第120話 灯里の決意
総理大臣、菱形鉄心と会談していた士郎とメムメム。
会談中、突如ダンジョン省の合馬大臣から、灯里が何者かに攫われたとの報告を受ける。
それを聞いた士郎は酷く狼狽したが、冷静なメムメムが探知魔術によって灯里の居場所を突き止めた。
灯里は今、東京湾に面している埠頭にいるらしい。
今から助けに行くとしても時間がかかってしまうと思われたが、メムメムは一瞬で灯里のもとにたどり着くことができると提案する。
それを聞いた士郎は安堵し、そんな彼に合馬が刃が潰れている模擬刀を渡す。模擬刀を受け取った士郎は、絶対に灯里を助けると意気込んだ。
メムメムが転移魔術を発動し、視界が暗転する。
若干の気持ち悪さはあったが、東京ダンジョンタワーの転移で慣れているため、吐くほどでもなかった。余談だが、転移魔術を経験したことがない者はほとんどが吐いてしまうらしい。
士郎とメムメムは、灯里が居る倉庫に転移した。
瞼を開ける士郎の視界に、信じられない光景が飛び込んでくる。戦闘服に身を包んだ兵士が四人、銃をこちらに突きつけている。
しかし、“そんなことはどうでもよかった”。
兵士たちよりさらに奥。壁際に、灯里の姿があった。
広げられた両手には、逃げられないように手錠が嵌められている。そんな彼女の近くには一人だけ顔を晒している兵士がいて、ナイフを突きつけていた。
灯里は脅えた表情を浮かべ、涙を流していた。
胸元が斬り裂かれ、桃色の下着があらわになっている。その下着でさえ、ナイフによって今にも斬られそうになっていた。
彼女が弄ばれてしまった事実が、恐い思いをしたであろうことは一目瞭然だった。
耐え難い光景を目にした瞬間、士郎の中で何かが壊れる。
何が壊れたのかは分からない。
が、士郎が士郎たるに必要な、良心や人情や優しさといった部類のなにかであった。
「落ち着けシロー。ボクが防御魔術をかけているからアカリは無事だ」
士郎から発せられる怒りの様子を察したメムメムが声をかける。
だが、彼女の言葉は何一つ届いていなかった。
「おい、何でこいつらがここにいる!? 居場所がバレたのか!?」
「いきなり現れた気がするが……」
「恐らく魔術によるものだろう。
二人の登場に兵士らが困惑する中、リーダーが冷静に命令を下す。
依頼主からは士郎とメムメムは殺すなと言われている。恐らく灯里を餌に二人を脅し、要求を突きつけるからであろう。だから無暗に殺すことはできない。
足さえ封じてしまえば無力化できる。なので兵士たちはすかさず銃口を士郎へと向けた。
「――ッ」
士郎は魔力を循環させ、身体強化の魔術を肉体に施す。
それは意識的にやったわけではなく、ほぼ無意識に近い。だが無意識でやった今の方が、今までの訓練よりもスムーズに、そして洗練されていた。
ぐっと踏み込み、一番近い兵士へと肉薄する。
「はっ?」
士郎の移動速度は人間の出せる能力を遥かに超越していた。
対峙する兵士からすれば、瞬きをしている間に接近されているように感じられただろう。
鞘から模擬刀を抜刀し、驚愕している兵士のどてっ腹を打ち抜く。
「おごっ!?」
冗談じゃない衝撃を受けた兵士は、身体をくの字に曲げながら吹っ飛んで昏倒する。
他の兵士が士郎の足に向かって発砲するが、攻撃が来ると“すでに分かっていた”士郎は大きく旋回しながら間合いを詰める。
「こいつ、なんで見てないのに避けられたんだ!?」
完全に不意打ちをしたはずなのに避けられてしまい驚愕する中、士郎は一気に接近して上から叩きつけるように刀を振るう。
兵士は咄嗟に銃でガードしたが、重い一撃に銃は真っ二つに破壊され、そのまま肩の骨を粉砕されて気絶した。
「舐めんじゃないよ!!」
怒号する兵士が銃弾を放つが、左右に動き回る士郎には一撃も当たらない。
士郎はジグザグに動きながら間合いを詰めて模擬刀を一閃しようとした瞬間、危機を察知して咄嗟にバックステップをする。
彼がいた場所に、いくつもの銃弾が通り過ぎた。横からの挟撃を回避されたことに驚くリーダーに、士郎は魔力を練りながら右手を向けた。
「ファイア」
右手から火炎が放出される。
広範囲に広がりながら迫る火炎を、リーダーは吃驚しながらも横に走って射線から回避する。
避けられることは想定の範囲内だった。火炎の役目はリーダーに対する目くらまし、ひいては時間稼ぎのためのものだったのだから。
「ぐっ……」
その間に、士郎は目の前にいる兵士を打ちのしていた。
一瞬で三人もの兵士を無力化した
(なんだ今の炎は!? なんだあの人離れした動きは!? 魔術が使えるのはメムメムだけではなかったのか!?)
