第115話 風邪

 


『お兄ちゃんは将来の夢ってある?』


『将来かぁ……そういえば考えたことなかったなぁ』


『なんで?』


『う~ん、これといってやりたい事がなかったんだよなぁ。周りの友達はスポーツ選手とか、ゲームのプロになりたいって言ってる奴は結構いたんだけど、そんなのなれるわけないじゃんって……どこか冷めた風に考えてたんだよな』


『へ~、なんかつまんないね』


『そうなんだ、俺はつまらないやつなんだよ。夕菜は? 将来の夢ってあるのか?』


『うん、あるよ! 私はね――』



 ――ピピピ、ピピピ、ピピピ。


「ん……う~ん……」


 いいところでスマホのアラームに起こされ、俺は夢から現実に戻ってきた。


 小鳥のさえずりりとカーテンの隙間から差し込む陽光が、朧げな意識を覚醒させる。

 夜は暑かったのか、毛布がベッドの下に落ちていた。

 大きな欠伸を漏らしながら、両手を上げてぐ~と身体を伸ばす。


「久しぶりに夕菜の顔を見たな……」


 夢の中の夕菜はまだ小学生の低学年で、俺に甘えていた時期だ。

 夕菜が夢に出てきたのは、多分D・Aのグーチームで探索している時に夕菜のことを思い出したからだろう。

 そして夢の内容は、兄と妹の過去についてだった。


 昔、夕菜と将来の夢について話していた覚えがある。

 あの時夕菜は、将来何になりたいと言っていたんだろうか。

 思い出そうとするが、その続きが全然浮かんでこなくて、俺はため息を零した。


「待ってろ夕菜、必ず助けてやるからな」


 拳を作りながらそう決意して、ベッドから降りる。

 部屋を出て一階に下りると、灯里がキッチンで朝食の準備をしていた。


「おはよう」


「……」


 あれ、おかしいな。

 声をかけたのに反応がないぞ。いつもならすぐに笑顔で返してくれるのに。


 気になった俺はキッチンに足を向け、灯里の様子を伺う。おかずを弁当箱に詰めようとしている最中だったのだと思うが、箸を持ったまま止まっている。


 その状態から全然動く気配なく、どこかボーっとしていた。

 気になった俺は灯里に近寄って再び声をかける。


「灯里?」


「あっ、士郎さ――」


「灯里!」


 やっと俺に気付いた灯里だったが、その瞬間ふらっと身体が倒れそうになってしまう。

 急いで灯里を受け止めると、身体の異常に気付くことがあった。


(熱い……)


 触れた肌が熱かったのだ。

 しかも顔も赤いし、額に汗もかいている。明らかに正常ではなかった。額と首筋に触れて体温を確かめるとやっぱり熱い。

 間違いなく、彼女は風邪をひいていた。


「士郎さん……おはよう」


「呑気に挨拶してる場合じゃないだろう。こんな身体熱いのになんでご飯作ってるの」


「士郎さんのご飯作ってから休もうかなって……。それに、起きた時はそんなに大したことなかったの。でも、作ってると段々ボーっとしてきちゃって。あともうちょっとで終わるから待ってて……」


「ばか、これ以上やらせるわけないだろ」


 倒れそうになったのにもかかわらずアホなことを言う灯里を叱り、身体を抱きかかえてソファーに寝かせる。

 コップに水を注いで持っていき、道具箱から取ってきた体温計を渡した。


「これ飲んで。あと体温計も計っちゃって」


「う、うん」


 触った時の体感だと、多分38度近くあると思う。

 意識が朦朧としていたぐらいだし、今はそうとうキツいはずだ。全く、なんでこんな状態で無茶をしていたんだ。


 ピピピっと鳴ると、灯里は服から体温計を取り出し、全然平気だよと言って勝手に仕舞おうとしてしまう。その前に取り上げて熱を確認すると、38.3度もあった。


 かなりの高熱だ。それに恐らく、これからもっと上がるだろう。よくこんな熱があってご飯を作ろうとしたよな。

 というかなんで熱を隠そうとしたんだよ。俺に心配かけさせたくなかったのか?


「病院行くか?」


「そんな、大したことないよ。このくらい薬飲めばすぐに治るもん」


「ふぁ~、おはよ~」


 灯里の看病をしていると、二階からメムメムが下りてくる。

 相変わらず髪の毛があっちこっちに飛び跳ねていた。

 灯里がソファーで横になっているところを目にしたメムメムが怪訝そうに尋ねてくる。


「ん、どうしたんだい?」


「灯里が風邪引いちゃったんだ」


「風邪か。まぁ人間種ヒューマンは身体が弱いからね。風邪を引くこともあるだろ」


「エルフは風邪ひかないのか?」


「ひかないね。エルフは魔力が豊富だから、毒は効くとしても風邪程度の菌は殺してしまうんだ。因みにエルフだけじゃなく、身体が丈夫な亜人も滅多にひかないよ。あるとしたら子供の頃ぐらいかな」


 へぇ、それはまた便利な身体だな。

 まぁ俺もあまり風邪はひかない方だけどさ。


「ただの風邪だろ? 安静にしていればすぐ治るさ」


「そうだよ、私のことは気にしないで。それに早く準備しなきゃ、会社に遅れちゃうよ」


「でもさ……」


 こんなに弱っている灯里を放っておいて会社に行っていいのだろうか。

 誰かが看病してあげた方がいいんじゃないのか。

 そう心配している俺に、メムメムがこう提案してくる。


「灯里のことはボクに任せたまえ。だからシローは安心して会社に行ってきなよ」


「できるのか? なんか不安なんだけど」


「失敬な。これでもボクは君たちより何倍も生きているんだぞ。看病の一つや二つはおちゃのこさいさいってもんだよ」


 胸を張って自信有り気に告げるメムメム。

 そこまで言いきるならメムメムに任せていいかもしれない。

 灯里も寝ているだけだろうし、メムメムがついていてくれるなら一先ず安心か。


「分かった……でもなにかあったらすぐに連絡するんだぞ? すっとんで帰ってくるから。メムメムも、灯里がヤバそうだったら俺に連絡してくれ」


「うん」


「心配しすぎだよ。まぁ、本当に危ないと思ったら連絡するさ」


 ということで、灯里をメムメムに任せ、俺は会社に行くことになった。

 でもやっぱり、灯里も心配だしメムメムの看病も不安だなぁ。


 うん……仕事が終わったらすぐに帰ってこよう。

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