第105話 砂場の戦い
「はっくしょん! うう、身体がびしょ濡れだよ」
「えへへ、ごめんごめん」
豪快にくしゃみをするメムメムに、灯里が申し訳なさそうに謝る。
結局二人は全身が濡れるまで遊び倒し、私服に着替えて防具を乾かしていた。勿論着替える時は細心の注意を払い、大きなバスタオルで身体を隠しながら着替えを行っている。
いわゆるあれだ、女子校生が面倒臭がって更衣室に行かず教室で着替えてしまうようなやり方だ。
何故か分からないが、ダンジョンはエロ方面の動画には配慮して撮ったりしないのだが、念には念を入れる。灯里のあられもない姿を世界中に見せたくないしな。
日差しが強く暖かいので、濡れた防具もすぐに乾くだろう。
「楽しんでる場合でもなさそうですよ。モンスターが来ます」
「本当だ……あれは、ヤドカリか? あと黒いのはなんだろう」
呑気に遊んでいた俺たちの前に二体のモンスターが現れる。
そういえばここってダンジョンの中だったんだよな……平和に遊んでいたからつい忘れてしまっていた。
一体はヤドカリを大きくしたヤドカリンというモンスターだ。貝を背負っていて、黒くてつぶらな目玉が印象的である。全長が1メートルぐらいあるから、リアルな感じがしてキモかった。
もう一体のモンスターはわからない。
顔や手足がなく、黒い胴体が蛇のように長いモンスターだった。なんかウネウネ動いてどこはかとなく気持ち悪いな。
生理的に受け付けない外見に寒気を感じていると、楓さんが正体を教えてくれる。
「あれはナマークですね。恐らくナマコがモデルとなっているモンスターです。突然白い粘液を放出してくるので気を付けてください。一度引っかかってしまうと中々取れない上に、敏捷性がダウンしてしまいますから」
「りょ、了解……あれ、ナマコだったんだ」
ナマコを一度も見たことがなかったから、内心で驚いてしまう。
あんなに気持ち悪かったんだな……ナマコって。まあ通常よりかなり大きいのも不気味さに拍車がかかっている気がするけど。
「私がヤドカリンを引き付けます。士郎さんはナマークを、島田さんはフォローをお願いします。灯里さんとメムメムさんは、新たなモンスターが現れるまで待機していてください」
「任せたよ」
「みんなごめんね」
「プロテクション、ソニック」
灯里とメムメムはまだ防具が渇いていないので、戦闘には参加させない。今のところは二体しか出現していないので、三人でもなんとかなるだろう。
俺は楓さんの指示通り、ナマークと対峙する。
こいつはどんな攻撃をしてくるんだろうか。想像できないぞ。
「ウウウッ」
「っぶな!」
様子見をしていたら、ナマークが身体をうねらせながら突撃してくる。見た目の割りに案外機敏だ。
ギリギリ躱した後、今度はこちらから攻め込もうと斬りかかるも、後ろの部分を鞭のようにしならせて反撃してくるので、慌てて背後に飛び退く。
くそ、顔がないから攻撃が読みづらい。
接近戦を嫌った俺は、ならばと右手を翳した。
「ファイア!」
「ウヤアアッ?!」
右手から放たれた火球が着弾すると、ナマークは甲高い悲鳴を上げる。
よし、効いてるみたいだな。密林ステージでは俺の得意の火属性攻撃を使うことが全然できなかったけど、この場所では思う存分使うことができる。
俺はもう一度火球を放つが、身体をくねらせて回避されてしまった。
(そんなのありかよ?!)
