第107話 コラボ
「まさかDAからコラボの打診があるとは思いもしなかったですね」
「だよねぇ、僕も許斐君から昨日電話がかかってきた時は信じられなかったもの。今でも信じられないけどさ。それにもビックリしたけど、後々考えてみると許斐君があのカノンと連絡先を交換していたのにも驚いたよ」
「別に交換していた訳じゃないんですけどね……何故か知られていました」
「えっ、なにそれ怖いよ。ねぇ大丈夫? 誰かのイタズラだったりしない?」
心配する島田さんを安心させるように、大丈夫ですと答える。
俺も最初はニセモノかなと疑ったりもしたが、あの独特の猫耳語を恥ずかし気もなく喋れるのはカノンしかいない。
電話番号が書かれていた紙のことも知っていたし、本人で間違いないだろう。
昨夜、突然DAのカノンから電話がかかってきて、俺たちとコラボしてくれないかと頼まれた。
コラボって何をするのだろうかと尋ねると、一緒にダンジョンで探索するだけらしい。それ以外には、特に企画とかをする訳でもないそうだ。
俺は灯里と相談し、一先ずパーティーメンバーに相談させて欲しいと伝え、一度電話を切った。
とりあえず目の前にいるメムメムにDAのことについて軽く説明をして、どうするか聞くと、「いいよ。ボクもアイドルとかいう偶像に興味があるし、是非会ってみようじゃないか」と乗り気な返答が返ってきた。
その後は楓さんに電話をしたら「DAとコラボ!? 是非! 是非やりましょう!!」と今まで聞いたことないぐらいのテンション高めの声で了承されてしまう。
そういえばすっかり忘れていたのだが、楓さんってグッズを持っているぐらいDAのファンだったんだよね。
GWのライブの時も、探索が終わった後一人で法被を羽織ながら人混みに突っ込んでたもんな。
後は島田さんに電話をかけると、彼は驚きながら「DAとコラボ!? 生ミオンちゃんに会えるの!?」と鼻息を荒くしていた。島田さんがミオン推しだという事が一瞬で判明された瞬間だった。
彼もDAとのコラボには大賛成で、三人ともオッケーとなる。
そして俺は最後に灯里に聞くと「うん、私もDAは大好きだし、スカウトじゃなくて一緒に探索するだけなら全然いいよ」と言ってくれたので、全員賛成となったのだ。
俺もDAのことは普通にダンジョンライブファンとして好きだから、コラボするのに異議はない。
今度はこっちからカノンに電話をかけ、コラボしてもいいことを伝えると、彼女は大きな声で「流石シローちゃんにゃ! 話が分かる男にゃ! 感謝するにゃ!」と感謝され、その後は約束を取り付けたのだった。
そして翌日の日曜日。
俺たちは、集合場所であるギルドの待合室でカノンが来るのを待っていた。
一度しっかり挨拶をしてから、ダンジョンに向かうらしい。
アイドルと会える! と興奮している皆と雑談をしていると、コンコンと待合室のドアがノックされた。
どうぞと声をかけると、静かにドアが開かれる。
中に入ってきたのはカノンと、DAの担当マネージャーである関口アンナさんだった。
どうやら話をするのはこの二人らしい。だけど彼女たちは室内に入らず、その場で俺たちのことを怪訝そうに見つめている。
俺は立ち上がって、関口さんに声をかけた。
「あの関口さん、お久しぶりです。許斐です」
「――ッ!? 驚きました……許斐さん方でしたか。申し訳ありません、声をかけられるまで知らない方々だと思っていました」
(あっ、そっか……認識阻害があったんだ)
関口さんとカノンが俺たちのことを「誰だコイツら?」と訝しんだ表情をしていたのに納得がいく。
メムメムの認識阻害のせいで、俺たちであることを認識できなかったんだ。声をかけたことで、ようやく魔術が解けて俺たちであることを認識できたみたい。
そう思うと、認識阻害って面倒なこともあるんだなと実感する。
普段は助かっているが、こういう時は融通が効かないところがある。
まあ、今それは置いておくとしよう。
「生カノンちゃん……キタァァァ」
「うわぁ、本当にアイドル来ちゃったよ……」
初めてカノンに会った楓さんは静かに喜びを噛みしめ、島田さんは放心している。
その間に、俺と灯里が、関口さんとカノンと軽く挨拶を交わす。
「関口さんもカノンもお久しぶりです」
「今日はよろしくお願いします」
「シローちゃんも灯里ちゃんも久しぶりにゃ。また会えて嬉しいにゃ。カノンの話を聞いてくれてありがとうにゃ」
「許斐さん、星野さん、本日はこのような場を設けて頂き誠に感謝致します」
挨拶を終えたところで、俺たちは席についた。
片側が俺たちのパーティーで、対面側にカノンと関口さんが並んでいる。
話を切り出したのは、関口さんだった。
「まず許斐さん、突然カノンが電話をおかけしてご迷惑をかけたこと、深く謝罪します。申し訳ありませんでした。本当なら私が直接お会いしたりメッセージでアポを取らなければならなかったのですが、許斐さんはSNSもやっていない様子で、直接お会いもしたかったのですが見かけることも出来ず、カノンに力を借りました」
「アンナちゃんは悪くないにゃ。カノンが勝手にやったことなのにゃ。ごめんなのにゃ」
「いえ、謝らなくてもいいですよ。驚きはしましたけど、別に不快に思ったりはしていなので」
関口さんはかなり前から俺たちに接触しようとしていたのか。
でも認識阻害の魔術があるから、会うことができなかったんだろう。彼女が困っているのを知って、カノンが自分で俺に電話をかけてきたんだろうという予想がつく。
「では、早速本題に入らせていただきます。今回は許斐様方のパーティーとDAで、二十一階層を探索して頂きたいと思います」
