第100話 煌めく凶刃
「許斐君! うわぁ……これはひどい」
メムメムと楓がキングトレントを引き付けている間に、拓造は気絶している士郎のもとまでやってきていた。
肺が潰れているのか口から血が垂れていて、左腕は有り得ない方向に曲がっている。
はっきり言って死に体だ。よくこの状態でまだ息があるなと思ってしまうぐらいに、瀕死の重体だった。
「ハイヒール! ハイヒール!」
拓造は上級回復魔術を二回連続でかける。士郎のHPならこれで全快近く回復する筈だ。
折れた腕が治り、潰れた肺も元に戻った。だが目を覚ます気配はない。
隻眼のオーガの時に自分が気絶したように、回復させたからといってすぐに目が覚めるわけではなかった。
「起きるんだ許斐君! 起きないとみんながやられてしまう! 星野君もだ! それでもいいのかい!?」
拓造は心を鬼にして、士郎の頬を叩いたり身体を強く揺らしたりする。
本当なら意識のない患者にこんな真似はしたくないのだが、起きた時に誰よりも士郎が後悔すると思ったから、拓造は無理にでも起こそうとしているのだ。
「ウッホホ」
「くっ……黙って見ててくれよ」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
士郎と拓造のもとに、灯里の近くで静観していたはずのシルバーキングが下卑た笑みを浮かべながら迫っていた。恐らく回復した士郎を再び殺そうとしているのだろう。
拓造でもなんとなく察せるくらい、このモンスターは灯里と士郎に執着しているからだ。
拓造は収納空間から死神の鎌を引き出すと、士郎を守るように構える。
「ははっ、こうやって対峙すると凄く恐いよ。許斐君はよくこんなおっそろしいモンスターと一人で戦えていたね。全く尊敬しちゃうよ」
自分よりも巨体で、全身から強者のオーラを醸し出している。
キングモンスターはそれが顕著で、真正面で対峙する拓造の足はガクガクと震えていた。
情けないほど脅えていた。
それは仕方ないことだろう
今まで彼は、強敵相手とまともに対峙したことがないからだ。
いつも後方で、仲間の回復を担ってきた。
それも立派な役目だ。仲間の命を救う大事な一員であることには変わりはない。
だが、負い目を感じていなかったといえば嘘になる。
仲間が必死に戦っている中、自分だけ安全な場所で見ているだけなのだから。
だからいざこうして強敵と向かい合うと、立っているだけでいっぱいいっぱいだった。
彼は気が強い方ではない。
士郎のように勇敢ではない。
だが、大切な仲間を見捨てるほど弱い男ではなかった。
「来い! ここは絶対に通さないぞ!」
「ウホオオオオ!!」
虚勢を張る拓造にシルバーキングが襲い掛かろうとした――その時。
雨が降り注いだ。
「アローレイン!!」
「ウガアアアアアア!?」
シルバーキングの肉体に矢の雨が降り注ぐ。
アローレインは【弓術5】スキルのアーツだ。このアーツを扱える者は一人しかいない。
その者は――灯里だった。
「星野君! 良かった、気が付いたんだね!」
「島田さん、士郎さんをお願い! こいつは私がやる!」
シルバーキングを攻撃したのは目覚めた灯里だった。
彼女は起きた瞬間に周りの状況を確認し、倒れている士郎と守るように立っている拓造と自分を襲ったシルバーキングを見て、一瞬で攻撃を仕掛けたのだ。
状況判断が余りにも早い気がするが、それは士郎のお蔭でもある。
士郎のことなら、灯里の能力は十二分に発揮される。
「よくも士郎さんを傷つけたな。お前だけは絶対に許さない」
弓を構える灯里の身体は、桃色に光り輝いていた。
◇◆◇
「どうやら灯里が起きたようだ。全く、タクゾウが殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「そうみたいですね……無事でよかった」
キングトレントの根による遠隔攻撃を躱しながら、メムメムと楓は灯里が目覚めたことを知って安堵する。
これで僅かに形勢は回復したが、それでも綱渡りな状態なのは変わらない。
そこで魔術師は、状況を打開するための策を楓に伝える。
「カエデ、ボクはこれから切り札を使って奴を倒す。が、切り札を使ってしまうとボクは当分魔術が使えなくなってしまう上に動けなくなってしまうんだ。けどボクのことは気にせずアカリたちを助けてやってくれ」
「そんなことできるんですか?」
「できる。ただし、使うには少々時間がかかってしまう。奴の次の攻撃パターンは枝による攻撃だ。悪いけど、引き付けておいてくれなか」
「分かりました。必ず守ります」
階層主を一撃で倒せる切り札を使うといったメムメムの言葉を信じた楓は、少しだけ前に出て【挑発】スキルを発動する。
「プロバケイション!」
「ゲゲゲゲ!」
楓の挑発に釣られ、キングトレントは枝による攻撃を楓に集中させる。
彼女が受けきっている間に、メムメムは切り札を行使するための準備を始めた。
両手を高く上げると、上空にエネルギーの球体が出現する。
「イメージは元〇玉さ。一度やってみたかったんだよね」
ただいま絶賛ドハマり中の某人気漫画の主人公の必殺技を想像する。
