第95話 奇襲
「おはよ~」
「おはよ」
「おはようございます」
「……うわぁ……ビックリした」
リビングに来て挨拶をすると、灯里とは別に楓さんからも返事が来て驚いてしまう。
二人とも、エプロンをかけてキッチンで朝ご飯を作っていた。
そっか……そういえば昨日は楓さんがウチに泊まったんだっけ。びっくりしたら寝ぼけていた頭が一瞬で覚醒してしまう。
朝から彼女と会うなんて、なんか新鮮だな。かけてるエプロンも可愛らしい。
「もう士郎さん、寝ぼけてないで顔洗ってきて」
「は~い」
「意外でした、士郎さんは朝に弱いんですね。なんだか子供っぽいです」
「士郎さんは朝に弱いからね~」
二人の会話を聞きつつ、洗面台でバシャバシャと顔を洗う。冷水で顔を洗うと、目が覚めるだけじゃなくて気持ちもシャキッとするよな。
歯を磨き、ほんの少し生えてきた髭を電動髭剃り機で綺麗に剃り終わった頃、ふらふらっと瞼が開いていないメムメムがやってきた。
「なんだメムメム、また遅くまで漫画見てたのか?」
「まあね~、いいところで終わろうとしたら主人公が卍〇なんて心が躍るようなパワーアップをしてさ~、あれは気になってしょうがないよ~」
まぁ……気持ちは分からなくもないな。漫画って一度読み始めたら止め時が分からないし。
「ほどほどにしとけよ。ずっとタブレットで見てるとそのうち目が悪くなるぞ」
「それに関しては心配しなくていいかな。エルフと人間では身体の作りが違うんだ。その程度じゃ目が悪くなることはないよ」
メムメムの話を聞いて、俺は羨ましいと思ってしまう。
俺も子供の頃に漫画を読みたかったけど、目が悪くなるのが嫌だから読まなかったんだよな。両親に漫画買ってよって言えなかったのもあるけど。
漫画を読みだしたのは大学生の頃だっけ。周りが結構知ってるから、話を合わせるために誰でも知ってそうなメジャー漫画ぐらいは見ていた気がする。
洗面台をメムメムに引き渡し、リビングに戻る。
食卓の上には、いつもより豪華な朝ごはんが並べられていた。凄く美味しそうだけど、朝からこんなに食べられるかなと心配してしまう。
メムメムが帰ってきて、灯里と楓さんも食卓についた。
「「いただきます」」
俺達は手を合わせ、四人揃って朝ごはんを食べ始めたのだった。
◇◆◇
「今日も人が多いね」
「こんなに賑やかだと祭りと変わらないよ……」
人混みを横目に灯里がそう言うと、島田さんが辟易とした風にボヤいた。
日曜日の今日は、昨日と変わらないくらいギルドや周辺が混雑している。この人達みんな、やはりメムメムと会いたいとか一目だけでも見てみたいといった野次馬なのだろうか。
もしメムメムの認識阻害魔術がなかったら、ダンジョンに行くどころか大変な目に遭ってるよな。
スルスルと人混みを抜け、俺たちは受け付けを済まして自動ドアの前にたどり着く。
扉が開かれ、漆黒の空間へと皆で入ったのだった。
本日のスタートは、最高階層である十八階層。
五人で上層へと繋がる階段を探し、モンスターと戦いながら探索を続けていると、午前中の間に階段を発見する。
迷うことなく階段を上り、俺たちは十九階層に足を踏み入れた。
「リザードマン2、ジャイアントスパイダー1、それとフォーモンキーも数体木の陰に見えました。私と士郎さんはリザードマンをやりますので、灯里さんとメムメムさんはジャイアントスパイダーとフォーモンキーを、島田さんはそれぞれのフォローをお願いします」
「「了解」」
十九階層に来て早々に大量のモンスターとエンカウントしてしまう。
楓さんの指示通り、俺はリザードマンと対峙した。
「グルアアッ!!」
(やっぱ強いな!)
