第99話 魔術師の策略

 


「ふむ、やはりボクの予想は当たっていたか。流石だよシロー」


 キングトレントの攻撃を躱しながら、その奥でシルバーキングと戦っている士郎を見て関心するメムメム。


 彼女は士郎に、一人で銀王猿の相手をしてくれと頼んだ。

 それは無茶でも無理でもなく、士郎ならやれると思っていたからである。


(やっとエンジンがかかってきたようだね。その状態の君なら、あの猿一匹ぐらいどうにかできるだろう)


 メムメムはタブレット端末で、士郎のダンジョンライブを二つだけ視聴していた。

 それは隻眼のオーガとの戦いの時と、日本最強の冒険者である神木刹那と戦った回であった。


 その二人と戦っている時、士郎は驚異的な集中力を発揮し、未来でも見ているかのような神がかった動きをしていた。


 だが本人に聞いたところによると、あれは自由になれるものではないらしい。

 調子が最高に良い時に、あの状態になれるそうだ。


 異世界にいた時でも、戦場でそういった類の戦士は何度か見たことがある。

 敵にもいたが、仲間のドワーフの戦士オルドロも、たまにだが理解不能な馬鹿力を発揮している時があった。


 それは危機的状況に陥った時や、ただ目の前の相手を倒すんだという無我の境地に達した時になることが多いらしい。

 士郎の覚醒状態も、きっと同じ類のものだろう。


 それを聞いてから、メムメムは士郎の戦いを観察していた。

 本人の言う通りあの状態になれることは少ないが、条件の共通点はなんとなくだが見つけられた。


 それは敵が自分より強いことと、一対一であることだ。

 その場合に覚醒状態に入ることが多い気がする。

 だからメムメムは敢えて、シルバーキングの相手を士郎一人に任せたのだ。


 恐らく士郎は、キングトレントのような化物型で範囲攻撃をしてくるモンスターは苦手で、人型で近距離攻撃をしてくるモンスターは得意だろう。


 彼女の予想は当たっていて、士郎は覚醒状態に入りシルバーキングを抑えるどころか倒してしまいそうな展開に持ち込んでいた。


 このままやれば、士郎がシルバーキングを倒すのも時間の問題だろう。

 そう思ってキングトレントの攻撃を回避していた時、信じられない光景が目に入った。


「士郎さん!!」


「許斐君!!」


 シルバーキングの罠に引っかかった士郎が、モロに攻撃を受けてしまったのだ。


 蹴っ飛ばされたボールのように吹っ飛ばされた士郎は、地面に倒れて起きる気配がない。

 ポリゴンになっていないのでHPはギリギリ残っているようだが、ダメージによって意識を失ってしまったようだ。


「最悪の展開だね」


 吐き捨てるように愚痴を呟くメムメム。

 単純に戦力を失ったのも痛いが、士郎がやられて楓と拓造に動揺が広がっている。


 このままでは二人にもミスが起きて全滅するのも時間の問題だろう。

 シルバーキングがこの後こちらに干渉してくるかは不明だが、立て直すのは非常に難しい。


 ――だが、と。


 メムメムは何でもないように平然としていた。

 彼女にとってこのような窮地は、幾度となく潜り抜けてきた。

 ここからパーティーを立て直すことができないようでは、魔王を倒した魔術師の名が廃る。

 なによりも、あの三人に馬鹿にされるような気がした。


「タクゾウ、持っているマジックポーションをボクにくれ」


「う、うん」


 いつの間にか拓造の隣に移動していたメムメムが催促すると、彼は収納空間からマジックポーションの瓶を二本渡す。

 メムメムは一本を飲み、残りの一本は懐に仕舞いつつ拓造に作戦を伝える。


「タクゾウはシローのところに行って回復してあげてくれ。木の妨害は僕が防ぐ。もしあの猿が追っかけてきたら逃げてもいい」


「わかった……でもメムメム君、僕は仲間を置いて逃げたりはしないよ」


 怯えつつも無理矢理笑顔を作る拓造に、メムメムは「それは悪かったね」と謝罪して楓のもとへ向かう。


「ゲゲゲゲゲ!!」