士郎の戦闘能力に驚愕する。
超人のような動き、火器を持っていないのに火炎を放出。
どう考えても魔術の類だろう。だが、メムメムではなく士郎が魔術を使えるのが解せない。
士郎の瞳がリーダーを捉えた瞬間、灯里の側にいた兵士が怒号を上げる。
「おい! この女が殺されたくなかったら大人しくしやがれ!!」
「……」
士郎は首を動かし、兵士を一瞥する。
顔を晒している兵士は、銃口を灯里の頭に突きつけるようにして人質にしていた。
しかし士郎は狼狽することなく、右手に持っている模擬刀を投げつける。
――ひゅんと飛来する模擬刀は兵士の胸部を叩きつけ、骨を砕いた。
さらに地面を踏み抜いて瞬く間に肉薄し、兵士の顔面をこれでもかというぐらい殴り飛ばした。
「ぶべ」
昏倒する兵士。残る兵士はリーダーだけだったが、リーダーの姿はどこにも見当たらない。
恐らく灯里を人質に取ろうとした兵士に注意が向けられている間に、闇に紛れて逃走したのだろう。
パッと見出口は見当たらないが、逃走ルートは確保していたのだろう。勝てないと判断し仲間を置いて逃げたのは、リーダーらしい賢明な判断だったといえよう。
一先ず危機は去り、この場は安全となった。
「灯里……」
「……士郎さん」
士郎は膝をつき、灯里をそっと抱きしめる。
その間にメムメムは灯里を拘束している手錠を破壊し、声をかけた。
「シロー、ボクは逃げたやつを追うよ。アカリを頼んだよ」
「うん」
シローにそう告げると、メムメムは転移魔術を発動してこの場から消える。
残った士郎は、灯里の髪を撫でながら謝った。
「ごめん、灯里……恐い思いをさせて、本当にごめん」
「ううん……平気だよ。士郎さんが絶対に助けに来てくれるって、信じてたもん」
自分を抱く士郎の身体は震えていた。
それは恐らく、灯里を失ってしまうかもしれないといった恐れによるものだろう。戦闘が終わり、緊張の糸が切れたことによって理性が回復したことで、大事な人を失うかもしれなかった事実に今頃になって脅えているのだ。
それほどまでに自分を想ってくれることが、灯里は嬉しかった。
脅えている士郎を安心させるように、灯里は強く強く抱きしめ返す。
「士郎さん……ありがと」
「灯里……」
安心か、恐怖か。
涙を流す士郎を抱きしめながら、灯里は決意する。
士郎は本来、平気で人を傷つけるような人間ではない。
これでもかというぐらいお人好しで、優しい心を持っている人間だ。
が、さっきは兵士たちを倒すのに一切の躊躇がなかった。それは自分を助けてくれるためだろうが、きっと心の底では拒否反応を起こしていたに違いない。
もう二度と、自分のヘマで士郎に争いごとはさせない。
なにより、あんな冷たい士郎の顔など二度と見たくはなかった。
だから灯里は決心する。
(私が士郎さんを守るんだ)
自分や仲間たちを含めて、士郎に迫る脅威を全て排除するのだと。
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