第103話 ポスター撮影

 


「それじゃあ許斐君と五十嵐君、午後からのポスター撮影頑張ってね」


「「はい」」


「本当ならメムメムさんにも協力して欲しかったんだけどね~チラ」


「すいません……メムメムはそういうのはちょっと」


「やっぱダメだよねぇ。いや、今のは気にしないでくれ。ダメで元々と試しに言ってみただけだから」


 宣伝部部長の日下部さんに頼まれるが、流石にメムメムを会社の事情に巻き込むことは俺の一存では不可能なので断る。


 合馬大臣はあまりメムメムをメディアに出したくないだろうと思うし、本人もそういうのは興味無いだろうし嫌がるだろう。


 俺と楓さんは、宣伝部に異動してから初めての大きな仕事に取り掛かろうとしていた。


 その内容は、ポスター撮りである。

 自社が提携している自動車と一緒に宣伝用の写真を撮ってもらうのだ。そのイメージキャラクターに、俺と楓さんが抜擢されたらしい。


 ゆくゆくは、よくテレビに流れているようなCMにも出る予定だそうだ。ポスターもそうだが、そんな大事な宣伝に俺なんかを起用していいのだろうかと不安を抱いてしまう。


 そういえば、アルバトロスの風間さんも車のCMに出ていたっけ。

 あの人はイケメンだから勿論テレビ映えしていたけど、俺のようなパッとしない冴えない男がテレビに出ていいのだろうか。

 楓さんだけでいいのではないかと思ってしまう。


「シロー、カエデ、ドライブとランチしながら撮影場所にイきましょう!」


「えっ、エマも一緒に来るの?」


「ハイ! ブチョウさんにお二人のエスコートを頼まれましタ!」


「そうなんだ。分かった、任せるよ」


「任せてクダサ~イ!」


 アメリカ支部から転勤異動してきたエマ・スミス。

 彼女とはかなり親睦を深めたと思う。というか、エマが遠慮なくグイグイくるから勝手に仲良くなったというべきか。


 エマは凄く明るく社交的で、俺だけではなく部内にいるほとんどの社員と友好的な関係を築いている。流石はアメリカンレディーというべきか、他人との距離感が日本人のそれとは全然違うのだ。


 ボディタッチは当たり前だし、女性社員にはよくハグをしている。

 女性社員も彼女に対して好印象を抱いているが、特に男性社員は骨抜きにされていた。

 曰く、あのアメリカンなおっぱいの破壊力は凄まじいとのこと。

 うん……その気持ちは凄くわかります。


 ただ、エマも楓さんだけは未だに攻略できていなかった。

 エマも仲良くしようと頑張っているのだが、楓さんは頑なに壁を作っている。


 その理由としては、他国が送りだした間諜なんじゃないかと疑っているからと、本人曰く「元々陽キャの人って苦手なんですよね」ということらしい。

 まあ楓さんも邪険にしているわけじゃないし、エマも諦めないようだし、いずれは仲良くなると思うけど。


 エマは人間関係が上手いだけではなく、仕事も優秀だった。

 俺と同じ日に異動してきたばかりなのに、もうあれやこれやと他の仕事を手伝っていた。元々いる社員が「これどうしましょう?」とエマを頼るくらいに優秀な存在である。


 本人は前も同じようなことをしていたからって謙遜していたけど、国も違うし働く場所も違うのに、そんなに早く慣れるのは凄いと素直に尊敬する。


 エマも凄いが、楓さんも負けないくらい仕事をバリバリにこなしていた。

 最早二人が宣伝部を引っ張っていくだろうと言っても過言ではないだろう。


 俺なんか今までの仕事と畑が違って戸惑って、まだ簡単なデスクワークしかしていないのに……。

 すぐ側に優秀な人間がいると、ちょっとだけ劣等感を感じちゃうよなぁ。


 俺と楓さんとエマの三人は、営業用の車を借りてポスターの撮影場所に向かう。

 因みに運転はエマだ。


 お昼を取るため、途中にカフェに立ち寄った。

 俺たちはそれぞれサンドイッチのランチセットを頼み、少々暑いけど天気も良いということでテラス席で食べ始める。


 すると、エマがサンドイッチを食べながらこう言ってきた。


「日本の食べ物は種類も色々あってオイシイんですけど、量が少ないですよね」


「やっぱりアメリカだとサイズとか違うの?」


「ソウデスね、日本のMやⅬサイズがアメリカだとSサイズな気がします」


 へぇ、やっぱりアメリカって日本と比べたら量が多いんだな。

 その他にも日本と外国の違いを色々聞いていると、話題がダンジョン関係のことになる。


「そういえばシローとカエデは冒険者ナンですよね?」


「そうだよ。とは言っても俺はつい三ヶ月前くらいになったばかりだけどね。楓さんはほとんど最初の方から冒険者をやってるよ。ねえ楓さん」


「……そうですね」


「やっぱりソウナンデすね! お二人の口から全然ダンジョンの話が出てこないから、影武者ナンじゃないかと思いましたよ。それか分身の術を使っていたりとか! ニンニン」


 エマは俺たちのことをそんな風に思っていたのか。

 まあ普段外ではダンジョンの話とかしないしな。それにしても外国の人って結構忍者の文化好きだよね。


「シローやカエデはアメリカでも大人気デスよ! ファンもたくさんいまーす! モチロン、ワタシもシローとカエデが大好きです! 会えて光栄でした!」


「そ、そうなの?」


 そんな風に喜ばれるとなんか照れるな。

 日本では騒がられているけど、アメリカでも俺たちのダンジョンライブって見られているんだな。あんまり実感なかったけど、国を越えて色々な人に見てもらえるのって嬉しいな。ちょっと恥ずかしいけど。


