第116話 看病

 


『ねぇ、灯里は好きな人いる?』


『急じゃん。どうしたの?』


『だって男子に沢山告白されても全部断るじゃない? だから好きな人でもいるのかなって』


『違うよ。ただ、誰かと付き合うっていうのが考えられないだけ。って、それ言ったら夕菜もそうじゃん。なんで誰とも付き合わないの?』


『なんでだろうね』


『なにそれ、好きな人いるから?』


『さぁ、どうだろうね』


『またはぐらかす。夕菜ってあまり自分のこと話さないよね』


『ふふ、ミステリアスな女ってどこか魅力的じゃない?』


『ほらまたそーいうこと言ってはぐらかす』


『ごめんごめん、いじけないで。私は灯里のことが好きだよ』


『何言ってんの、ってちょっと抱き付いてこないでよ暑苦しいから!』


「……あー、夢か」


 ふと目が覚める。

 久しぶりに中学時代の夢を見たな。

 放課後、人気のない廊下でだべってる時に突然夕菜が聞いてきたんだっけ。


 懐かしいなぁ。あの頃は私と似た境遇の夕菜と、くだらない事を延々と話していた気がする。


 でもそれが、凄く楽しい時間だったんだよね。

 男子の告白を断って、女子からハブられてからずっと一人ぼっちだったけど、夕菜と一緒にいた時間だけが救いだった。


 夕菜は何で私に声をかけてくれたんだろう。

 本人はハブられ者同士仲良くしたいって言ってたけど、それが本音なのかは分からない。彼女はすぐに誤魔化したりはぐらかしたりするから。

 でもきっと、夕菜が声をかけてくれなかったら私はつまらない中学生活を過ごしていたんだろうな。


(汗が気持ち悪い……)


 意識がはっきりしてくると、額に張り付く髪や、汗でべっしょり濡れたパジャマが気持ち悪かった。でも沢山汗が出たおかげか、身体の怠気はかなり収まってる。


「久しぶりに風邪引いたなぁ」


 独りごちる。

 最後に風邪を引いたのは、愛媛にいるおじいちゃんとおばあちゃんに引き取ってもらったばかりの頃以来だった気がする。


 あの時は身体も心も弱ってて、風邪引いちゃったんだよね。

 お父さんとお母さんをダンジョンから救い出すと決めて身体を鍛え出してからは、今日まで一度も風邪をひかなかったけど。


 なんで風邪ひいちゃったのかな。

 健康には気をつけてたのに。士郎さんに心配かけちゃったな。

 あの人は優しいから、多分仕事してる時も私のこと心配しているんだろうな。そうであってほしいという私の願望かもしれないけど。


「喉乾いた」


 喉が乾いていることに気付き、ベッドにあるペットボトルに手をかける。

 けどペットボトルの中身は空だった。多分、無意識に飲みきってしまっていたんだろうな。


 仕方ないので一階に取りに行こうかと、まだ重い身体を起こそうとしたその時、不意に部屋の扉がガチャリと開いた。


「あっ、起きたのか。体調はどうだ?」


「士郎さん? なんで……」


 自分の目を疑ってしまう。何故なら、そこにいる筈のない士郎さんがいたからだ。


 なんでいるんだろう。もう仕事が終わって帰ってきたのかな? いや、そんなに長い間寝てた気はしないと思うんだけど。

 キョトンとしていると、士郎さんは罰が悪そうに頭をかきながら、


「灯里のことが心配で午後は半休を取ったんだ。仕事も全然集中できなかったし、やっぱり灯里を放っておけなかったからさ」


 ああ、もう。

 本当にこの人はどこまで優しいんだろう。私のせいで仕事を休ませてしまったのに、心配して帰ってきてくれたことが凄く嬉しかった。


「はいこれ、スポーツ飲料。風邪の時はこれが一番だからね」


「ありがと」


 士郎さんがペットボトルの蓋を開けて渡してくれる。受け取って飲むと、冷たい飲み物が喉を潤し、熱い身体を冷やしてくれる。風邪の時のスポーツ飲料ってなんでこんなに美味しいんだろ。不思議だ。