「ぐっ!!」


 キングトレントの攻撃を楓は一人で受けきっていた。

 いくら彼女でも、たった一人で引き付けるのは難しく何度か被弾していた。それでも耐えていられるのは、防御力が高いステータスと拓造のプロテクションあってのことだった。


「グゲゲッ!」


 キングトレントの本体から、人間の手のような大きな枝が二本伸びて楓に迫る。

 枝による打撃攻撃は対処できるが、掴み技をしてくる木の手は相性が悪い。


「グラビティ」


「グゲッ!?」


 メムメムが発動した重力魔術が、二本の手を地面に圧し潰す。

 楓の背後に回ったメムメムは、これからの作戦を伝えた。


「タクゾウを士郎のところへ行かせる。【挑発】を使ってくれないか」


「プロバケイション!」


 頼んだ瞬間に魔術を発動した楓に、メムメムは「流石だよ」と言って、


「ボクとカエデであの木を倒そう」


「たった二人でどうやって倒すんですか」


「あいつの攻撃パターンは三つ。多くの枝による物理攻撃と根による遠隔攻撃と二本の手で掴んでくる攻撃。それは理解しているね」


「はい」


「枝の攻撃はカエデに任せるよ。手の攻撃はボクが対処する。遠隔攻撃は二人で避ければいい。あいつの攻撃パターンは既に把握した。カエデがボクと呼吸を合わしてくれたら、やれないことはない」


「やりましょう」


「頼もしい盾役タンクだよ、君は」


 キングトレントの枝攻撃を楓が捌いている間に、メムメムが風魔術で攻撃を仕掛ける。

 木の手は重力魔術で圧し潰し、根の遠隔攻撃はメムメムの合図で回避していた。


 たった二人だけで、階層主を翻弄している。

 それが出来るのは、メムメムの正確なタイミングでの対応のお蔭だった。

 キングトレントが攻撃するほんの少し前に楓に合図することで、完璧な立ち回りができていたのだ。


 それを可能にしているのは士郎のように特別な能力があるのではなく、積み重ねられた経験だった。


 異世界の魔獣や魔族や人間は、自分の想像もつかないことをやってくる。

 それに比べてダンジョンのモンスターは、攻撃パターンが機械的で非常に分かり易い。


 前半で、メムメムはキングトレントの攻撃パターンや攻撃モーションを確認していたことで、今では予測可能なまでに至っている。


 キングトレントは最早、丸裸にされているも同然だった。


「さあ、さっさと倒して士郎たちを助けに行こうじゃないか」



 ◇◆◇




 夢を見ていた。


『――危ない!』


『え――』


 最悪な悪夢だった。

 自分が帰りたくないと我儘を言った所為で、庇った士郎がホーンラビットの角に突き刺されてしまった。


『ごはッ!』


『士郎さん!!』


 胸と口から血が流れ、徐々に冷たくなっていく身体。

 もう手遅れで、このまま死んでしまうと感じていた。


『士郎さん! 士郎さん!』


 どれだけ叫んだところで回復されるなんてことはなく。

 士郎の身体は目の前で、ポリゴンとなって呆気なく、儚く散ってしまった。


『あ……ああっ……』


 殺してしまった。

 ホーンラビットがやったんじゃない。

 自分の我儘が彼を殺してしまったのだ。


 どれだけ痛かっただろう。

 どれだけ苦しかっただろう。


 もう、あの時のような悲しい思いはしない。苦しい思いはさせない。


 どんなことがあっても、士郎を死なせたりしない。

 あの時あの場所で、灯里は己に強く誓った。


『そうだよね』


 ――誰?


『大切な人が今、貴女を助けようとして、また死にそうになってる』


 ――士郎さんが、また死ぬ? 私のせいで?


『まだ間に合う。早く起きて』


 ――死なせない。もう二度と、私の目の前で士郎さんを死なせるもんか。


『貴方の愛を、××は信じてる』


 ――待ってて士郎さん。


 今行くから。

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