リザードマンの怒涛の猛攻に、俺は反撃できず防御や回避に専念することしかできなかった。
モンスターは階層が上がるにつれ、同じ個体でも強さが上がる。十七、十八階層のリザードマンは一人でもギリギリ勝てたが、目の前にいる十九階層のリザードマンは攻撃力も高いし、回避や防御といった技術力も優れている。
今の俺のレベルが20なのだが、十九階層の時点でレベル20はギリギリ適正レベルに届くぐらいだ。本来なら安全マージンを取るために、適正レベルよりも高いレベルにまで上げてから挑戦した方がいいのだが、俺たちは楓さんや島田さんといったベテラン冒険者がいるし、魔王を倒した凄腕魔術師のメムメムもいるということで、勝手に大丈夫だと思い込んで十九階層に訪れてしまった。
(馬鹿だよな……みんなが凄いだけで、俺が凄いわけじゃないのに!)
リザードマンのパンチをバックラーで受け止めながら、愚かな自分を叱咤する。
どうやら俺は
最強の冒険者である神木刹那と戦って目をかけてもらい、アルバトロスのリーダー風間さんからクランの勧誘を受け、実は俺って凄いのでは? と勘違いをしていた。
確かに、自分でも信じられないぐらい調子が良くてミノタウロスや隻眼のオーガと渡り合えたこともあったけど、どれも一人で倒した訳ではない。灯里や楓さん、島田さんの助けがあったからこそ倒せたんだ。
決して俺一人の力なんかじゃない。
俺なんか、レベル適正ギリギリのリザードマン一体に反撃すら許されないほどちっぽけな冒険者なんだ。
それをちゃんと分かってなかった。
「グギャ!?」
リザードマンが拳を振り下ろす寸前、真横から矢が飛んできてリザードマンの側頭部に直撃する。刺さらなかったものの、初めて奴に隙が出来た。
この好機を逃すまいと、俺は前に踏み込んで肉薄する。
「アスタリスク!」
「グオオオ!?」
アーツを放ち、リザードマンの胸に六連斬撃を与える。
耐久力が高いのか、それだけでは殺しきれなかったため、俺はさらにパワースラッシュを放ってトドメを刺した。
舞い散るポリゴンを横目に、助けてくれたであろう灯里の方を見やる。
灯里とメムメムは、未だにジャイアントスパイダーと交戦中だった。とはいっても、既にジャイアントスパイダーは虫の息であったが。
(まさか灯里、ジャイアントスパイダーと戦いながら俺を援護してくれたのか!?)
てっきり自分が相手をしているモンスターを倒してから援護してくれたのだと思っていたが、まさか戦いながら俺の方にまで援護をしてくれたなんて……。それも、タイミングや狙いもドンピシャだったし。
視野が広い上に、戦闘においての高い技術やセンス。
灯里のことは前から凄いと思っていたけど、今ので改めて思い知らされる。
俺なんかよりも、冒険者としての実力は灯里の方が圧倒的に勝っていると。
そんなことを思いながら、俺はもう一体のリザードマンを引き付けている楓さんの方に駆けだす。
楓さんと呼吸を合わせることで、今度は楽にリザードマンを倒すことができた。やはり数が有利だと戦いやすさが全然違う。
灯里とメムメムもジャイアントスパイダーとフォーモンキーを片付けたみたいで、戦闘が終わった俺たちは集合した。
「灯里、さっきは助けてくれてありがとな。お蔭で助かったよ」
「当たり前だよ! 士郎さんの背中を守るのは私の役目なんだから!!」
「うん……頼むね」
お礼を告げると、そんな風に明るく返してくる灯里。
嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、今は何故か心の底から喜べなかった。
このもやっとした感情はなんなのだろうかと頭の中で疑問を抱いていた時、急に嫌な予感がした俺は背後を振り返る。
だが、そこには何もいなかった。
ただの勘違いか? と思った刹那、灯里の悲鳴が聞こえてくる。
「きゃっ!?」
「灯里!?」
灯里は何者かによって、木の上に連れ去られてしまった。
俺たちが慌てて顔を上げると、木の上に灯里を抱えている大きな何かがいた。
「ぐっ、は、離して!」
「おい、灯里を返せ!!」
そいつは灯里の両手を巻き込むように抱えているせいで、彼女が暴れても振りほどくことはできなかった。
突然の事態に困惑していると、灯里を攫った奴の正体を知っている楓さんが苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
「シルバーキング……フォーモンキーの最上位種、キングモンスターです」
「なんだって!?」
「ウホホホホホホホホ!!」
銀色の毛並みをした大きなゴリラは、木の上から嘲笑うように俺たちを見下ろしていたのだった。
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