第118話拉致

 

「断る」


 菱形総理の頼みを、メムメムはそう切って捨てた。

 その返答に、彼は残念そうな顔を浮かべて、


「……そうですか。理由を聞いてもいいですか」


「そういった面倒臭いことをするのが嫌だから、そこにいる奴と約束して一度だけ矢面に立ってやったんだ。なのでこれ以上、ボクはどうでもいい人間の争いごとに巻き込まれることはしたくない」


「あれは私とお前個人の約束であって、他の方とは協力してくれてもいいのではないか?」


 合馬大臣がそう告げると、メムメムは顔を顰めて彼を睥睨する。


「はっ! 流石○○○○、やり口が汚いじゃないか。確かにお前が言った通り、あれはボクとお前の約束だ。ならばこれ以上協力するかどうかはボクの勝手だろう。それに何でボクがわざわざ人間の尻拭いをしなければならない。ダンジョン産の武器が外に持ち出されるのはお前らの管理不足だろう。自分たちの不始末ぐらい自分たちで解決しろよ。それにボクでなくとも、武器の性能しか発揮できない雑魚なんてお前だけでも十分対処できるじゃないか」


「メムメム……」


 彼女がこれほど怒りをあらわにするのは、記者会見で世界に向けて発信した時以来だ。身体から魔力を放出して合馬大臣に威嚇していることが俺でも分かる。正直、呼吸をすることすらままならないほどの重圧だ。


 メムメムの怒りに対し、合馬大臣が口を開く前に菱形総理が再び頭を下げた。


「申し訳ございません、出過ぎたことを言ってしまいました。どうか怒りを収めていただきたい。老骨にはちと響きます故」


「……そうだね、ボクも少しやりすぎたよ。ただ、どれだけ言われても答えはNOだ」


「承知致しました。この件に関しましては、お話を控えさせていただきます。はて、お茶が冷めてしまったようですな。すぐに入れますから、お待ちください」


 そう言って、菱形総理は立ち上がって俺とメムメムの湯飲みを下げる。

 すると、メムメムがため息を吐きながら身体を背もたれに深く預けた。


「ふぅ……すまなかったねシロー、大人げないところを見せてしまった」


「いや、そんなことないよ。メムメムは自分のしたいようにすればいいさ。もしそれで何かあれば、俺も全力で守るからさ」


「ふっ……頼もしいことを言ってくれるじゃないか」


「でも犯罪はやめてくれよ。流石にそれは擁護できないからな」


 そう告げると、メムメムは「どうしよっかな~」とニヤけた顔でからかってくる。

 おいっと突っ込んでいると、不意に合馬大臣のスマホから着信音が鳴り響いた。


「失礼、ちょっと外させてもらう」


 スマホの画面を見た彼は、俺たちに一言伝えて一度退出する。

 それからすぐに戻ってくると、険しい表情を浮かべながら俺たちにこう言ってきた。


「許斐君、メムメム、落ち着いて聞いてくれ。今私の部下から連絡が入ったのだが、君の家を何者かが襲い、家にいた星野君が攫われてしまった」


「はっ?」


 合馬大臣の言葉の意味を、すぐに理解することができなかった。

 家が襲われた? 灯里が攫われた? なんだそれ、意味わからないぞ。なんでそんなことになってんだよ。

 バッと立ち上がり、合馬大臣に詰め寄る。


「灯里は!? 灯里は無事なんですか!?」


「それは分からない。ただ、攫うということからなにか目的があるんだろう。すぐに何かされるという訳ではないはずだ」


「そんな……そんなこと分からないじゃないですか!! 今すぐ助けに行きます! 場所は、場所は分からないんですか!?」


「すまない……GPSが遮断されてしまっている。彼女がどこにいるかも、我々は把握できていない」


「そんな……」


 じゃあどうやって灯里を助ければいいんだ!?

 何で俺やメムメムじゃなくて、灯里が攫われなきゃならないんだ!? 誰がなんの目的で灯里を攫うんだよ!?


「すまない……私の部下が護衛についていたのだが、全て無力化されてしまった。しかも周囲に騒がれずにな。敵は相当な手練れみたいだ」


「クソ……なんでそんな奴等に灯里がッ!!」


 項垂れる俺に、メムメムは冷静な態度で告げてくる。


「落ち着けよシロー、灯里にはボクが防御魔術を施してある。何人なんぴとたりとも傷をつけることは不可能だ」


「でも、それでも……どこにいるか分からない灯里を助けに行くことなんてできないじゃないか!」


 このままじゃ、一生会えない可能性だってある。傷つけられなくても、恐い思いをさせられてしまうことだってあるじゃないか。


「アカリの居場所を探る方法はある」


「なんだって!? 一体どんな方法なんだ!?」


「ボクは今から魔術で灯里の魔力を探知する。集中したいから、少しだけ静かにしていてくれないか」


 そう言って、メムメムは静かに瞼を閉じる。

 集中してから一分ほど経つと、メムメムは口を開いた。


「見つけた」


「ど、どこにいるんだ!?」


「オウマ、地図を出してくれ」


「タブレットでもいいか」


「ああ」


 メムメムの指示により、合馬大臣はタブレットを持ってきてテーブルに置き、地図アプリを開く。メムメムは指で画面を操作すると、灯里がいる場所を突きつける。


「ここだ、ここにアカリがいる」


「港か」


 その場所を見て、合馬大臣が呟く。

 メムメムが指し示した場所は、東京湾に面する埠頭だった。本当にこの場所に灯里がいるなら、早く助けに行かないと。


「距離があるな……到着するにしても時間がかかってしまうぞ」


「そこはボクに任せておいてくれ。居場所さえ分かれば一瞬で行くことができる」


「本当か!?」


 そんなことまでできるのか!

 でもこれで、灯里を助けに行くことができる。もしメムメムがいなかったら、俺一人だけだったら灯里を助けられなかった。本当、メムメムは頼りになる存在だよ。


「本当だとも。転移魔術テレポートで一瞬さ。オウマ、ボクたちは一足先に行って敵を制圧しアカリを助ける。お前は後で処理を行ってくれ」


「分かった、すぐに行こう。許斐君、これを持っていきたまえ」


 突然、合馬大臣が俺にある物を渡してくる。その物とは――刀だった。


「これって……」


「刃のない模造刀だ。気休めにしかならないと思うが、持っていきたまえ」


「ありがとうございます」


「くれぐれも無茶はしないでくれ。メムメム、彼を頼んだぞ」


「分かってる。さあシロー、どこでもいいからボクの身体に触れてくれ。アカリのところに行くよ」


「ああ」


 そう促され、俺はメムメムの肩に手を置く。


(灯里、今助けに行くからな)


 それまで無事でいてくれと願っていると、俺の視界は暗転したのだった。



 ◇◆◇



 士郎とメムメムが灯里の場所に瞬間転移した後。

 部屋に残っている総理大臣は、合馬にこう尋ねる。


「星野君を一人で家に残らせたのは、敢えてですか?」


「はて、なんのことでしょう」


「はっは、お主も悪よのう」


 時代劇風に言う総理に、合馬は軽く頭を下げて、


「では、私も行って参ります。ご報告は少々遅くなるかと」


「なにしに行かれるのですか」


 踵を返す合馬に総理が最後にそう聞くと、合馬はドアノブに手をかけ、顔だけ振り向きこう答えたのだった。


「最近うろちょろと煩わしい害虫ネズミ共を、根こそぎ駆除しに」

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