお客もいる。
早速皆で向かうと、額にハチマキを巻いて、赤いビキニに腰から白いエプロン姿というエキセントリックな女性店員に出迎えられた。
「らっしゃい! 今は空いてるからお好きな席へどうぞ!!」
声もデカいなぁ。
「あの、ここって更衣室はありますか?」
「おうあるぜ。無料で使っていい代わりに、飯を頼んでもらうがな! おっと、更衣室を使うなら先に飯を食ってって貰うぜ。更衣室だけ使って飯を食わねーふて~奴もいるからな」
「分かりました。みんな、どうする?」
背後を振り返って聞くと、全員それで構わないそうだ。
ということで俺たちはぞろぞろと六人席に腰掛けると、先ほどの女性がお水を持ってきてメニュー表を渡してくる。
それを受け取り開いて見てみると、俺は目ん玉が飛び出るほど驚いた。
「高っか!?」
つい叫んでしまったが、それも無理もないって。
だってメニューに載っている料理が全部見たことない金額なのだ。
焼きそば1500円。
カレーライス1500円。
オムライス1500円。
しょうが焼き定食2000円。
ソフトドリンク各種700円。
ビール(生)1000円。
かき氷1000円。
海の家で割り高といっても、通常の値段より二倍以上高いぞ。
これ完全にぼったくりだろ……。
そう思ってしまったのは俺だけでなかったのか、皆も難しい顔を浮かべている。
「えぇ……」
「これは流石に……」
「高いよねぇ」
「これってあれだろ、ぼったくりってやつだろ?」
ちょっとメムメムさん、高いと口に出してしまった俺が言うのもなんだけど、ぼったくりって言っちゃダメだろ。心の中に仕舞っておいてくれ。
ドン引きしている俺たちの反応に、女性は面白そうに大声で笑う。
「かっかっか! 予想通りの反応過ぎるぜお前ら! つ~かよ、もしかして二十二階層は初めてか?」
「はい……あの~、なんでこんなに高いんですか?」
意外にも女性が親し気なので、勇気を出して問いかけてみる。
すると女性は、腕を組んで大きな胸を張った。
「そらお前、需要があるからだろーが」
「あるんですか?」
「あるさ。あったけぇ飯は食いてぇ、だからといってわざわざ素材を持ってくるのも、自分で作るのも面倒臭ぇ、だったらちょいと高くてもいいかって思っちまうのさ」
“ちょいと”ってレベルかなぁ。
「それに
なるほど、言われてみれば一理あるかもしれない。
二十二階層まで攻略している冒険者は、レベル的にも銀級以上だろう。そうなると大分稼いでいるし、懐もあったかいのか。
それに女性の言う通り料理を作るのも面倒なところはあるし、「海の家で食べる」という雰囲気も味わえるとしたら、この値段でも気にしないのかもしれないな。
「どうする? ここでなくてもいいが、他の店もどれも同じよーなもんだぜ」
「じゃ、じゃあここで食べます」
「かっかっか、そうこなくっちゃな。ん? 待てよ、お前ぇどっかで見たことある面してんな」
「むぎゅ」
突然女性が片手で俺の頬を掴み、顔を近づけてジロジロ見てくる。
ちょ、顔近くないですか?
ていうかこの人、よく見たら顔も結構綺麗だな。そんなことを思っていると、背中に二人分の冷たい視線が突き刺さる。
多分灯里と楓さんだろうけど、これ俺悪くないよね?
胸中で二人に謝っていると、女性は何かに気付いたように口を開く。
「思い出したぜ! お前テレビに出てた奴だろ! 確か名前はシローつったっけか。ってことはそっちのチビがメムメムって奴か!!」
メムメムだけでなく、当然ながら俺の名前と顔も多くの人に知られているんだよな。
認識阻害をかけてくれているお蔭で一般人から「あれ、あの人テレビに出てた人じゃない?」というイベントがないから余り実感が沸いてなかったけど、知ってる人は知ってるんだよな。
「かっかっか、それならそうと早く言えよ。なら今日のところはサービスで半額にしといてやるぜ」
「え、いいんですか?」
「おうよ。ここも初めてってことだからな」
それは有難いな。
ていうかこの人、喋り方といい太っ腹な対応といい、なんか姉御って感じのキャラだな。
俺たちはそれぞれメニューを選んで女性に伝えると、女性は厨房に向かって大声を放つ。
「注文だお前ら! 焼きそば三つ、オム一つ、カレー一つ!」
「「へい、承知しやした!!」」
厨房から大きな返事が返ってくる。
どれも女性の声だった。周りを見てみると、女性の店員しかいないことに気付く。
女性しか働いていないのかな~と思っていると、女性は俺たちに自己紹介してきたのだった。
「俺は
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