第110話 グーチーム

 

「シローさんたちって凄いよね、まだ冒険者になってから三か月ぐらいしか経ってないんでしょ?」


 グーチームで探索を始めた途端、ミオンが俺に話題を振ってくる。

 まだアイドルのオーラに慣れていない俺は、目を合わせられず前を向いたまま答えた。


「そうだね」


「それでもう孤島ステージなんだもんね~。運が良いだけじゃ中々できないよ、一杯頑張ったんだね。そういえばシローさんたちはどうして冒険者になろうと思ったの? やっぱりダンジョンに来たかったから?」


「……」


 その質問に、俺は即答することができなかった。


 何故なら俺が……俺と灯里が冒険者になった理由はダンジョンに囚われた家族を取り戻すことだからだ。

 俺は妹の許斐夕菜を。灯里は両親を。母親はもう取り戻しているから、残る父親を助け出すためにダンジョンに来ている。


(そういえば最近、一番大事な目的のことをないがろにしていた気がするな……)


 勿論夕菜のことを忘れていた訳じゃない。

 だけど、仲間のみんなとダンジョンで探索したりモンスターと戦ったりしていると凄く楽しくて、それ自体がダンジョンに行く目的になっていたかもしれない。


 さらにメムメムが現れ、生活が一変し慌ただしくなってからは、夕菜のことを考える時間は確実に減っていった。


 灯里がいて、みんながいて、楽しくて幸せを感じていた。

 俺は今の現状に満足してしまっていたんだ。


「ミオンちゃん、あんまりプライベートのことを聞いたら悪いにゃ」


「あっ、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの!」


 俺が沈黙してしまっていることを不快になったと捉えたのか、カノンが指摘してミオンが慌てて謝ってくる。

 俺は「ううん、違うんだ」と言って、灯里の顔を一瞥した。


「……」


 灯里は真剣な表情で頷いてくる。

 多分彼女も、少なからず俺と同じ気持ちを抱いていたのだろう。現状に満足してしまっていたことを。

 そんな自分を戒めるためにも、俺は自分から口を開いた。


「俺と灯里は、ダンジョンに家族を囚われたダンジョン被害者なんだ。冒険者になった理由は、一緒に家族を取り戻すためなんだよ」


「えっ……」


 理由を告げると、ミオンが驚愕してしまう。

 雰囲気が重くなる前に、俺は頭をポリポリと掻いて誤魔化すように続けて、


「とはいっても、最近はダンジョンに来るのが楽しみなんだけどね」


「うん、だから別に気にしないで」


「そうだったんだ……分かった! 私、シローさんと灯里さんを応援するね!」


「カノンも応援するにゃ、いつかきっと見つかるにゃ!」


 ガッツポーズをして応援してくるアイドルたちに、俺と灯里は顔を合わせて微笑む。

 なんかこうやって誰かに打ち明けるのってスッキリするな。それに、アイドルに応援して貰えたことで凄くやる気もでてきた。


 待ってろ夕菜、絶対にお前をダンジョンから助け出してやるからな!


 そう意気込んでいると、カノンが何かに気付いた反応をする。


「もっと楽しくお喋りしたいんにゃけど、近くにモンスターがいるにゃ。みんな、戦闘準備をしておくにゃ」


「えっ、なんで分かるんだ?」


 カノンの話に疑問を抱く。

 目で見える範囲にはモンスターが確認できてないし、【気配察知】も反応していないのに、何でモンスターが近くにいることが分かったのだろうか。

 そんな俺の疑問はミオンが答えてくれた。


「カノンはね、【気配察知5】を取得してるんだ。5までスキルレベルを上げるとね、索敵魔術を覚えられるの。結構広い範囲まで索敵できるんだって」


「なるほど、それでモンスターの居場所が分かるのか」


 それって結構凄いことだよな。

 だってモンスターの位置情報が事前に分かるということは、奇襲される可能性がなくなったり、モンスターの群れとの遭遇とかも回避できるんだよな。めっちゃ便利じゃん。

 俺はまだ【気配察知2】だけど、レベルを上げていってもいいかもしれない。


「そろそろ見えてくるにゃ」


「本当に来た」


 前方から四体のモンスターがやってくる。

 ヤドカリンが二体に、ナマークが一体、それとあれは……コアドラだったけか? 見た目はコアラなんだが、デカい上に二足歩行で、どちらかの目に切り傷が入っている。ユーカリっぽい葉っぱを煙草のように口に咥えている姿は、可愛いどころかヤ〇ザの雰囲気を醸し出していた。