 俺が照れていると、楓さんが口に運んでいたコーヒーカップをカチャリと皿に置いて、鋭い眼差しでエマを見ながら問いかける。


「人気なのは、メムメムさんなのではないですか?」


「メムメムも人気デース! だって異世界のエルフなんデスよ!? 人気になるのは当たり前だのくらっかーデスよ!」


 随分と古いギャグを知ってるな……。

 エマの言う通り、メムメムは外国でも大人気らしい。初めての異世界人なのだから、そりゃそうだろうと思うけど。


「エマさんも、メムメムに会いに日本に来たのではないですか?」


「ノンノン、ワタシはお仕事で日本にキマシタ! あっでも、会わせてくれるならゼヒ会ってみたいデ~ス!」


「……」


(なんだろう……この異様な雰囲気は)


 楓さんは険しい表情を全然崩さないし、エマはずっとスマイルを保ったままだし。

 楓さんがエマから情報を得ようとしているのはなんとなく察せるが、エマはずっと笑顔でのらりくらりと躱している気がする。

 やっぱり楓さんはエマのことを疑っているんだろうか?


「おっと、そろそろ時間デ~ス。もっと楽しくおしゃべりしたいのはヤマヤマですが、遅刻しちゃうと怒られてしまうのでイキましょーか」


「そうですね」


 そう言うと、二人は席を立ってトレーを片付けにいく。

 俺は残りのコーヒーを飲み干すと、なんとなくため息を吐くのであった。



 ◇◆◇



「カエデはイイですね~、次はスマイルくださ~い! シローはまだ硬さがヌけませんね~もっとリラックスリラックスですよ!」


(そんなこと言われてもすぐには出来ないって~!)


 撮影場所に訪れて俺たち。

 軽く挨拶をした後、すぐにメイク室に連れてかれてしまう。

 そこで俺は人生で初めての化粧をしてもらった。なんだか肌がとても若々しくなっているし、青髭は綺麗さっぱり隠れているし、髪も清潔かつオシャレにセットしてもらった。


 メイクが終わったあとの俺を鏡で見てみたら「これ本当に俺?」と頭の上に?が浮かんでしまうぐらい別人になっているし「あれ、俺ってもしかしてイケてない?」と勘違いしてしまうぐらいイケていた。

 メイクの力って凄いんだな~と改めて実感したよ……。


 その後は撮影用のスーツを纏い、撮影場所に向かう。

 後から来た楓さんは、つい見惚れるほど美しかった。


 普段もナチュラルなメイクをしていて綺麗なのだが、がっちりメイクすると美しさが洗練されているというか、背が高いことも相まってまるでパリコレモデルかと思ってしまうぐらいに輝いている。


 用意ができた俺たちは、早速撮影に入った。

 一人で撮ったり、楓さんとツーショットで撮ったり、用意されている車と一緒に撮ったりと多くのパターンで撮っていた。


 だけど俺と楓さんもこういったことは初めての素人でガチガチに緊張してしまい、中々思うように良い写真が撮れないでいた。


 現場の反応がイマイチな空気を察したのか、突然エマが敏腕カメラマンの如く声をかけてくれたのだ。


 素人が口出ししていいのかよ……と呆れたが、彼女の声を聞いているうちに緊張も解けて、周囲の反応も良くなっていった。俺だけではなく、楓さんも徐々に硬さが取れていた。


「お疲れ様でした~! お二人とも最高でしたよ!」


「あ、ありがとうございました。お疲れ様です」


 全ての撮影が終わると、俺たちはようやく慣れないことから解放される。

 でも、最初は緊張したけど最後のほうは意外と楽しかったな。良い経験ができて良かったよ。

 それもこれも、エマが俺たちの緊張をほぐしてくれたお蔭だな。


「エマ、今日はありがとう。エマがいなかったら酷いことになってたよ」


「どういたしましてデス。シローもかっこよかったデスよ!」


「ありがとうございます。エマさんのお蔭で何事もなく終わりました」


「カエデもベリベリグッドでしたよ! それとカエデはもう少し普段もメイクを頑張ってもいいと思いマ~ス!」


 今日は本当にエマに助けられたな。

 彼女が一緒について来てくれて、本当に良かったと心の底から思ったのだった。



 ◇◆◇



 夜。

 エマ・スミスが車を走らせていると、スマホに着信がかかる。

 彼女は車のBluetoothを使用し、電話に出た。


「ハイ、どちらさまデスか?」


「楽しくやってるようだな、Aよ」


 相手の声を聞いた瞬間、エマの顔は士郎たちといる時とは別人の顔となる。


「そこそこ楽しんでるわ。キャラを作るのは大変だけどね」


「ターゲットとは親密な関係を築けそうか?」


「私を誰だと思ってるのよ。余裕に決まってるでしょ。とくにシローなんてチョロすぎて何度笑いを堪えたか分からないわ。楓はまだ私のことを警戒してるようだけど、今日も上手くやったし、時間の問題ね」


 士郎が聞いたら「誰だお前」と心底驚くぐらい、エマは声音も喋り方も別人となっていた。


「流石は数々のターゲットを堕としてきたAといったところか。どうだ、例の異世界人とは接触できそうか?」


「それはまだ無理そうね。もう少し時間をかければ、ホームに招待してもらえると思うけど」


「そうか。まあ焦らなくていい、時間制限があるミッションでもないしな。着実にターゲットと関係を築いてくれ。ただ、やりすぎないようにしてくれよ。シローはアカリとカエデとペアみたいだからな。三人の関係を引き裂くような真似は慎むように」


 電話の相手がそう注意すると、エマは艶めかしく舌で唇を舐めたあと、こう告げるのであった。



「あら、それはシロー次第じゃないかしら?」

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