第106話 ダイエット

 


「はぁ……はぁ……もう駄目、ちょっと休ませて」


「まだいけるよ士郎さん、ほら頑張って!」


「ひぇ~~~~」


 もう無理だと足を止め、息を切らしつつ膝に手をついてしまう。

 そんな情けない俺に、灯里が応援しながらも催促してきた。カエルのような鳴き声を発しながら、ヨタヨタと不格好なまま走り出す。


 ダンジョンの探索を終え、ギルドから帰ってきた俺と灯里は、日課になりつつある夜中のランニングを行っていた。

 何故突然ランニングを始めたのかというと、俺が言った「最近ちょっとだけお腹が出てきた気がする」という言葉が発端である。


 今までの俺は食べる量も少なく、そのせいで身体も細かった。だけど灯里が作ってくれる美味しいご飯を毎日三食お腹一杯になるまで食べていると、身体も太くなり健康になる。

 しかし最近食べ過ぎてしまっていたのか、ほんの少しお腹が出てきてしまったのだ。


 うわ~これ幸せ太りかな~と、ちょっと嬉しく思いながらお腹を触っていると、それを目にした灯里がダイエットのために運動しようと提案してくる。しかも俺のために、灯里も一緒に付き合ってくれるそうだ。


 運動不足なのは間違いないし、このままデブになって灯里に嫌われたくないと思った俺は、人生初めてのダイエットを決行する。

 やるのは一人だけじゃないし、灯里もいるから楽しくダイエットできるな~と呑気なことを考えていたのだが、それは浅はかな勘違いだった。


 なんと灯里はスパルタ教師だったのだ。


 昭和のコーチのように竹刀を振るったり怒鳴ったりはしないが、優しい言葉と笑顔で、もっとできるだろ! と催促してくる。


 彼女は元々運動が得意で、東京に来る前はダンジョンのために肉体を鍛え、愛媛のお爺さんの知り合いに格闘術を習っていた肉体派な女の子であった。

 今でも、平日は時間があればランニングだったりジムに通ったりしているらしい。


 そんな灯里に付き合って貰うことが間違いだったのだろう。


 軽い気持ちでダイエットを始めたはずが、ラ〇ザップかよと思うほどキツい運動に根を上げそうになる。

 けど灯里が笑顔で頑張れって応援してくれるので、俺はなんとかやっていくことができていた。


(くそ……魔力のコントロールが難しくなってきた!)