「二十一階層を探索って……それだけでいいんですか?」
「はい、他にしていただくことは一切ございません」
マジか……予めカノンから企画みたいなことはしないと知らされていたが、本当に探索するだけでいいのか。それってコラボって言うんだろうか。
そんな風に疑問を抱いていると、楓さんが関口さんに質問する。
「一つ、質問してもよろしいでしょうか」
「五十嵐さんですね。どうぞ、何でもお聞きください」
おお……この二人が会話をすると、一気にオフィスワーク的な雰囲気が出るな。
二人とも、仕事がデキる似た者同士っぽいし。
そんなアホなことを考えていると、楓さんは眼鏡を触って口を開いた。
「DAが私たちにコラボする理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか。超絶人気なDAが、わざわざ宣伝のために私たちとコラボするメリットがあるのでしょうか」
「DAは現在、新メンバーを仮加入しています。そのことはご存知でしょうか?」
「はい」
そうなのだ。
実はつい最近、DAは新しいメンバーを加入している。正式な加入ではないけど、DAの新メンバー加入は世間を大きく揺るがし、注目の的になっていた。
ただの加入だったらファンが騒ぐだけで世間が注目することもなかっただろうが、新メンバーに加入した人物が超大物だったのだ。
その人物はロシアの歌姫と呼ばれている、アナスタシア=ニコラエル。
アナスタシアはモスクワのオスタンキノ・タワーダンジョンを拠点として活動している冒険者だ。
基本はソロで探索しているのだが、時々ロシアの英雄、アレクセイ=アレクサンドロフのパーティーと組んでいることもある。
彼女はソロで三十階層を攻略してしまうほどの実力者だ。
そして何故アナスタシアが歌姫と呼ばれているのかというと、彼女の
アナスタシアの職業は『
その姿によって、ロシアでは歌姫と呼ばれていた。
そんな超大物のアナスタシアが日本に緊急来日し、さらにDAの新パーティーに仮加入したことは、日本を震撼させるには十分だった。
確か正式に発表したのは先週の日曜日で、月曜日からはずっと東京ダンジョンを探索していた気がする。
俺も彼女の歌は好きで、何度かダンジョンライブを見たことがあった。
俺たちがアナスタシアのことを知っていると伝えると、関口さんは話の続きを開始する。
「アナスタシアの仮加入により、DAの停滞気味だった人気は再び熱を上げることができました。ですがそれだけではまだ足りないと思い、勢いをさらに加速させるために許斐様方とコラボをしたいと考えております」
「それはやはり、メムメムさんが目当てですか?」
楓さんが切れ味抜群で問うと、関口さんは隠すこともなく肯定する。
「メムメムさんの人気にあやかろうという気持ちは確かにあります。ですがメムメム様個人というよりも、許斐様方のパーティーとコラボしたいと考えております。ダンジョンファンは、あなた方のパーティーに注目していますから」
「なるほど、そういう事だったんですね」
関口さんの話に、俺たちは納得する。
メムメムもそうだが、俺たちのパーティーも意外とダンジョンファンに好まれているらしい。あんまり実感はないけどね。
「勿論、タダでコラボして頂こうとは思っておりません。もしコラボして頂けるならば、こちらから三百万円ほどの報酬を払わせて頂きたいと思っております」
「「さ、三百万!?」」
関口さんの口から出た金額に、俺と島田さんが大きく口を開けて驚愕する。
さ……三百万って……一緒に探索するだけでなんでそんな報酬貰うことになるんだ?
困惑していると、冷静な楓さんが説明してくれる。
「経済効果を考えれば、三百万円は妥当でしょう。寧ろ、少ないかもしれません」
「いやいや、そんなに貰えないって! というか報酬だっていらないよ」
「それはできません。許斐様方の貴重な時間をこちらが使わせて頂くのですから、報酬はきっちりと払わせて頂きます。今回は企画ではなく一緒に探索して頂くという点から、三百万にさせていただきました。五十嵐様の言う通り、DAの利益を考えれば少ないです。上限は上げられますので、どうぞお好きな額を遠慮なくおっしゃってください」
「そう言われてもな……」
別にお金なんていらないんだけど、関口さんは頑なに払うと言ってくるし……。
どうしようと困っていると、背もたれに寄りかかっているメムメムが助言してくる。
「別にいいじゃないかシロー、貰えるものは貰っておこうぜ。彼女たちはボクたちを利用しようとしているんだろ? だったらなにも気にせず貰っておけばいいんだよ。ギブアンドテイクというやつさ」
「メムメム様の言う通りでございます。この世でタダほど怖いものはありません。私たちのためにと、受け取っていただけると助かります」
「えっと……皆は?」
灯里たちにどうするか尋ねると、それぞれ「いいよ」と了承する。
皆がいいなら、貰ってもいいか。関口さんの押しも強いし。
「わかりました、三百万円でコラボさせていただきます」
「ありがとうございます。交渉成立ということで、他のメンバーも今こちらにお呼び致します。少々お待ちください」
「みんな、ありがとうなのにゃ!」
関口さんとカノンからお礼を言われてしまう。
お礼を言いたいのはこっちの方だってのに。DAと会えるだけじゃなくて、三百万円もの大金を貰うことになってしまったのだから。
(はぁ~、なんか疲れたな)
まだダンジョンに行ってもないのに、俺は精神的な疲労を感じていたのだった。
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