「よし、じゃあとりあえず作戦を――」


「いっくよーー!」


 作戦を立てようと言う前に、元気良くミオンが飛び出してしまった。

 風の如く駆けるミオンは、モンスターに接近すると地面を踏み締めて勢いよく跳んだ。


「跳んだ!?」


 ミオンの跳躍力に目を見開く。

 ジャンプって飛距離じゃないぞ、軽く五メートルは跳んでるじゃないか。

 口を開けて放心していると、空中にいるミオンは収納空間から二本の大剣バスターソードを取り出し、落下しながらヤドカリンに襲撃する。


「そーーーれッ!!」


「ヒギャア?!」


 ザン! と、二本のバスターソードがヤドカリンを甲羅ごと両断する。たった一撃でヤドカリンを屠ってしまった。


(これがミオンの『怪力』か!)


 ミオンは『怪力』というユニークスキルを所持している。


 能力の詳細は定かではないが、筋力値がめちゃくちゃ上昇しているらしい。だからあんな細い体でも重い大剣を軽々操れるのだ。


 その上ステータスを筋力増加系に振っているから、身体能力も半端なく高い。あの人間離れした跳躍力もステータスの恩恵あってのものだろう。


 ミオンの戦闘スタイルは豪快で、パワーのゴリ押しといった感じだ。

 モンスターを蹴散らす姿は見ているとスッキリできるのだが、モンスターの血飛沫を全身に浴びながらアイドルスマイルを浮かべる彼女はどこか狂気ホラーなところがある。


 本人は別にダンジョン病とかでは無いのだが、見ている側は「ひぇ」って息が止まる時があるのだ。


「ミオン楽しそうにゃ。それじゃあカノンも特別サービスするかにゃ。『獣化』」


 カノンがスキルを発動すると、彼女の頭からひょこっと猫耳が生え、服の上から長い尻尾が生えてくる。


 これがカノンの持つユニークスキル、『獣化』だ。

 カノンの『獣化』は猫の能力を得て、攻撃力と敏捷性が格段に上昇するらしい。変身姿は猫キャラともマッチしていて、ファンからは非常に好まれていた。


 猫キャラではなく本当の猫になったカノンは、屈伸して足に力を溜めると――“消えた”。


「速っ!?」


 決して消えた訳ではないが、俺の目には消えたと錯覚してしまうほどの速さで移動している。

 そしていつの間にか、長く伸びた五本の爪でコアドラに切りかかっていた。


「凄い……ギリギリ見えるぐらいだ」


 カノンはコアドラの周囲を高速移動しながら攻撃している。余りにも速いので、残像が浮かび上がっているように見えた。


「士郎さん、私たちも!」


「あ、ああ!」


 灯里に言われてハッとする。見惚れてる場合じゃないだろ俺、ボーっとしてないで自分も戦わないと。


 俺は残っているナマークに向けて駆け出す。接近すると、後ろから矢が飛んできてナマークの頭部辺りに突き刺さった。

 ナイス! と胸中で灯里に感謝しながら、怯んでいるナマークに斬りかかる。避けられることなく皮を切断すると、追撃のアーツを放った。


「アスタリスク!」


「ウウウウッ!?」


 一度に六回分の斬撃ダメージを与えると、ナマークは悲鳴を上げながら悶える。まだ殺しきるにはダメージが足りなかったようだ。


 怒るナマークは反撃してこようとするが、俺は手を出すことはしなかった。何故ならすでに灯里がアーツを放っていたからだ。


「チャージアロー」


「ウウウ……」


 灯里が放った溜矢がナマークに直撃すると、今度こそポリゴンとなって消滅する。

 すぐに周囲を確認すると、コアドラはカノンによって全身血塗れにされ、二体目のヤドカリンはミオンによって粉砕されていた。


(つ、強ぇ~~)


