第96話 最悪の展開

 


「シルバーキング……フォーモンキーの最上位種、キングモンスターです」


「ウホホホホホホホホ!!」


 突然現れた銀色の毛並みをした大きなゴリラ――シルバーキングの出現に、俺たちは狼狽していた。


 最上位種であるキングモンスターなのもあるが、奴は何故か灯里のことを攻撃せず攫ったまま脇に抱えている。


(何なんだあのモンスターは……どうして俺たちを害さず灯里を狙ったんだ!?)


 モンスターが冒険者を攻撃しようとせず攫うというパターンは初めてで狼狽してしまう。

 そんな意味不明な行動、ダンジョンライブでさえ見たことなかったぞ。


「だめっ! びくともしない!」


「ウホホッ」


「くそ、灯里を離せ!」


 両腕ごと抱えられている灯里は脱出を試みるが、シルバーキングの膂力に勝てず振りほどけない。


 くそ……どうすればいいんだ!

 木の上にいるから近寄れないし、遠距離攻撃も灯里に被弾してしまう可能性があるから迂闊に攻撃できない。

 助ける手段が思いつかず焦燥感を抱いていると、冷静なメムメムがこう言ってくる。


「落ち着けよシロー。見たところあの猿は今すぐアカリをどうこうしようとは思ってないようだぜ」


「そうですね。少しだけ様子を見ましょう」


「でも、冒険者を攫うモンスターなんて初めて見たよ。あんな行動パターンをするモンスターもいるんだね」


「私も今まで見たことありません。恐らく異常種イレギュラーでしょう」


 島田さんの疑問を楓さんが答える。

 また異常種か……何で俺たちばっかりそんな珍しいモンスターとエンカウントするんだよ、おかしいだろ。

 心の中で悪態を吐いていると、シルバーキングは暴れている灯里の首筋をドンッと強く叩いた。


「うっ……」


「灯里!?」


 首を強打され、意識を失ってしまい力が抜けたようにぐったりする灯里。そんな彼女を見ながら下卑た笑みを浮かべるシルバーキングは、木から木へとジャンプしてその場から移動しようとする。


「連れて行っちゃったよ!?」


「待て!」


 俺たちは、灯里を連れ去ったシルバーキングを急いで追いかける。

 移動速度はそれほど速くなく見失うことはなかったが、中々追いつけないし止まらない。

 あのゴリラは一体どこに行こうとしているんだ? 目的地があるのか?


 不可解な行動に疑念を持っていると、シルバーキングがやっと木の上から降りた。

 今がチャンスだと急いで追いつこうとした時、奴の行く先にある物に目を奪われて足が止まってしまう。


「階段!?」


「まさかっ!?」


 シルバーキングの目の前には上の階層へと繋がる階段があった。


 そんな筈がないと否定したが、嫌な予感は当たってしまいシルバーキングは灯里を抱えたまま階段を駆け上がってしまう


「嘘だろ……」


「最悪の展開ですねっ……」


「何が最悪なんだい?」


 楓さんの言葉に反応したメムメムが問いかけると、楓さんは険しい表情を浮かべながら説明する。


「今私たちがいる階層は十九階層です。という事は、シルバーキングが今登った階段の上は二十階層……階層主がいるボス部屋なんです」


「なるほど、それは厄介だね。このまま灯里を助けに追いかけたら、少なくとも二体の強敵と戦う羽目になるのか」


「……その通りです」


「それで、どうするんだ? このまま灯里を助けに行くのかい? それとも見殺しにしてボクたちだけ先に帰ってしまうかい?」


「「――っ!!」」


 メムメムの出した二つの案に、俺たちは口を開くことができなかった。


 正直に言えば、俺は今すぐにでも灯里を助けに行きたい。


 だけどこの先には、異常種のシルバーキングだけでなく階層主のボスモンスターも待ち構えている。キングモンスターであるシルバーキングを相手にするのだけでも厳しい戦いになるのに、その上階層主とも同時に戦わなくてはならないのだ。


 そんなの自殺行為と変わらない。

 99パーセントの確率で、俺たちは負けて全滅するだろう。


 ダンジョンで死んでも、本当の世界で死ぬわけではない。

 だからここで灯里を見捨て、俺たちだけ現実世界に帰るのが一番良い案なのだろう。


(そんなこと、できるわけがない!)


 灯里を見捨てるなんてこと、俺にできるはずもなかった。


 もし彼女を助けに行かず見捨ててしまえば、俺は二度と灯里と一緒にダンジョンに行けなくなってしまう。俺自身がそんな真似許さない。


 でも、ほぼ負けて死ぬと分かっている戦いに他の人を巻き込むわけにはいかない。

 だから俺は、三人に向かってこう告げた。


「楓さんたちは帰っていてください。俺は一人で灯里を助けに行きます」


「そう言うと思ってました。ですがその提案は聞き入れません、私も灯里さんを助けに行きます」


「勿論僕もね!」


「なっ!? このまま行ったら死ぬかもしれないんですよ!! 俺のわがままに楓さんたちを巻き込むわけには――」


 楓さんは俺の言葉を遮り、怒った声音で、


「何を言ってるんですか。私たちは“仲間”です。仲間の誰かがピンチになったら、助けに行くのは当たり前です」


「そうだよ! 僕たちは仲間なんだ。それは許斐君や星野君がずっと言ってくれていたことじゃないか! それともなにかい、本当は仲間だと思ってくれてなかったのかい?」


「いえ……そんなことはないです」


「だったら一人で行くなんてつまんないこと言わないでくれよ。確かに死ぬのは恐いけどさ、星野君を見捨てることに比べたら屁でもないさ」


「島田さんの言う通りです。士郎さん、みんなで灯里さんを助けに行きましょう」


「楓さん……島田さん……」


 俺は馬鹿だった、阿呆だった。

 一人でどうにかしなくちゃいけないって、楓さんたちに迷惑をかけられないって勝手に思い込んでいた。

 けれど、それこそ思い違いだったんだ。


 二人が仲間だと言ってくれて、死ぬかもしれないのに一緒についてきてくると言った時、凄く心強かった。嬉しかった。


「楓さん、島田さん、ありがとう」


「話は決まったようだね。ではさっさと行こうじゃないか。ボサボサしていると本当に灯里が殺されてしまう」


「メムメムも……いいのか?」


「愚問だよシロー。このボクが仲間を見捨てるわけないじゃないか。それとも、シローの仲間にボクは入っていないのかい?」


「そんなことないさ……頼りにしてるよ、メムメム」


「ああ、任せてくれたまえ」


 こうして俺たちは、灯里を助けるためにシルバーキングと階層主が待ち構えている二十階層への階段を駆け上がったのだった。

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