小さなエネルギー球体は徐々に膨らんでいき、巨大な星が完成された
倒すのに十分な威力を込めたそれを、キングトレントに撃ち落とす。
「【
ふり落ちた巨星は、音もなくキングトレントの存在を消し飛ばした。
衝撃の轟音もなく、悲鳴すら上げることができず、階層主は極光と共に跡形もなく消滅したのだ。
「凄い……」
恐らくメムメムのユニークスキルである【消滅魔術】を使ったのだろう。
切り札の威力に驚愕している楓に、ぶっ倒れてピクリとも動けないメムメムが催促する。
「何をしている、早く行ってあげてくれ」
「分かりました。必ずみんなと戻ってきます」
タッタッと離れていく足音を聞きながら、メムメムはやれやれといった風にぼやいた。
「う~ん、この魔術はやっぱり使えないな。魔術も使えなくなる上に動けなくなるなんて、魔術師として失格だよ。先生が見たら呆れて馬鹿者と怒られてただろうね」
◇◆◇
「ななな、なんだ今の!?」
「ウホオオオ!」
「はっ!」
突如現れた極光に驚いている拓造の横で、灯里とシルバーキングは気にも留めず激戦を繰り広げていた。
シルバーキングはなんとか接近しようとするが、灯里は左右後方に逃げながら矢を放っている。
ユニークスキルの効果で矢の威力は上がっているが、シルバーキングの耐久力が高くて致命打を与えられない。それどころか攻撃を見切られ始めている。
「はぁ……はぁ……」
ずっと逃げ回りながら攻撃していたため、体力の消耗が激しかった。
このままでは接近を許してしまうのも時間の問題だろう。
「パワーアロー!」
眉間を狙って豪矢を放つが、首を傾けることで紙一重で躱されてしまう。
ニヤっと笑みを浮かべたシルバーキングは、地面の土を掬って灯里に投げつける。
「ぐっ」
ダメージはないものの、目くらましをされた灯里の足が止まってしまう。
その好機を見逃さず、銀王猿は瞬く間に距離を潰して拳を振りかぶった。
「――っ!?」
「シールドバッシュ!」
「ウホ!?」
拳を放つ寸前、楓が横から盾攻撃を繰り出してシルバーキングを跳ね飛ばす。
頼れる仲間の参戦に、灯里の顔がほころんだ。
「楓さん!」
「灯里さん、私が抑えますのでその間に攻撃してください!」
「うん!」
「ウガアアアアアア!!」
邪魔をされて苛立つシルバーキングは、雄叫びを上げながらドドドとドラミングをする。
それは知能値を下げることで自身の攻撃力を上げるスキルであった。
怒り狂うシルバーキングは、凄まじい勢いで接近して楓に殴りかかる。
「ぐっ」
楓の表情が苦痛に歪む。
盾で防御をしているはずなのに大ダメージが襲ってきた。このままでは受けきれない。
「ハイヒール!」
「島田さん、GJです!」
「チャージアロー!」
「ウガッ」
良いタイミングでの回復支援をしてくれた拓造に感謝を告げる。
しかし身体が回復したところでジリ貧なのは変わらない。灯里の攻撃力ではシルバーキングを倒す前にこちらが力尽きてしまうだろう。
倒せるだけのアタッカーが足りなかった
「ウガアアアッ!」
「――っ!?」
シルバーキングが両手を重ね、ハンマーの如く重い強打を繰り出そうとしたその時。
一陣の風が吹いた。
「アスタリスク!」
「ガアアッ!?」
「「士郎さん!?」」
銀王猿の背中に攻撃を叩き込んだのは、意識を取り戻した士郎だった。
彼は目を覚まして状況を確認後、飛び起きてシルバーキングに駆け出していたのだ。
大切な人が目を覚まして喜んでいる仲間に、士郎は険しい表情で叫ぶ。
「もうひと踏ん張りだ! 行くぞ!」
「「了解!」」
「ソニック! みんな頑張って!」
士郎の言葉に灯里と楓が応え、拓造は最後の魔力を使い切って全員に【加速】を付与する
身体が軽くなった士郎たちは、最後の攻撃を仕掛けた。
「ウガアア!」
「はああ!!」
シルバーキングの拳打を楓が受け止めて、その間に士郎が影から飛び出て剣を振り上げる。
カウンターを放とうとしたシルバーキングの眉間に、灯里が射った豪矢が突き刺さる。
隙ができた懐に潜ると、士郎は渾身の斬撃を放った。
「アスタリスク!!」
「ウガアアアアアッ!!」
強烈な一打を浴びて絶叫を上げる銀王猿。
それでもまだ倒しきるまでには至らなかった。シルバーキングは目の前にいる士郎を憎しみを孕んだ目で睨むと、右腕をガシリと掴む。
「しまっ――」
「士郎さん!」
「このっ」
剛腕に掴まれ逃げることはできない。
楓も助けに行くには距離があるし、灯里も矢を放とうとするが間に合わない。
シルバーキングは右腕を振り上げ、拳を固く握って身動きのできない士郎目掛けて思いっきり振り下ろす。
――その前に、凶刃が煌めいた。
「やあああああああああ!!」
「ウガアアアアアッアア!!」
雄叫びを上げながら拓造が死神の鎌でシルバーキングの背中を斬りつける。
銀王猿は絶叫を上げ、膝から崩れ落ちるように倒れ。
身体の端からポリゴンとなって、消滅したのだった。
「……あははは、倒しちゃった」
やってしまった感を出しながら後頭部を掻く拓造に、三人が喜びの声を上げながら一斉に飛びついたのだった。
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