 流石冒険者の中でも上位に位置するD・Aだ。

 この程度のモンスターなんて相手にもならないだろう。俺が手こずるモンスターたちを一人で瞬殺しちゃうんだもんな。


 嫌でも実力の差を痛感させられる。まあ彼女たちの方が長く冒険者をやっているしレベル差もあるから当たり前なんだけど。


 全てのモンスターを倒して安堵していると、嫌な予感がして背後を振り向く。

 近くに二体目のナマークがいて、突然白い粘液を放出してきた。


「危ないにゃ!」


「うわっ!?」


 横から飛びついてきたカノンに押し倒しされたことで、粘液にかからずに済んだ。だがその代わり、カノンの髪の毛や顔に少しだけかかってしまっている。


 その絵面が、なんだか卑猥に思えてくるのは俺がいけないのだろうか。


「パワーアロー!」


「どっこいしょー!」


 灯里のアーツとミオンの剣撃によってナマークが瞬殺される。

 駆けつけてきた二人が、俺とカノンを心配してくる。


「大丈夫!?」


「うん、俺は平気。カノンが庇ってくれたからね」


「こらカノン、また索敵するの忘れてたの?」


「ごめんにゃ、コアドラに夢中で忘れてたにゃ」


「も~カノンったら」


 何でミオンは俺を助けてくれたカノンのことを叱ってるんだろう。

 不思議に思っていると、ミオンはため息を吐きながら、


「カノンはね、なんでか知らないけどナマークだけ索敵しないことがあるの。あと粘液にもよくかかってるし」


「「……」」


 俺と灯里が冷たい眼差しをイタズラ猫に送る。

 それって……確実に“狙ってやってるよな”?


「ご、誤解にゃ! たまたまナマークの時だけ忘れちゃうだけにゃ! というわけでシローちゃん、ついてる白くてねばねばしてるの取ってくれにゃいかにゃ?」


「えっ、嫌だ。なんか触りたくない」


「そんにゃ!?」


 ガーンと大袈裟に落ち込むカノン。

 あざとい……わざと粘液にかかったこともそうだけど、今の反応もあざとく見えてしまう。

 まあ、さっきはまんまと引っかかってしまったんだけどね。男心をくすぐるのが上手いなこの猫被り。


 カノンがしょんぼりしながら収納空間からティッシュを取り出して拭いていると、ミオンが感心したように俺と灯里に話してくる。


「でも凄かったよね、シローさんも灯里ちゃんもさ。横で見てたけど、二人とも息が合ってるというか、信頼してる感じ? シローさん、ナマークに反撃されそうになった時何もしなかったよね。それって灯里ちゃんが攻撃するのを分かってたの?」


「うん。灯里ならここで矢を射ってくれると思ってたから」


 灯里を見ながらそう言うと、彼女は「えへへ」と照れたようにはにかむ。


「私も、士郎さんが私を信じてくれることを信じてたよ」


「以心伝心ってやつ? そういうのなんか羨ましいな~、私たちはそれぞれが勝手にやるからね~」


「カノンたちは連携をするよりも、個人プレーでタコ殴りした方が圧倒的に効率がいいのにゃ」


 そうなんだよなぁ。

 D・Aは三人ともゴリゴリのアタッカーだし、タンクやヒーラーもいないからガンガンいこうぜ! で今のところ押し通せてしまうんだよな。

 まあそれだけ個人の力が秀でている証拠だけど。


「カノンもそういう意思が通じ合ってるのやってみたいにゃ! あとシローちゃんが覚醒してる時も見てみたいにゃ!」


「あっ、私も見てみたい! 刹那さんと戦ってた時のやつだよね!」


 二人が言っているのは、【思考覚醒】が発動している時のことだろうか。

 俺は申し訳なさそうに謝りながら彼女たちに告げる。


「残念だけど、あれは自分でやれるもんじゃないんだよ。調子が良い時になるんだ」


「そうなのかにゃ? じゃあそうなるまでバンバンモンスターと戦うにゃ!」


「おおー!」


 おいおい、今日は楽しくのんびり探索するんじゃなかったのか?

 まぁ、俺としては実力者である二人と一緒に戦えるのは凄く勉強になるんだけどさ。


「灯里、俺たちも二人に負けてられないな」


「うん!」

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