第94話 姉妹のような
灯里と楓の二人で結託し、士郎が入っている露店風呂に突貫。
灯里の方は一度裸を見られてしまっていて、それどころか胸まで揉まれていたため恥ずかしい感情はあまりなかったが、楓は士郎どころか家族以外に人前で裸を晒すのは初めてだったため、心の中では絶叫したいほど羞恥心に呑まれていた。
そんな中で緊張していることをおくびにも出さなかったのは、大人としてのプライドだろう。
灯里が堂々としているのにもかかわらず、年上の自分が狼狽えるわけにはいかないと、冷静であろうしたのだ。
戸惑っている士郎の隣に二人で座り、大胆にも自分の足を彼の足に乗せる。
図っていたわけではないが、灯里と楓は同じことを考えていた。大胆な行動に出たのは士郎を自分の虜にしたいという欲求もあったが、ライバルに負けたくない勝負心でもあった。
だが二人のアピールは、士郎がのぼせるという意外な結末によって早くも終了してしまった。
本来ならば灯里が士郎の腕に抱き付いたり、楓はエロい手つきのボディタッチでアプローチしようと作戦を練っていたのだが、女性との接触に耐性がない童貞の士郎は足が絡むだけで情けなくもノックダウンしてしまう。
それから二人は士郎をベンチに寝かせ(ちゃんと大事な所はタオルで隠してある)、二人……いやいつの間にか入ってきていたメムメムと三人で露店風呂を楽しんだ。
交互に背中を流したり、灯里がメムメムの頭を洗ってあげたりと楽しいひと時を過ごす。
美女たちがキャッキャウフフと触れ合う光景をお目にできなかったのを、士郎は後で後悔することになるだろう。
風呂から上がって少し休憩し、士郎も回復したところで皆でトランプをすることになった。
種目は定番のババ抜き。
メムメムがルールが分からないので教えながらやっていたが、流石は知能高きエルフ。
一瞬でルールを覚えると、次第に勝ち数を増やしていく。
次に行った種目はこれもまた定番の大富豪。
ローカルルールは多く取り入れず、革命・8流し・イレブンバックといったルールだけ採用することになった。
この種目でも一番勝ち数が多かったのはメムメムで、その次に楓、灯里、ほとんど大貧民だったのが士郎。
特に士郎はほとんどメムメムに嵌められていた。革命を起こしても革命返しをされるし、仕掛けようとしていることを全て潰されてしまったのだ。
大富豪はかなり盛り上がり、時間も忘れ夜の十一時ぐらいまでぶっ続けでやっていた。
メムメムがうとうとし始めたところで終了し、士郎とメムメムは自室に戻って就寝する。
灯里と楓は一緒のベッドで寝ることに。
楓がここまで遅く付き合っていたのは、最初から新居に泊まるからだった。泊まろうと誘ったのも灯里である。
「久々に大富豪やったけど、すっごく楽しかったね」
「そうですね……少し士郎さんが可哀想な気もしましたが」
「分かる! 士郎さんってすぐに顔に出るんだよね。でも、あのちょっと泣きそうな顔も可愛かったりするんだよね」
「それ、凄くわかります。それが見たくてついからかってしまうんですよね」
深夜。三日月が
灯里と楓は一緒のベッドに横になり、眠らず他愛もない話をしていた。
自分のこれまでの人生や、好きな食べものや嫌いな人間まで。
ガールズトークというよりは、お見合いをしている男女のような会話。
だけどこれまで相手のことを深く聞いてこなかった二人にとっては、なによりも大事な時間だった。
会話を繰り返している内に、次第に話の内容が士郎のことになっていく。
士郎と初めて出会った時のことや、家での士郎、会社での士郎。
自分だけが知っていて、自分は知らない士郎。
それを聞くと微かに嫉妬心も芽生えるのだが、なによりも好きな人のことを話し合えるのが楽しかった。
「灯里さん、一つ聞いていいですか」
「なーに?」
「一緒に住もうって、私に言ってくれましたよね。凄く驚いたんです。だって、灯里さんは士郎さんとの時間を大切にしたいと思っていましたから。もし私が灯里さんの立場だったら、そんな提案絶対言えないと思います」
灯里と楓は恋敵とも言える仲だ。
お互い士郎が好きだと相手に明言はしていないが、態度や距離感を見れば気付かない筈がないだろう。
それぞれの
だが灯里は、アドバンテージである家での時間も楓と共有しようと言ってきた。
元々一人の時間が好きだったし折角購入したマンションを手放すのはもったいないといった理由で断ったが、もし自分が灯里の立場だったとして恋敵に塩を送るような真似をできるだろうか。
楓の質問に、灯里は身体の向きを変え、楓の目を見つめながら静かに口を開く。
「私ね、士郎さんが好き。楓さんは?」
「私も……士郎さんが好きです」
言った。
初めて誰かに、士郎が好きだと告げた。それも、お互い好きな人が同じ名前だった。
しかしそこに、驚愕や後悔といった感情は何一つなかった。
「だよね。知ってた」
「私も知ってました」
ふふふと朗らかに笑う。
隠していた感情をやっと曝け出せて、胸の奥がすっと軽くなった。
「私は士郎さんが好き。でもね、楓さんのこともすっごく好きなんだ。なんかね、楓さんのことを勝手にお姉ちゃんみたいに思ってるの」
「姉……ですか」
「うん。私、兄弟とかいなくて一人っ子だったからさ。兄弟の感覚とか分かんないんだよね。でも楓さんといるとね、あー、なんかこういうのがお姉ちゃんっぽいなって……時々思っちゃうんだよ」
「私も……兄弟はいませんでした。でも灯里さんのことは、なんとなく妹っぽいなと感じてるとこもあります。貴女がそんな風に接してきてくれたからかもしれませんが」
「あっ、バレてたんだ。私ね、結構楓さんに甘えてたんだよね。なんか甘えても許してくれそうだなーと思って」
「最初は戸惑いましたけど、可愛い年下の女の子に好かれるのは悪くない気分ですから。私もついつい甘やかしてしまったところもあります」
ふふふと微笑む。
お互い、薄々は感じ取っていたようだ。
「楓さんともっと一緒に居たいなって思って、ああ言ったんだ。士郎さんには内緒でね」
「士郎さん、すっごく驚いてましたしね」
「ねえ楓さん。私は士郎さんが好き。この想いは誰にも負けないし、誰にも譲るつもりはない」
「私も士郎さんが好きです。灯里さんにだって負けていないです」
「知ってる。だから私は、士郎さんに選んでもらえるようにこれからもガンガンアピールする」
「知ってます。私だって全力で士郎さんを奪いに行きます」
「ライバルだね」
「ライバルですね」
真剣な顔で想いを伝えた二人の乙女は、すぐに笑顔を浮かべて、
「寝よっか」
「寝ましょう」
日付が変わる。
寄り添いながら眠りにつく二人は、本当の姉妹のようであった。
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