「他にもゼリーとかアイスとかいっぱい買ってきたからさ、食べたくなったら言ってよ。あと体調はどうだ? ご飯食べれそうか?」


「うーん、まだ食欲はないかも。でも、アイスなら食べれそう」


「そっか、じゃあ取ってくるから、その間にタオルで汗を拭いておきな。そのままにしておくと身体が冷えちゃうからさ」


 そう言って、士郎さんはタオルを渡して、部屋から出ていく。

 彼の対応に、私はついポカーンとなってしまった。

 なんか凄くテキパキしているというか、こういったらあれだけど頼りがいがある。士郎さんじゃないみたいだ。


 そんなことを思いながらタオルで汗を拭いていく。

 ついでに下着とパジャマも着替えた。なんとか士郎さんが部屋に戻る前に着替えられた私は自分を褒める。


「自分で食べられそうか?」


「……食べさせてって言ったら、食べさせてくれる?」


 恐る恐る聞いたら、彼は「しょうがないなぁ」と苦笑いを浮かべる。


 こんな風に甘えることに、自分でも驚いた。やっぱり風邪をひいてるから気も弱ってるのかな。

 でも、今日ぐらいはいいよね。

 私は口を小さく開けて、ひな鳥のようにアイスが運ばれるのを待つ。


「あ~ん」


「なんか恥ずかしいな……」


 スプーンで掬ったアイスを、私はパクリと食べる。

 冷たくて甘くて、とても美味しかった。それに、大好きな人に食べさせてもらったというのもスパイスになってると思う。


 意外とお腹が空いていたのか、私はすぐに口を開けて次を催促する。パクパク食べていると、あっという間に食べきってしまった。


「ありがと、美味しかった」


「それは良かった。体調はどうだ? まだ辛いか?」


「まだ少し。でもぐっすり寝たから大分楽になったよ」


「そっか。じゃあもう一回寝て、夜ご飯に軽く食べて薬飲もうか。灯里はお茶漬けとお粥、どっちがいいとかあるか?」


「う~ん、お粥かなぁ。でも士郎さんってお粥作れるの?」


「馬鹿にするな。これでも一人暮らしの経験は長いんだぞ」


 むっとする士郎さんがなんだか可愛くて、つい頬が緩んでしまう。

 でも士郎さんって、私が来るまではコンビニ弁当とかカップラーメンばっかり食べてたって言ってたけど、自分で料理ってできるのかな。


「うん、楽しみにしてるね。でも士郎さんって、こう言ったらあれだけど看病が上手だよね。どうして?」


 そう聞くと、彼は昔を思い出すような顔を浮かべて、


「夕菜がさ、小さい頃はよく風邪ひいてたんだ。けど両親は仕事行ってるから、俺が面倒見てたわけ。すると看病スキルがめきめき上がった」


「ふふ、夕菜ってそんな感じだったんだ」


「本当に小さい時な。俺に冷たく当たるようになったぐらいから、全然ひかなくなったよ」


「可愛い妹を看病できなくなって残念だったね」


「残念だったかどうかは分からないけど、まあ寂しさはあったかもな」


 そう言って、士郎さんは寂しそうに笑う。

 なんで夕菜は士郎さんに冷たい態度を取っていたんだろう。私には、お兄ちゃんは自慢の兄って褒めていたのに。


 やっぱり、なにか理由があるに違いない。

 じゃなきゃ、こんなに優しくて妹思いな兄を夕菜が嫌うわけがない。


「もう行くから、ゆっくり寝てな」


「士郎さん……我儘言ってもいい?」


「なんだ?」


「寝るまでここに居て欲しいな。あとできれば手も握って欲しい」


 頼んだ後に私は何を言ってるんだと恥ずかしくなったけど、士郎さんはため息を吐きながら「いいよ」と言ってくれて、優しく手を握ってくれた。

 握られた彼の手は冷たくて、ひんやりして気持ちいい。


「灯里、いつもありがとうな」


「えっ……急にどうしたの?」


「いや、ちゃんと感謝を言ってなかったなって思ってさ。料理とか家事のこととか、灯里は文句も言わずやってくれてたから伝えてなかった。本当に助かってるよ。灯里がいるおかげで、毎日が凄く楽しいんだ。でも、あまり無理はしなくていいからな。言いたいことがあったら言ってくれよ。俺も今回で反省した。灯里にばっかり頼ってたなって。俺は頼りないかもしれないけど、できるだけ頑張るからさ。少しは頼ってくれよ」


 ああ、ズルいよ。

 そんなこと言われたら、泣きそうになっちゃうじゃん。

 助けてもらってるのは私の方なのに、感謝を言いたいのは私の方なのに。

 でも、彼の口からそう言ってくれたのが、胸が弾けそうなぐらい嬉しい。


「士郎さん」


 ――大好き。


 私はその言葉をぐっと飲み込んだ。

 今、この場で言うことではないからだ。

 その言葉は、もっとちゃんと、言うべき時がある。

 だから、今は大事に仕舞っておこう。


「なんだ?」


「言質取ったからね。私、自分でも気付いてなかったけど甘えるほうだから。これからいっぱい甘えるね」


「ははは、お手柔らかにお願いします」


 早く治そう。

 士郎さんの笑顔を、心の底から見るために。

 でもたまには、風邪をひいてもいいかもしれないかな。



 ◇◆◇



 その頃メムメムはというと。


「どうやらボクはお邪魔虫みたいだね。魔術師はクールに去ろうか」


 様子を見ようと扉を叩こうとしたが、ニヒルな笑みを浮かべて踵を返したのだった。

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