確実に当たると思っていたのに、柔らかい身体を活かした回避に驚いてしまう。
直線的な攻撃は避けられてしまうな……なら、威力は落ちるけど範囲を広げるか。
「ファイア!」
俺は再び火属性魔術を放つ。今度は火球ではなく、範囲が広い火炎だ。
これにはナマークも避けられず、火炎を浴びてしまう。ただ、ダメージは低いようだ。
しかし怯んではいるので、その隙に接近を図り燃え盛る斬撃を繰り出す。
「フレイムソード!」
「ウウウッ」
ナマークの身体を火斬で真っ二つにすると、ポリゴンとなって消滅する。
これだよこれ、やっぱり火属性攻撃は頼りになるな。
ナマークを倒した俺は、楓さんに突撃しているヤドカリンに背後から斬りかかる。
――ガキンッ。
「硬っ!?」
ヤドカリンの甲羅に刃が通らず、弾かれてしまった。
通常攻撃が通じないことを知った俺は、ならばとパワースラッシュを放った。だが、アーツさえも弾かれてしまう。ダメージは入っていると思うが、微々たるものだろう。
なんて硬さだ、ここまで防御力が高いモンスターは今までいなかったぞ。
「士郎さん、本体を攻撃してください!」
「了解!」
「ヒギャ」
楓さんの指示を受けた俺は、横からヤドカリンに襲いかかる。甲羅と比べて本体は硬くなく、骨のように細い腕を斬り落とした。
悲鳴を上げている間に追撃しようとしたが、ヤドカリンは身体を振り回して甲羅による打撃を狙ってきた。
俺は回避しようとその場から飛び退こうとしたのだが、
(足がっ?!)
砂に足を取られ踏ん張りが効かず、一瞬遅れてしまった俺は甲羅に吹っ飛ばされてしまう。
「くっ」
「士郎さん!」
「大丈夫!」
「ヒール」
咄嗟にバックラーで防いだから直撃は免れた。それに柔らかい砂浜がクッションになってくれたので、衝撃もそれほどない。
念のため回復魔術をかけてくれた島田さんのお蔭で、痛みもすぐにひいた。
今になって気付いたが、砂の上での戦いって結構動きにくいんだな。
目には平坦に映って見えるが、足をついてみると深く沈む時がある。気を付けないと、転ぶ可能性すらあった。
砂浜では機動力が削がれてしまうな。慣れれば気にしなくなると思うんだけど。
俺はすぐに立ち上がり、しっかりと地面を踏み締めながら接近し、引き付けている楓さんに声をかける。
「楓さん!」
俺の意図を組み取った彼女が距離を取ったのを確認すると、俺は魔術を放った。
「ギガフレイム!」
「ヒイイイイイイイイッ」
ぶっ放した豪炎がヤドカリンに直撃する。
もがき苦しんでいるが、まだ死んではいなかった。なので俺は今の内に肉薄し、ヤドカリンの胸に剣を突き立てる。
それで体力を削り切ったのか、ヤドカリンはポリゴンとなって消滅した。
戦闘が終了したことを確認して、ほっと息をつく。
「お疲れ様です。戦い辛そうでしたね」
「うん。砂に足を取られる時が何度かあったよ。これからは意識しないとね。みんなも、戦う時は足場に注意してくれ」
自分が感じたことを皆に報告する。
特に灯里にはしっかりと伝えた。灯里は弓術士だが、下手したら俺よりも動き回るからな。
楓さんは
影響が出やすいのは俺と灯里だろう。
そこで俺は皆に提案する。
「今日はあまり探索しないで、この辺で新しいモンスターと環境に慣れておこう」
孤島ステージのモンスターは今までと勝手が違うっぽいし、この暑さや足場にも慣れておきたい。
そういった意図を伝えると、皆が賛成してくれた。
「その方がいいと思います。今日初めてきましたから、まずはステージの環境に慣れましょう。それに私たちはかなりハイペースで攻略してきましたから、士郎さんたちの適正レベルがやや低いです。なのでここらでしっかりとレベルを上げておいた方が無難です」
そういえばそうだった。
楓さんは一人だけレベルが高いけど、それ以外の四人はレベルが低い。
メムメムが加入してくれたからここまで気にせず探索できていたのだが、本来はもっと安全マージンを取るためにレベルを上げておかなければならないんだ。
密林ステージよりは全然戦い易いし、いっちょ本腰を入れてレベル上げしようかね。
「じゃあ、今日はレベル上げ頑張ろう!」
「おー!」
元気良くノってくれたのは灯里だけだった。
その後俺たちは、一日かけて新しいモンスターと戦いつつレベルを上げていったのだった。
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