 ダイエットを行う際、メムメムに「ついでだから」と言われて魔力による身体強化の訓練も行っている。

 身体の内にある魔力を全体に浸透させるイメージだが、疲れてくると維持することができなくなってしまう。


 メムメムから魔力の使い方を教えてもらった以降も、魔術や魔力の訓練は行っていた。

 やはり一番大切なのは魔力の流れを感じ取ることで、それをするのに最適な魔術が身体強化の魔術なんだそうだ。


 身体強化は、魔力を強化させたい部分に集約させ、鎧を覆うイメージだ。

 そうすることで、通常の状態よりも運動性能が飛躍的に向上するらしい。


 魔術を発動し続けながら身体を動かすのはかなり難しかった。

 最初は慣れずに苦労したが、今ではランニングをしながらでも身体強化を保っていられている。


 そのお蔭で、俺はかなり速い速度で走っている。

 このままいくとマラソンの世界記録を優に更新することも可能だろう。だが身体強化ができるようになったからって、体力が増えるわけではない。

 逆に身体強化をしているせいで、体力の消耗が激しかった。


 因みに灯里も、俺と同じようにメムメムから魔術を習っている。

 灯里は俺よりも上達が早く、すでに身体強化をモノにしていた。そういうところを見ると、やっぱり灯里って才能があるよな~と小さな劣等感を抱いてしまう。


 でもそのかわり、灯里は火魔術のような魔術っぽい魔術は苦手らしい。

 逆に俺は魔術っぽい方が多少上手いみたいなので、少しほっとしたところはある。


「士郎さ~ん! もうちょっとで家だよ~! ラストスパート!」


「はぁ……はぁ……し、死ぬぅ~」


 横で並走している灯里に応援されつつ、街灯に照らされた道を亡者の如く走り抜けたのだった。



 ◇◆◇



「無理……も~無理だって」


「はい、ゆっくり飲んでね」


「あ、ありがとう……」


 へとへとになって帰ってきた俺は、床に転がってダウンしていた。

 そんな俺に灯里が飲み物を持ってきてくれたので、少しずつ口にくわえる。あ~、冷たくて生き返るなぁ。


「どうだいシロー、身体強化を切らさずにできたかい?」


「発動はし続けられたと思うけど、やっぱり疲れてくると不安定になっちゃうな。全体に流し続けられない」


「そうか。まあ発動を維持できたところで及第点は上げよう。さあ、休んでないで庭に出たまえ。今度はボクと魔術の訓練だ」


「えぇ!? 今から!?」


 メムメムの言葉に驚いてしまう。

 たった今へとへとになるまで走ってきたっていうのに、これから魔術の訓練なんて冗談じゃない。もう少し休ませてくれよと懇願したが、師匠は弟子に甘くなかった。


「何を甘えたことを言っているんだい。魔術の訓練は、疲労して頭を空っぽにさせた時こそ感覚が研ぎ澄まされ上達が早くなるんだ。こんなチャンスを逃す方がもったいない。ほら、早く立ちたまえ、灯里はすでに庭に行っているぞ」


「わかりましたよ……やりますよ」


 俺はため息を吐きながら立ち上がり、庭に出ようとする。


 その時、不意にスマホから着信音が鳴り響いた。

 誰だろうと思って画面を確認してみると、知らない電話番号からだった。


(たまにあるんだよなぁ、こういうの)


 知らない電話番号から電話がかかってくることは、時々あったりする。

 そういう時は大体が会社絡みや市役所などの公共施設なんだけど、たまに知らない人からかかってくることもあるんだよな。


 まぁ非通知でもないし、ちょっと怖いけど出てみるか。

 電話に出てスマホを耳に当てると、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。


『あっ! やっと出たにゃ!』


 にゃ?

 この声とこの語尾、どこかで聞いたことがあるような……。

 だけど顔が思い出せず、俺は相手にこう尋ねる。


「あの~、申し訳ありませんがどちら様でしょうか?」


『にゃにゃ?! もう忘れたのかにゃ! 私にゃ、カノンにゃ!』


「カ、カノン!?」


 名前を聞いて驚愕する。

 カノンは、DA《ダンジョン・アイドル》のメンバーの一人だ。

 以前、灯里がスカウトされた時に一度会ったことがある。

 言われてみれば、この喋り方と声は彼女のものだった。


 でも何故、カノンが俺に電話をかけてきたんだろうか……。

 いやその前に、どうやって俺の電話番号を知ったんだ? 俺は教えた覚えなんて一度もないぞ。


「ちょっと待って、どうやって俺の電話番号を知ったんだ?」


『それはアイドルの秘密事項にゃ』


 おい、それは一体どういうことだ。


『シローちゃん、SNSとか何もやってないから連絡を取るのに苦労したにゃ。折角カノンが電話番号を教えたのに、一回もかけてくれにゃいし』


「あっ」


 そういえばポケットに入ってたな、電話番号が書かれた紙みたいの。机に仕舞いそれっきりで、忘れてしまっていた。あの机はこっちの家にそのまま持ってきたし、まだ入ってるかもしれない。


『ひどいにゃ! ずっと待ってたのに一回もかけてくれなかったにゃ!』


「ご、ごめん……」


 いや、俺が謝る必要なくないか。

 カノンはトップアイドルだし、そんな相手においそれと一般人が電話をかけることなんて出来ないだろ。


「士郎さん、誰と電話してるの?」


「ふぇ?」


 いつの間にか近くにいた灯里に尋ねられ、ドキッと身体が跳ねてしまう。

 別にやましい事は何一つしていないんだけど、そこはかとなく灯里の顔が笑ってないことも相まって、どう答えようか迷ってしまう。


『あれ、もしかしてそこに灯里ちゃんもいるのかにゃ?』


「ああ、うん」


『丁度いいにゃ! 灯里ちゃんにも聞いて欲しいからスピーカーにして欲しいにゃ!』


 えっ、灯里が聞いてもいいやつなの?

 でも、電話の相手がカノンだってことは知られたくなかったな……後で問い詰められそうだし。


 そんな恐怖を抱きながら、俺は言われた通りにスピーカーモードにする。

 するとカノンは、電話越しでこう告げてきた。


『シローちゃん、灯里ちゃん、カノンからお願いがあるにゃ! 明日、DAとコラボして欲しいんだにゃ!!』


「「……え?」」


 彼女のお願いを聞いた時、俺と灯里は顔を見合わせてキョトンと放心してしまったのだった。

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