第104話 孤島ステージ

 


「ふぅ……なんか緊張してきた」


「ふふ、なんで士郎さんが緊張するの」


「いやー僕も許斐君の気持ちは分かるなぁ。緊張というかワクワクだけどさ」


「ワクワクするのは当然ですよ。私もここから先は体験したことありませんから、凄く楽しみです」


「いいからさっさと行こうぜ~。こんなところで油を売ってても仕方ないんだからさ~」


 いつものように休日の土曜日にギルドにやってきた俺たちは、ダンジョンの二十階層に転移していた。

 階層主は倒しているので、ボスの姿はなく部屋は真っ白い空間に、帰還用の自動ドアと上に進む階段がある。


 二十一階層へ進む階段の前で、俺は緊張して立ち止まってしまっていた。

 その理由としては、この先の場所に期待と緊張をしているからである。


 一階層から十回層までは草原ステージ。

 十一階層から二十階層からは密林ステージ。

 そしてこれから行く二十一階層から三十階層は、孤島ステージなのだ。


 孤島ステージは別名、南島ステージと冒険者たちから呼ばれている。

 なぜ南島と呼ばれているのかというと、ステージの構造が現実世界の南国の島に似通っているからだ。


 気温はほんのり暖かく過ごしやすい環境で、綺麗な海がある。

 ぶっちゃけて言ってしまうと、ハワイに近い場所なのだ。

 冒険者たちは様々な理由でダンジョンを攻略していると思うが、その中の一つには孤島ステージにたどり着きたいという想いがあるだろう。


 勿論俺もそうだった。

 スマホの画面でダンジョンライブを見ている時、冒険者たちが孤島ステージで楽しそうにしていると、いいな~俺も一度だけでいいから行ってみたいな~と憧れを抱いていたのだ。


 そしてその憧れが、もうすぐ目の前に届く場所にある。

 だから緊張と期待が織り交ざった、よく分からない感情に包まれていた。


 俺は大きく深呼吸をして、覚悟を決める。


「よし、行こう!」


「「はい!!(うん!)(お~)」」


 謎の気合を入れて、俺たちは二十一階層への階段を上がったのだった。



 ◇◆◇



「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 転移の際に一瞬だけ視界が白くなり、回復すると目の前には楽園が広がっていた。


 眩しい陽光に当てられ燦然と輝く青い海。さらさらとした白い砂浜。ヤシの木に似ている木がそこかしこに生え立っている。

 日差しが強いからだろうか、気温は暖かいというよりもちょっと暑い。

 そしてほのかに、海の匂いが漂ってくる。


 ああ、ここが“冒険者の楽園”と呼ばれている孤島ステージか。

 期待していた通りの場所で、二十六歳の大人な癖に子供のように胸が高鳴っていた。


「きゃーー! 本当に冷たーい! でも気持ちーー!!」


 我慢できなくなった灯里が、豪快に砂浜を蹴って波打ち際に走る。

 さぁぁと音を立てる波に触れると、喜色い声を上げてはしゃいでいた。

 オーシャンブルーの海をバックに波打ち際できゃっきゃする美少女は半端なく絵になり、もうこれだけで来て良かったと胸中で嬉し涙を流す。


「ほらぁ、みんなも早く来てよ! 気持ちいよ!」


(やっぱり灯里は可愛いなぁ)


 笑顔で俺たちを呼ぶ灯里はめちゃくちゃ可愛かった。

 今はダンジョン用の防具を着こんでいるが、これがもし水着だったらと邪な妄想を浮かべてしまう。

 灯里はきっと白が似合うんだろうなぁ、それで楓さんは大人な感じで黒とか紫だろうか。

 って、俺はなにを想像しているんだ。気持ち悪いぞ。

 でも……やっぱり見てみたい気はする。


「ん~、しょっぱくはないですね」


「うわっ、すんごく綺麗だね。こんなに透明な海は初めて見たよ」


「はは、たかが海を見ただけでそこまで浮かれるかね」


 楓さんはダンジョン産の海をぺろりと舐めて味を確かめていて、島田さんは底まで見える綺麗な海に感動しており、メムメムはやれやれと首を振っていた。

 馬鹿にするように鼻で笑う魔術師に、灯里が後ろから忍び寄る。


「ドーン!」


「ふゅああ!?」


「あはははははは!!」


 灯里が背中を思いっきり押すと、メムメムはつんのめって前からバシャリと倒れてしまう。全身は濡れていないが、手や足の袖や髪が濡れてしまう。

 それを見て、灯里が指をさしておかしそうに笑っていた。


 ダンジョンの中で灯里がこんなにはしゃぐのを初めて目にした。

 やはり海は人を解放させるのだろうか……。


 メムメムはゆっくりと立ち上がると、にこやかな笑顔を作る。しかしその笑顔は笑っているようには到底思えず、背中からゴゴゴゴ! といった吹き出しが現れている気がした。


「アカリ……ボクは大人でもあるが魔術師でもある。そして魔術師には、やられたらやり返せという掟があるんだ。アクア」


「うぷっ!」


 やはり怒っていたのか、メムメムが魔術を発動して柔らかい水玉を灯里の顔面に叩きつける。

 濡らされて髪がびしょびしょになった灯里は、怒ることなく前髪をかき上げ、楽しそうに笑い声を上げた。


「やったね! じゃあこれならどうだ!」


「やる気かい? ボクに挑んだことを後悔させてやろう」


 灯里はバシャバシャと水をかけ、メムメムは魔術で応戦する。

 美しい少女たち――メムメムは見た目だけ――が水を掛け合い楽しそうに遊んでいる姿は微笑ましく、とても目の保養になる。


「いいね~海って」


「そうですねぇ」


 いつの間にか隣に来ていた島田さんと一緒に、うんうんと首を縦に振る。

 なんかもう今日はこれだけでお腹一杯に満たされた気分だった。


 ああ、ここは天国だろうか。

 いや、南島だった。

 いや、ダンジョンだった。


(冒険者の楽園……最高じゃないか)


 孤島ステージに来て早々、俺たちは探索をほったらかして綺麗な海を満喫していたのだった。

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